翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

「さあこい、マクダフ!」01-01 シャーロット・アームストロング

さあこい、マクダフ!

シャーロット・アームストロング/wilder訳
 

第一章

 わたしの名前はベッシー・ギボン。二十歳で、もうすぐ結婚する。だけどこのあいだの二月にすべてが起こったときは、まだたったの十九だったのだ。それはニューヨーク・シティ行きの電車に乗るところから始まった。何が起こるかなんて知るはずもなかった。

 母は三年前に死んだ。母がいなくなって、父と二人で暮らすのに慣れるには時間がかかった。父はニューヨーク州にある小さな町でメソジストの牧師をしていたが、やはり一年前の秋に死んだ。新任の牧師夫妻と牧師館で暮らしているあいだも、わたしが自活できるようにみんなが手助けしてくれた。でも何の実も結ばなかった。手に職をつけていなかったし、いずれにせよ開くような店も持っていなかった。あの町では、わたしでもできるようなことにお金を払うゆとりなんてなかった。子どものお守りならできたけれど、それは雑役婦の仕事だったし、教会の評判を考えれば雑役婦になれるわけもなかったし、なる気もなかった。

 コンパニオンならうまくやれただろうけれど、ベイカーズ・ブリッジの老婦人はコンパニオンなど入り用がないほど元気に独り暮らししていた。残されたのは誰かの妻になることだけだったけれど、肉屋の息子とのけっこういい縁談を断ってしまったので、牧師はあきらめてチャールズ伯父さんに預かってくれと手紙を書いた。

 チャールズ・カスカートは母方の伯父だ。父が死んでからすぐに、来ないかという申し出はあったのだけれど、行きたくなんてなかった。今だって行きたくない。でも行くしかないのだ。

 チャールズ伯父さんはわたしにとっては神話みたいなものだ。いることは知っていたけれど、会ったことはない。母の葬儀にも父の葬儀にも来なかった。豪華な花束が送られてきた。かなりの金額も送られてきたので二回とも助かった。知っているのは、世間並に照らして信じられないほどのお金持ちだということだけ。それほど遠くないニューヨーク・シティに住んでいたけれど、今までのわたしにとっては火星に住んでいたのと変わりがなかった。

 父が伯父のことを嫌っていたのは気づいていたし、その逆も同じだったのだろう。とにかく、わたしたちの住む厳しくつましい世界から見れば、伯父ははるかに裕福で未知の存在なのだと、まるで腫れ物にさわるような後ろめたい恐れを込めて母が話してくれた。母の父親も牧師だった。伯父は一家の面汚しだったのだという考えに幼いころから囚われていた。しかも伯父の場合には、罪の報いが死ではなくお金だったことが、特殊な事情を生んでいた。

 伯父は結婚している。奥さんの名前はリナだ。伯父は五十歳くらいでお金持ちで、家に来ないかと誘ってくれた。それが未来についての全情報だった。あの水曜の晩、高架線を走る列車に揺られて住宅地のあいだを抜け、地下にもぐったところで、目的地が近づいたことを知ったのだ。

 わたしは脅えていた。無力だったくせに、無力でいたくないという衝動に駆られていた。哀れな親戚の役で訪れるのはごめんだった。事実はそのとおりだったくせに。田舎びてみすぼらしくてびくびくしていたけれど、仕事を見つけて自活するつもりだったし、具体的な計画を起こそうとしてきた。けれど実際には夢のような話だった。ニューヨークで仕事を見つけようとするのがいったいどんなことなのか、少しも考えていなかったのだ。汗ばんだ手を手袋の中に潜ませたまま、尻込みもせず体裁もつくろわずに、そうしようと決めていたとおり不器用に押し黙っていようと決意した。

 興奮していたわたしは、元気をふりしぼって薄暗い丸天井(のホーム)に降り立った。赤帽がスーツケースを運びに来た。迎えが来ているはずだと伝えると、すぐにスーツケースをつかみ上げて前に立ってスロープを上がり始めたので、わたしもすぐに追いかけた。降りる駅を間違えていないことはすぐにわかった。待ち人の顔を探す人たちが見える。赤帽が立ち止まってこちらを見たけれど、わたしはどうすることもできずにあたりを見回して、声を張り上げようかと思っていた。


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 今日からシャーロット・アームストロング『Lay On, Mac Duff!』(さあこい、マクダフ!)をちょびちょび訳していこうと思います。かなり不定期になると思いますが。

 シャーロット・アームストロングというと、サスペンスの印象が強いのだけれど、この作品はなんと本格ミステリ(・テイスト)! 容疑者がほとんどいないにもかかわらず、その容疑者の目の前で論理だけを使って謎を解くという、愚直なまでの推理劇です。本格スピリットというよりは、演劇的なのかもしれない。その推理合戦に併せて、細かい伏線を多用した小さなどんでん返しの連続技には、クリスチアナ・ブランドを連想しました。ただし、論理ミステリとしてどの程度の出来なのか、というのはわたしには判断できません。ブランドが100点ならアームストロングは30点くらいかも。あるいはテイストが論理っぽいだけかも。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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