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翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

アルカディウス「化鳥の歴史」

 ものすごく久しぶりにフランスのSFを翻訳しました。1963年の作品です。

化鳥の歴史

「暑くて耐えられん!」

 国防長官ジーゲルは長椅子上で寝返りを打ち、欠伸をした。踊り子を呼んで舞わせてはみたが、やはりもう面白くも何ともない。昼寝を取っていたリビングをぼんやりと眺めてみる。仄明かりのなか、大広間に飾られていた巨大なタペストリーに目が留まった。

 緑、青、黒、黄色、土色、鈍色、草色、これらが描いているのは二十世紀にあった第二次世界大戦の様子だ。無粋ないくつもの図像のなかから、機体に鮫の顎が描かれた飛行機や、海中から霧のなかに姿を見せた緑灰色の潜水艦、くすんだ色合いの戦車、ガスマスクを装着した怪物じみた兵士たちや、葉陰に潜む土まみれの抵抗運動家レジスタンたちを見分けられた。こうした単調な色合いの広がりが、武器の発砲や、黒い残骸と化した町にあがる火の手などの、くすんだ赤色を引き立てている。こちらには、雪に囚われた兵士たち。あちらに織り込まれているのは、死体の山でできた「腐敗死骸像トランジ」たち。そしてヒトラー。天井が歪み煙の充満した地下壕ブンカーのなかで苦悶にのたうち、その周りには緑色の外套をまとい、冷たくぬめる魚のように無表情な顔をしたSSたち。

「陰気なタペストリーだ。俺も戦好きではあるが、こいつは……不吉なところがある。ツィグールと一緒だな。この時代と自分流をこよなく愛する男……ああいう考え方を持つ人間には確かにここは理想の地だよ……さしずめスルタン。冷酷、野心家、独裁者。おまけに二十一世紀の技術もある。まさに鉄拳の狼……ただし羊の皮はかぶらず、似たような連中にくるまれている。詐欺師の大臣、恥知らずの学者、傭兵――俺もそうだ。自分の役割をちゃんとわきまえている連中ばかりだ。それにここは割がいいし居心地も悪くない。

「タペストリーに、踊り子たち。まるで中世さながらだな。ニーチェ曰く、『未開の中世が始まり、技術は未開のしもべとなる』とはよく言ったものだ」[*1]

 視線はタペストリーからはずれ、大きな窓のところで止まった。

「中世の悩みだな」広い荒野をさまよう者たちにはこの巨大な摩天楼都市国家が堅牢な城に見えることだろう。カッパドキアの青々とした旱天下には、茶色く荒廃した断崖と峡谷ばかりが広がり、核戦争を生き延びた無法者たちが暮らしていた。滅びた街から移住してきた者や、盗賊と化した兵士たちや、被爆者たちが、まるひと月をかけて毎日毎日、骨まで毟られたこの不毛の荒野を歩き続け、摩天楼の街々に助けを求めていた。荒廃した世界のなかで摩天楼は鎖国を敷き、文明の孤島を貫いている。ほかの街と同じくツィグールの街も一貫して移住者たちを拒んでいた。独裁官ツィグールは、侵入を企てるスパイを恐れて移住を禁じていた。ジーゲルの考えるところでは、ツィグールがよそ者を恐れている何よりの理由は、異なる生き方や思想を持ち込まれて、都市で運用されている絶対的規則が弱体化するのを嫌がってのことだ。浮浪人たちは、たいていは食料や寝床を求めて、手段を選ばず侵入を試みていた。ある者たちは夜の闇に乗じてパラシュートやヘリコプターで。ある者たちは下水道を通って。都市は防衛策を強化した。終日の巡回、番犬、レーダー、地雷、監視カメラ。それも役には立たなかった。城内にまで潜り込む者も大勢いた。

 ジーゲルは踊り子たちを見つめた。軋むような電子音楽の調べに合わせて踊ってい女たちのなかには、裸の者もいれば、さまざまな色のおしろいを塗っている者も、金色の花を肌に直接飾りつけている者たちもいて、貪るようなまなざしをジーゲルに向けている。催淫剤を飲まされ肌にも擦り込まれ、つねに性的に興奮させられているのだ。市民蟻にはこうすべし、とツィグールが心理学的・生理学的に導き出した結論がこれだ。美しい少女は十歳になると家族から引き離され、都市の「幹部」に奉仕することになっていた。

「初めのうちこそ楽しかったが――」とジーゲルは考えた。「こんな騒ぎばかりだとうんざりしてくるな。そうとしか言いようがない。この香水、このおしろい、中東かぶれ、もうたくさんだ! 所詮は奴隷の街、いや『社会的条件づけ』の街か。こいつら鳥頭どもときたら一つのことしか考えられんのだから。

「一つだけ? いや、機械的に動きながら、『ダストシュート』をこっそり窺っているじゃないか」 幹部の部屋には必ず設置してある揚げ戸から、不要となった市民たちが捨てられていた。病気、表立った謀叛に水面下の謀叛、危険思想、あるいはただ単に嫌われた人間たち。ダストシュートは地下に直結しており、いくつもの槽を通して肉体は化学物質に分解される。分解された物質は調合センターに送られ、都市生活に欠かせぬ必需品の材料に使われる。食料や薬など。

「なるほどツィグール殿は有言実行をしているわけか。『生まず、無くさず』」

 いずれにしても踊り子たちは遅かれ早かれ誰もがそうなる運命だった。二十五歳以上の古株は姿を消す。「考えてみれば可哀相なやつらだが、外をさまよう浮浪人と立場を変わりたいとは思うまい。つねに命の危険にさらされて、どこからも疎まれるようなやつらだ」

 スクリーンが明るくなった。会議の報せだ。議題:国防について。

 ジーゲルは跳ね起きてチュニックを羽織った。それを見た踊り子たちがいっせいに横たわり、長椅子からドアまで届く生ける絨毯となった。

 これもまたツィグールのろくでもない思いつきだ。調教されて染みついているのだろう。ジーゲルはエレベーターに向かいながら、腹立ちまぎれに踊り子たちを足蹴にした、

「ミンスキーの家にいればこんな気分だろうな」[*2]

 

 ジーゲルは一望した。大臣、研究会の会員、警察官たちがひどい暑さにぐったりとしていた。船を漕ぎかけている者さえいる。街には物音一つない。垂直エレベーターと〈水平〉エレベーターがこの時間に動くことは滅多にない。住民たちは一人残らず、午後の猛暑にやられてまどろんでいた。

 ツィグールだけは違った。浅黒い顔を黒い髯のなかで物思いにしかめ、金羅紗のカフタン姿で部屋をどしどし歩き回っていた。

「アッシリア王だな」とジーゲルは思った。

 機関銃の連射音が遠くから静寂を穿つ。ジーゲルは椅子から伸び上がり、すぐ下を見ようとして面白がるような目つきを城壁に向けた。「また一人」――宿なしの侵入者が火炎放射器で黒こげにされていた。ほかの死体と一緒に、警告として城壁の周りに並べられることになるのだろう。

「もうたくさんだ」ツィグールが怒りを爆発させた。「街が浮浪人の糞尿溜めだというのは本当だったようだな。厳重な警戒にもかかわらず、侵入に成功した者たちもいるそうじゃないか。原子病が病院で見つかった。山賊出没の報告も受けている。防衛策はまったく機能していないようだな、ジーゲルくん」

 ジーゲルは肩をすくめた。

「見張りを十倍にすることもできますが、それでどのように対処すればいいのでしょうか。人間一人を発見するのは簡単なことではありません。そのうえ、侵入者たちには街に共犯者がいます。密輸入者に、支援者たちの結社。それに外国語をマスターしたがっている女たちも……。なかなかたいした山師たちです」

「ごろつきどもが!」ツィグールがうなった。

 学者のヨーハが険しい大地を指し示し、不満を口にした。

「こんなところを見張れと仰るのですか? 起伏が激しすぎます。これからも侵入者は街に入り込むことでしょう。レーダーも監視カメラもこんな岩山では役に立ちません」

 そう言って疲れたように座り込んだ。

「むしろ――」と別の学者が口を出した。「起伏が激しいのは我々にとって都合よいのではありませんかな。街に近づこうと思えばモノレールか飛行機を使うしかない」

「斥候が何人か岩山で殺された」と、警視総監のヴァイスハルトが言った。「どいつもこいつも浮浪人は肝が据わっている。城壁の上に死体を乗せておいてもびびりもしない。発見されても失うものなどない。死ぬのも死の危険にさらされるのも、生活の一部なんだ」

「全員岩山から侵入しています」大臣の一人が口を開いた。「飛行機だとスピードがありすぎてこの辺りの山には着陸できません。ヘリコプターだと現場まで時間がかかりすぎます。やはり空から監視するのが一番だと考えております。密航機やパラシュートを見つけるにもそれ以外に方法はないでしょう。専門家のどなたかに飛行機の原型をおまかせしなくては」

 ツィグールが疑わしげな顔を学者たちに向けたのが、ジーゲルには面白く感じられた。

「ではポケットから発明品を取り出してくれることを祈らねばならんな。軍人どもと来たら! いつもいつも何もできんくせに提案だけはいっちょまえだ」

「山で生き延びられる者などおりますまい」また別の学者が言った。「鳥の餌になるのが落ちでしょう。鳥ぐらいしか生きられない場所です」

「鳥の餌、か」ツィグールが考え込むようにして繰り返した。「犬のように鳥を訓練することができれば……」

 ヨーハが懐疑的な様子で顔をしかめた。

「訓練された鷲でも、すぐに撃ち落されてしまいます。いい考えとは思えません」

 最長老の学者ドルカンだけは、まだ口を利いていなかった。顔は干涸らび、白髪は馬の毛のようにぼさぼさだ。

「思いついたことがありましてな。ただいま猛禽類の話題が出ましたが、それこそ我々に必要なものではないでしょうか。ああいう仕組みのものなら、非常になめらかに動き回ることができます。実を申しますと、何年も前のことですが、隼にヒントを得てグライダーのようなものを造る計画に取り組んでいたことがございました」

「グライダー? 滑走しなくてはならんだろう。岩に着陸するという問題も残っている。人間であろうと飛行機であろうと、怪しい奴らを残らず攻撃してぶっつぶせるような機械はないのか?」ツィグールはドルカンの意見をばっさりと切り捨てた。「ほかにアイデアのある者は?」

 ドルカンの顔がこわばったが、それ以外に落胆を示すしるしはなかった。

「リリエンタールと一緒にしてもらっては困りますな」その声に動じた様子はない。「隼を真似て造ったのです。ガソリンエンジンで翼が動くようにできておりまして……早い話がなめらかな滑空が可能なのです。わしの飛行機なら滑走路がなくとも離陸できるのです、隼と同じように。しようと思えば垂直方向に飛び立つこともできましょう。ほぼ鳥と同じ動きができると考えていただけますか。旋回、空中での静止、地面すれすれの滑空、急降下。ある意味ではグライダーと申し上げましたが、サイバネティックス装置を採用することで、自動的に気流に反応して風に乗るようにできております。翼を羽ばたかせるのにも方向を変えるのにも、操縦士の操作は不要です。反射と呼んでも脊髄反応と呼んでもかまいませんが、行きたいと思ったところに行っているのです」

「では操縦士は何をするのだ?」ツィグールが不審げにたずねた。

「どこに行くかを決めるのが操縦士でございます。いわば脳の役割のみを担っているのです。ここまではよろしいでしょうか? 操縦士がこの機の――世界初の機械でできた本物の鳥の――反射に慣れるには、航空史上において例がないほどの、昼夜を問わぬ厳しい訓練をおこなわなくてはなりません。必要な感覚をつかむまでは、そのことだけを考えるようにするのです。操縦士は服に包まれているように、この機体に包まれることになりましょう。馬を知る馬乗り以上に、この機体を熟知している操縦士が必要なのです。わしといたしましては、閣下のなさることに信頼を置いておりますので……」

