翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』62-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 剣を落として拾い上げる時、うっかり鞘から抜いてしまった。

 それがきっかけとなり、パリの叛徒に倣ってアラモンの住人にも武装を呼びかけんとする台詞になった。

 熱狂したアラモン村民が力強く応えた。

 村で革命が宣告され、喝采で迎えられた。

 その場に居合わせたヴィレル=コトレの住民たちは、愛国の種で心を満たして村に戻った。憎い貴族に怒りをぶつけて歌いながら。

 『アンリ四世万歳! 雄々しき国王万歳!』【※シャンソン「Vive Henri Quatre」より。】

 ルージェ・ド・リール(Rouget de l'Isle)はまだ「ラ・マルセイエーズ」を作ってはいなかったし、一七九〇年の連盟祭代表はまだ「サ・イラ(Ça ira)」に新たな息吹を吹き込んでいなかった。時はまだ麗しき一七八九年だったのだ。

 自分がおこなったのは演説だけであって革命ではない、とピトゥは思っていた。

 ピトゥは部屋に戻ると、イルカ亭から持って来た黒パン一切れと兜に大事に入れて来たチーズの残りを平らげた。それから真鍮の針金を買いに出かけ、それを環状にして、夜が来ると森に仕掛けに出かけた。

 その夜、ピトゥは大人の白兎と仔兎を捕まえた。

 罠に掛けたかったのは野兎だったのだが、足跡が一つも見つからない。古い狩りの諺にあるように、犬と猿、野兎と白兎は相容れないのだ。【※「Chiens et chats, lièvres et lapins, ne vivent pas ensemble.」に関して、「vivre comme chien et chat」で「犬猿の仲」の意味だが、「lièvres et lapins」については不明】

 野兎の多く棲息している辺りまで三、四里は歩かねばならなかったので、ピトゥもさすがに疲れていた。ピトゥの両足は、一日で歩くべき距離を前夜のうちに歩いていた。おまけに歩き通した十五里のうち最後の四、五里は苦しみに打ちひしがれた人間を運ばなくてはならなかったとあっては、如何に長い足でも重荷に過ぎた。

 午前一時頃、最初に獲れた二頭を持ち帰った。朝が過ぎたらまた別の獲物が獲れればいい。

 眠りに就いたものの、前日にあれほど足を痛めつけたあの苦い苦しみの痕跡が残っていたため、持ち主当人が煎餅みたいだと言っていたとんでもないマットレスの上では続けて六時間しか眠れなかった。

 一時から七時まで眠った。つまり陽射しに寝込みを襲われ、鎧戸が開いていても、眠っていた。

 その開いている鎧戸から、三、四十人のアラモン村民が眠っているピトゥを見つめていた。

 ピトゥは砲架の上のチュレンヌ子爵のように目を覚ますと、村人たちに向かって微笑み、どうしてこんなにたくさんの人たちがこんなに朝早くやって来たのかと、愛想よくたずねた。【※チュレンヌ子爵には、子どものころに砲架の上で眠っていたところを発見されたというエピソードがある。】

 村人の一人が応えた。内容を忠実にお伝えしよう。この男はクロード・テリエという名の木樵だった。

「アンジュ・ピトゥ。一晩中考えたんだが、昨日おまえが言った通り、市民はやっぱり自由のために武装せんといかん」

「確かに言いました」強い口調からは、ピトゥが自分の言葉に責任を持とうとする意思が窺えた。

「だがなあ、武装するにしても肝心なものが無え」

「何でしょうか?」ピトゥは気になってたずねた。

「武器だよ」

「それは確かにそうですね」

「したがせっかくの考えを無駄にしたくねえから、もう一度考えて、何が何でも武器を手に入れるさ」

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『アンジュ・ピトゥ』62-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 斯くして、前日ソワッソン街のフォルチエ神父の家からプリューのアンジェリク伯母の家までピトゥにまとわりついていたヴィレル=コトレの住人たちは、歓迎を続けたくてヴィレル=コトレからアラモンまでついて行くことに決めたのだった。

