「いい?」マダム・アデライードが続けた。「ルイーズが何よりも恐れているのはね、礼儀作法にうるさいあの子が嫌がっているのは……」
「何だね……? 口に出した以上は最後まで言いなさい」
「新参者に押し入られることです」
「押し入られるだと?」どんな答えが飛び出すかと勘繰っていたのに、この一言には納得しがたい。「押し入るとは? 余の宮殿にそんな者がいるというのか? 余が会いたくもないのに無理矢理押しかける奴がおると?」
会話の矛先を変えるには、なかなか効果的なやり方だった。
だがマダム・アデライードの方も一筋縄ではいかない。悪意を嗅ぎつけるのはお手のものである。
「言い方が悪かったわね。不適切な表現でした。新参者に『押し入られる』ではなく、新参者を『招き入れる』と言うべきでした」
「結構だ! 良くなったぞ。実を言うと先ほどの表現には戸惑っておった。『招き入れる』の方が良い」
「でも陛下、」とマダム・ヴィクトワールが言った。「それでもまだ最適とは思えませんけど」
「では何と言えばいい?」
「新参者に『謁見する』です」
「それだわ!」二人の妹が姉に同調した。「今度こそ間違いありません」
国王が口を歪めた。
「ほう、そう思うかね?」
「勿論です」マダム・アデライードが答えた。「ですから、妹が恐れているのは新参者の謁見だと申しましょう」
「なるほど! それで?」さっさとけりをつけたかったのである。
「それで? 父上、ですから宮廷でデュ・バリー伯爵夫人に会うのが嫌だったんですってば」
「そう来たか!」国王は悔しさの余り声をあげた。「こんなに遠回りをせずに、とっとと言えば良いものを! 時間を無駄にしおって、この真実娘め!」
「陛下、こんなに時間を掛けたのは、ひとえに畏敬の気持からです。ご命令がなくてはこんなこと口に出せませんもの」
「そうであろうな。そうしてずっと口を閉ざしておるのだろう。欠伸もせぬし、話もせぬし、ものも食べぬというわけだ……!」
「ルイーズが隠棲する本当の理由に気づいたのは間違いありませんからね」
「それはそなたの勘違いだ」
「陛下!」マダム・ヴィクトワールとマダム・ソフィが揃って首を振った。「絶対に間違いありません」
「ふえっ!」ルイ十五世が腰を折った。モリエールの芝居に出てくる父そのものである。「みんな同じ意見のようだな。陰謀は家庭内にあったか。謁見式が行われぬのも、そなたたちへの接見が許されぬのも、請願書や謁見許可に返事がないのも、それが原因というわけか」
「どの請願書、どの謁見許可のことですか?」マダム・アデライードがたずねた。
「あら、知ってるくせに。ジャンヌ・ヴォベルニエ嬢の請願書でしょう」マダム・ソフィが答えた。
「そうそう、ランジュ嬢の謁見許可」マダム・ヴィクトワールも続けた。
国王は猛然と立ち上がった。普段は優しく穏やかな眼差しも、三人娘のせいで随分と物騒な光を放っている。
こうなると、父の怒りに立ち向かえるような女丈夫は三人の中にはいなかった。三人とも顔をうつむけ嵐をやり過ごそうとした。
「これだ。余は正しかったではないか。四人のうち一番いい子がいなくなってしまうと言ったであろう」
「陛下」マダム・アデライードが口を開いた。「あまりにひどすぎます。それではわたくしたちが犬以下ではありませんか」
「あながち違うとも言えまい。だが犬なら家に帰れば飛びついてくれる。犬こそ真の友だ! というわけで、さらばだ、諸姉。余はシャルロット、ベルフィーユ、グルディネに会いに行く。可愛い奴らだからな。とりわけ、真実を喚かぬところが気に入っておる」
そう言って国王は猛然として立ち去った。だが控えの間に四歩も踏み出さぬうちに、三人が声を揃えて歌うのが聞こえて来た。
パリの町
兄さん、奥さん、娘さん
心は虚ろ
悲しけり! ああ!ああ!ああ!ああ!