「問題となるのが人材と訓練だというのなら、何の不都合もあるまい」皆まで言わせずツィグールが断じた。

 ジーゲルは踊り子たちの事情を考えながら、ツィグールの言葉なら嘘はないと確信していた。

 

 ――もはや何もすることはない。国防長官としては複雑だな、とジーゲルは考えた。

 ジーゲルは城壁の上を歩き回っていた。むせるような午後の暑気が白く厚い壁を熱していた。よどんだ空気のなかを、ドルカンの試作機――人呼んで『化鳥』が二機、街の周りに円を描いて、絶えず監視を続けている。化鳥たちは昼も夜も街の上空を巡視していた。その目を逃れられる者などいない。ツィグールは被爆者や火だるまの生き残りを病院で捕らえさせ、侵入者の死体のそばに転がせておいたが、それで都市内部の問題は片づいた。浮浪人たちの方は、街やその近郊を絶えず巡回している『化鳥』の遠くまで届く『目』に見つかり、容赦なく虐殺されていた。

 不意に化鳥が筋となってくうをよぎった。ダ・ヴィンチの思い描いた異様な機影が目に入った。骨だけの黒い鳥。空中を動き回る翼の音がここまで届いて来る。どこかに向かって滑降していた。迷いがない。

 奇妙な口笛が響いた。これが操縦士たちのコミュニケーション手段だ。カナリア諸島に伝わっているものを採用した。語彙は限られ、口笛と言葉の合いの子のようなものだが――口笛は声よりも遠くまで届く。あの音を聞くと不安で暗い気分になる。いつの間にか化鳥は四機に増え、時折り翼が大きな音を立てていた。密入国機を取り囲んでいるのだ。一機の化鳥が侵入者に襲いかかった。攻撃。立て続けに二度、三度。密航機の操縦士が抵抗を試みる。だが化鳥たちが金属の爪を機体に立てた。コックピットが蹴爪の下で弾け飛んだ。化鳥には火器が備わっていない。弾薬の重さや武器の反動によって微妙なバランスが崩れてしまうからだ。装備は古代ローマ船のような船嘴のみ。『頭』の上に一つ、後ろに一つ、金属の脚に一つずつ。これに捕まった飛行機はどこかに着陸せざるを得ないし、どれだけ硬い機体でも穴を開けられてしまう。

 舵と補助翼を破壊されて、密航機は真っ直ぐに落ちるしかなかった。

「間違いない。どんどん強くなっているぞ!」ジーゲルは歓喜した。

 岩だらけの地上では、もはや残酷な饗宴が繰り広げられるのみであった。時折り化鳥が旋回しながら上昇し、ふたたび攻撃を加えるために舞い戻っていた。

「獲物を狩るハヤブサそのものじゃないか!」ジーゲルは嬉しさを爆発させた。

 繰り広げられる情け容赦のない残酷な光景にしばらく見とれていた。

 やがて向きを変え、フランス窓から部屋に戻った。格納庫に戻っている化鳥を見に行くだけの時間はある。街のてっぺんにある格納ドームに行くと、グルシウム製の『爪』に襤褸のようなものがぶら下がっていた。ずたずたに引き裂かれた死体の一部がそのまま引っかかっているのだろう。

 知らないわけではなかった。こいつら密航機の操縦士は核戦争や砂漠の死神から逃れて来た人間たちだ。金をはたいてようやくのことで扱いづらく壊れやすい旅客機を手に入れ、見よう見まねで操縦し、妻やときには子どもや両親の受け入れ先を探していたのだ。

 ――魔法でも使ったのか。まるで全能の魔神だ。あれが『化鳥』か。猛禽のように残虐で。命令に忠実。

 ジーゲルは興奮してあちこち歩き回った。これだけの力を発揮しながら、それとわかるようなところはまるで見せないとは――。

 それから化鳥の操縦士たちのことを考えた。街のぐるりを昼も夜も休みなく旋回しなくてはならない必要上、知性があって従順な人形に作りあげられている。グライダーを作ることが決まってからの一年というもの、操縦士たちは強制的に軍に入れられ、どこにも出さずに訓練され、心変わりせぬように厳しい調教を受けて精神的な改造を施された。それはもはや空中で生き、空中に生きるのみの存在。訓練に逆らった者や、役に立たなくなった者は、『ダストシュート』に送られていた。「ゴミはなくならない」というのが、ツィグールの出した答えであった。勝ち残った者たちは人間性を剥奪され、操縦士以外の人間との接触を断たれ、以前の嗜好や関心事には見向きもせぬよう変えられた。操縦士たちは魔法をかけられていた。この機体があれば、翼をひと振りし思うままに旋回して、風を捕えることができた。

『外に出ることはありません。食べるときも寝るときも機体のなかです。口笛以外の手段で会話することは不可能であるうえに、任務の話しかしません。知性の減退に冒されているようです』というのが、ジーゲルへの報告書の内容だった。日に日に狩りの技術が上達するにつれ、知能が衰えるものだろうか? ドルカンは馬と騎手を例にとって話をしていた。なるほど操縦士たちが化鳥を住処と定めていたのは確かだった。フン族が議論も食事も睡眠も馬上で済ませていたように。

「目的に特化しすぎたかな」とジーゲルは考えた。「だが信じがたいとはいえ結果は結果だ。蜜蜂や蟻の巣のように市民を条件づけしようとするツィグールの理論も、遂にお墨つきを得たわけか。まあ確かに、蜂や蟻でもなければ、共同体を守るためにここまで恭順しようとは考えまい。文字通りの兵隊蟻だな!」

 もっとも、操縦士たちに選択の余地はなかった。幹部ではない人間の生活は囚われの毎日だったのだから。街から出るのを禁じられ、都市国家の生活を司るシステムの奴隷でしかなかった。政府の関係者か食糧でもないかぎり、モノレールや飛行機で行き来することもできない。ツィグールの鉄拳に閉じ込められて生活している人間にとって、そんな牢獄都市から抜け出したり飛び回ったりするのは、得も言われぬ喜びだった。囚われの市民にとって、囚人の夢を実現できるのはこの時を措いてない。窓から飛び立つのは――。生き物のように高感度の機械をコントロールして我が身のように自在に動かし、都市や郊外を守るのは――何とも気持のいいことに違いない。ツィグールの考えを支持することで、自由になりたいという希望を実現させたのだ。飛ぶことと仕留めることは、猛禽の本能であり、日常であった。

 ジーゲルは満足して長椅子に寝そべった。ツィグールの治世はこのグライダーの化けもののおかげで安泰だ。なにしろ化鳥は独裁官ツィグールが独占していた。化鳥の開発に協力していたドルカンや技術者たちは、「突然」死に見舞われていたのだ。ジーゲルにしても、報告書のなかで書いたように、「突然死と急死を認め」ることしかできなかった。

 

 街は暑さにしおれていた。音はない。二年前から街の外に音のすることはなくなった。もう侵入者はいない。ツィグールは金のローブを身にまとい、のんびりと、力強く、歩いていた。勝ちを収めたのは独裁者だった。

 操縦士たちの仕事もしばらく前から減っていた。知らぬ者などいない。化鳥の見回りと残酷さは広く伝説となって知れ渡り、街は恐怖に覆われ、侵入者たちを遠ざけていた。情報はすでにすみずみまで口から口へと駆け巡っていた。いかなる情報であろうと迅速に伝わるのが浮浪人たちのシステムだった。化鳥によって引き起こされた感覚的な恐怖は、当初の黒こげの死体の比ではない。国中が金属製の生きた鳥を話題にしていた。ツィグールはいまや無敵となった帝国の領土を拡大していた。敵対しているどこの軍隊であれ、領土に侵入しようと考えることすらせぬだろう。

「いまや我々はこの地域の支配者だ」ツィグールが厳かに言った。「化鳥が不浪人どもを狩ってくれた。被爆者が一掃されたおかげで、街から汚染もなくなった。もはや恐れるものなどない。兵隊も戦闘機も化鳥に楯突こうとはしなくなった。我こそ支配者だ」

 ――廃墟の支配者だがな、とジーゲルは思った。

 何もない山間部を見つめた。同じく何もない広大な空と太陽の下で揺れている。モノレールの路線が等間隔に並んでいるだけで、ほかにはなにもない。線路は山間に架かる長いアーチ――華奢な高架橋――の下を走っている。

「最近はそのグライダーもとんと見なくなりましたな」大臣の一人が口を開いた。

「見ないな」我が意を得たりとツィグールが答えた。「もう必要がないのだ」

「巡回しているところを何度か見かけましたが――」ヨーハが言った。「奇天烈な代物だと言わざるを得ません」

「ドルカンに不幸があってからというもの、機械の動かし方は操縦士しか知らんのだ」ツィグールはそう答えてから、「毎日動かしている以上は、身体や筋肉が覚えているんだろうさ」と吐き捨てた。

「それでもまだ侵入者が?」

「わずかだ。被爆者が苦痛に耐えきれず勝負に出て、捕まえられに来ている」ツィグールの声には何の感情もこもってはいなかった。

 ――苦痛に耐えきれず、か。とジーゲルは考えた。どうでもいいことでも口にしているみたいな話しぶりじゃないか――。いくら逞しい人間相手でもそれが何を意味するのかは経験として知っていたし、兵士として、肉体の苦痛がどれほど精神を揺るがすのかもよくわかっていた。――ツィグールめ、人間らしさなんてこれっぽっちも残ってはいないんだな。ほしいのは権力だけか。それが何らかの利益になるとわかれば、喜んで俺たちを犠牲にするんだろうとも。俺たちみんな――ドルカンの後を追うのだろうか。これまで何人もの極悪人や人非人に会ってきたが、ここまで苦痛に無関心な人間は初めてだ。サディストですらない。とは言え、操縦士と踊り子に課せられた人生は、やはり独創的だと言わざるを得んな。

 このボタンを押すだけでいい。化鳥はそこにいるんだ――ツィグールはそんなことを考えながら口笛語を操っていた。

 ジーゲルは不意に悟った。操縦士の話をしているわけでも、飛行機の話でもグライダーの話でもない。もはや化鳥でしかないのだ。誰もがそれを当然のように考えていた。だが操縦士たちはどう考えているのだろう? いかに人間だったころのことを忘れたとはいえ、やはり巡視や狩り以外のことを考えていても当然ではないだろうか。何やらこの俺の目を免れていることがあるようだ。

 ジーゲルは心に刻んだ――立ち寄ってみよう。夜中に。格納庫を。ジーゲルはこっそりと忍び込んだ。見張りはいない。監視兵も歩哨も化鳥に任せきりだった。それだけ信頼していたのだ。化鳥たちがいた。止まり木に並んで、大きな翼をたたんでいる。薄暗がりのなか、円窓が奇怪な目玉のように輝いていた。操縦士たちは街上空の巡回をほかの二羽にまかせて、眠っているはずだった。だが化鳥たちはロボットのように謎めいた命を秘めているようだ。ドルカンがたぐいまれなしなやかさと俊敏性を植えつけたせいで、不気味なほどに生き物そのものであった。悪夢に現れるような鳥だと言われても仕方がない。隼というよりは、手際が悪いころの自然が造りあげた不格好な中生代の翼竜に似ていた。

 だからといって操縦士たちに何ができるというのだろう? 手足を伸ばしに外に出たがらないとはおかしな奴らだ。おそらく長いうちに畸形化してしまったのだろう。かつて自動機械の操縦士が肥満に苦しんでいたように。化鳥たちが機体のなかで胎児のような恰好をして丸まっているのは知っていた。膝を抱え、金属製の鳥の『頭』に囲まれた頭をうずめて。今ではもうその丸いシールド越しにしか外を見ることはできない。化鳥同士でも言葉を使った普通の会話をしなくなったのはなぜなんだ? 数か月前から、メンテナンス役の人間の誰一人として操縦士には会っていない。操縦士たちは自分たちだけでうまくやっている。「あいつらだけで充分ですよ」整備士の一人がジーゲルにそう言っていた。

 シールドのせいで、鳥たちは人知れず視線を交わしているように見えた。遠目と夜目の利くように改良されたその視覚装置を調べてみた。レンズに目をつけたまま眠るのか? はたして何を考えているのだろうか? 毎日毎日をこうして過ごしているのか? こうして眠っているのか? 便利な機械を操作しているうちに、人間の身体の普通の使い方を忘れてしまったのか? 手や腕はレバーを動かすためのものでしかなくなってしまったのか?