 その決意が実行されているのを目にして、前述したアラモンの住人たちもピトゥの真価に気づき始めた。

 なるほど大地は種が蒔かれるのを待っているとはよく言ったものである。ピトゥが通った後には、通り過ぎたのがあっと言う間だったとしても、住人たちの心に跡を残した。兜と剣はきらびやかに輝いた状態で目撃者たちの記憶に刻まれた。

 その結果アラモンの住人たちは、戻って来るとは思わなかったピトゥが戻って来たことに気をよくして、ありとあらゆる形の敬意を払ってピトゥを取り囲み、武器を降ろして広場に影を落としている四本の菩提樹の下にテントを設えたらどうかと提案した。マルス(Mars)が戦勝の記念にテッサリア(Thessalie)でお願いされた時のようであった。【※マルスの故事については不詳。】

 ピトゥはアラモンに腰を据えるつもりだったので、そのお窺いに一も二もなく同意した。そこで短気な(belliqueux)村人が家具付きの部屋を貸すというのにありがたく応じた。

 備え付けの家具は、藁布団とマットレス付きの板組み寝台(un lit de planches)、椅子が二脚にテーブルが一脚、それに水差しであった。

 家主によれば締めて年に六リーヴル、即ち鶏飯二皿分の値段である。

 家賃が決まってねぐらを手に入れたピトゥは、ついてきた人々に一杯振る舞うと、一連の出来事に林檎酒を飲んだように昂奮してねぐらの入口で演説をぶった。

 ピトゥの演説は大きな注目を浴び、アラモン中の人々が家を取り囲んだ。

 それなりに学はあったので、効果的な喋り方は心得ていた。ホメロス流の言い方に倣えば「国民の調停者(les arrangeurs de nations)」が当時大衆を煽動していた八つの言葉(les huit mots)を知っていた。【※ホメロスのどの作品のどの箇所か不明】【※八語とは?】

 ラファイエットとピトゥには遠い隔たりがあるかもしれないが、アラモンとパリは遙かに遠いのだ。

 情に訴える話は、耳に届いた。

 あれほど気難しいフォルチエ神父でも不満の持ちようのない始め方だった。

「市民の皆さん。同胞の皆さん」それは甘美な言葉だった。「ボクはほかのフランス人にも同じことを言いました。フランス人はみんな兄弟だからです。でもここでなら正真正銘の兄弟だと口に出来ます。アラモンの同胞の中にいると本当の家族だと感じられるんです」

 聴衆の中には女も何人かいたが、ピトゥにあまり好意的とは言えなかった。ご婦人の好みに適うには、見るからに膝がごつごつし過ぎていたし、ふくらはぎはほっそりし過ぎていた。それがこの「家族」という言葉を聞いて、哀れなピトゥが孤児であり、母に死なれ、何も食べられずに腹を空かせていた可哀相なみなしごだったことを思い出した。何一つ持たぬピトゥの口から家族という言葉を聞いて、女たちの中には感極まってせき止められていた涙の池を溢れさす者も出ていた。

 序論(exorde)が終わると辯論の第二部に当たる叙述(narration)が始まった。

 ピトゥは語った。パリへの旅、胸像を掲げた暴動、バスチーユ襲撃、民衆の復讐を。パレ=ロワイヤルの広場とフォーブール・サン=タントワーヌの戦いに勝利した部分についてはざっと済ませた。だがピトゥが控えめに話せば話すほど、聴衆の目は大きく丸くなり、話の終わる頃には、ピトゥの兜は廃兵院の円屋根ほどに大きく、剣はアラモンの鐘楼ほどに高くなっていた。【※1789年7月14日、ネッケル罷免に激怒した民衆はパレ・ロワイヤルに集まり、ネッケルとオルレアン公の胸像を掲げて練り歩いた】

