翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

「ブラッキー」その3

 枕元で身体を起こしたまま、義足を手近の床に置いた。夜中に目が覚めたとき松葉杖代わりに使う杖がそばにはある。目が閉じられ、思い出【様々な光景がひっきりなしに】が次々と浮かぶ……。リンダ……繰り返される絶え間ない口論……「飲み過ぎよ……煙草も吸いすぎ……だらしもなくなって……」リンダは正しい。(かつて)結婚していたスポーツマン。一メートル八二センチ……九十二キロ……もはや太り気味の人間でしかなかった……九十二キロ……だが義足つき……親切か! ごまかすのはやめてくれ! どうしていつもごまかしていたんだ? 例えば【?】どうしていつも(こう)言ってばかりだったんだ? 「あなたみたいな人はほかにもたくさんいるんだから! 働くのに何の不都合もない。いつだって転職できる(のよ)」歳をとった負傷者はもはや障害者でしかなく、もとより若者が求められているということを知りもしないかのようだった。

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「ブラッキー」その2

 もちろん幸せだった。ベトナムの直前だ……。ずっと昔、おとぎ話のように遙か昔のことだ。ジャックは煙草を捨て、真下で咲いた赤い光点を目で追った。川べりの岩場の真上。まだ狙いは正確だ。腕は落ちていない。村の広場の真ん中に爆弾を置くことだってまだできるだろう。サリヴァン! 飛行隊の英雄!


 うなだれて足を引きずりながらベッドに向かい、服を脱ぎ始めた。器具を固定している紐をほどくのには、いつも長い時間がかかる。腰につながれた、甲冑のような長い義足。リンダは絶対に慣れることができなかった【~】。足をはずすときには顔を背けていた。技術を凝らし、肌色の活き活きとしたそれなりの外見を作りだそうとされてはいたが、プラスチックの下には金属音が待っていた。身体の四分の一はロボットにすぎない。

「ブラッキー」トーマ・ナルスジャック(『贋作展覧会』よりウィリアム・アイリッシュ贋作)

 ホームズ・パロディ、パスティーシュは数ありますが
アイリッシュ=ウールリッチの贋作というのはめずらしい。
 名探偵ものをはじめとするシリーズものならともなく
ウールリッチの作風を真似るといっても、いったい
何を真似るというのかピンときません。


 ざっと思い浮かぶウールリッチらしさというと――
ロマンチシズム、サスペンス、ジャズ、恋、夜、孤独、
都会、踊り子、子供を描くのがうまい、……というところでしょうか。


 このうち本編に当てはまるのはサスペンス・孤独・恋。
最愛の友、飼い犬のブラッキーと暮らす男の物語です。


「ブラッキー」トーマ・ナルスジャック
~ウィリアム・アイリッシュ風に~


 ジャック・サリヴァンは飼い犬の大きな躯を押しのけた。
「階下で寝るんだ、ブラッキー」
 ドーベルマンは小さくうなると、主人が本気なのか確かめるように首をかしげてから、しぶしぶといった様子で部屋から出て、爪音を立てながら階段を下りた。ジャックはドアを閉めると就寝前の一服を点けた。窓の前に立って、日が落ちるのを眺めていた。考え直すことはない。こんな家はもう嫌だった。買ったときにはあんなにはしゃいでいたのに! 「リンダ! 見ろよ、すごいぞ! バルコニーの下には小川。周りは森。ぼくらのための世界の果てだよ。ニュー・ヨークから五時間だ! 幸せかい?」

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

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