翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

「幽霊の犯罪」~チェスタトン贋作~その23~お終い トーマ・ナルスジャック/wilder訳

「説明してください」フランボウが言った。

 ブラウン神父はしごくあっさり背中から短刀を引き抜くと、服の下に仕込んでおいたクッションを取り外した。

「ミス・ハリカンはジョン・フリンと結婚するつもりでした。でも老後に不安があったのでしょう、遺産を掠め取るために夫人と娘の殺害を企てたのです。二人の考え出した計画はきわめて優れたものでした。ミス・ハリカンは自分が優秀な霊媒であるとオリヴァー卿に売り込むことに成功しました。ジョン・フリンは表舞台に出ることなく、我々が目にした怪異を担当していました。この仕事をうまくこなすためにできることは、ディアドラ卿の難解な著作を読むことでした。悪意を込めて、フレッチャー夫人の顔に煤と灰を吹きつけ、娘のもとに菫の花束を投げつけたのです。南側の花壇に同じ菫がありましたよ。われわれがやって来たのが、犯人の計画にとっては厄介な問題でした。ところが考え直してみれば、ロード・コールドウェルの怨念という、探し求めていた動機が見つかったのです。たとえ動機が不充分でも、もっと強い嫌疑がオリヴァー卿にはかかります。そこで二人はフレッチャー夫人を殺害しました」

「でもどうやって?」

「ナイフの形に気づきませんでしたかな? ご覧なさい」

 ブラウン神父がナイフを高々と放り投げた。くるりとひっくり返ると、空気を切り裂いて落ちてきた。刃が深々と床に突き刺さった。

「同じようにやってご覧なさい」

 今度はフランボウがナイフを投げた。今度も刃先を下にして落下し、深々と突き刺さった。両手で引き抜かねばならないほどだった。

「好きなだけ高く放り投げてご覧なさい」ブラウン神父が続けた。今度も刃先が下になって落ちてきた。刀身が柄よりもかなり重いのである。鉄芯とのバランスが崩れるように、柄は焼かれていた。

「だけど誰が投げたんです?」

「誰も。そうじゃありませんかな」

「つまり?」

「つまり、文字どおり空から降ってきたのですよ、フランボウ。あなたが捜査当初から言っていたとおりにね」

 ブラウン神父は椅子を使って丸テーブルの上に登ると、電球で鈴なりの枝をつけた金属幹製の巨大なシャンデリアを指し示した。

「真ん中の管の継ぎ目が弁のようなものでふさがれております。これこそジョン・フリンによるまこと独創的な芸術ですよ。電線に沿って管に通した紐が、弁を動かすのです。紐はスイッチまでつながっています。弁を開いて短刀を落とすには、軽く引くだけで充分でした。ずしりと重い短刀が、背中深くを突き刺して計画は成功です」

「だけど被害者が都合よく振る舞いますか?」フランボウがたずねた。

「出席者の緊張がピークに達したころを見計らって、ミス・ハリカンが靴で足許をこすったんですよ。誰もが驚きのあまり、この化け物を追い払おうとして思わず屈み込む。この好機を待って、ジョン・フリンは弾丸を放出したのです」

「じゃあ交霊会がここで行われなかったなら?」フランボウが異議を唱えた。

「黄金数をお忘れですよ! いつも丸テーブルがシャンデリアの真下に置かれていたから、ミス・ハリカンは計画を考えついたのでしょう。念を入れてわたしが素早くマギー嬢と入れ替わっていなければ、マギー嬢は今晩、母と運命をともにしていたはずでした。しかし犯人も興奮していると見込んでおりましたし、事実入れ替わりに気づかれなかった」

「ミス・ハリカンを疑いだしたきっかけは?」

 司祭はため息をつくと絞り出すように答えた。

「澱んでいる(眠っている)水ほど疑ってかからねばなりません」(→仏ことわざIl n'est pire eau que l'eau qui dort.(よどんだ水ほど危険な水はない=おとなしそうな人ほど油断ならない)より)