 叙述が終わると確証(confirmation)が始まった。これが出来れば真の辯論家だとキケロに認められるほどの難しい話術を要する部分だ。

 買い占めがきっかけで民衆が怒りに駆られて蜂起したことを明らかにした。ピット父子のことは一言で片づけた。革命を引き起こしたのは貴族と聖職者に認められた特権だったと説明した。そして最後に訴えた。フランスの民衆が広くおこなって来たことを、アラモンの住民もそれぞれおこなおうではないか、共通の敵のために協力しようではないか、と。

 それから偉大な辯論家に共通する崇高な身振りを加えながら、確証から結論(péroraison)に移った。

『アンジュ・ピトゥ』62-1

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

第六十二章 演説家ピトゥ

 しかしながら夜の十時頃、実に六時間ぶりにヴィレル=コトレに戻った時、ピトゥは気づいた。イルカ亭(l'hôtel du Dauphin)に泊まるべきだ。美しい星空の許、森のブナや小楢の木の下で眠るよりは、寝台で眠る方がよい。【※第2章に「当時はイルカ亭だった最高の旅籠(descendit avec lui à la meilleure auberge, qui, à cette époque, était celle du Dauphin. /alighted with him at the best inn, which at that time was called 'The Dauphin'.)」とある】

 考えてみればアラモンに到着するのは十時半になるだろうから、アラモンの家で眠ろうとすべきではないのだ。一時間半前には明かりもすべて消え、門はすべて閉ざされているのだから。

 だからピトゥはイルカ亭に立ち寄り、三十スー貨と引き替えに、素晴らしい寝床と一斤のパンとチーズ一切れと林檎酒一杯を手に入れた。【※ルイ十六世時代には30スー貨幣があった(ただし額面表記は「30 sous」ではなく「30 sols」)。】

 ピトゥは疲労と恋慕、困憊と絶望とを同時に感じていた。そのせいで肉体と精神が葛藤を始め、当初は精神が優位に立っていたが、やがて息絶えそうになった。

 要するに午後十一時から午前二時までの間、ピトゥは呻き、焦がれ、まんじりともせず寝返りを打っていた。だが午前二時には疲労が勝利を収め、目を閉じて七時になるまで開くことはなかった。

 夜十時のアラモンではすべてが眠っているが、同様に朝七時のヴィレル=コトレではすべてが目覚めていた。

 イルカ亭を出たピトゥは、兜と剣がまたもや人の目を惹いていることに気づいた。

 百歩ほど歩くと人だかりに囲まれていた。

 明らかにピトゥは故郷で絶大な人気を博していた。

 旅人が皆これほど運がいいとは限らない。太陽は万人に輝くとは言われるものの、常に輝くとは限らないし、ましてや預言者になりたいという願いを持って祖国に戻ってきた者たちに好意的な光を照らすとは限らないのだ。

 だがアンジェリク伯母のような気難しくて獰猛なまでに吝い伯母が誰にでもいるわけではない。平らげた鶏飯の対価として承継人に半エキュ銀貨を支払うことが、どんなガルガンチュアにも出来るというわけではない。【※ピトゥが伯母にエキュ貨を渡したのは第58章参照。】【※un petit écu はルイ十六世下の銀貨。3リーヴル相当。】

 さらには帰還者というオデュッセイアにまで遡ることの出来る源流と伝統を持つ者たちが、頭に兜を乗せ輿に剣を差しているくせに残りの部分はまったく軍人らしくない風体で戻って来ることも稀である。

 端的に言ってしまえば、ピトゥが同郷人の注目を集めているのはひとえにこの兜と剣が理由であった。

 帰郷したピトゥを失恋が打ちのめしたのを除けば、代わりにありとあらゆる幸運が降り注がれているように見えたことだろう。

『アンジュ・ピトゥ』61-4

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「こんにちは、イジドールさん」カトリーヌの声が聞こえた。