 ジーゲルは眩暈を覚えた。単純な問題や簡単で効果的な心理学に慣れていたせいで、不愉快なほど不安を感じ、狼狽を覚えた。激動の人生のなかでさまざまなことを経験してきたが、そのどれにも似ていなかった。

 

 ツィグールが広いテラスに出て、動かぬコンクリートの町並みを見つめた。暑さはツィグールのように力強く、揺らぎなく、容赦なかった。ツィグールは満足げに黒い髭をなでた。

 ――俺たちは化鳥に頼りきりだ、とジーゲルは考えた。もう誰も見張りなんかしちゃいない。監視兵なんていなくなってしまった。

 ツィグールが口笛で合図をした。返事はない。

 ――条件づけが切れたんだな。無反応、と……。ジーゲルはそう思った。

 自信に満ちていたツィグールの顔には余裕が浮かんでいたが、やがて時間が過ぎるとともに疑いが兆し始めた。そしてとうとういらだちを表に出した。

「おそらく眠っているのではないかと」ヨーハが口を開いた。

 ツィグールが顔を上げた。石のように張り詰めた空を見渡しても、これまでは休みも取らずに見回りをしていた二羽の化鳥がどこにもいなかった。

「こんなことは初めてだ」

 ツィグールは合図を繰り返した。

 おそらくは激しい訓練のあとでどっと虚脱感に襲われでもしたものか、この暑さのせいででもあるのか、とうとう人事不省に陥ってしまったのだろうか? 狩りに特化したがために、獲物がいなくて呆けてしまったのだろうか?

 静寂。だが緩やかな、平穏を意味する静寂ではない。内戦に憂う町を覆うような静寂――何かを覆い隠している静寂だった。燃える太陽の下、人気のない道路――静けさではなく、不穏さに満ちた、死だけがうろつき待ち伏せている道路。人気がないのは、危険を冒して足を踏み入れたとしたらすぐに弾丸が飛んで来るからだ。ジーゲルはそうした緊迫した雰囲気をしっかりと感じ取っていた。おかしな空気にツィグールは気づいていない。高揚感に目が眩んでいたのだ。それに化鳥などツィグールにとって、敵を制圧する道具に過ぎない。

 ツィグールは詰め所の一つに内線電話をつないだ。直後、もつれたような声が聞こえた。

「どいつもこいつも眠っているのか!」ツィグールが怒りを爆発させた。「ただちに化鳥を呼べ。広場に整列させろ」

「どういった理由でしょうか?」

「そんなものいらん。俺が会いたいのだ」

 遠くから口笛語の合図が聞こえ、居合わせた者たちは顔を上げた。空には相変わらず何も見えない。

「様子を見て来ます」ジーゲルが立ち上がった。

 ジーゲルは高速エレベーターに急いだ。不安に駆られて都市の頂に向かっている最中、静寂が揺らぎ、破れ、口笛の合図と警告の叫びが響き渡り、あちこちを駆け巡った。何を言っているのか聞き取ろうとしたが、それは夜に目を覚ました森のざわめきにも似た不明瞭な音でしかなかった。

 頂に着くと、真っ先に薄暗い格納庫に向かった。不快なえぐい匂いに胸が悪くなる。

 止まり木は空っぽだった。

 ジーゲルは出口に向かった。

 眼下では化鳥が街を飛び交い、窓を割り、すべてをぶちまけ、路上で人を襲い、逃げる者を追いかけて、情け容赦ない虐殺と殺戮をおこなっていた。

「叛乱だ!」

 左右に目をやる。格納庫の暗がりのなかに、ずたずたになった肉が散らばっていた――血塗れの生肉だ。いくつかは腐っている。悪臭が満ち、胸が詰まりそうだった。

 肉片を拾い上げる。汚れた布の切れ端が付着していた。

「侵入者の死体か……ここまで運んで来たのか。それにしても火炎放射器に、見張りは……?」

 機械の音がした。操縦士たちの食事の時間だ。食事用エレベーターがブリキ缶をいくつも吐き出している。それは手のつけられていないいくつものブリキ缶の上に落ち、しばらくのあいだ、がちゃがちゃと音を立てていた。ジーゲルはそばに寄って確かめてみた。文字通り山が聳えていた。素早く視線を走らせる。一年近くも前のものがあった。一瞬にしてジーゲルは悟った。

「人喰いか……人を喰らうようになっちまったんだ」

 ジーゲルはエレベーターに飛び乗り、詰め所に急いだ。空っぽだった。口笛係を捕まえて、化鳥に向けて基地に戻って来るよう命令を出させた。それを何度も繰り返した。

 窓の壊れる音、街を逃げまどう人間の叫び、それに応える化鳥の声。

「皆殺しにしろ! 空は俺たちのものだ! 化鳥万歳! 人間はごみだ! くたばれ人間ども! 飛べない奴らめ! 俺たちに空を! 俺たちに街を! この世の春を!」

「イカレやがって」ジーゲルはつぶやいた。「あんな訓練と暮らし方のせいだ」

 ほかに何かあるに違いない。それが間違っているにしても、あとで考えればいいのだ。

 騒ぎにも慣れてくると、棚に駆け寄って小型バズーカをはずし、目につくかぎりの弾丸をかき集めてから、大急ぎで会議室まで降りた。

 なかに入るまでもなかった。エレベーターからでも、ひどい状況になっているのがドア越しに見えていた。化鳥の口笛と混じり合った呻きや喘ぎが会議室に満ちている。掻き裂かれて血塗れになったツィグールが床を這っている。ここでできることは何もない。

 ボタンを押して下に降りると、街のふもとにある詰め所に駆け込んだ。

 服をぼろぼろにした男たちが、火炎放射器や重機関銃に飛びつき、あがいていた。

「馬鹿野郎!」ジーゲルが吠えた。「機械に頼るとどうなるか思い知ったか」

 女の叫喚は男の怒号よりも鋭く、激しい。それが騒ぎの本流となり、空気を切り裂いていた。

 ジーゲルは一瞬にして詰め所の武器を値踏みした。

「街なかで火炎放射器など使うな! 危険すぎる! 格納庫のガソリン・タンクを爆破しろ」

「火をつけて……焼き払うんだ」中尉の一人がつぶやいた。

「燃料補給を断つにはそれしかない」

 化鳥はいつもどおり朝満タンにしたのだろうから、ガソリンはあと二時間とはもつまい。それまで耐えきればいい。

「急げ! 周囲の建物はやむを得ん。あとで消せばいい」

 ジーゲルは六人をしたがえて対空砲に駆け寄り、焼夷弾を詰めた。

 七人は格納ドームの基部に狙いを定めた。

「撃て! ドームを爆破するまで撃ち続けろ!」

 爆煙が上がった。ドームが揺れて崩れ落ち、破片が飛び散り、周りの建物にまで降り注いだ。化鳥の群れがあわてた様子で旋回している。群れから離れて砲台めがけて急降下して来た化鳥たちもいる。

「撃て!」ジーゲルが叫んだ。

 急降下していた化鳥が撃たれ、きりきりと舞いながら、燃えた紙切れのように縮こまり、鈍い爆発音とともにかたわらの道路に墜落した。仲間の化鳥たちが詰め所の上空に急降下して来た。

 不意に巨大な影が窓に映る。窓が割れ、化鳥の重みで粉々になって飛び散った。

 蝙蝠のように部屋の天井付近を舞う化鳥に砲弾が降り注ぎ、翼が壁にぶつかり鈍い音を立てる。蹴爪で腹を裂かれた砲撃手が絶叫した。ジーゲルはぎりぎりで身を伏せて床を転がり、砲撃手をつかんでいる爪の届かないところまで逃げることができた。

 ついに化鳥たちが束になって詰め所に襲いかかった。一人がパニックに陥り、ジーゲルが止める間もなく、火炎放射器を操作した。男は燃え上がった化鳥の落下に巻き込まれて倒れ込んだ。燃料タンクが開き、炎の層が舌を広げ、詰め所じゅうを舐め尽くした。

 ジーゲルは廊下に飛び込んだ。そこなら化鳥たちも襲えない。

 叫び声、口笛、砲撃の音、火炎放射器のうなりが、切れ目なく調べを奏でている。化鳥たちの動きが速すぎて弾が当たらないので、誰もがそれを理由に、ジーゲルの忠告を無視して火炎放射器を使っていた。街じゅうで火の手が上がっている。襲撃に恐慌を来した人々には、火を消すことにまで頭を回すことができなかった。

 目を上げると、階段室の高い窓から、火の粉に包まれた鋼鉄製の梁が見えた。モノレールのレールだ。

「撃て! 撃て!」馬鹿のように叫ぶ声が聞こえる。

 ――どうやら片はついたな、とジーゲルは考えた。ツィグールは死んで、会議も鳥の餌にされちまった。俺のキャリアもこれで終わりだな。【会議は熱々のうちに食われちまった。

 どうやって逃げればいい? モノレールは燃えちまった。飛行機で飛び立つのは狂気の沙汰だ。一番の安全策は歩いて街を出ることだろうか。化鳥たちも街の外までは追って来るまい。

 ジーゲルは市門行きの水平エレベーターに乗った。

 誰一人邪魔をする者はいなかった――財産を運び出したり身を守ったりするのに必死なせいで、助けを呼びに行くのか火災や化鳥を鎮めようとしているのだくらいにしか思われていないようだ。

 出口にたどり着き、目の前に広がる景色を見ると、張り詰めていたものがゆるみ、ため息が洩れた。参ったな! こんな蟻の巣のなかで三年間も暮らしていたとは!

 ――どのみち環境を変える頃合いだったんだ。

 ジーゲルは川に急いだ。川に行けば小舟がある。焦土を離れて遠くに行ける。武器と経験があれば、どこをさまよおうと恐るるに足らぬ。

 かなりの時間を歩いたあとで振り返った。街はもはや赤く燃える松明の光に過ぎなかった。ジーゲルのいるところからは、はっきりしないかたまりが光っているのが見えるだけだった。巨大な煙の柱がゆらゆらと立ちのぼっている。

「あのなかはさぞかし暑かろうな!」冗談を言う余裕が生まれていた。

 川を目指して歩いていると、静けさのおかげで興奮も冷め、何が起こったのかをじっくりと考え始めた。

 今回の暴動が意味するところは? 支配するのは自分たちのほうだ、と考えていたのであれば、どうして操縦士たちはツィグールに最後通牒を突きつける代わりに、馬鹿げた奇襲攻撃を仕掛け、挑発するように口笛を吹き鳴らしているのだろう?