 怒り狂ったオリヴァー卿がきびすを返し、無言で図書室に閉じこもるところだった。


 二か月後、フランボウはブラウン神父に『デイリー・リフォーマー(革命新聞)』紙から切り抜いた記事を見せた。

『……著名な学者であるオリヴァー・ディアドラ卿が、さきごろ心霊協会の会長に選出された。その業績を評価した協会が、ハリー・カステアズ卿の後継者に推したのである』

「どう思います?」フランボウがたずねた。

「かくあれかし《アーメン》」

 ブラウン神父はつぶやくと、ふたたび聖務日課書に取りかかった。

Le Crime du Fant?me,Thomas Narcejac~『Usurpation D'identit?』より~

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 ようやく終わりました。文体を真似るのは難しい。原文の文体はほんとそっくりだし、逆説とか神父のおとぼけとかもほんとそっくりなんですけど。トリックこそチェスタトンには及びませんが、そもそもチェスタトンみたいなロジックとトリックを使いこなせる作家なんて、世界でも泡坂妻夫くらいしかいないんじゃないだろうかと思いますし。アルセーヌ・ルパン・シリーズの「偶然は奇跡をもたらす」というあんまりなタイトルの短篇の、真相に至る逆説めいたロジックがチェスタトンっぽくて偏愛しているのですが、ルブランもそういうのを量産したわけでもないですし。

 なんだかごちゃごちゃと書いてしまいましたが、『ミステリマガジン』に掲載されたっきり単行本にもなっていないのはもったいない作品だと思います。チェスタトンは……没後何年とか生誕何年にはほど遠いな。いちばん近くてブラウン神父誕生百周年ですか。記念に新作パスティーシュ特集とかどっかの雑誌でやってくれないかな。

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「幽霊の犯罪」その22 トーマ・ナルスジャック

 背中に突き刺さった短刀の柄が見えた。フランボウが駆け寄ったがぴたりと立ち止まった、というのは丸く穏やかな神父の顔は死人のものとはほど遠かったからだ。それどころか天真爛漫に微笑み、無邪気な声で口をきいたのだ。

「テーブルを持ち上げてもらえますかな。わたしは足をつかんでおく」

 フランボウはそうした。ブラウン神父はミス・ハリカンの足首をしっかりとつかんでいた。

「クレープ・ソールのゴム靴ですよ」そう言ってさらに注意を促した。

 それから意識のないミス・ハリカンの足を静かに床に置いた。これがもっとも不思議なことだった。ミス・ハリカンは周りで起こった出来事に気づかないほど深い催眠状態に陥っていたのだから。それとき、神父が耳元でささやいた。

「ジョン・フリンがすべて白状しました」

 そう言うと狂ったように笑い出した。ナイフの柄がぴょこぴょこ跳びはねるのを見て、オリヴァー卿の額に汗がにじんでいた。そのときだった。ミス・ハリカンの穏やかな顔が突如ぎょっとするほど醜く引きつった。目を飛び出させ、極度のヒステリーを起こして床に倒れた。ジョン・フリンを呼ぶことは出来なかった。とうに姿を消し、二度と見ることはなかった。

「幽霊の犯罪」その21 トーマ・ナルスジャック

 いかめしく目をぎょろつかせると、こう告げた。「ロード・コールズウェルだ。復讐が遂げられなかったと言っている。マギーが……しなければならないのは……追い払うことだ……好ましからぬ客人どもを……」

 誰かが叫びをあげた。テーブルの下を正体不明の何かが動き出し、足をかすめてめったやたらに駆けまわった。

「明かりを」フランボウが叫んだ。

 ミス・ハリカン以外は立ちあがっていた。うつぶせのままテーブルに手を投げ出した人影。

「ブラウン神父だ」オリヴァー卿がぽつりと言った。「刺し殺されている!」

「幽霊の犯罪」その20 トーマ・ナルスジャック

 ブラウン神父は無言のまま、ベヴァリッジ・ヒルから遙か遠くにいるかの如く指でパンくずを丸めていた。知ってか知らずか席を立ったのは一番最後だった。そばを通りしなフランボウに耳打ちをした。