「イジドールさんか。やっぱりそうだった」とピトゥが呟いた。

 途端に人の乗った馬に踏みつぶされたような重みを心に感じた。

 途端に全身に疲れを感じた。疑惑と不審と嫉妬によって一時間前から動きづめだったツケが回って来たのだ。

 二人は向き合って手綱を放し、手を握り合っていた。立ったまま身体を震わせ、無言で微笑み合っていた。二頭の馬は慣れたものだったのだろう、鼻面で胴を擦り合ったり、道端の苔を脚でいじったりしていた。

今日はヽヽヽ遅かったのね、イジドールさん」カトリーヌが沈黙を破った。

「『今日は』だって!」ピトゥが呟いた。「それじゃまるで、ほかの日は遅れなかったみたいじゃないか」

「仕方なかったんだ、カトリーヌ」イジドールが答えた。「今朝、兄から手紙が届いたから、折り返し返事を出さなくてはならなかったんだ。でももう大丈夫、明日は遅れないよ」

 カトリーヌが微笑んだのを見て、イジドールはその手をいっそう優しく握り締めた。

 荊に刺されたようにピトゥの心から血が流れた。

「じゃあパリから便りが届いたばかりなの?」

「ああ」

「わたしもなの」カトリーヌが微笑んだ。「このあいだ言ってた通りね、愛し合っている二人には同じことが起こるって。これが共鳴なんでしょう?」

「うん。誰から届いたんだい?」

「ピトゥから」

「ピトゥって?」イジドールの他意のない朗らかな質問を聞いて、ピトゥは頬まで真っ赤になった。

「知ってるでしょ? ピトゥだよ。パパが農場に呼んでいた人で、いつだったかの日曜日にわたしが腕を貸していた人」

「ああ、あの膝がナプキンの結び目みたいな子か」

 カトリーヌが声をあげて笑った。ピトゥは恥ずかしさのあまり死にたくなった。見れば確かに結び目のようではないか。両手を突いて起き上がってみたものの、溜息をついてすぐに腹ばいに戻った。

「ピトゥのことをあんまりからかわないで。さっきピトゥから何て言われたかわかる?」

「さあね。よければ聞かせておくれ」

「あのね、ラ・フェルテ=ミロンまでついて来るって」

「行き先でもないのに?」

「うん、だってここで待っていてくれると思っていたから。実際には待っていたのはほとんどわたしの方だったけど」

「自分がいま素晴らしい言葉を口にしたことに気づいてる?」

「そう? 気づかなかったな」

「どうしてその紳士の申し出を受けなかったんだ? きっと楽しかっただろうに」

「そうとは限らないんじゃないかな」カトリーヌは笑って答えた。

「そうだね」イジドールは愛おしげな眼差しをカトリーヌに注いだ。

 そうしてカトリーヌの真っ赤な顔に両腕を回した。

 ピトゥは目を閉じて見まいとしたが、聞くまいとして耳を塞ぐのを忘れていたため、ピトゥのところまで口づけの音が聞こえてきた。

 グロ(Gros)の「ジャファのペスト患者を見舞うボナパルト」の前景にいるペスト患者のように、ピトゥは絶望して髪を掻き毟った。【※アントワーヌ=ジャン・グロ Antoine-Jean Gros(1771-1835)。新古典主義派の画家。「ジャファのペスト患者を見舞うボナパルト(Bonaparte visitant les pestiférés de Jaffa)」には、うつぶせになって交差させた腕で髪を鷲づかみにする男が描かれている。】

 ピトゥが我に返った時には、二人はまた並足で馬を歩かせ、ゆっくりと遠ざかっていた。

 最後の言葉がかろうじてピトゥの耳に届いた。

「そうね、イジドールさん、一時間くらい一緒に歩きましょう。この馬の脚ならそのくらいの時間は取り返せるもの」そう言ってカトリーヌが声をあげて笑った。「この子は喋れないしね」

