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翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『ジョゼフ・バルサモ』 第57章

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第五十七章 二つの自分――覚醒

 ロレンツァの瞳に力が甦り、素早く辺りを一瞥した。

 顔をほころばせるような、女の喜びを連想させるものが何一つないことがわかり、やがてバルサモに目が留まった。

 バルサモがすぐ側に坐って見つめていた。

「またあなたなの?」ロレンツァは後じさった。

 顔には恐怖が浮かんだ。口唇は青ざめ、生え際に汗がしたたった。

 バルサモは何も答えない。

「ここは何処?」

「何処から来たかはご存じのはずです、マダム。であれば、何処にいるのか見当をつけるのも容易いことではありませんか」

「そうね、記憶をつついてくれてありがとう。確かに覚えてる。あなたに虐げられ、追いかけられ、主と私の間で選び出した王女の腕から引き離されたことを」

「ではその王女が力を尽くしてもあなたを守ることが出来なかったこともご存じでしょうな」

「あなたが何か魔法のような力を使ったからでしょう?」ロレンツァは両手を合わせた。「主よ、お願いです! 悪魔を追い払って下さい!」

「俺の何処が悪魔だと?」バルサモは肩をすくめた。「頼むから、ローマから後生大事に抱え込んで来た幼稚な信仰や、修道院を発ってからいまだに引きずっている馬鹿げた迷信など、いい加減に捨ててくれないか」

「修道院? どうすれば修道院に戻れるの?」ロレンツァは泣き崩れた。

「つまり修道院に未練があるという訳か!」

 ロレンツァは窓に駆け寄りカーテンを開くと、イスパニア錠を上げ、花に隠された鉄格子につかみかかった。花は鉄格子の意味を隠蔽していたが、その役割を失わせてはいなかった。

「結局は囚人。どうせなら天国に連れて行って。地獄なんてもう嫌」

 ロレンツァは憤然として華奢な拳をカーテンレールに押しつけた。

「少し理性的になってくれれば、花だけで鉄格子のない窓も用意できる」

「アルトタスとかいう吸血鬼と一緒に車輪つきの牢屋に閉じ込められていた時も、理性的ではなかった? 違う、あなたは私を見張ってた。私は囚人だった。何処かに行く時には心が囚われるように囁きかけて、抗えないようにしたくせに! 死ぬほど恐ろしかったあの老人は何処? 何処かその辺にいるんでしょう? 二人とも口を閉じて、地の底から出て来る怪物の声に耳を澄ましましょうよ」

「子供みたいな空想に取り憑かれているようだな。アルトタスは俺の師匠であり、友であり、第二の父である無害な老人だ。あなたに目を向けたことも近づいたこともない。よしんば目を向けたり近づいたりしたところで、あなたに気を留めることなどなく、仕事を続けるのに忙しかったことだろう」

「仕事! いったい何の仕事?」

「命の霊薬を研究している。天才たちが六千年前から探し求めているものだ」

「あなたは? 何の研究をしているの?」

「俺? 完璧な人間だ」

「何ですって、この悪魔! 悪魔!」ロレンツァは天を仰いだ。

「そうか」バルサモが立ち上がった。「また発作が起こったようだな」

「発作?」

「ああ、発作だ、ロレンツァ。お前は気づいていないがな。お前の人生は二つの周期に分かれているということだ。一方は優しく穏やかで理性的だが、一方では気違いのようになる」