 やがて少しずつ恐ろしい確信が頭をもたげて来た。あいつらは完全に機械のなかで生きることを余儀なくされて、もともとの身体に宿っていた感情を失ってしまったのだ。ずっと同じ状態でいたために、グライダー特有の反応や動きをしているうちに決断の仕方や考え方まで順応してしまい、ついには機械をおのれの身体――鳥の身体――としてしまったのだ。人工の鳥と共生するうちに人間本来の振る舞いをすっかり忘れ、肉食を課せられているうちに人肉の味を覚えてしまったのだ。ドルカンが望んだより遙かに完全に、文字通り機械の脳となってしまったのだ。さりとてその食嗜好が示していたとおり、脳であればどんな身体にも住まえるというわけではない。脳は独立しているわけではなく、解剖学上も肉体上もその一部でしかないのだ。脳の働きを導くのは身体の動きである。言動、務め、生き方によって精神が形作られてしまえば、肉体は外部世界を把握するための手段に過ぎなくなる。

 操縦士が化鳥のなかでひたすら操作に溺れて腕を磨いていくうちに、本来の人間の肉体が衰え、機械装置と脳が互いに影響を及ぼし合うようになっていた。最終的にはもはや一つのことしか考えられなくなった。獲物を追い、口笛で会話することだけが考えていることのすべてであった。こうして化鳥たちは本物の鳥になり、知性も衰えていった。 そこから常軌を逸した挑戦が始まった。それはまったく新しいタイプの動物であった。

 ――ツィグールにとっちゃ、予期せぬアクシデントというわけか。理論がうまくいったばっかりに、そのせいで命を落とすとはな。

 ジーゲルは川に急いだ。何だかんだあっても数時間後には片がついているはずだ。

 影がかたわらの地面をよぎった。見上げると、空高くに一羽の化鳥が旋回していた。

 ジーゲルは駆け足になり、折にふれて顔を上げ化鳥の様子を確かめた。

 ――化鳥の最後の一羽がくたばるまで、地下倉庫で待機しているべきじゃないのか。そのほうが逃げ回るより賢明なのでは。駄目だ。馬鹿げてる。火に巻かれて生き埋めになるか窒息死するのが落ちだ。化鳥はいったい何をしているんだ? 侵入者を追いかけて遊ぶのはもうやめたのか? ふん! 食べることしか考えていないんだな。あせるな、現状を維持しろ。二十分もすればガソリンが切れて、あの欠陥品も一巻の終わりだ。

 暗くなり始めるころには、岩山の見えるところに来ていた。ジーゲルは岩山に向かって走った。身を潜ませる洞窟か窪みが見つかるはずだ。

 化鳥をさっと見やった。旋回しながら降りて来ている。

 ざっと見積もったところでは、化鳥より早く岩場までは着けそうにない。夜の闇が荒れた岩場を黒く染め始めている。暗さに紛れて見えない岩の起伏につまずきかねない。全力で走っても意味がない。ジーゲルは立ち止まって地面に伏せ、ピストルを構えた。

 化鳥の描く輪が狭まっていた。

 ――これだけ地面に密着していれば、飛びながら襲うわけにもいかんだろう。速度を落として着陸するしかあるまい。行動するならその時だ。それにもうすぐガソリンも切れるはずだ。

 真上で旋回する化鳥が頭をかすめそうになる。目の前に巨大な円窓眼が見えた。薄明を反射して邪悪な光を放った。撃つならコクピットだ。弱点はそこしかない。

 蹴爪のある『頭』がかしいだ。今だ。ジーゲルは三発続けて狙い撃った。途端に大きな塊が降って来た。

 三メートル以上転がってそれを避けてから、もう一発撃った。化鳥は斜面に落ち、折れた片翼をぶら下げていた。警告の口笛が空中に響き渡る。

 ジーゲルは立ち上がって走ろうとしたが、足を取られた。気づけば、身体じゅうのいたるところから血が流れている。街を赤く染める地平線から、いくつかの点が浮かび上がり、急速に近づいて来るのが見えた。仲間の化鳥だ。腐肉におびき寄せられたコンドルの群れのように、警告を聞いていっせいに攻め込んで来たのだ。

 勇気がくじけそうになる。手から流れる血が止まらず、拳銃がべたついている。地面で動けずに震えている化鳥を撃ち続けた。コックピットはすでに割れていた。なかで何かがうごめき、外に出ると、土から顔を出したばかりの芋虫のように、光に目を眩ませた。力まかせに引きずりだされた醜い鉛色の胎児のようだ。

 もう一発。

「この出来そこないめ! 化けもの鳥め!」

 いざりのように這いずる痩せ細った化けものを、おぞましい目つきで見ると、皮膚が破れてゆっくりとリンパ液が流れ出していた。

 顔を上げると、ほかの化鳥たちが敗れた仲間を助けようと向かって来る。だが市街戦と火災で傷ついた化鳥たちは、空中でふらめき、不格好に翼をばたつかせていた。ジーゲルは這って逃げようとした。足はもう立たない。翼のふちで腿の筋肉を断たれてしまった。もう駄目だと感じながらぐちゃぐちゃの地面を這い続けた。時計に目を落とした。針が指しているのは、ガソリンが切れたころだ。

「しめた!」ジーゲルはしゃくり上げた。

 ついに化鳥たちが落ちて来た。よろめき、ぐらつき、黙示録の鳥のように炎をあげている奴らもいる。戦いで死にかけた奴らは、努力の甲斐なく地面に叩きつけられ、ぐしゃぐしゃになっていた。

 空にはもはや一羽たりともいない。生きている奴らは警告の笛を鳴らした化鳥の周りに集まっている。地に這いつくばって逃げようともがき、翼を広げようと無駄な努力を続けていた。

 ジーゲルは放心したように、その異様な光景を見つめていた。憎しみに口唇を歪め、吐き捨てた。

「死ね! くたばっちまえ! もう飛べやしまい、ハゲタカどもめ!」

 ジーゲルは四つんばいのまま、屑鉄どもから離れようと川に向かおうとした。

 そのとき、ジーゲルの言葉に反応したように、口笛が響き渡った。操縦士たちの脳が、自分が死にゆき、種が滅びゆくのを直感し、化けものじみた本能から、混乱した意識のなかでそんな声をあげることしかできなかったのだ。その口笛にはもはや意味などない。あるのは哀しい叫びであり、引き裂かれるような響きであり、喉から絞り出される慟哭であった。繰り返される嘆きの合唱は、通夜の哀哭のように空に舞い、黄昏の空気を満たしていた。

 ジーゲルは夜空の下に広がる燃え尽きた街を見つめていた。オイルと焼けた肉の匂いが喉を刺し、獣じみた化鳥の嘆きが耐え難く耳を聾する。夜に黒く染められた地面が赤く照らされ、燃えている化鳥が身体をよじるたびに光が揺れた。遠くに川が光っている。どこを見ても、すさんだ夜陰があるばかりだ。

 夜は少しずつ心のなかにも忍び込んできた。

 ――終わったんだ。助かった。助かったんだ。喘ぎながら繰り返し言い聞かせた。

 助けを求めて、わけもわからず地平線を見つめた。光もなく、暗く、冷たい地平線。血で視界が閉ざされ、引き裂かれるような化鳥の悲鳴が小さくなっていった。

[註釈]

*1. [未開の中世が……]
 ニーチェ遺稿集8、1880-1881冬より、第61断想。著者によって若干のアレンジがされています。[]
 

*2. [ミンスキー]
 マルキ・ド・サド『悪徳の栄え』に出てくる殺人鬼。[]
 

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「自殺」クロード・フランソワ・シェニス

自殺
 クロード・フランソワ・シェニス

 どんよりとした陽射しが落ち、埃にまみれてひび割れた窓ガラス越しに、白木のテーブルに光が当たった。テーブルの前に庭椅子があるほかは、その部屋に家具はない。汚れた床の上には、割れやすい実験用ガラス器具や扱いの難しい測定器が積み上げられている。遡ること戦前に、忍耐と交渉を重ねた末に手に入れたものだった。壁に掛けられているのは、フランツ=フェルディナント皇帝の公式肖像画だ。苦悩の表情を浮かべた皇帝の正面には万年暦があり、目盛りが日付を告げていた。一九三四年十一月ノーヴェンバー八日。

 遠くでイギリスのロケット弾が糸を引くようなうなりをあげた。やがて谷に落ちて爆発するのだろう。教授は顔を上げてその軌跡を追おうともしなかった。不安な様子はまったく感じられない。一年前に、最後の爆弾によって最後の核工場が破壊されてからは、敵国のどこであろうと核物質を撒き散らすことは出来ない。先ほどのロケット弾には普通の爆薬が積まれている。それが戦争末期にできる精一杯の攻撃だった。「爆弾」を知っている者なら大騒ぎするまでもない……

 実際のところ戦争が今も続いていたなら、いいかげん慣れ切っていたはずだ――十二年というのは慣れるのには充分すぎるほど長い――それに何より、どのキャンプを探してみても、砲撃をやめさせることのできる人間などもういないのだから。教授の知るかぎりでは、帝国はもはや存在しなかった。廃墟となった都市部との連絡を絶たれ、数百万人からなる軍隊は散り散りばらばらになり、群れを為した寄せ集めと化して、絶望して故郷に帰る先々で土地を荒らし恐怖を撒き散らしていた。なかには断固として夢を見続ける将校たちもいて、しっかりと手綱を締められていたいくつかの部隊は、それぞれのキャンプ地で残された砲弾やロケット弾を盲撃ちしていた。

 この戦争には勝者も敗者もいなかった。荒れ果てた世界では文明の波が最後のしぶきを上げて次々に沈んでいた。六か月前からチロルの研究所には教授一人しかおらず、インスブルックからはもう何の連絡も来ていない。だからと言って出向くのは問題外だ。爆弾に汚染された死の地帯と、腐乱死体が分解されさえしない腐敗地帯が、北の谷を覆い尽くしている。スイス十月革命以来、チューリヒのラジオ局は無言を貫いている。いや、無意味で矛盾した宣言だけを時折り発信しているというべきだろう。

 

 一九一四年六月二十八日。サラエヴォにいたフランツ=フェルディナント大公は陸軍の司令官に対して不機嫌を隠さなかった。それもやむを得まい。伯父である老フランツ=ヨーゼフ皇帝がボスニアの人々にしっかりと支持されていることを確かめに来たのだが、そこでわかったのは町が敵意に満ちていることであり、行列が通ると非難に満ちた呟きが聞こえることであったのだから。

 治安部隊の兵士たちにしてからがボスニア軍に所属しており、不機嫌そうな態度を取ったり武器の持ち方を変えたりすることで、ほかの人間に訪問してほしかったことを明らかにしていた。待ち望まれていたのはセルビア王ペータル・カラジョルジェヴィッチだった。オープンカーにいる皇太子夫妻は恰好の標的であった。いかに勇敢とはいえ、フェルディナントは背筋に震えが走るのを感じていた。

 だが何も起こらなかった。オープンカーは駅に着き、ひそかにセルビア国歌を演奏する準備をしていたはずのオーケストラが、「神よ皇帝を守り給え」をぞんざいな調子で演奏した。フェルディナントは大公妃が列車に乗るのに手を貸してから、振り返って司令官の手を事務的に握り、客車に乗り込んで、憎しみに満ちた人々に最後の挨拶を送った。安堵の息をついたとき、列車が動き出した。

 

 死へのレースが始まったのは一九一〇年ごろのことだ。ヨーロッパ各国の首脳たちは――正当な理由から――十数年後には世界大戦が避けられないと判断し、それまでの期間を準備に費やした。ばらばらの軍隊を一つにし、施設をまとめるには、オーストリア=ハンガリー二重帝国にはそれだけの時間が必要だった。帝政ロシアにも、烏合の群れをまともな軍隊に変えるのにそれだけが必要だった。ドイツの場合は……かの老ティルピッツがぶちあげた造船計画などは狂気の沙汰だったし、皇帝ヴィルヘルム二世が計画に同意したのも、造船所がそれを実現できるわけもないと確信していたからだ。この計画によれば大洋艦隊ホーホゼーフロッテはイギリス・フランス連合艦隊の二倍の戦力を得られるはずだった。一九二二年六月、老提督が誇らしげに皇帝に報告できたのは、ホーエンツォレルン家の鷲に海上をしろしめさせんために百隻のドレッドノート艦を準備して秘密工廠から出艦させている、という内容だった。

