図書室に一人取り残されたわたしは、パチーシの盤を見に行った。こんなのは見たことがなかった。たかがさいころすら高そうな素材で出来ていたし、合成樹脂製の駒は宝石のようにきらびやかに輝いていた。伯父は赤い駒を使っていたらしい。三つはまだスタート地点、一つだけは無事にゴールに置かれていた。わたしはすぐに背を向けて、置いてけぼりを食った場所へと舞い戻った。ソファの隅っこに囚われているみたいに。
階下から話し声が聞こえてくる。ところが思いもよらず伯父が図書室に現れると、身体(巨体・長身)に似合わぬ(大柄なわりに)素早い身のこなしでまっすぐアルコーブに向かった。パチーシの盤面を見下ろしている。顔の表情からからすると、わたしのことを忘れてしまっているらしい。苦しげとは言えないまでも、何かしようと考えてためらっているように見えた。わたしはじっとしていることにした。
階下でドアが閉まった。伯父は口唇をへの字にして無駄駒三つをつかみ上げた。左手で窓に触れた。窓が滑らかに開き、伯父が駒を投げ捨てた――ごみのように窓から投げ捨てたのだ。
息を呑んだせいで気づかれてしまったけれど、伯父の表情に変化はなかった。手首を軽くひねって窓を降ろすと、駒とさいころと賽筒を片づけ始めただけだった。このとき初めて気づくことになるのだが、伯父は必要に迫られるまでは決して説明をしない人間であった。