 そこまでだった。目の前が見えなくなり、地上に闇が降りるように心に闇が降りた。ピトゥはヒースの中を転げ回り、苦しみを隠そうともせずほとばしらせた。

 やがて夜の冷気に触れて正気に戻った。

 ――農場には戻るまい、とピトゥは独り言ちた。戻っても恥を掻かされ愚弄されるだけだ。ほかの男を愛する女から食事を出されるだけだ。しかも相手はボクより恰好よくて金持ちでお洒落。ピスルーではなくアラモンで暮らそう――故郷のアラモンになら、ボクの膝がナプキンの結び目みたいだなんて気に留める人はいないもの。

 ピトゥは長い足をさすると、アラモンに向かった。自分と兜と剣のことがとっくに噂になっているものだと疑いもせずに。幸福とまではいかずとも輝かしい運命が待ち受けているものだと疑りもせずに。

 だが生憎なことに、人間の本質とはただ幸せであることのみではないのだ。

 
 
 第61章おわり。第62章に続く。

『アンジュ・ピトゥ』61-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 半里以上走るとカトリーヌが見えた。カトリーヌに四半里走るいとまも与えず半里を平らげたことになる。

 実にトロットで走る馬の二倍の速さであった。

 いよいよカトリーヌと並んだことになる。

 もはや森の外れまで五百歩もない。木々の合間から見えるその先こそ、ブルソンヌだ。

 カトリーヌが立ち止まり、ピトゥも立ち止まった。

 もうそろそろ息が続かないところだった。

 ここからはピトゥがカトリーヌを追うのはその姿を見失わないためではない。一挙手一投足を見張るためだ。

 カトリーヌは嘘をついた。その目的は?

 構うまい。カトリーヌに見くびられないためには、嘘の現場を押さえる必要がある。

 ピトゥは羊歯と荊の中に顔を伏せ、兜で押し分け、時に応じて剣を用いた。

 だがその頃にはカトリーヌも馬を並足で走らせていたので、何度か枝の折れる音を聞いて馬もカトリーヌも耳をそばだたせていた。

 そうした事情もあり、カトリーヌを見失う心配がないこともあり、ピトゥは立ち止まって一息つくことにした。不審も雲散していた。

 だがそんなものは長く続くものではないし、事実まったく長続きしなかった。

 突然カトリーヌの馬がいななく声が聞こえ、それに別のいななきが応えた。

 二頭目の馬の姿はまだ見えない。

 だがいずれにしても、カトリーヌがカデ(Cadet)に柊の鞭を呉れると、カデは一息喘いでからまたトロットで駆け出した。

 そのおかげで五分後にはカトリーヌの目の前に馬に乗った男が姿を現した。その男もカトリーヌに負けぬほど息せき切って馬を走らせて来たようだ。

 あまりに突然の出来事だったため、ピトゥは為すすべもなく同じ場所に立ち尽くしたまま、もっと遠くまで見ようと爪先立つくらいしか出来なかった。

 それでも見ようとするには遠すぎた。

 だがはっきりとは見えなくとも、感電したようにピトゥを打ちのめしたのは、嬉しそうに赤らめたカトリーヌの顔色であり、震えて揺れ動いた身体であり、普段とは違い甘く輝いていた瞳のきらめきであった。

 馬上の人物が何者であるのか顔立ちを見分けられるほどではなかったが、その風采には見覚えがあった。緑の天鵞絨で出来た狩猟用外套、太い飾り紐のついた帽子、上流階級に相応しいゆとりのある優雅な佇まいの頭。いずれを取ってみても、ヴィレル=コトレのポームの名手、ダンスの名手のことを考えぬわけにはいかなかった。ピトゥの心と口と組織という組織が一斉に震え、イジドール・ド・シャルニーの名を呟いていた。

