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 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

「幽霊の犯罪」その17 トーマ・ナルスジャック

「一番最初にしたことは?」

「怪しげなものを確かめようと屈んだところに、あなたがやって来ました」

 ブラウン神父は不意に顔を輝かせ、新たに会の用意はできないかとオリヴァー卿にたずねたときの声は陽気と言ってよかった。この申し出に卿は大喜びし、ローマン・カトリックの坊さんは恐ろしく感情的なくせに、ときには常識の光を持っているわいと御みずから認めたのであった。翌日は一日じゅう諸事万端で忙しくなるし、夜を待たねばならないだろうとフランボウが指摘した。その通りであった……。

 フランボウは休むことなく頭の中で問題を反芻し、夕食後にブラウン神父を見つけたときにはひそかに喜んだものである。神父はひとり公園で黒い小型本を読んでいた。

「この事件は無茶苦茶だ」フランボウは近づきながら声をかけた。

 ブラウン神父は物思わしげに、雪解け水の流れる小径を見つめていた。まるでそこに考え事の原因があるようなそぶりで、返事はゆっくりと途切れがちだった。

「いっそう……無茶苦茶です……前もって結果はわからないのですから」

「何の結果です?」

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「幽霊の犯罪」その16 トーマ・ナルスジャック

 さらにあれこれ言われてフランボウは真っ赤になったが、ブラウン神父は何かに夢中なせいでまったく聞いていなかった。ようやく我に返ったらしく、フランボウに質問を投げた。

「確かにでこぼこしていましたかな?」

「でこぼこしてたらどうだというのだ?」ディアドラ卿が山羊髭をコンマのように曲げてたずねた。

 だがフランボウは相棒の考えを理解した。

「確かにでこぼこしたものが、丸テーブルの脚をこするように走ってきましたよ。ズボンを引っ張られたというか、引っかかれました。いやな感触でしたね」

「幽霊の犯罪」その15 トーマ・ナルスジャック

「そうでしょうか」神父が小さくもらした。「わたしにはむしろ、柄が燃やされた短刀のように見えますが。燃やされたために、柄が刃と同じくらい薄くなったのでは」

 ディアドラ卿の頬が怒りに震えた。蝙蝠の装丁がなされた赤い革表紙の本を手に取ると、ブラウン神父の鼻先に振りかざした。

「ヴァン・エルモントも同じ現象を体験しているのだ。それにナイフの柄が黒こげになっただけではない、強い硫黄の匂いも広がっていたではないか!」

 フランボウがあわてて話題を変えた。

「ジョン・フリンはあなたの目の前だったし、ぼくも目を離さなかったから、疑うわけにはいきませんね。ナイフを投げるのは無理だ。オリヴァー卿はミス・ハリカンの方に寄っていたし、両手はテーブルの上だった」

「明らかではないか」卿が決めつけた。「この犯罪を行い得る人間はいない……」

「考えてみたのですよ」そのとき神父が無邪気な声で口を開いた。「なぜわれわれをベヴァリッジ・ヒルから追い出したがっていたのか。ロード・コールズウェルの亡霊が口にした理由は一五五二年であればなにがしかの意味があるでしょうが、現在では……」

 オリヴァー卿がぷっと吹き出し反論した。

「あんたがたカトリックの坊さんたちは、別世界の謎をあまりよく知らないようですな。情念は涸れるどころか、降霊を重ねるうちに霊的成長を遂げるのだ。これで唐突な配置換えを説明できる……」

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 もうすぐクライマックス。これが終わったら、お金があればハートリイの短篇集とシャーロット・アームストロングの未訳作を購入したい。駄目ならふたたびコッパード。スポーツドリンクの美味しい季節になりました。

「幽霊の犯罪」その14 トーマ・ナルスジャック

「呪い(魔術)とは――」ブラウン神父はそっと口を開いた。「ならず者に搾り取られた貧素な想像力ですな(ならず者に搾り取られて空っぽの想像力ですな)。そして貧素な想像力とは――」卿を怒らせぬようフランボウに向き直った。「――信仰のないものだと相場が決まっております(空っぽの信仰心だと相場が決まっております)」

 よほど冷静を欠いた状況にはまり込んだ議論を避けようとして、フランボウはオリヴァー卿に質問をした。

「ナイフはどこから現れたのだと思います?」

「知らんな。城で似たようなものは見たことがないし、奇妙な形からするとあの世のもののようだが」

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 今日は暑かった。

「幽霊の犯罪」その13 トーマ・ナルスジャック

 フランボウは図書室にいるオリヴァー・ディアドラ卿を見つけた。大判の神秘学辞典を調べているところを見ると、すっかり興奮がぶり返したようだ。フレッチャー夫人の死にはたいへんな打撃を受けているのだろうが、死とは要するによくある事故(こと・茶飯事)であり、賢人ならば厳しい目で糺さねばならぬし、学者であればなおのことである。オリヴァー卿はこの犯罪の不可解な面に肝を潰し、真っ先に考えたのは五芳星を身につけることだけであった――指摘するまでもないが、魔力と祟りを防ぐ魔よけの印である。次にThomson&Davyの辞書を調べたが、事件に曙光を投げかける先例には事欠かなかった。目に見えぬ襲撃など山ほどあり、そのほとんどが死亡事故だと聞いてフランボウは驚いた。顔を赤く染め目を血走らせている卿は、あまり苦しんでいないように見える。しゃべりながらたえず右手を振り回すのを見れば見るほどその思いは強くなるし、ましてや突き出したままの小指と人さし指が威嚇する一対の角のように見えるとあってはなおさらである。ところが折よくやってきたブラウン神父には、その懸念が伝染しなかったようだ。卿の身振りをみて微笑みさえ――暗く曇った笑みではあるが――したのであるが、当のオリヴァー卿は慎みも忘れて足をたたくと、ちび司祭に向かい、呪い(魔術)であることだけは一目瞭然ではないかと尋ねた。

