翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

「さあこい、マクダフ!」03-05 シャーロット・アームストロング

 ライナがためらいがちに戸口に立っていた。

「上に行かない?」

 わたしに話しかけているのだと気づいて、あたふたと部屋を横切った。伯母たちはおかしな儀式を行っていた。伯父のところに歩いていくと、顔を上げて立ったまま、「おやすみ、チャーリー」と言った。伯父はちょっとのあいだだけそのままでいたけれど、やがて下を向き額にキスをした。

「おやすみ、おまえ《ディア》」

 伯母のことを本当に|愛しい《ディア》と思っているのか、それともこれもゲームで心の中ではひそかに高笑いをしているのか、わからなかった。

 ところがライナは何食わぬ顔でこちらに戻ってきたので、わたしたちは伯父をその場に残して三階に上がった。円形の階段(この階の壁龕には彫像があった)を上っていると、サンドイッチと魔法瓶の乗った盆を手に、エファンズが下からやって来た。「部屋に入って」とライナに言われ、家の正面側に向きを変えたところで、エファンズは盆を預けて「失礼いたします」と言い階上にさがって行った。

「エレンには来なくてもいいと言っておいたの。もう眠ってるだろうから」

 十二時四十分だった。

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「さあこい、マクダフ!」03-04 シャーロット・アームストロング

 図書室に一人取り残されたわたしは、パチーシの盤を見に行った。こんなのは見たことがなかった。たかがさいころすら高そうな素材で出来ていたし、合成樹脂製の駒は宝石のようにきらびやかに輝いていた。伯父は赤い駒を使っていたらしい。三つはまだスタート地点、一つだけは無事にゴールに置かれていた。わたしはすぐに背を向けて、置いてけぼりを食った場所へと舞い戻った。ソファの隅っこに囚われているみたいに。

 階下から話し声が聞こえてくる。ところが思いもよらず伯父が図書室に現れると、身体(巨体・長身)に似合わぬ(大柄なわりに)素早い身のこなしでまっすぐアルコーブに向かった。パチーシの盤面を見下ろしている。顔の表情からからすると、わたしのことを忘れてしまっているらしい。苦しげとは言えないまでも、何かしようと考えてためらっているように見えた。わたしはじっとしていることにした。

 階下でドアが閉まった。伯父は口唇をへの字にして無駄駒三つをつかみ上げた。左手で窓に触れた。窓が滑らかに開き、伯父が駒を投げ捨てた――ごみのように窓から投げ捨てたのだ。

 息を呑んだせいで気づかれてしまったけれど、伯父の表情に変化はなかった。手首を軽くひねって窓を降ろすと、駒とさいころと賽筒を片づけ始めただけだった。このとき初めて気づくことになるのだが、伯父は必要に迫られるまでは決して説明をしない人間であった。

「さあこい、マクダフ!」03-03 シャーロット・アームストロング

 言いながらヒューの目がこちらを向いたので、ここでぐずぐずしていたのは立場上だったのだとわかった。どうでもよさそうな調子で許可が下りたので(別にかまわないと言われて)、ヒューはいとまを告げた。わたしはぞんざいに受け答えしてしまった。なのにヒューは微笑んで、また会いましょうと言ってくれた。社交辞令には聞こえなかったし、握手には愛情がこもっていた。この人のことをどう考えればいいのかわからなくなった。一つだけわかったのは、ライナ・カスカートにはまったく興味がないこと、これはポイントだ。

 (ヒューが退出したのは)十二時十分だった。

 ウィンベリー氏は途切れた会話を続けようとはしなかった。黙り込んだまま伯父の方を不安げにちらちら見ている。伯父の無言が重圧になってきたようだ。ライナとガイ・マクソンは手短な会話を始めた。

「舞台はよかった?」

「まあまあね」

「三幕はひどいよね?」

「ちょっとね」

「そう聞いてる」

「それ以上よ」

「そうなんだ?」

 何の話なのかわからない。でもこれだけはすぐにわかった。彼はライナに恋している。ライナの方も好意を持っているなんてことにはならないでほしい(好意を持っていたら、なんて思うとぞっとする/好意を持っている、なんてことはないようにと願わずにはいられない。)。まもなくすると、みんなは唐突に帰り支度を始めた。ウィンベリーはもう嬉しそうではなかった。公園(庭園)の終わり(端)まで乗っていくかとガイ・マクソンに声をかけたのに、歩いていくと言われていた。ギャスケルは乗っていくと答えた。伯父はぶるっと震えてのっそりと立ちあがると、ライナと二人で階下に降りた。

 それが十二時半のことだ。

「さあこい、マクダフ!」03-02

 なんであのウィンベリー氏は、パチーシ・ゲームについてライナに洗いざらい(何もかも・つぶさに・余さず)話し始めたんだろう! 世界一面白い物語だと思われるとでも考えていたのだろうか。楽しそうに。こと細かに。伯父の性格に欠陥があるからツキが変わったのだと言わんばかりだった。そこに立ったまま声に出して笑っていた。意地悪くて(mean)子どもっぽくて不愉快で(nasty)、いつまでも話を続けるものだから、わたしがヒステリックな人間だったならと思い始めた。ところがライナは写真のようにポーズをつけて固まったまま耳を傾けていたし、伯父は暖炉の火を見つめていた。

 (話を)終わらせたのはヒューだった。もう耐えられないとばかりに立ちあがると、はっきりとこう言った。

「もう行こうかと思うのですが(If you don't mind, I think I'll be going along.)」

「うん? 少し待っとき。一緒にタクシーで帰ろうや」

「まっすぐお帰りになるつもりですか?」苦虫をかみつぶしたように見えた。

「いんや。予定通りや。クラブに寄って封筒をもらわないかんさかいな」

「なにかしてさしあげることはありますか?」

 ヒューがこのひとに雇われているということをなぜだか思い出した。

「ないわ」ねぎらいの言葉もなかった。

「でしたら、ぼくはバスを拾って失礼します」

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

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