ジャックは袖口で額に流れる汗を拭った。都会っ子の習いをすっかり失くしてしまったブラッキーは、とっくに野生の獣になってしまっていた。助けを呼びに誰かに通報する手段はない。救助隊を呼びに行くのは不可能だ。窓が面しているのは、小川まで垂直に切り立った【ちょっとした】崖【岩壁】の上だった。およそ十メートルの虚空。かつてならさしたる苦労もなく、窓の外を取り囲む崖沿いの隘路を歩くことができた。庭に身を乗り出し、飛び降りていただろう【庭に垂直になって、飛んでいただろう】。ドアは閉まっているのだから、ブラッキーを恐れなくともよい。そして車に乗って……だがそんなことを考えて何になる? この足を引きずって、どんな動きも封じられているのだ。ではほかのことを考えなくては。どんなことを? 囚われの身なのだ。ブラッキーに立ち向かおうか? 殴りつけて? 気絶させる? 最初の一打で反撃されるだろう。解決はただ一つ。待つことだ。犬が病気に負けるまで待つことだ。それには何日かかかるはずだった。