「説明してください」フランボウが言った。
ブラウン神父はしごくあっさり背中から短刀を引き抜くと、服の下に仕込んでおいたクッションを取り外した。
「ミス・ハリカンはジョン・フリンと結婚するつもりでした。でも老後に不安があったのでしょう、遺産を掠め取るために夫人と娘の殺害を企てたのです。二人の考え出した計画はきわめて優れたものでした。ミス・ハリカンは自分が優秀な霊媒であるとオリヴァー卿に売り込むことに成功しました。ジョン・フリンは表舞台に出ることなく、我々が目にした怪異を担当していました。この仕事をうまくこなすためにできることは、ディアドラ卿の難解な著作を読むことでした。悪意を込めて、フレッチャー夫人の顔に煤と灰を吹きつけ、娘のもとに菫の花束を投げつけたのです。南側の花壇に同じ菫がありましたよ。われわれがやって来たのが、犯人の計画にとっては厄介な問題でした。ところが考え直してみれば、ロード・コールドウェルの怨念という、探し求めていた動機が見つかったのです。たとえ動機が不充分でも、もっと強い嫌疑がオリヴァー卿にはかかります。そこで二人はフレッチャー夫人を殺害しました」
「でもどうやって?」
「ナイフの形に気づきませんでしたかな? ご覧なさい」
ブラウン神父がナイフを高々と放り投げた。くるりとひっくり返ると、空気を切り裂いて落ちてきた。刃が深々と床に突き刺さった。
「同じようにやってご覧なさい」
今度はフランボウがナイフを投げた。今度も刃先を下にして落下し、深々と突き刺さった。両手で引き抜かねばならないほどだった。
「好きなだけ高く放り投げてご覧なさい」ブラウン神父が続けた。今度も刃先が下になって落ちてきた。刀身が柄よりもかなり重いのである。鉄芯とのバランスが崩れるように、柄は焼かれていた。
「だけど誰が投げたんです?」
「誰も。そうじゃありませんかな」
「つまり?」
「つまり、文字どおり空から降ってきたのですよ、フランボウ。あなたが捜査当初から言っていたとおりにね」
ブラウン神父は椅子を使って丸テーブルの上に登ると、電球で鈴なりの枝をつけた金属幹製の巨大なシャンデリアを指し示した。
「真ん中の管の継ぎ目が弁のようなものでふさがれております。これこそジョン・フリンによるまこと独創的な芸術ですよ。電線に沿って管に通した紐が、弁を動かすのです。紐はスイッチまでつながっています。弁を開いて短刀を落とすには、軽く引くだけで充分でした。ずしりと重い短刀が、背中深くを突き刺して計画は成功です」
「だけど被害者が都合よく振る舞いますか?」フランボウがたずねた。
「出席者の緊張がピークに達したころを見計らって、ミス・ハリカンが靴で足許をこすったんですよ。誰もが驚きのあまり、この化け物を追い払おうとして思わず屈み込む。この好機を待って、ジョン・フリンは弾丸を放出したのです」
「じゃあ交霊会がここで行われなかったなら?」フランボウが異議を唱えた。
「黄金数をお忘れですよ! いつも丸テーブルがシャンデリアの真下に置かれていたから、ミス・ハリカンは計画を考えついたのでしょう。念を入れてわたしが素早くマギー嬢と入れ替わっていなければ、マギー嬢は今晩、母と運命をともにしていたはずでした。しかし犯人も興奮していると見込んでおりましたし、事実入れ替わりに気づかれなかった」
「ミス・ハリカンを疑いだしたきっかけは?」
司祭はため息をつくと絞り出すように答えた。
「澱んでいる(眠っている)水ほど疑ってかからねばなりません」(→仏ことわざIl n'est pire eau que l'eau qui dort.(よどんだ水ほど危険な水はない=おとなしそうな人ほど油断ならない)より)
怒り狂ったオリヴァー卿がきびすを返し、無言で図書室に閉じこもるところだった。
二か月後、フランボウはブラウン神父に『デイリー・リフォーマー(革命新聞)』紙から切り抜いた記事を見せた。
『……著名な学者であるオリヴァー・ディアドラ卿が、さきごろ心霊協会の会長に選出された。その業績を評価した協会が、ハリー・カステアズ卿の後継者に推したのである』
「どう思います?」フランボウがたずねた。
「かくあれかし《アーメン》」
ブラウン神父はつぶやくと、ふたたび聖務日課書に取りかかった。
Le Crime du Fant?me,Thomas Narcejac~『Usurpation D'identit?』より~
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ようやく終わりました。文体を真似るのは難しい。原文の文体はほんとそっくりだし、逆説とか神父のおとぼけとかもほんとそっくりなんですけど。トリックこそチェスタトンには及びませんが、そもそもチェスタトンみたいなロジックとトリックを使いこなせる作家なんて、世界でも泡坂妻夫くらいしかいないんじゃないだろうかと思いますし。アルセーヌ・ルパン・シリーズの「偶然は奇跡をもたらす」というあんまりなタイトルの短篇の、真相に至る逆説めいたロジックがチェスタトンっぽくて偏愛しているのですが、ルブランもそういうのを量産したわけでもないですし。
なんだかごちゃごちゃと書いてしまいましたが、『ミステリマガジン』に掲載されたっきり単行本にもなっていないのはもったいない作品だと思います。チェスタトンは……没後何年とか生誕何年にはほど遠いな。いちばん近くてブラウン神父誕生百周年ですか。記念に新作パスティーシュ特集とかどっかの雑誌でやってくれないかな。