 だが英仏協商は眠りに就いたままでは終わらなかった。三十年前から燃やし続けていた復讐心のもとで訓練怠りなかったフランスは、少しでも危険を感じたら国境に百個師団を送り込む用意をととのえ、最初の攻撃に耐えるか――与えるか――するはずだった。それを後ろ盾にして、イギリスも動員をかける準備をととのえることができた。そして二つの同盟国によって極秘裡に恐ろしい兵器が開発されたのが、一九一六年のことだった。その武装した装甲車には農業用トラクターのようなキャタピラがついており、どんな道でも障害物でも乗り越えて進むことができた。大量の『タンク』(というのが秘密を保持するためにつけられたコードネームだ)が搬入され、乗組員たちは絶対に口外しないことを誓わされたうえで訓練されていた。

 一方ではさらに悪いことが――よりいっそう悪いことが――起こっていた。一九一五年からドイツの化学者たちは窒息性のガスの製造に取りかかっており、それを使用すれば完全なる勝利が約束されたも同然だった。ドイツ歩兵隊は肩に武器をかつぎ、呼吸は防護マスクを通しておこない、厄介なことといえば死体の山を越えて歩かなくてはいけないことくらいであった。ドイツ空軍ルフトヴァッフェによってこのガスがばらまかれて敵国中に広がれば、生き延びた人々はパニックに陥って政府に早期降伏を要求するのではないかと期待された。七年にわたる試行錯誤の結果は称賛に値するものであった。ドイツの化学者たちは大船に乗った気でいた……

 だが一方で研究に勤しんでいたのが物理学者たちだった。一九一九年五月十一日、イギリスの科学者ラザフォードの研究が首相の目に留まった。原子には並はずれたエネルギーが含まれており、手だてさえ見つかれば大きな力を自由にできるというので、ただちにラザフォード計画が誕生した。同盟両国から著名な物理学者が集められ、極秘裡に研究室に保護された。

 だが秘密というのは洩れるものだ。イエナ大学のアインシュタイン教授がこの研究に感づくことになる。ドイツ皇帝の庇護を受け、ドイツと深い関わりのあった著名な理論家にとっては、平和主義に目をつぶり「武器」実用化に向けた研究をおこなうのは簡単なことであった。

 こうしてすべての火種はととのった。

 

 火がついたのは一九二二年七月のことだ。きっかけはありきたりの外交的事件に過ぎなかった。三日間で全世界が戦争状態に陥った。たった一か月で、死者の数は二千万人にのぼっていた。

 初めの数日はどのような予想も伝統的見解も役に立たなかった。制海権は新たな持ち主の手に渡った。イギリスの遠征軍はティルピッツの創案した艦隊によってマンシュの奥に追いやられ――連合艦隊も運命を同じくした。だがすでにフランス軍はウルムとアウルスブルクを目指し、戦車が立ちはだかるものすべてを蹴散らして進んでいた。そこでドイツはガスに防衛を託した。フランスの兵士が息を詰まらせ地面でひきつる間もなく、ルールに最初の爆弾が投下された。

 六か月で一億人が死んだ。ルールとラインラントの町にはもはやガラス状になったクレーターしかなかった。だがフランス北部は一年後には見渡すかぎりが腐った屍で埋もれた大虐殺場となっていた。緑のガスが拡散することなく層を成して滞っていたのだ。

 一年が過ぎたころには死者は二億人に達していた。そのあとは、殺戮のリズムは速度をゆるめた。軍人は身を潜め、市民は廃墟の下で一つになっていた。一つには生き延びるため、一つには軍事品を補給するため。争いは長期化し、決定的な成果もなく、大きな勝利も敗北もなかった。残された中立者たちも、態度をはっきりとさせなくてはならなくなっていた。一つだけ明らかな敗者があった。文明。もはや希望は一かけらも残されてはいない。被害はあまりに大きく、復興は恐らく不可能だった。重要な施設も工場も消え失せてしまった。交通の足ももはや存在しない。爆弾やガスを免れた人々も、飢えやペスト、チフスによって最後の仕上げを打ち込まれていた。

 

 教授は頭を抱えた。一瞬だけ懐疑、疲労、弱気を覚えた。もう缶詰もほとんど残っていない。猛威をふるったチフスによって助手たちも倒れてしまった。自分が死んでしまえば、すべてが失われてしまう。たった一つ残されたすべての希望が。どれほど頼りない希望であろうと……。

 一九三四年十一月八日。配給が手に入ったので、これで年末まで食べてゆける。あと五十日。せめて友人のハイゼンベルクがコンデンサーを持ち帰ろうとしてインスブルックへの降下を最後に試みなかったならば……。

 厳密に言うなら、多少の工夫をして、複雑な作りにすれば、コンデンサーなしでも「最後のチャンス」計画を成功に導くことはできたのだ。ハイゼンベルクがいないとなれば、でたらめに書き散らされた覚書をもとに仕事をせざるを得ないが、それは困難を極める。替えのきかない痛手だった……。計画を進めていたのはハイゼンベルクだったのだから。一年以上前に繰り返していた言葉を今でも覚えている。「もちろん我々が知っているような過去は蓋然的なものでしかなく、断じて確定的なものではない。『もっともありそうな』過去でしかないのだ。不可能ではないのだよ、運命の手をねじ曲げ、新しい可能性を生み出すために、過去に介入するのは不可能ではないのだ。最後のチャンスだ……無論、我々自身が過去に戻ることなど問題外だ。因果律を冒すようなことなどできるわけがない。だが現在の我々の意思を投影することならかろうじてできる。過去にいたもう一人の我々に向かって。我々自身に向かって、すべきことをするように導くことなら――将来すべきこと……というべきかな。未来を――彼らの未来を――変えるためにしなくてはならないことをだ。頑張ろうじゃないか……」

 教授はため息をつき、抽斗を開け、二十年前に購入した古い自動拳銃に目をやった。疲労に負けそうになる。滅びかけたこんな世界を見捨てたい思いに気持が傾く。肩をすくめて抽斗を閉めた。そんな形で自殺するのは無意味だ。だが準備していた方法なら……。

 戦前十年間の歴史は詳細に調べていた。できるだけ早く実行しなくてはならない。当たり前のことだが、動き始めてしまったあとで武力衝突を止めようとしても意味がない。遅らせたところでさらに悪い結果をもたらすだけだ。そうではなく、事前に暴発させなくてはならない。軍事力が恐ろしい手段を手に入れ、戦争のスタート地点にたどり着く前に……壊死する前に膿を出さなくてはならない。

 早ければ早いほどいい……だが年齢に制約がある。一九一一年八月のアガディール事件のときにおこなうのは都合がよさそうだ。タンジール訪問中に皇帝ヴィルヘルムを暗殺するだけでよい。事件はフランス警察が担当することになる。その後に起こる戦争で活躍する武器は銃剣になるはずだ。航空機でも自動火器でもガスでも爆弾でもなく……戦争はすぐに終わり、人もほとんど死なずに済む。だがまだウィーンの寄宿学校に閉じ込められている十六歳の少年が、どうやってそんな遠国に行き、そんな出来事を実現させられるというのか?

 一九一四年八月のセルビア事件のときなら十九歳になっている。年齢的にはだいぶいいが、年代的にはぎりぎりだ。翌年にはドイツの科学者がガスを開発している。もちろん戦争で用いられるだろうが、完成させる時間はない。武力衝突は一九一九年を待たずして終わる可能性がある。戦後の雰囲気のなかではラザフォード計画が生まれるような理由もないから、爆弾が開発されるのも二十年は先になるだろう。一九一四年……この日に起こるはずの戦争は長いものになるだろうが、文明を滅ぼすには至るまい。

 プリンツィプ教授は顔を上げ、これから殺しに行く人物の肖像画を見て、仕事に戻った。

 

 一九一四年六月二十八日。サラエヴォにいたフランツ=フェルディナント大公は陸軍の司令官に対して不機嫌を隠さなかった。それもやむを得まい。伯父である老フランツ=ヨーゼフ皇帝がボスニアの人々にしっかりと支持されていることを確かめに来たのだが、そこでわかったのは町が敵意に満ちていることであり、行列が通ると非難に満ちた呟きが聞こえることであったのだから。

 治安部隊の兵士たちからがボスニア軍に所属しており、不機嫌そうな態度を取ったり武器の持ち方を変えたりすることで、ほかの人間に訪問してほしかったことを明らかにしていた。待ち望まれていたのはセルビア王ペータル・カラジョルジェヴィッチだった。オープンカーにいる皇太子夫妻は恰好の標的であった。いかに勇敢とはいえ、フェルディナントは背筋に震えが走るのを感じていた。

 一回目の銃声ではフランツ=フェルディナントを脅かすことはできなかった。学生プリンツィプは射撃場にいるように落ち着き払って銃を撃ち、ブローニングのマガジンを空にした。先に撃たれた大公妃が倒れ込む。プリンツィプは慎重に――極めて慎重に――狙いをつけて、とどめの銃撃をおこなった。

 当局から尋問されてもプリンツィプは頑として口を割らなかった。法廷でも不遜に沈黙を貫いた。もっとも、裁判はほとんど注目されることもなく終わった。戦争が猛威をふるっていたのだ。

 プリンツィプは二十歳で死んだ。最後まで犯行の動機を説明することはなかった。

「あわ」ジュリア・ヴェルランジェ

「あわ」ジュリア・ヴェルランジェ

八月八日

 今日もまたよそびとを見た。長い腕を窓のまえで振って、何かを話していた。話しつづけていた。やすみなく口を動かしていたけれど、わたしには何も聞こえなかった。あたりまえだ。窓のこちらがわには何も聞こえない。今度は腕をガラスに当てて押しはじめた。わたしは怖くなって、ボタンを押して鎧戸を閉めた。もちろんわかっている。よそびとは入ってこれない。誰もなかには入ってこれない。

 父が以前に言っていた。ずっとむかしの窓ガラスは割れたそうだ。信じられない。でも父は知っていた。父によれば、あわがこの時代に現れたのはラッキーだった。むかしだったらきっと一人残らず死んでいた。家もいまとは違ったし、お手伝いもいなかった。あわから逃げることは誰にもできなかっただろう。

 大きくなったら日記を書くことをすすめたのは父だ。「未来のために書いておかなくちゃならない」。いつか、あわに立ち向かう方法が見つかって、何もかも以前のように戻るときが来る。「あわの時代に起こったことをみんなに知らせなくちゃならない。そのために日記をつけなさい、モニカ。おまえが大きくなって、父さんがいなくなってしまったときにはね」。いなくなるのがそれほど早いことだとは、父も思っていなかったはずだ。せめて、そとに出なければ。そとに出ないでくれていたら。

 大きくなったら、と父は言った。わたしは今日で十六歳になった。もう大きくなったと思い、けさから日記をつけはじめた。

 父はよくものを書いていた。あわのことなら何でも書いていたし、以前の世界がどのようなものだったかも書き留めていた。わたしは以前の世界を知らない。父が話してくれたことしかわからない。生まれたのが、あわが現れた直後だったのだ。

 父によれば、初めのころにはそれはたくさんの人たちが死んだそうだ。何人も、何人も。あわに立ち向かうことなどできないし、死んだりよそびとになったりするのを避けるにはそとに出ないようにするしかないのだということが、まだわからなかったころのことだ。

 父はそのことにすぐに気づいた。おかげでわたしたちは助かった。これが昔だったら、そとに出ないでいるのは不可能だったろう。飢え死にしてしまう。肉の貯蔵庫も、野菜室も、何もかもやってくれるお手伝いもなかった。古い時代には人が自分ですべておこなっていたそうだ。地面で野菜を育てたり、肉にするために動物を育てたりしていたという。

