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 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

「幽霊の犯罪」その5 トーマ・ナルスジャック

「どのように始めるのがよろしいかな?」声をひそめるとフランボウに火のような視線を向けた。「物体移動か? 霊媒の空中浮揚か? 物質化か?」

 ところが突然ミス・ハリカンが甲高い軋むような声で切れ切れにしゃべり始めたために、卿の話はぷっつり途切れた。言っている内容はよくわからない。別世界からの言伝を読み解くのに慣れていたオリヴァーが翻訳した。

「ロード・コールズウェル。一五五二年に亡くなった、この城の所有者だ。いらいらしているようだ。我が家に――」言葉をとぎらせた卿の顔は、恐ろしくこわばっていたが、やがて肩をすくめた。「――フランス人とカトリックの神父がいることに……」

 フランボウはとっさに全神経を張り詰め、ミス・ハリカンとその不明瞭な言葉を翻訳するオリヴァー卿とを同時に観察していた。

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「幽霊の犯罪」その4 トーマ・ナルスジャック

 ふたたび食堂が会場に選ばれた。部屋の寸法が黄金数に一致しており、対角線の交わる場所つまりシャンデリアの真下に回転盤を置けば、ベヴァリッジ・ヒル中に散らばった霊力が――ブラウン神父のものは入っていないだろうが、これは無視してよろしい――回転盤に詰め込まれるということに気づいたのだ。フランボウは輪に加わり、隣の人の――より正確を期すなら隣の女性の――というのもマギー嬢とその母親に挟まれていたからであるが――手に触れた。なんともバーレスクめいた点に気がついた。大邸宅の中を突風が吹きつけうなりを上げて鳴き叫ぶなど、まるでサバトの夜ではないか。

 神父が文学を危ぶむのももっともだわい、とフランボウは考えた。こんなおかしなやつらは恐ろしい陰謀を企んでいるといえないだろうか?

 フランボウがいるせいでかえって力ないミス・ハリカンの抗議を無視して、卿は強い催眠術をかけた。深く息をつくと、老嬢の首が肩に落ちた。オリヴァー卿は瞼を押し上げ脈を取ると、大喜びで髭高々と座り直した。

「幽霊の犯罪」その3 トーマ・ナルスジャック

 ジョン・フリンは(心霊)実験に参加したことがない。ドアはしっかり密閉されているか、明かりはきちんと弱められているかを確認するのが彼の仕事である。心霊協会会長ハリー・カステアズ卿も及ばぬほどに完璧を期して実験しているのが(論証を引き出すのが)、オリヴァー卿の自慢であった。卿に言わせればちゃんとした理由もあって、空気中に含まれる微弱な電流でさえ、紫煙のようなエクトプラズムを拡散させてしまうため、具現化させるのは非常に困難なのであり、明かりが強すぎると湯気のように不鮮明になるにつれて燐光もしぼんでゆくのである。こうした観測にはつねに曖昧さがついてまわるため、ペテンを企む無知な輩が足りなくなることもない。フレッチャー夫人も場合によっては有能な霊媒となったが、ミス・ハリカンこそまれに見る逸材(被験者)のように見えた。ミス・ハリカンとしては第二の人格を持つなど卑しいことだと思ったし、第二の自分と知己を得ようという気はまるでなかったから、長いこと誘いを断ってきた。しかしついには折れて従ったため、オリヴァー卿は生涯最高の交霊会を催すに至ったのである。もっとも、霊の振る舞いはお決まりのものでだった。参加者の髪を引っ張り、頬をつねり、耳に冷気を吹きかけ、マギーが瞼を降ろさぬように強烈な平手打ちを喰らわしたのである。オリヴァー卿は苦もなく浮揚現象に遭遇した。戸棚から飛び出た小皿が、身軽な月のようにシャンデリアの下を飛び回った。ふいごが飛び交いフレッチャー夫人に灰と煤を吹き付けた。食堂のレリーフに描かれた犬が吠えるのが聞こえた。仕上げに、季節はずれの菫の花束がミス・ハリカンの膝に落ちてきた。意識が戻ると、たとえ無意識にせよ自分が騒ぎの原因であったことに気分が悪くなったようだ。花束を受け取ることを拒んだため、話し合いのうえで菫はマギーに手渡された。この記念すべき夜以来、オリヴァー卿の名声はいっそう高まり、凝結した霊というものを巻雲、積雲、層雲、乱雲の凝結に喩えるようになった――電気的精神の出所は天体エネルギーにあるという壮大な仮説によるものである――ベヴァリッジ・ヒルには面白い集会など皆無であったので、オリヴァー卿はフランボウを回心させんと情熱を燃やした。

「幽霊の犯罪」その2 トーマ・ナルスジャック

 ブラウン神父は辞退したし、オリヴァー卿もしいて引き留めようとはしなかった。だがフランボウは刺激的なことが嫌いではなかったし――波乱に満ちた生涯のあいだじゅうその好みは変わらなかったので――出席(参加)を快諾した。

 フレッチャー夫人はテーブル・ターニング(tables tournantes)を崇め奉っていたから、盤・丸テーブル(gu?ridon)が手の下で音を立てて震え出すと、陶然として目を閉じた。マギーは母に付き合ってやむを得ず参加したものの、交霊術などトンデモ科学に過ぎぬと自分では思っていた。回転盤(tables tournantes)など回転するわけがないし、好ましからぬ言葉で嫌なことを告げるからというしごくもっともな理由からである。おまけに明かりが弱くなるや眠りがちになるものだから、力の抜けた両手の重みで盤の揺れを妨げてしまい、オリヴァー卿の山羊髭が暴動を起こし耳を塞ぎたくなるような小言を頂戴するはめになった。ミス・ハリカンは霊力も仕事のうちと考えていたから、あまり盛り上がってないとはいえ交霊会に力を貸していた。

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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