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 ↑の文章にある「Thomson&Davy」がよくわからん。実在の人物? 文脈からいって魔術や心霊系の人たちだろうからお手上げじゃ。

「幽霊の犯罪」その12 トーマ・ナルスジャック

「では菫の花をどう思いますかな?」

「まず見たことはありませんね、あの菫は……」

 ブラウン神父はポケットに手を突っ込んで菫を二本丸テーブルに置いた。

 フランボウは口を開いたが、何も言えずにそのまま閉じた。

 神父はマントルピースの下からふいごを取り出すとフランボウに差し出した。

「動かしてごらんなさい」

 フランボウは勢いよく空気の束を吹き出した。

「何が見えます?」

「何も」フランボウが答えた。

「それがわたしの言いたかったことです」ブラウン神父はつぶやくや、頭を(胸に)垂れて食堂から出て行った……。

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 今月はほしい新刊が少ないので、ここぞとばかりに積ん読を怒濤の如く読んでいる。梅雨時にはちょうどいいかもしんない。二階堂奥歯『八本脚の蝶』が予想以上によくって、栞だらけになってしまった。

「幽霊の犯罪」その11 トーマ・ナルスジャック

「真実ですよ」フランボウが苛立たしげに言った。「まず間違いなくぼくは真実を知っている。やったのはオリヴァー卿です、でなきゃフレッチャー夫人の背中に包丁を投げつけたのは召使い頭です。なにしろ驚いた様子がありませんでしたから……」

「そうかもしれませんな」

 神父はため息をつくと、さっきまでフランボウが座っていた席に着いた。ようやく顔を上げておそるおそる付け加えた。

「わたしは悪魔を信じてますから、幻想(オカルト)じみたことなどここには見えないのですよ」

 フランボウはあやうく癇癪を起こしそうになったが、二つの問いを聞いた途端いらだちが呆れに変わった。

「ふいごのことはどう思いますか?」

「ふいごですって? おかしなことを思いつきましたね……」

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 ワールドカップ期間中はきっとまた更新がとどこおる。昨日はくやしいなあ。見てるだけの人間でも、まる一日経ってもまだくやしいんだから、やってた選手たちはもっとくやしいのだろう。よく「気持を切り替える」というけれど、実際にするのは難しいことなんだと初めて知った。リードしてただけにね。弱っちい負け方でした。でもシュート打たなきゃ負けるよ、そりゃ。今年はオリンピックといいワールドカップといい丁度いい時間帯に中継があるので助かる。
 やくみつるが新聞で「もう可能性はないから、控え選手をどんどん使って、いい思い出をつくったほうがいい」とかコメントしてた。野球バカだとは知っていたが本当の○○だとは……。風刺作家が作品と現実の区別がつけられないとこうなってしまう。可能性のないのは事実だけどさ。

「幽霊の犯罪」その10 トーマ・ナルスジャック

「悪魔は狡猾、でしたかな。あなたのお国ではそんなふうに呼んでいたと思いましたが」

「というと、悪魔を信じてるんですか?」フランボウが声をあげた。

「では福音書を読んだことはないのかな?」神父は静かに答えた。

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 道を歩いていたら、「う・・32」というナンバープレートの車を見つけた。ダイイング・メッセージみたいだと思った。大佐は「う…」とうめいて突っ伏し、そばに駆けつけたときには「32」のように聞こえる言葉を発するのが精一杯だった。

「幽霊の犯罪」その9 トーマ・ナルスジャック

 馬を用意して助けを呼んでこいと、フランボウがジョン・フリンに申しつけた。

「こんな幻想(オカルト)じみたことはまるで信じられません」ナイフの柄を念入りに調べていたブラウン神父に向かい、フランボウが話しかけた。「ところがぼくはフレッチャー夫人のすぐ隣にいた。誰も刺すことはできなかった」

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 豪憲君事件のニュースを見て、不謹慎かもしれないけれど、真っ先に『虚無への供物』が思い浮かんだ。観念の殺人。誰のせいでもない事故で死んだ娘。

「幽霊の犯罪」その8 トーマ・ナルスジャック

 傷を負った老兵のようにうちひしがれたマギーを、フランボウが慰めていた。二人が食堂から立ち去るあいだ、ちびの神父はミス・ハリカンを介抱していた。鉛色の顔は、死んだフレッチャー夫人以上に生気がない。だが苦しげな息づかいが、催眠の終わりを告げていた。案の定やがて意識を取り戻したが、目はまだ朦朧と濁っていた。ゆっくりと辺りを見回して、深刻な顔をした丸っこいちび神父の姿を間近に目にしたときも、それほど驚いているようには見えなかった。立ちあがろうとしたものの、つまずいてふたたび椅子に舞い戻った。戻ってきたフランボウには、コールズウェル卿に――いやむしろ卿の幽霊に――刺し殺されたフレッチャー夫人の死を報せるという仕事が待っていた。その報せは確かにミス・ハリカンを悲しませた。だが悲しみに追い打ちをかけたのは、いわば自分が意識を失ったまま幽霊に手を貸したという思いだった。フランボウに質問を浴びせては、答えを聞くごとに怯えを募らせ、挙句の果てに絶望の叫びをあげると、ブラウン神父が引き留める間もなく走り去った。

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 日本ハムファイターズ五連敗だ……。弱っちい。。。
 ジーコ・ジャパンも今日の試合だと微妙に不安なのである。天気もぱっとしないし翻訳も進まないし、何だかしっくりこない日曜日(あ、もう月曜日だ)でした。

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

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