 滑稽なことに、わたしは動物とは何なのかを知らなかったので、父が古い本に載っていた絵を見せて説明してくれた。笑っちゃうくらい変なものだった! こんなものが実際に存在していたとは信じられそうにない。

 
 

八月九日

 けさは古い本を調べに図書室に行ったけれど、説明をしてくれる父はもういないので、わたしにはわからないことばかりだった。

 そこで、きのう窓のそとに現れたよそびとにそっくりの絵を見つけた。いくつもの腕をくねらせている。絵の下には、女神カーリーとしるされていた。古い時代にもよそびとがいたのだろうか? 父はそんなことは言っていなかったし、人がよそびとになるのはあわのせいだと言っていた。以前にはよそびとはいなかった。

 わたしはよそびとを見ることができない。特にきのうのように窓に近づいて来られると、怖くてふるえてしまう。よそびとはしばしばやって来る。何か言おうとしているらしく、しきりに口を動かしていた。

 父は言っていた。「どうしてだろうな。それほど危険ではないのに、あわよりもよそびとのほうに恐怖を覚えるのは。よそびとを見ているとぞっとするような嫌悪を感じるが、あわの方は美しいと言えるからかもしれないな」。あわがきれいなのは本当のことだ。そとに浮かんでいるのを何度も見た。全体がさまざまな色に控えめに輝いていて、小さいころに遊んだしゃぼん玉にそっくりだ。ただしもっと大きくて、もっと固い。とても固いのでどんなものでも壊すことができない。

 ところが人間の上に来ると割れて、死んでしまう。

 一度、父がまだいたころ、それを見たことがある。男の人。口を大きく開けて、全速力で走っていた。きっと声をあげていたのだと思う。でも何にも聞こえなかった。巨大なあわが後ろから追いかけて来ていた。速く、とても速く。とうとう追いつくと、頭の真上であわが割れた。男の人が虹色のよだれに覆われた。

 いつの間にかわたしは悲鳴をあげていた。駆け寄っていた父がわたしの顔をからだに押しつけた。「見るんじゃない。怖がらなくていい」。ぎゅっと抱きしめていた父から解放されてふたたび見たときには、そとにはもう何もなく、あわと同じくさまざまな色に光る水たまりがあるだけだった。

 父が言った。「かわいそうに、あの人は死んでしまった。一瞬で溶けてしまったよ。よそびとになるよりはその方がよかっただろうね」。もちろん父が間違っていたことはないのだけれど、何度か考えたことがある。本当によそびとになるより死んだ方がいいのだろうか。わたしなら絶対に死にたくない。

 なのにどうしてよそびとはこんなにも恐ろしいのだろう!

 
 

八月十五日

 午前中はずっと乳母がまわりをうろちょろしていた。何もいらないのかとひっきりなしにたずねるのだ。いらいらする。なんでこんなにもいらいらさせられるんだろう。野菜室に行ってじゃがいもを探してくるように命じておいて、戻って来たら部屋から閉め出してやった。

 今も父がいてくれたら! 一人きりになってからもう三年になる。父がやっていたように、毎日しるしをつけているから年月はわかっている。どうしてそんなことをするのかは自分でもよくわからないと、父はよく言っていた。そんなふうにしてただ過去にしがみついているだけなんだと受け止めていたようだ。でもわたしは過去を知らない。わたしがしるしをつけているのは、父がそうしていたからなのと、そうしていれば父がまだどこかにいるような気持ちになれるからだ。

 わたしが知っているのはこんなふうに、あわがいる世界、誰もいない通りによそびとだけが行き交っている世界でしかなかった。

 父から何度も以前の世界の話を聞いていたから、元通りの世界にあこがれていた。そとに出て、よそびとではない人たちと会えるのだ。父の話によれば、町の向こうには田舎というところがあって、緑にあふれ、草や木や花や、囲いのなかには動物もいるという。

 本やスクリーンでそんな風景を見たことがあるけれど、父に言わせればあんなものではないそうだ。肌に太陽や雨を感じるのは最高のことだという。雨が窓ガラスを流れ落ちているのを見たことがあるけれど、どうすれば肌に感じることができるのかはわからない。そのほかにも海というものがあって、とても広くて塩辛い水でできているらしい。わたしが地下室のプールで泳ぐように、昔の人たちは海のなかで泳いでいた。海で泳ぐのはきっと気持ちがいいに違いない。

 いつか以前の世界を目にできると父は考えていた。おそらく父ではなく、わたしだけが、以前の世界を目にできると。あわを倒す方法を見つけ出そうとしている人たちが大勢いるらしい。いつの日か、必ず見つけ出せるはずだと父は信じていた。でもそれにはとても長い時間がかかるから、待たなくてはならないし、それまでのあいだは今の世界があるだけだ。そとにはあわよそびとしかいなくて、なかにはわたしのいる世界。

 さびしい。父に会いたくてたまらない。父がいてくれたら、と心から思う。お手伝いたちや乳母はいるけれど、たまにすごく邪魔に感じるときがある。第一、みんな人間ではない。父はよく機械ロボットと呼んでいた。ヘンな名前。父の話によると、昔はお手伝いがいなかったそうだ。当時お手伝いと呼ばれていたのは、よそのひとよそびとのために働く人間のことだった。

 そんなことがあるのかと思ったけれど、父が知らないことなどなかった。古い本ならすべて読んでいたし、古い時代のことを何時間でも話していた。最近になってわたしも本を読もうとしているけれど、書かれてあることが多すぎてよくわからない。たとえば「恋に落ちている」とか「地下鉄に乗る」とかいうのはどういう意味だろう? 父がいたら説明してくれるのに!

 
 

八月二十三日

 母の部屋に行った。タンスを開けたら、かすかに香水の香りがした。最初のうちはさわるのをためらった。母がうしろからついて来て、うつろな目で見つめるような気がしたのだ。怖かった。でもだんだん大胆になり、ついにドレスを一着つかんだ。柔らかいさわり心地で、宝石箱のなかの大きな石みたいな緑色をしていた。

 着替えてみる。わたしもだいぶ大きくなったのだ。ドレスはぴったりだった。鏡に映してみる。きれい。ドレスの緑が映えて、母の宝石のようにわたしの目を輝かせていた。

 たぶんわたしはきれいなんだと思う。母にそっくりだからだ。母さんはとてもきれいだと父は言っていた。わたしたちは夏の太陽に照らされた小麦畑のような髪をしていると言っていた。夏の太陽に照らされた小麦畑というのが何なのか知らないけれど、口にした父がうっとりとしていたから、きっときれいなものなんだろうと思う。

 わたしの髪はとても長いので、からだを覆うことができる。古い時代には女の人のなかにも、父のように耳の下で髪を切る人もいたらしい。父みたいになりたがるなんて、おもしろすぎる! だって、いくらなんでも母のほうがはるかにきれいだったのだから。でもわたしは父のほうが好きだった。大好きだった。

 わたしは母がちょっと怖かった。人に目を向けても、目を寄せていて、相手を見てはいないのだ。母はわたしにかまわなかったし、話しかけることすらなかった。ときどき、何時間にもわたって泣き出しては、ドアに体当たりしてこぶしをたたきつけ、叫んでいた。「そとに出たい! そとに出して!」。そんなとき、父は母を抱きよせてやさしく話しかけた。「さあ落ち着いて、我慢しなくちゃね」。父は母のことをとても愛していた。そとに出たのも母のためだ。こんなこと言うべきじゃないのはわかっているし、父もよろこばないに決まっているけれど、でも、父は出ていくべきじゃなかった! 出ていくべきじゃなかったのだ!

 一度だけ意地悪をしたことがある。父が母をなだめているときに、こう言ったのだ。「ほっとけばいいのに! どうせ理解できないんだから!」。父はわたしを悲しそうに見つめて、あとでじっくり説明してくれた。「母さんを嫌いにならないでくれ。母さんのせいじゃないんだ。もしこんなふうに……ああ、わかっているよ、母さんはおまえのことをちっともかまわないし、誰にも興味を示さない。だがあわが現れる前はこんなふうじゃなかった。わたしたちの身に起こったことに、頭が耐えられなかったんだ。母さんは空想の世界に生きていて、現実を見ようとしない。でもどうにもならなかったんだ。嫌いにならないでくれ、モニカ。同情の心を忘れないようにしなさい……父さんに何か起こったときには、おまえが面倒を見てやらなくちゃならない。子どもなのはおまえではなく、母さんのほうだと思ってくれ。母さんはときどきそとに出たがるだろう。そういうときは止めなくちゃいけない。母さんには自分が何をしているかわからないんだ……約束してくれるね。母さんと仲よくすること、父さんがいなくなったら母さんの面倒を見ること。約束だぞ、モニカ」。父はすごく悲しそうで、すごく苦しそうだった。でもわたしは約束を守れなかった。

 父が出て行ったときに母は死んだ。

 
 

八月二十六日

 今日は雨。

 けさ窓辺に行くと、雨粒が道路に落ちてたまっていた。あれが肌に触れるとどうなるのか気になったので、窓を開けたくてしかたがなかった。でもそんなことは不可能だ。父の説明によれば、出入口はどこもふさがれているそうだ。窓を開けるには、貯水室と野菜室の向こうにある地下室の奥にまで行って、ブレーカーを落とさなくてはならない。

 父がやり方を教えてくれた。いつかそとに出られる日が来たときに、もう父がいなかった場合のために。けさのわたしのように開けようとしても開けられないように、しっかりと固定されていた。そとに出たがってばかりいた母のためだ。でも父が出て行くときにレバーをオンの位置に動かしていたので、わたしが何日かしてからまた戻しに行った。

 父が言っていたことは正しいことだと思っていたからだ。ブレーカーが完全に壊れていればよかったのに。そうすれば父は出られなかったのに。だから戻しておいた方がいい。けさのようにわたしが窓を開けたくなっても開けられないし、ブレーカーを下ろしに行くあいだに、開けたら死んでしまうかよそびとになるかもしれないことを思い出せる。わたしはどちらも怖くてしかたがない。

 地下室のプールに泳ぎに行った。窓なんて見たくもなかったからだ。そうしていると父が言っていたことを思い出した。もし古い時代にあわが現れていたら、水も光もとっくになくなっていたはずだ。そういうものを管理しているお手伝いがいなかったから。すべて人間がやっていたそうだ。だからあわがそうした人間を殺してしまえば、何一つ動かなくなってしまったはずだ。でもありがたいことに、あわにはお手伝いを殺せないし、とてもとても長持ちするように設計されている。父は言っていた。たとえ人類が全滅しても、お手伝いたちは仕事をやりつづけるに違いないと。何世紀も何世紀も。

 父の説明によれば、たとえばわたしが年を取って死んでしまっても、乳母はずっと待っているはずだという。ほとんど永遠に。わたしの世話を焼くよう設定されているからだ。乳母はつねにわたしを見守り、頼んだことは何でもやってくれる。悪いものからわたしを必ずや守ってくれる。あわが侵入して来るようなことがあったら、追い払おうとしたり、わたしを救おうとしたりすることだろう。でも残念だけれど長くは持たない。あわはいくつもいるし、必ず目的を達するはずだ。わたしたちを殺すという目的を。

 
 

九月一日

 おかしなことだけれど、あわがどこからやって来たのか誰にもわからないし、どうして死ぬ場合と死なずによそびとになる場合があるのかもわからない。

 一度テレビで老人が話しているのを聞いたことがある。父が出て行った直後のことだ。

 父はときどきテレビのスイッチを入れていたが、画面は真っ黒なままだった。もう何も映らなくても、これからもいじってみるのをやめてはいけないよ、と父は言っていた。絶対に生存者はいて、あわを倒す方法を見つけ出そうと頑張っているから。自由にそとに出られるときが来れば、テレビで知らせてくれるはずだから。

 父によれば、これまでのところどんなものでもあわを破壊することはできなかったそうだ。バーナーでも駄目だった。とてもとても恐ろしい武器なのに。初めのうちはあらゆることを試みたが、あわはそのどれにも耐え抜いたそうだ。ところが人間の上に来たときだけ、割れて死んでしまう。死なない場合はもっとひどいことになる。よそびとになるのだ。

 よそびとは変身する。あわの垂らしたよだれで溶けてしまわずに、しばらくすると起き上がるが、見たところは何も変わらない。ところが数日すると、いろいろなことが起こるのだ! 古い本に載っていた女神のようにたくさんの腕が生え、いくつもの脚、からだじゅうにある目、二つの頭、首と胸の上に口が一揃い。寒気がする!