「下手な言い訳ね、私を閉じ込めているのは気違いだからという訳?」

「仕方あるまい」

「だったらむごく辛い残忍な仕打ちをすればいい。監禁して殺してくれればいい。偽善者のふりなどしないで、いじめているくせに気を遣っているようなふりなどやめて」

「まあ待ってくれ」バルサモは怒りもせずに、むしろにこやかに笑っていた。「綺麗で便利な部屋に住むのが拷問なのか?」

「何処も彼処も鉄格子で囲まれて、柵また柵で空気もないのに!」

「鉄格子はお前の命のためだ。わかるだろう、ロレンツァ?」

「はっきりとね。あの人は私をなぶり殺すつもり。言ったもの、私の命を気にしてるって。私の命に興味があるって」

 バルサモはロレンツァに近づき、親しげに手をつかもうとした。だがロレンツァは身体を触れられた蛇のように逃げ出した。

「触らないで!」

「俺が憎いのか?」

「死刑執行人が憎いかどうか、死刑囚に聞いてみればいいでしょう」

「ロレンツァ、お前から自由を奪っているのは、何も執行人になりたいからじゃない。自由に出入りさせたら、狂気に襲われた時に何をしでかすかわからないじゃないか」

「何をしでかすか? 一日自由にさせてくれたら、すぐにわかるわ」

「ロレンツァ、神の前で選んだ夫を邪険にしないでくれ」

「私があなたを選んだというの? ふざけないで!」

「だがお前は俺の妻だ」

「それこそ悪魔の仕業でしょう?」

「気を確かに持つんだ」バルサモは優しい視線を返した。

「だけど私はローマ人。いつか、いつか復讐してみせる」

 バルサモがゆっくりと首を振った。

「そんなことを言って脅さないでくれ」笑みを浮かべて言った。

「脅しじゃない。言った通りに実行します」

「お前はキリスト教徒だろう?」バルサモが不意に威圧的な声を出した。「善をもって悪に報いよという教えは、偽善でしかなかったのか? 信仰に従っているふりをしながら、悪をもって善に報いているではないか?」

 ロレンツァはその言葉にしばし衝撃を受けたように見えた。

「敵を世間に訴えるのは復讐ではなく、務めです」

「俺を魔術師や呪術師として訴えるというのであれば教えておこう。俺が侮辱しているのは世間ではない。俺が刃向かっているのは神だ。だがそれなら、神は合図一つで俺を殺せばいい。どうして罰したりせずに、俺のように弱くて過ちに陥るような人間を放っておくのだろうな?」

「主はすべてを許し、目をつぶって、あなたが悔い改めるのを待っているのです」

 バルサモは微笑した。

「つまりそれまでは友も恩人も夫も裏切れと神から忠告されたのか」

「夫? ありがたいことに、手を触れられるたびに身体中の血が逆流して身震いが止まらなかった」

「わかっているだろう、出来るだけ触れないようにして来たではないか」

「そうね、あなたは潔癖で。それだけが不幸中の幸いだった。あなたと愛を交わすことに耐えなくてはならなかったらと思うと、ぞっとしていたわ!」

「謎だな、まったくわからない」ロレンツァの言葉に答えたというよりは、自らの問いかけに答えて呟いていた。

「最後にいいかしら。どうして私から自由を奪うの?」

「俺に自由を預けておきながら、どうして後になって自由を取り戻したがるんだ? どうして守ってやっている人間の許から逃げるんだ? お前を愛している人間を袖にして他人に保護を求めようとするのはどうしてだ? 秘密を明かせと脅す訳でもない人間を絶えず脅すのはどうしてなんだ? それもお前のものでもなければお前にとっては何の意味もない秘密ではないか」

 ロレンツァはそれには答えなかった。「自由を取り戻すことを強く願っていれば、囚人だって必ず自由になれる。鉄格子なんか役に立たない、車のついた籠が役に立たなかったのと同じこと」

「鉄格子はびくともせんぞ……お前にとっちゃありがたいことにな!」バルサモは怖いほどに落ち着いていた。

「ロレーヌの時のように、主が嵐を起こしてくれる。雷を落として鉄格子を壊してくれる」

「ロレンツァ、そんなことを神に祈るのはやめるんだ、馬鹿な夢を信じるんじゃない。俺は友人として話しているんだ、いいな?」

 バルサモの声には怒りがこもり、目には暗い炎がくすぶり、一言一言しっかりと口を開くたびに白く逞しい手が不思議なほど引きつった。刃向かったせいでかっとなっていたロレンツァは我知らず耳を傾けていた。

