伯爵夫人は手を叩いて喜んだ。「警視総監の顔を赤らめさせたって自慢しなくっちゃ!」
「伯爵夫人……」サルチーヌが口ごもった。
「あのね! あたしが言いたかったのはこういうこと。馬車の中にいたはグラモン公爵夫人だったんでしょ?」
「グラモン公爵夫人ですか!」
「ええ、そう。陛下のお部屋にお邪魔できるようにお願いしてたんじゃない?」
「参りました」サルチーヌが椅子の中でたじろいだ。「総監の地位はお返ししますよ。私なんかより、あなたの方がよほど警察の仕事に向いていらっしゃる」
「実はサルチーヌさん、お察しの通りあたし用のを持ってますの。お気をつけあそばせ!……ねえ! グラモン公爵夫人が真夜中に警視総監と辻馬車に乗って、並足で走らせていたなんて! あたしが何をさせたかおわかり?」
「わかりませんが、怖いですな。幸いだいぶ遅い時間でしたが」
「ふふ、そんなの無意味よ。夜は復讐の時、ですから」
「それで、何をなさったのです? 教えて下さい」
「秘密警察はもちろん、一般文芸だってあたしのものなんです。三文文士ですわ。襤褸のように汚くて、鼬のように飢えてるんです」
「するとあまり飲み食いさせてないのですか?」
「それどころかまったくさせてませんの。だって太ってしまったら、スービーズさんみたいなおたんちんになっちゃうじゃない。お腹の脂肪には悪意が溜まる、って言いますでしょ?」
「続きをお願いします。嫌な予感がします」
「ショワズールがあたしに何をしたってあなたがだんまりを決め込んでいたのを、ちゃんと覚えていますから。そんなのかちんと来るでしょ。それで、アポロンたちにこんな台本を考えてもらいましたの。その一、サルチーヌ氏は検事に変装してラルブル=セック(l'Arbre-Sec)通りの五階を訪れ、毎月三十日、そこに住んでいる少女に三百リーヴルの手当を与えてるんです」
「人を貶めるのがお上手ですな」
「こんなの序の口よ。その二、サルチーヌ氏は伝道師に変装してサン=タントワーヌ(Saint Antoine)通りのカルメル会修道院に忍び込んだ」
「マダム、それは東方からの便りを修道女たちに伝えにいったのです」
「Du petit ou du grand ? その三、サルチーヌ氏は警視総監に変装して真夜中に町中を駆けまわり、辻馬車の中でグラモン公爵夫人と密会しました」
サルチーヌは震え上がった。「警察の評判を滅茶苦茶にするおつもりですか?」
「あら、あたしの評判を滅茶苦茶にさせてるくせに!」伯爵夫人が笑い出した。「でも話には続きがあるの」
「わかりました」