 テレビで見た老人は、あわよそびとのことを話していた。ずっと真っ黒だったテレビの画面が、何日かごとのあいだだけ明るくなっていた。大きくて白い部屋のなかで、一人の老人がテーブルの前に座っていた。ずいぶんと疲れて見える。部屋にはお手伝いがたくさんいたが、家のものよりごちゃごちゃしていて、表面にはボタンとランプがたくさんついていた。

 老人の声を聞くのはうれしかった。父と同じ、ほっとするような声をしていた。ひとりぼっちじゃないんだ、と感じられた。

 老人は、戦いのこと、希望のこと、待つことを話していた。勇気をなくしてはいけない。いつの日か、あわが敗れるときが来る。むずかしい言葉を使って説明していたから、わからない部分もあったけれど、話は最後まで聞いた。やさしそうな老人だったけれど、ひどく疲れて見えた。それでも勇気という言葉を口にしたときには、老人の声は熱く若々しい響きをともなっていた。

 長い時間がかかるだろう、と老人は言っていた。あわがどこから現れたのかも、何でできているのかも、誰にもわからないからだ。人間をよそびとに変えたり殺したりする現象についても、解明されていない。あわを倒すためにあらゆる方法を試してみたが、どれも無駄に終わった。何人もの人間がこの戦いのために命を投げ打って来たし、これからもいくつもの命が失われることだろう。よそびとのなかにも手を貸しに来てくれた者たちがいる。変身してしまったことをうとんでいるのだ。危険な目に遭わずにそとに出ることができるから、そのことがいろいろな場面で役に立った。我々と一緒に戦ってくれることを感謝しなくてはなるまい。

 あわは長いあいだ、おそらく何世紀ものあいだ、我々の時代に現れるために雌伏していたのだと信じている者たちもいる、と老人は言っていた。我々はおそらく先祖のあやまちのつけを払っている最中なのだろう。先祖たちはいくどとなく核を経験し、間違っていると知りながらいきあたりばったりに力を用いて来たのだ。我々が犠牲になっているのはおそらく先祖の愚行のせいなのだろう。快適な生活を未来に贈り届けるために用いるべきものを、もっぱら人殺しのために用いて来た連中なのだから。当時の人々が世界中に放射能をばらまいたせいで、いつしかあわが生まれたのだと信じている者たちもいる。それに賛同する者たちも多い。

 戦いはつづいているが、現在の知識はすべて役に立たなかったため、解決策を見つけるために古い科学の知識を取り戻そうとしているところだ。

 最後に老人は言った。テレビを放送するにはあわとの戦いに使える時間と手段を割かなくてはならないから、進捗状況をできるだけ知らせるほかは、まず話をすることはあるまい。それからもう一度くり返した。勇気を失うな、と。それから画面はふたたび暗くなった。

 わたしはこの老人のことを何度も考えた。あれから一度も老人を見ていないし、ほかの誰の声も聞いていない。テレビは一度もつかなかった。わたしは一人で考えた。老人は正しいのだろうか、以前の世界が戻って来るのだろうか。そうであってほしかった。

 
 

九月五日

 窓のよそびとがまたやって来た。ふしぎなことに、時間が経つにつれて、あまり怖くはなくなって来た。腕がたくさんあるとはいえ、ほかのよそびとと比べればそれほど醜くはない。目がたくさんあったり、口が山ほどあったり、そこらじゅうに鼻があるよそびととは違っていた。

 むしろかわいそうにさえ感じた。今日は何か伝えたがっているように見える。腕に抱いている赤ちゃんを、わたしに向かってしきりと見せつけていた。動きまわるたびに長い黒髪がそこらじゅうに舞っていた。

 ついによそびとが赤ちゃんをわたしのほうに差し出した。まるでわたしに受け取ってもらいたがっているようだった。ふしぎなことに、すっかりとは変身していないようだ。とてもかわいくて、わたしが持っている赤ちゃんの人形そっくりだった。よそびとはとつぜん赤ちゃんの服を脱がし、あらためてわたしに向かって見せた。まったく変身していないし、どこにもへんなところがないのがよくわかった。ぽっちゃりとして、しわが寄って、小さな足を動かしていた。口を開け、不機嫌そうな顔をしていた。きっと泣いているのだ。もちろん、こんなふうに服を脱がされて、うれしいわけがない。

 よろい戸を閉めたくはなかったので、向こうに行くよう合図したけれど、離れようとはしなかった。よそびとは泣いていた。顔に涙が伝っているのが見えたが、そのあいだずっと赤ちゃんを差し出していた。もしかすると本当に受け取ってもらいたがっているのかもしれない。ばかげてる! わたしが窓を開けて、あわをなかに入れるとでも思っているのだろうか! とはいえ、そのとき路上にあわはまったくいなかった。もう一度だけ向こうに行くように合図したが、動こうとしなかったので、わたしのほうで窓から離れた。

 あれ以来どうしても考えてしまう。あのよそびとには困ったものだ。ずいぶんと取り乱しているように見えた。赤ちゃんをあずかることも、小さなよそびとを育てることもできるわけがないのに。だいいち、赤ちゃんの育て方がわからない。わたしが知っているのはおもちゃの赤ちゃんだけで、父によれば赤ちゃんにはわたしたちが食べるものが食べられないらしい。乳母なら知っているだろうか? いや、わたしまでおかしくなって来た。父が知ったら怒るに違いない。窓を開けるなんて! それもよそびとのために! よそびとの赤ちゃんを受け取るために! もう考えないようにしなくては。

 それにしても、あの赤ちゃんが変身していないのはふしぎだった。まだ小さいからだろうか? だけどふつうなら、そとに出た人が死ななかった場合、変身にはそれほど長い時間はかからない。ほんの数日だ。数日しか経っていないのだろうか? だけどそれにしては赤ちゃんの人形にそっくりだった。父の話によれば、あの人形は十歳くらいの人間の赤ちゃんの姿をしていた。あのよそびとが赤ちゃんを手渡したがっている理由を考えてみた。あわから守るためだろうか? よそびとにならないうちに救いたがっているのだろうか? だけどあわから守るなんてできやしない。誰にもできやしない。

 
 

九月七日

 怖い、とてもとても怖い。お腹が痛くて、きっと母のように死んでしまうのだろう。泣きじゃくっていると、乳母が大急ぎでやって来た。

 お腹をさわるとわたしを叱りつけ、何でもない、りんごの食べすぎだと言った。それは事実だが、わたしはりんごが大好きなのだ。薬をくれたので、痛みはすぐによくなった。乳母はたいていのことなら治してくれる。

 具合がよくないときに何を飲めばいいのか、父もよく知っていた。でも母の病気のことはわからなかった。母の病気には、父も乳母も何もすることができなかった。

 父が出て行ったのはそのせい。医者を探しに。電話をしても何の役にも立たないからね、往診に来てくれる人などいやしないだろうから、と言っていた。でもバーナーは持って行った。どんなことをしてでも医者を連れてくるからね、と言って。

 ばかげてる、あわのせいだ、それなのに、とにかく父は出て行った。母がお腹を押さえて泣き叫ぶのをもう父は聞いていられなかったのだ。母のことをとても愛していたから。そのせいでおかしくなってしまったのだろう。だってそとに出ても何の意味のないことはよくわかっていたはずなのだから。

 母に注射をして、それからわたしにも注射して眠らせてから、父は出て行った。こんなこと考えるべきじゃないのはよくわかっているけれど、それでも、母をそのまま死なせてあげるほうを父が選んでいればよかったのに。だって父は二度と戻って来なかったし、母はやはり死んでしまった。目が覚めたとき乳母がそれを教えてくれた。母のからだはすでにお手伝いによってくるまれており、父はもうそこにはいなかった。

 悲しくて涙が止まらなかった。乳母はわたしにむりやりご飯を食べさせようとした。そのまま死なせていればよかったのに。そうすればよかったのに。だって、どこで医者を見つけるつもりだったんだろう? それに、たとえ見つかったとしても? わたしには自信がある。医者はあわに立ち向かうより、黒こげになるほうを選ぶだろう。

 ときどき考えることがある。もし父が溶かされていたとしたら、もし……たくさんの腕や足を持った姿でそとにいたら、髪を振り乱し頭にたくさんの目を生やしていたら、もし……だけどそんなこと考えたくもない。いやだ。父は死んでいると信じたい。

 だけど……女神カーリーのような姿で、いつか窓辺に戻って来たとしたら? どうすればいい? 父さん、わたしはどうすればいい?

 
 

九月十日

 一日じゅう電話が鳴っていたけれど、出なかった。

 父がまだいたときにはいつも父が出ていたし、ときには自分からかけていた。人と接触せずに生きてゆくのはいいことではないと言って、生存者を探していた。けれどあわの時代が始まったころに、あまりにもたくさんの人が死んでいたので、見つけるのは不可能に近かった。よそびとが入り込んでいた家ならたくさんあった。いやそれとも、家族全員がよそびとに変身させられていたのだろうか。そのせいで電話の画面に出るのはいつもよそびとばかりだった。だけど話にならなくて、父はいつも決まって電話を切るしかなかった。

 あわと戦う手助けをしているよそびとがいると、テレビの老人が話していたのを思い出した。あれにはびっくりした。よそびとは人間を憎んでいるんだと父は言っていたからだ。だからわたしたちに近づこうとしないのだと父は信じていた。わたしたちにおかしなところがないから嫌悪しているのだと信じていた。

 父が出て行ってしばらくのあいだは、わたしも電話に出ていたけれど、画面に(たくさんの)腕や目を見せたのは、決まってよそびとだった。わたしをののしるか、またはそとに出ていっしょになろうと誘って、わたしを怖がらせた。

 それから一度、人間が画面にいたことがある。女の人だ。

 そのころになるともうほとんど電話には出ていなかったのだが、ベルがあまりにも長くあまりにもしつこく鳴るものだから、どういうことなのか知りたくなったのだ。

 画面にいるのはお婆さんだった。目からはすっかり正気が失われていた。真っ白な髪がいやな色に汚れて顔に垂れかかり、両手をねじって結んだり開いたりしていた。老婆はわたしの姿を見ると、あわてたように話し出した。

「頼むよお嬢ちゃん、医者の居場所を知らないかい? 医者が要るんだ。いろんなところにずうっと電話をかけててね。助けておくれ。助けてもらわないと。夫の具合が悪くてね。死にそうなんだよ。死にそうなんだよ、そうしたら一人きりになってしまう」

 老婆が泣きながら遠ざかると、部屋の奥のソファに老人が横たわっているのが見えた。顔じゅうがむくれて真っ赤で、ときどきひどい痛みに見舞われると、苦しくて息もできないようだった。

 老婆が画面に戻って来た。

「わかった? 死にそうなんだよ、死んじゃう、死んじゃうよ」

 声が大きくなった。わたしはそれ以上は我慢できずに回線を切った。

 そのあとで泣きじゃくった。助けてあげられなかった。何もしてあげられなかった。父のことが頭から離れなかった。父もこんなふうに医者がほしくてほしくてたまらなかったのだ。

 もうそれからは二度と電話には出ないようにした。

 
 

九月十八日

 何かが起こった! 何かが起こったんだ!