「クッションがほしい」

 しばしのち会が始まった。初めに、五人をどう席割りすべきかで押し問答があった。黙々と事件を忠実に再現しようと努めるフランボウが、フレッチャー夫人の席にマギーを――面倒ではあったが、若い娘をかき口説くことなどお手のもの――座らせると、ブラウン神父をその隣に座らせた。オリヴァー卿は興奮をものともせずにミス・ハリカンを一発で眠らせた。ブラウン神父はうっすら笑みを浮かべた。椅子と首のない法衣に埋もれて滑稽きわまりない。心霊学者の山羊髭、司祭の極端な団子鼻、忘れ形見の口の周りに生えた産毛は、こうした状況でなければ笑いを引き起こしてもおかしくはなかったが、誰一人として面白がるものはいなかった。不安で息苦しくさえなるあまりブラウン神父が不意に立ちあがると、微動だにしない石膏面のようなミス・ハリカンを除いて、ロボットのように誰もがそれに倣った。ちょっとしたパニックのようなものが過ぎて座り直した途端、高まった霊媒の声は、静けさの中に奇妙に軋んでいた。ふたたびオリヴァー卿がメッセージを翻訳した。


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 ずっと前に訳し終わっていたのにアップし忘れていた、トーマ・ナルスジャックによるウィリアム・アイリッシュ贋作「ブラッキー」をサイトに追加しました。半年もほったらかしだったのか……。「幽霊の犯罪」もあと少しなので、終わりしだい早めに更新したいところです。

「幽霊の犯罪」その19 トーマ・ナルスジャック

「心霊実験に食堂を選ばれたのには何か理由が?」

 オリヴァー卿はもじゃもじゃの眉をつり上げた。

「すでにお答えしたと思いますがな。この部屋の寸法は、この種の研究にお誂え向きなのです」

「ほかの場所で行うのは無理ですか?」

「いや、もちろんそんなことはない。だが条件はあまりよくない。特に明かりが役に立たん。霊媒と仕事をするときには一時たりとも目を離さぬことだ。第一に不正を防ぐため、第二に金縛りの進捗状況を見張って事故から守るため」

「霊媒の両手は自由なんですか?」

「ああ、だが両手はテーブルの上だから見張るのは簡単だ」

「でも夕べ、足許を通り過ぎたものを確認しようと屈み込んだでしょう。霊媒ならそのときこっそりフレッチャー夫人を刺せたと思うんですよ」

 オリヴァー・ディアドラ卿の視線がフランボウに突き刺さった。

「わたしは一瞬たりとも目を離さなかった。ミス・ハリカンは両目を閉じてぐったり伸びていた。でたらめにナイフを投げるはめになるし、いずれにせよ向かいにいる人間の“背中に”当てることなどできはしない」


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 浅倉久志『ぼくがカンガルーに出会ったころ』を読んでいる。収録された文章の大半が文庫本の解説なのがちょっと残念。もっと"エッセイ”的なものを読みたかった。

「幽霊の犯罪」その18 トーマ・ナルスジャック

「まだわからないのですか?」おだやかにたずねた。

 二人は葉の落ちた並木の中を少しだけ歩いた。

「……わからないのですか? 犠牲者は二人必要なのです」

 フランボウはびくっとした。

「わたしですよ」神父はいたって無頓着であった。

 背後にはでたらめな建築様式の城がそびえており、ブラウン神父は物思わしげに一瞬それを見つめた。

「その通りですよ。なんということだ! あまりに単純な計画を、ごちゃごちゃと複雑なものが覆い隠していたのです」

 風が激しさを増したので、邸に戻って夜まで閉じこもることにした。

 夕食の席で、フランボウは改めてオリヴァー卿にいくつかの質問をぶつけた。

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

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