 確かにイジドールその人だ。

 ピトゥは唸るような溜息をついて藪の中に舞い戻ると、二人から二十歩ほど離れたところまで移動した。物音を立てたのが動物なのか人間なのか気にも留めぬほど、二人は夢中になっていた。

 それでも男の方はピトゥのいる方向を向いて、馬上で首を伸ばし、辺りに不審の目を向けた。

 ピトゥはその目を逃れるため咄嗟に腹ばいになり頭を地面に擦りつけた。

 それから蛇のように十歩ほど這いずって、声の聞こえるところまで移動して耳をそばだたせた。

『アンジュ・ピトゥ』61-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 カトリーヌが大通りに出た頃、ピトゥは背の高いライ麦の後ろに屈み込みながら森にたどり着いた。

 一瞬で森の入口まで来たピトゥは、時間を無駄にせずドブ(fossé)を飛び越え木の下に駆け込んだ。不格好ではあったがノロジカも驚くほどの素早さだった。

 こうして十五分走ると、木々が開けて大通りが見えた。

 ピトゥは立ち止まり、節くれ立った小楢の幹に身体を預けて身を隠した。カトリーヌを追い抜いたのは間違いない。

 だが十分待ち、十五分待っても誰も来ない。

 農場に忘れ物でもして部屋をひっくり返しているのだろうか? ありそうではある。

 ピトゥは最大限の注意を払って街道に近づき、街道と森に跨るドブにまで伸びている巨大なブナの陰から首を伸ばして、見える限り遠くまで真っ直ぐに目を向けたが、何も見えなかった。

 カトリーヌは忘れ物をして農場に戻っているのだ。

 ピトゥは歩みを再開した。カトリーヌがまだ農場に到着していないのなら、戻って行くのが見えるだろうし、到着しているのなら出て来るのが見えるだろう。

 ピトゥはコンパスのように長い足を広げて、原っぱに向かって走り始めた。

 街道の外れの砂地まで走ると足取りをゆるめ、不意に立ち止まった。

 カトリーヌの馬が側対歩(l'amble)で歩いていた。

 馬は側対歩で歩いて大通りを離れ、道の外れを越えて小径を進んで行った。小径の入口には道しるべが立てられていた。

『自ラ・フェルテ=ミロン、至ブルソンヌ(Boursonne)』

 ピトゥが目を上げると、遙か遠く小径の向こう端に、白い馬とカトリーヌの赤い上着が青い森の彼方に紛れていた。

 確かに遙かに遠くではあったが、先述の通りピトゥにとって距離などないに等しい。

「よし!」ピトゥは改めて森の中を駆け出した。――つまり行き先はラ・フェルテ=ミロンではなくブルソンヌか。

 ――だけど間違っちゃいない。何度もラ・フェルテ=ミロンの名前を出していたのはラ・フェルテ=ミロンで買い物の用事があったからだ。ビヨおばさんもラ・フェルテ=ミロンの話をしていた。

 その間もピトゥは走り続けた。どんどん足を早め、猟犬のように駆け出していた。

 それもそのはずピトゥは大半を嫉妬という不安に駆られていた。ピトゥはもはやただの二足歩行の生き物ではなく、翼を持つからくりのようだった。例えばダイダロスのような、或いはその他の名もなき古代の工匠たちが夢見ながらも夢潰えて来たからくりのようだった。【※ダイダロス(Dédale)。ギリシア神話に登場する工匠。息子のイカロスとともに蝋でできた翼を作り島から脱出しようとした等の挿話がある】