 興奮のあまりテレビから窓へ、窓からテレビへ走り回った。じっとしてなどいられない。

 もっと落ち着きなさい、そんなふうにばたばたするものではありませんと乳母に叱られたけれど、叱るのはうわべだけのことだとわかっている。それで満足しているようだし、それで納得しているはずだ。

 何日か前から、そとにいるあわの数が減っていたし、よそびともほとんど見かけなかった。女神カーリーと赤ちゃんも姿を見せない。

 だけどこんなこと想像もできなかった。

 以前の世界が戻って来る! 以前の世界が戻って来る!

 父は正しかった! 老人は正しかった! わたしたちは勝ったのだ!

 テレビをつけると、画面はいつものように黒いままではなく、ぱっと映像が映った。この広間には見覚えがある。老人がいた広間だ。けれど今回そこにいたのは若い人だった。ちっとも疲れては見えなかった。しゃべりかたはきびきびとして力強く、声はよく通り、目はきらきらと輝いていた。

 はじめのうちは何を言っているのかほんとうにわからなかった。あまりにも信じがたかった! 聞こえた単語を組み立てることができそうになかった。そのうち自分が泣いていることに気づいた。うれしくて心臓がはじけそうなときにも涙が流れるものなのだろうか? きっとそのせいで顔じゅうびしょびしょになっている。

 父がここにいて一緒にこの報せを聞けないなんて! わたしたちは勝ったのだ! あわは負けたのだ!

 若者はよく通る力強い声で話しつづけていた。あわを倒した武器のことを説明していた。それから防護服のおかげでそとに出られるようになったので、たった今も有志たちが町を一掃していることを。

 それからたくさんの要望を口にした。何よりも、今の段階では絶対にそとに出ないこと。まだ早い。町にはまだたくさんのあわが残っている。もう少しだけ我慢してほしい。これだけ長いあいだ待ったというのに、急いだせいですべて失ってしまうのはばかげている、そうだろう? 有志たちが防護服を持って迎えに行く。今のところはシェルターから出ずに待っていてほしい。もう少しの辛抱だ。

 それから、仕事に向かう有志たちを紹介した。ここと同じような通りを、十数人の人たちが歩いている。黒くて固い袋のようなものを頭からすっぽりとかぶり、目の部分にガラス板がはめこまれていた。黒くて大きくごわごわの手袋をつけ、父が持っていたバーナーそっくりのチューブを手にしている。ただしもっと大きくてもっと長かった。

 そのとき、三つか四つのあわが現れ、有志たちのほうに飛んで来た。チューブをかまえると、そこから青くて目がくらむほど輝くものが飛び出し、あわはみんな割れてしまった。地面で、だ。人間の頭上ではなく。

 すごい! あの無敵のあわを倒すところを目の当たりにしたのだ。わたしは声をあげて応援していた。

 乳母がごはんの時間に呼びに来たけれど、追い払ってしまった。お腹なんか空いてられない。これだけすごいことを目にしていて、もうすぐ以前の世界を知ることができるというのに。

 
 

九月二十一日

 とうとう来た! 人間だ。話をした!

 もう我慢ができなかった。一日じゅう窓にはりついていたけれど、通りには決まって誰もいなかった。いるのはもうほとんどいなくなったあわだけ。よそびとはまったくいない。

 あの若者がテレビで話しているのを何度か聞いたけれど、いつも同じことをくり返していた。「迎えに行くまでもう少しの辛抱だ」。とうとうこれには腹が立って来た。待つだけならもうじゅうぶん待った。わたしは一日じゅう乳母を走り回らせたので、乳母はぶうぶう言っていた。

 けれど声をかけてくれたのは乳母だった。またテレビを見ている最中のことだ。「早く早く、モニカ」

 わたしは窓辺に走った。ぶかっこうな黒い袋をかぶった人間が、目の前の通りにいた!

 向こうには聞こえないことなどすっかり忘れて、わたしは大声で叫んでいた。けれど窓のところで一生けんめい手を振っていたので、とうとう向こうもわたしに気づいて、家のほうに向かって合図を送って来た。

 もう三日も前からブレーカーを降ろしていた。このときを待っていたのだ。わたしは玄関に駆け寄り、ドアを大きく開けて招き入れた!

 急いでドアを閉めて黒い袋を脱いだ。

 二人いた。一人は大きくて、一人は小さい。大きいほうの人の髪は黒く、茶色い瞳が陽気な感じで輝いていた。笑うと表情がはじけた。小さいほうの人は丸々としていて、ものすごくちぢれた金髪をしており、肉の隙間から青くて小さな目がのぞいていた。

 大きいほうが言った。

「見ろよ! 長い髪をしたローレライ、緑の目と金色のマントのオンディーヌだ」

 小さいほうが言った。

「やめないか! 怯えているじゃないか。誰にもわからないような冗談なんか言って」

 わからないのは事実だったけれど、わたしはちっとも怯えてなんかいなかった。

 二人が名前を名乗った。大きいほうはフランク、小さいほうがエリック。わたしも名乗った。モニカ。それから手を握って、キスをせがまれた。大きいほうが言った。

「だってきょうは特別な日なんだからね」

 わたしはキスしたけれど、何だかへんな感じだった。父にもキスしたことなどなかったのだ。

 フランクがたずねた。

「ご両親は、モニカ? 一人きりなのかい?」

 わたしは大急ぎで答えた。

「ママは死にました。パパは……出て行きました」

 フランクは悲しそうな目でわたしを見つめて、肩に手を置いた。

「いつのことだい、モニカ?」

「三年前です」

 ため息をついてからこう言った。

「もうそのことは考えなくていい。これからは幸せになるんだ。年はいくつだい?」

「十六です」

 沈黙。二人とも顔を見合わせている。

 フランクがたずねた。

「十六だって? ほんとうかい、ずいぶん小さく見え……」

 エリックが急いで口をはさんだ。

「十六になったのはいつ?」

「先月です」

 また二人とも黙り込んでしまった。顔を見合わせている。どうも様子がおかしい。困惑しているようだ。よく理解できない。ただ十六歳だったからというだけで? 小さすぎると思ったから? 小さな女の子だから? むしろがっかりしているように見える。ずいぶんとがっかりしているように。

 フランクがわたしの頬をなでたけれど、エリックは目をそらした。

 突然わたしも困惑を感じて、いたたまれない気持ちになり、なぜだかわからないけれどちょっと悲しくなった。どういうことなのか確認したかったけれど、どうしても聞けなかった。

 
 

九月二十二日

 フランクが迎えに来てくれるのを待っている。

 窓のところまで小さなテーブルを引っぱって来た。こうすれば日記を書きながらそとを見ていられる。ほんとうならもう日記をつづける必要はない。あわの時代は終わったのだから。だからこれで最後にするつもりだ。

 もうすぐそとに出られるのだ! 信じられない。昨日フランクにたずねた。

「以前の世界を見せてくれる?」

 フランクは戸惑ったような顔をしてから、質問に答えた。

「もちろんさ、以前の世界を見せてあげるよ」

 でもちっとも楽しそうじゃなかった。なぜだろう? 以前の世界というのは、思っていたほど美しくないのだろうか? それとも、完全にはもとに戻らないのだろうか?

 どちらでもいい。そとに出られるのだ。どんな世界であっても、すばらしいに違いない。

 そうして何ごともなければ、わたしは何不自由なく幸せになれる……いまになってようやく理解した。あのよそびとがどうしてあれほど赤ちゃんを受け取らせたがっていたのか。受け取ってあげるべきだったのだ。昨日のフランクとエリックの話も聞こえたし、テレビでも言っていた。

 昨日ちょっとのあいだ二人から離れた。おしゃれをしたかったのだ。母のドレスに着替えに行った。二人は図書室にすわっていて、乳母が父に出していたのと同じ飲み物を出していた。わたしには一度も出そうとはしなかったのに。

 二人を驚かそうと思い、そっと戻ったときに聞こえて来たのだ。

 フランクの声だった。

「そんなことすべきじゃない。人間のやることとは思えない! あいつらにだって生きる権利はあるんだ。あいつらが悪いわけじゃない。ほかにできることはないのか、俺はよく知らないが、たとえば保護区に住まわせるとか」

 エリックの声がした。

「『ほかにできること』なんかない。よくわかっているだろう。もとに戻す方法なんかない。それにきっと伝染する。ほかに解決策はない。こうするしかない」

 フランクの声は怒っていた。

「そりゃあんたはいいだろうさ。でも俺には引き金を引くことなんてできない! 絶対に無理だ! ひどいと思わないのか? 俺は恥ずかしい」

 エリックがとげのある声で答えるのが聞こえた。どういうわけか、弁解しているように聞こえる。乳母に叱られたときのわたしのような声だ。乳母が正しいとわかっているのに、それを認めたくないときの。

「決まりなんだ。ほかに選択肢はない。汚染を広げるわけにはいかない……」

 フランクがさえぎった。

「実際に危険かどうかもわかっていないのに! それにあの子どもたち! あの子どもたちは……!」

「危険は冒せない! よそびとの子どもは変身しない。普通の子どもと見分けがつくか? 選択の余地はない」

「それはきっと免疫のおかげじゃないのか? 知ろうともしないくせに。要するにあんたには何の疑問もないわけだ」

「委員会が決めたことだ。糞ッ! あわが現れたのは十六年二か月前。数字は数字なんだ!」

 家のどこかでミシッという音がして、二人とも飛び上がった。

「しーっ!」フランクが言った。「あの子が戻って来たら……」

 わたしは部屋に入った。よろこんでいると思われているのはよくわかっていたけれど、よろこんでいいほどにはよろこべなかった。何となくはわかっていたのだ。それがけさ、確信に変わった。

 わたしがテレビを見ていると、また前のように、町をきれいにしている有志たちが映った。ただし、映っていたのは前とは違う光景だった。

 よそびとが走っていた。足がたくさんあってうまく走れずに、しじゅうつまずいている。それでも、逃げようとして必死になっているのはよくわかった。有志の一人がバーナーを浴びせると、よそびとはしなびて地面の上の黒いかたまりになった。

 すぐに画面が切り替わり、ほかの話題に移った。明らかにその場面を見せたくなかったのだ。けれどわたしはさすがに気づいてしまった。それも、フランクとエリックの話を聞いてしまったあとでは。

 みんなはよそびとを殺している。そういうことだ。

 ひどい! フランクが正しい。そんなのは間違っているとわたしも思う。たしかによそびとには怖い目に遭わされたけれど、それでも……

 女神があれほど赤ちゃんを手渡したがっていたのは、このためだったのだ。きっと知っていたんだ。あのよそびとも黒こげにされてしまったのだろうか? わたしならカーリーを殺すことはできなかったと思う。じゃあ赤ちゃんは? どこにもおかしなところは見えなかったのに!

 何て残酷なことをしているんだろう。父なら眉をひそめたはずだ。

 でももうそんなことを考えちゃだめだ。悲しんではいけない。きょうはすばらしい日なんだから。フランクが来れば、もうすぐそとに出られる。わたしは窓から見張っていた……

 来た! あそこに……違う。エリックだ。きっとフランクが来られなくなって、エリックに代わりを頼んだのだろう。わたしは少しがっかりした。エリックは親切だけれど、フランクのほうが好きだったのに。

 おかしなほどゆっくりと歩いていた。顔を伏せている。窓のところでわたしを見たけれど、あいさつを返してはくれなかった。なぜだろう?

 バーナーを持っている。どうしてバーナーなんかを? それにここまで来るのにどうしてあんなに時間をかけるのだろう?

 エリックが近づいて来る。ドアを開けに行こう。

 ようやく、以前の世界を見られるのだ……

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

  • ロングマール翻訳書房
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