翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

「さくらんぼの木」その11 A・E・コッパード

 母の誕生日にパモウナは駅で兄と会った。控えめにキスをすると、ジョニーの帰宅と誕生日を祝うために母は半ドンを取ったから、夕食時には家で三人いっしょのはずだと説明した。

「パモウニー、ミミズはつかまえた?」

 パモウナはミミズの話をはぐらかそうとしたが、運のいいことにジョニーの関心はほかの庭仕事に向いていたので、機嫌は悪くならなかった。家に着くと、持ち帰った二つの包みを開けた。一つは黒ビール一本、もう一つはさくらんぼ一袋。ジョニーは妹に計画を話し、庭に連れて行った。多くを煉瓦で舗装されたフリン家の裏庭は小さく、庭を囲む塀はプライバシーを守るには低すぎるがさくらんぼのような植物が育つには高すぎた。そのくせ塀の上には恐ろしいことにガラスの破片がばらまかれていた。九輪桜の立派な販売品をちゃんと育てていたのに、どういうわけかナッチボール家の猫にめちゃくちゃにされたことがあったのだ。じめじめした土地では何も生えなかった。

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「さくらんぼの木」その10 A・E・コッパード

パモウナへ

 ヘンリーおじさんははたけがあって、やちいをそだててる。えいようまんてんの土をつくるのはミミズなんだって。にわのミミズをつかまえてナツチボールさんちのヘイからなげたことあったじゃん。ジョージにてづだってってめちゃくちゃたのんでなるべくはやくつかまえるのがいいし、らいしゅうママのたんじょう日にりょこうでかえるときタネをもってくから

ジョン・フリンより

「さくらんぼの木」その9 A・E・コッパード

 ジョニーは伯父と過ごしに出かけたが、あはれロンドンにいるのは二か月だけであり、やがて母とパモウニーのもとに帰ってくる。機関士の伯父が園芸マニアであることを知って甥っ子は驚いた。ジョニーには理解不可能だった。うなりをあげて蒸気を発する機関車こそが乗物の王様だと信じていた。園芸家というものが失意の闇の裡に、蒸気機関には縁のない熱意を愛でているということはたやすく想像できたが、どうして機関士が園芸みたいな女々しいものに耽っているのかは解けない謎であった。しかしながら、家に戻る前にジョニーは、伯父の趣味から貴重なことを一つ学び取り、妹に報せたのであった。

「さくらんぼの木」その8 A・E・コッパード

「おっきかった?」

「家と同じくらい大きかった」

「さくらんぼは?」

「荷馬車に何台も何台も。荷馬車がいっぱい来てた! どんな種類のさくらんぼだってあったんだから。素敵な木だった」

 かくして夕食は進んだ。豪華な夕食――ポロニー・ソーセージ一本にジャガイモ数個――ジョニーが間もなく出かけるからだ。ロンドンに行くことがわかって以来、羊の足や豚の尻尾といった特別な食事を摂っていた。母はジョニーをますます甘やかしているのかもしれなかった。ジョニーにお金があれば、黒ビールを買ってくるのに――ママは黒ビールが大好きだったから。

「さくらんぼの木」その7 A・E・コッパード

 ジョニーはかなり疑わしそうだった。

「馬となにするの?」

 ママはとても楽しそうだ。「そりゃ出かけるのよ。いつも朝ごはんの前に出かけてた。執事とふたりで前の座席に座ってね。ダルメシアンも飼ってたんだけど、車輪のそばを追いかけてくるの……」だがここでフリン夫人は言葉を濁すと、隠しごとを打ち明けるような目つきを息子に向けて笑い出した。「でもね、さくらんぼの木はほんとの話!」

「どんな木?」

「そうね――さくらんぼの木よ。とってもきれいな一本の桜の木」

「さくらんぼの木」その6 A・E・コッパード

 満開の桜の木が、母にとって子供時代と実家の農場にまつわる一番の思い出だった。見事な花実の神話に沿ってロマンスの花冠を織り上げ、子供たちだけでなく自分の胸中でも懐かしい我が家のシンボルとなっていた。広々とした土地に心躍る果樹園に満杯の食料品庫。母の軽妙な話しぶりにかかると楽しさは何倍にもふくれあがり、ジョニーでさえ引き込まれてしまうほどだった。