ブレーズ公のお妾さんは
気分があまりすぐれません。
すぐ、すぐ
すぐれ、すぐれません
今もベッドに寝たっきり。ああ!ああ!ああ!
これはデュ・バリー夫人を当てこすった喜劇の一幕で、ラ・ベル・ブルボネーズといって大変に流行っていたものだ。
国王はきびすを返そうとした。まさか戻って来るとはマダムたちも思っていないだろう。だが思いとどまって先へ進み、歌声を遮ろうと声を張り上げた。
「猟犬隊長! おい、猟犬隊長!(Monsieur le capitaine des levrettes !)」
この奇妙な肩書きを持つ士官が馳せ参じた。
「猟犬部屋を開けさせよ」
「陛下!」士官がルイ十五世の前に飛び出した。「ここから先はお入りになれません!」
「何だと? 何かあるのか?」国王は戸口で立ち止まった。主人の匂いを嗅ぎつけた犬たちが息を吐くのが、戸口からは洩れている。
「陛下、お許し下さい。ですが、どうか犬にお近寄りになってはなりません」
「ああ、そうか。部屋が滅茶苦茶なのだな……よし、グルディネを出してやれ」
「それが陛下……」士官の顔に愁いが浮かんだ。「グルディネは二日前から何も口にしていないのです。狂犬病の恐れがございます」
「ああ、そうであったか! 余は世界一の不幸せ者だ! グルディネが狂犬病とは! これ以上の悲しみはあるまい」
ここは涙を流さなくてはなるまい。猟犬隊長はそう思った。
国王はきびすを返して部屋に戻り、従者が来るのを待っていた。
国王が狼狽しているのを目にして、従者は窓の陰に隠れてしまった。
「そうか、よくわかった」ルイ十五世は従者を気にも留めずに――というのも人間扱いしていないからだが――部屋をずかずかと歩きまわっていた。「そうだ。ショワズールは余を馬鹿にしておるし、王太子も今からもう半ば主人顔をしておる。あのオーストリア娘を玉座に着かせる頃には完全にそうなるだろう。ルイーズは余を愛しておったが、道徳を押しつけて随分と厳しかったし、もう行ってしまった。ほかの三人は余のことをブレーズと詠んでいるような小唄を歌っておる。プロヴァンス伯はルクレティウスを翻訳しておるし、ダルトワ伯はほっつき回っておる。犬たちは狂犬病にかかって、余に咬みつきたくてうずうずしておる。つまるところ、余を愛してくれるのは伯爵夫人しかおらぬのだ。伯爵夫人を苦しめるような輩はくたばってしまうがいい!」
ルイ十五世は絶望に打ちひしがれて卓子に着いた。その卓子こそ、ルイ十四世が署名を記し、重要な条約や壮麗な手紙の重みに耐えていた場所であった。
「ようやくわかった。揃いも揃って王太子妃の到着を待ち望んでいるのは、そうなれば余は下僕に成り下がり、蹴落とされると考えているからであったか。まあ良い、たとい妃が新たな厄介ごとを引き起こすとしても、観察する時間はたっぷりある。落ち着いて過ごすことだ。それも出来るだけ長く。そのためには、途中で長居してもらわなくては。ランス(Reims)とノワヨン(Noyon)は止まらずに通り過ぎるであろうから、コンピエーニュ(Compiègne)まではすぐ着いてしまうな。では儀礼にかこつけてしまおう。ランスで歓迎会を三日、それから一……違う、二……いや、ノワヨンで祝宴を三日、それでどうにか六日稼げる。よし、六日だな」
国王は羽根ペンを取り、ランスで三日、ノワヨンで三日、足止めするよう、スタンヴィル宛に自ら命令を記した。
書き終えると伝令を呼んだ。
「これを届けるまでは全力で飛ばせ」
同じペンを使い、次はこう書いた。
『伯爵夫人。本日ザモールを長官に任命しましょう。余はマルリーに発ちます。今考えていることを今夜ルーヴシエンヌで申し上げましょう。――ラ・フランス』
「よしルベル、この手紙を伯爵夫人に届けてくれ。
従者は一礼して部屋を出た。