実のところは野生児の如く単純なピトゥには町の子供たちを怖がらせている恐ろしい空想が理解できなかっただけの話だ。
だから真夜中に、何も顧みずに墓地の壁に沿って歩いて出かけた。少なくとも本人なりに神も人も傷つけたことのない無垢な子供には、死者の方が生者よりも怖いということはなかったのだ。
恐れていたのはただ一人の人間のみであり、その人物とはラ・ジュネス親父にほかならない。だからラ・ジュネス氏の自宅前は念のため遠巻きにして通った。門と鎧戸は閉まっていて、室内に明かりは見えなかったので、門番は門番小屋ではなく家にいるのか確認するため、犬の鳴き声を完璧に真似ると、ラ・ジュネス氏の飼い犬であるロンフロ(Ronflot)は喧嘩を売られたのだと勘違いして、声を限りに吠え立て、門の下の空気を掻き回した。
助かった。ロンフロが家にいるということは、ラ・ジュネス親父も家にいるということだ。ロンフロとラ・ジュネス氏は切り離せない。どちらかを目にしたなら、どちらもいると考えて間違いない。
ピトゥは安心してラ・ブリュイエール=オー=ルーに向かった。二羽の兎が罠に掛かって死んでいた。
ピトゥは長すぎる上着のポケットに兎を入れて――と言っても、一年後には短すぎるようになってしまうのだが――とにかくそうして家に帰った。
アンジェリク嬢は横になっていた。だが金銭欲は目を覚まし続けていた。ペレットよろしく、週に四枚兎の皮が手に入ると皮算用したせいで気分が高ぶり、目を閉じることが出来なかった。【Perrette。ラ・フォンテーヌ「Perrette et le pot au lait」より。「捕らぬ狸の皮算用」】はやる気を抑えて今日の獲物をたずねた。
「二羽です。アンジェリク伯母さん、もっと獲れなかったのはボクのせいじゃありません。ラ・ジュネスさんとこの兎は狡賢いそうですから」
期待が叶うどころか期待以上だった。アンジェリク伯母は喜びに震えて二羽の兎を取り上げ、皮に傷のないことを確かめてから、食料品棚に放り込んだ。その食料品棚を一杯にしたいという思いをピトゥが抱いてから、これほどのものが収まったのは初めてだった。
アンジェリク伯母からもう寝なさいと優しい声をかけられたピトゥは、疲れていたこともあって、何よりも夜食と聞けば元気になると思われていたのだが、その夜食を食べようともせず言われた通り床に入った。
翌々日、ピトゥは罠を交換した。前回よりも幸運なことに、今回は三羽の兎を捕まえることが出来た。
二羽はブール=ドールの宿屋行きとなり、一羽は司祭館に。アンジェリク伯母はフォルチエ神父のことを非常に大事にしていたので、神父の方でも教区民たちに向かってアンジェリク嬢のことを褒めていた。
三、四か月の間はこうして過ぎて行った。アンジェリク伯母は満足していたし、ピトゥもそれなりの居場所を見つけていた。実際、母の愛情が注がれていたことを除けば、ピトゥはヴィレル=コトレでもアラモンでも同じような暮らしを送っていた。だが思いがけないとは言え予期していて然るべき状況が、伯母の牛乳壜を壊し【前述の「ペレットと牛乳瓶」より】、甥の散策を止めることとなっった。
ニューヨークからジルベール医師の手紙が届いたのだ。アメリカに上陸した哲学者氏は、庇護していた子供のことを忘れていなかった。医師はニゲ氏に手紙を書いて、今も指示が守られているかどうかを確かめ、守られていない場合には速やかに実行し、守るつもりがないのなら関係を絶つ、としたためていた。
事態は深刻だった。責任は公証人にある。アンジェリク嬢の許を訪れ、手紙を手に、約束を守れと命じた。
退く必要はない。身体が弱いという言い訳を、ピトゥの肉体が否定している。ピトゥは確かにひょろりとしたのっぽだが、森の若木だってひょろりとしたのっぽではないか。痩せこけていることと健康状態とは必ずしも一致しない。
アンジェリク嬢は一週間の猶予を求めた。その間に甥をどのような職業に就かせたいか考えておくという約束で。
残念なのはピトゥにとっても同様だった。現在の状態こそが素晴らしいと思っていたから、ほかのことなど望んではいなかった。