「いいか、ロレンツァ」バルサモの声はいまだ怖いほど穏やかだった。「俺はこの監獄を女王の住まいにするつもりだった。お前が女王であるのなら、ここにいるのも当然のことだ。心を静めるんだ。修道院で過ごしたようにここで過ごせばいい。俺がいることに慣れてくれ。俺を友人として、兄弟として愛してくれ。俺は深い悲しみを背負っている。恐ろしいほどの落胆も、お前が微笑んでくれれば慰められるんだ。お前が優しく柔らかく我慢強くなったと思えば、部屋の鉄格子も細くしてやる。一年後か、六か月後かはわからぬが、俺と同じく自由になれるんだ。そう考えていれば、俺から自由を盗み取ろうとは思わぬだろう」

「そんなことはありません!」恐ろしい提案が穏やかな声で口にされているのが理解できなかった。「約束を重ねれば重ねるだけ、嘘が増えていくだけ。あなたは私を力ずくで拐かしたのだし、私は私、私だけのものです。私の許に返してくれないというのなら、せめて主の許に返して下さい。これまであなたの横暴に耐えてきたのは、私を辱めようとした山賊たちから救い出してくれたことを忘れなかったからです。でももう感謝の気持も尽き果てました。こんなところに何日も閉じ込められて反抗していれば、そのうち恩義もなくなるでしょうし、あなたが山賊たちと人知れずつながりを持っていたという考えにだんだんと侵されて行くことでしょう」

「俺が山賊の頭だという訳か、出世したものだな」バルサモは皮肉った。

「私にはわからない。でも合図や合言葉をこの目で見たのは確かです」

「合図や合言葉を見ただと?」バルサモが青ざめた。

「ええ、はっきりと見ました、覚えている、忘れはしません」

「だが口に出したりはしないだろうな? 生ける魂に繰り返したりはせずに、記憶の奥底に閉じ込めて、忘れてしまうだろうな?」

「そんなことするもんですか!」ロレンツァはついに相手の泣き所を見つけ、喜びに震えた。「記憶の中にその言葉を大事に取っておくわ! 一人でいる時には心の中で唱え、機会があればはっきり声に出してみせる。それもとっくに実行しているし」

「誰に言ったんだ?」

「王女様に」

「そうか、ロレンツァ、よく聞け」バルサモは椅子に指をついて、興奮を静め、血のたぎりを抑えようとした。「既に人に言っていたとしても、二度と繰り返すことはないぞ。何故なら扉を閉じておくし、鉄柵の先端を研いでおくし、必要があればこの中庭にバベルの塔ほど高い塀を建てるつもりだからだ」

「言ったでしょう。どんな監獄からでも抜け出せるって。自由を愛する気持が暴君を憎む気持を駆り立てる時はなおさらよ」

「では抜け出してみせるがいい、ロレンツァ。だがいいか。抜け出す機会は二度しかないと思え。一度目は、身体中の涙が涸れるまで懲らしめてやる。二度目は、血管中の血が涸れるまで痛めつけてやる」

「人殺し!」ついにロレンツァの怒りが頂点に達し、髪を引きむしり絨毯を転げ回った。

 バルサモは怒りと憐れみの入り混じった目つきでそれを眺めていたが、やがて憐れみの気持が勝った。

「ロレンツァ、こっちに来い、落ち着くんだ。いつか苦しみが――いや苦しみだと思っているものがたっぷり報われる日が来る」

「閉じ込められるのは嫌!」ロレンツァはバルサモの言葉に耳を貸さなかった。

「我慢しろ」

「殴られるのは嫌!」

「これは見習い期間だ」

「気違いなんて嫌!」

「いつか治る」

「今すぐ気違い病院に放り込んで! 本当の監獄に閉じ込めて頂戴!」

「それは出来ぬな! 俺に逆らってどうするつもりなのか、前々から口にしていたではないか」

「だったら死ぬわ! 今すぐに!」

 獣のように素早くしなやかに立ち上がり、壁に頭を打ちつけようと駆け出した。

 だがバルサモは手を伸ばして、何事か口にしただけだった。口唇からというより心の奥からのそのたった一言で、ロレンツァは立ち止まった。駆け出していたロレンツァは急に立ち止まると、ふらりと揺れてバルサモの腕の中で意識を失った。