「お祖父ちゃんとこに馬って何頭くらいいたの――ねえ?」

「それは――たくさんいた。すっごくたくさん!」

「どんな馬?」

「う~ん――確か――確かねえ――白と黒のぶちだったかな――サーカスの馬みたいなやつ」

「さくらんぼの木」その5 A・E・コッパード

 母親に叱られてジョニーはしゅんとなって反省した。心から情けなかった。今すぐ埋め合わせに立派なことをしたかった。お金があれば、出かけていって黒ビールを買ってくるのに――ママは黒ビールが大好きだったのだ。

「どうして人に迷惑をかけるの、ジョニー?」フリン夫人があきれたようにたずねた。「毎日毎日ママはあんたがたのために頑張って働いてるの。パモウニーみたいにできない?」

 妹は一つ年下だ。洗礼名はモナだったが、てんでイカしてないから、ジョニーが改めて洗礼を施した。モナはパモウナになり、パモウナのままだった。三人は夕飯の席に着いた。「それよりもさ」通りしなにキスをしながらジョニーは言った。「さくらんぼの木の話して!」

「さくらんぼの木」その4 A・E・コッパード

 こうしてその晩ナッチボール夫人は仕事帰りのフリン夫人に会いに行った。未亡人のフリン夫人は毎日必死で働き、家事に追われていたから、子供たちは授業中を除けば自由に過ごしていた。会見は手厳しいものだった。疲れ切ったフリン夫人は息子に注意しておくと約束した。

「安心してください、息子は一週間でかけますから。ロンドンの伯父に会いに。お金持ちの。だから迷惑はかけません。いたずらは申し訳なかったけれど、でもほんとはいい子なんです」

「さくらんぼの木」その3 A・E・コッパード

「頭を下げろ!」ジョージが注意したがジョニーは顔を上げて、怒りに満ちた憎々しげなナッチボール夫人と目を合わせた。指をすばやく鼻に当てた。【※親指を鼻に当てる「あっかんべー」のこと? けど「fingers」って複数形。】

「もう八歳だろう!」夫人が叫んでいる。「八歳だよ! 誓ってあたしは――」

 いましも告げられんばかりの誓いは途切れ、永遠にぶっ飛んだ。ナッチボール夫人がくしゃみをぶっ放した途端、少年はけらけらと笑い声をあげた。

「さくらんぼの木」その2 A・E・コッパード

「待ちなさい、ママが帰ってくるまで待ってなさい!」夫人は金切り声で叫んだが、ジョニーはジョージの飼い犬が殺した大鼠の死骸を気味悪そうに見つめていた。喧噪の原因はこの犬たちの喧嘩だったのだが、おそらく名誉のためというよりはまず間違いなく勝者の定め、戦利品のためであった。

「さくらんぼの木」その1 A・E・コッパード

 オーストラリア通りにある裏庭のどこかから喧噪が聞こえたとき、不安のあまり昼食中の人々は座ったまま顔を見合わせていた。二週間前、通りで真っ昼間に包丁で殺人が行われたのだ。誰もがぴりぴりしていた。窓の一つが開いて、驚きを浮かべた驚くべき顔が現れた。

「またジョニー・フリンだね! 鼠殺しめ!」ナッチボール夫人が大声をあげて、フリン家の裏庭に向かい拳を振り上げた。ナッチボール夫人は醜かった。腫れて瘤のできた首、悲しみのように常変わらぬ薄く尖った鼻先には光る玉。

 

 本日から翻訳を開始するのは、A. E. Coppard“The Cherry Tree”です。愛すべき小品といった掌編です。

ママが聞かせてくれるさくらんぼの木の昔話。悪戯っ子のジョニーも、この話には聞き入ってしまいます。コッパード作品の魅力の一つは愛すべきキャラクター。本編にも、ジョニーやパモウニーはもちろん、悪役(?)ナッチボール夫人や変人のヘンリーおじさん、ひたむきな母親などなど、忘れがたい人々が登場します。最後にはちょっとしんみりしてしまう大好きな作品です。

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

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