 それはあたかも茎の腕を持つ藁人形が玩具売りの台の上で風に吹かれているように見えた。

 腕も足も頭も、ありとあらゆる箇所が揺れて回って飛ばされていた。

 巨大な足は歩幅にして五ピエにまで広がり、柄のついたへらのような手は櫂のように空気を漕いだ。顔にある口と鼻と目からは、音を立てて吐き出した空気を吸い込んでいた。

 如何なる馬とてこれほど激しく走ることはない。

 如何なる獅子とてこれほど貪欲に獲物を狩ることはない。

『アンジュ・ピトゥ』61-1

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

第六十一章 ピトゥが農家を出て唯一にして真の故郷アラモンに戻ろうと決意する次第

 一方ビヨ夫人は使用人の長という立場をとうに受け入れていたので、体裁を飾ったり刺々しさを見せたりすることもなく進んで仕事に戻っていた。斯くして農家の上下関係は一瞬だけ乱されたものの、蜜蜂の家庭のようにまたせわしなく動き始めていた。

 馬の用意を待つ間、カトリーヌが戻って来てピトゥを横目で眺めた。ピトゥの身体は動くことがなかったが、首だけはカトリーヌを追って風見鶏のように動いていた。カトリーヌは寝室に姿を消した。

 ――カトリーヌは何しに寝室に戻ったんだろう?とピトゥは考えた。

 哀れなピトゥ。何をしに? 髪を整え、白い縁なし帽をかぶり、一等見映えのよい絹靴下を履きに戻ったのだ。

 カトリーヌは身繕いの仕上げを終えると、馬が軒下の地面を蹴っているのを耳にして寝室を出て、母親に口づけをしてから出発した。

 カトリーヌが出がけに見せた一瞥にピトゥは納得できなかった。無関心と憐れみの相半ばするその目つきを浴びて、ピトゥは動くこともままならず混乱したままどうすることも出来ずにいた。

 カトリーヌと再会を果たしてからというもの、カトリーヌなくしては生きて行けそうになかった。

 さらに加うるに、そうした重く気怠い気持の奥には、懸念のようなものが時計の振り子のように規則正しく行き来していた。

 無邪気な人間というものは、どんな物事も同じように考えるものだ。そうした半端な人間でも、ものを感じるのは他人と変わらない。ただし感じるだけで分析はしない。

 分析するには楽しんだり苦しんだりする経験がいる。人間の心という深淵の奥底で沸き立つ感覚を覗くためには、何らかの刺戟を経験する必要があった。

 だから無邪気な老人などはいない。

 ピトゥは遠ざかってゆく馬の跫音を耳にして戸口に駆け寄った。カトリーヌが農場からラ・フェルテ=ミロン(La Ferté-Milon)までの脇道をたどり、丘のふもとまでたどり着いたのが見えた。丘の頂は森に隠れていた。

 ピトゥは戸口から未練と敬意の詰まった別れを捧げた。

 だが手と心を用いて別れを告げるや否や、ピトゥはあることを考え始めた。

 一緒に来るなとは言われたが、追って来るなとは言われなかった。

 顔も見たくないと言うことは出来ても、見るなと言うことは出来なかっただろう。

 つまりピトゥはこう考えたのである。すべき仕事がない以上は、カトリーヌがたどろうとしている道を、森を抜けて追いかけられない理由など何もない。そうすればピトゥは相手から見られることなく木の間隠れに遠くからカトリーヌを眺めていられるだろう。

 農場からラ・フェルテ=ミロンまでは一里半しかない。行き帰りの一里半ずつなどピトゥにとっては物の数ではない。

 しかもカトリーヌは街道に出るために森を迂回している。森を突っ切れば四半里は儲けることが出来る。そうなれば行き帰りのために残っているのは二里半だけということになる。

 親指小僧から身ぐるみ剥いだような人間にとって、或いは親指小僧が人食い鬼から奪った七里の長靴を奪ったような人間にとって、二里半という距離などは踏破すべき道のりのほんの序の口に過ぎない。【※le Petit-Poucet(おやゆび小僧)。シャルル・ペローの童話。両親に捨てられた小さな子供が機知によって人食い鬼から七里の長靴を奪い財宝を手に入れて家に戻り幸せに暮らす。】

 ピトゥは心を決めるやすぐに実行に移った。

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

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