 ロレンツァの肉体を完全に制御した魔術師であったが、精神を統べることは出来ず、腕にロレンツァを抱えて寝台まで運んだ。長い口づけを終えると、寝台のカーテンと窓のカーテンを順に引き、立ち去った。

 ロレンツァは穏やかな眠りに包まれていた。痛がって泣きじゃくる子供をあやす母の衣のような、温かい眠りに包まれていた。

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『ジョゼフ・バルサモ』 第56章

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第五十六章 二つの自分――休眠

 バルサモが素早く身を引いたため、ロレンツァの両腕は空をつかみ、胸の上で交差した。

「ロレンツァ、友だちと話がしたいか?」

「もちろんです。でもあなたがお話しして下さるなら……あなたの声が愛おしいんです!」

「ロレンツァ、全世界から隔てられても俺と一緒にいられれば幸せだと言っていたな」

「ええ、幸せです」

「よし、お前の願いはわかった。この部屋にいれば、誰も追って来られないし、誰もたどり着けない。俺たちは二人きりだ、完全にな」

「よかった!」

「この部屋は気に入ったか?」

「見るように命じて下さい」

「見るんだ!」

「素敵な部屋!」

「では気に入ったんだな?」伯爵は満足げにたずねた。

「ええ、私の好きな花ばかり! バニラ・ヘリオトロープに、紫薔薇パープル・ローズに、中国ジャスミン。ありがとう、ジョゼフ。優しいのね!」

「喜んでもらえたらそれでいい」

「私にはもったいないことです」

「それを認めるんだな?」

「はい」

「では自分が聞き分けがなかったことを認めるな?」

「聞き分けがなかった……その通りです。でも許して下さいますね?」

「お前と知り合って以来取り組んで来た謎に答えたら、許してやろう」

「聞いて下さい。私の中には二人のロレンツァがいるんです。一人はあなたを愛していて、一人はあなたを憎んでいます。まるで私の中に対立する二人の人間がいるかのように、一人が天国の喜びを満喫しているというのに、一人は地獄の苦しみをこうむっているんです」

「その二つの自分のうち、一つは眠っていて、一つは起きているんだな?」

「はい」

「眠っている時は俺を愛していて、起きている時には憎んでいるのか?」

「はい」

「何故だ?」

「わかりません」

「知っているはずだ」

「知りません」

「探すんだ、お前自身を調べ、魂に潜り込め」

「はい……あっ、わかりました」

「話してみろ」

「ロレンツァは起きている時にはローマ人、迷信深いイタリア娘です。科学とは罪業で愛とは罪だと考えています。だから博識なバルサモを恐れ、ハンサムなジョゼフを恐れています。あなたを愛せば魂を滅ぼすに違いないと懺悔聴聞僧に言われたために、世界の果てまであなたから逃げ続けるつもりなんです」

「では眠っている時は?」

「その時はまったく別の話です。ロレンツァはもはや迷信深いローマ人ではなく、女です。バルサモの心と魂を見つめ、その天賦の心が気高い夢を見ていることを知っています。それと比べれば自分がどれだけちっぽけかがよくわかりました。生きる時も死ぬ時も側にいたいのです。小さくとも構わないのでロレンツァの名も唱えてもらいたいのです、未来が……カリオストロの名を声高く唱える時には!」

「では、俺はその名で世に知られるのだな?」

「はい、その名で」

「よしロレンツァ! 新しい住まいは気に入りそうか?」

「これまでのどの家より素晴らしいけれど、気に入るのはそんな理由からではありません」

「ではどうすれば気に入るのだ?」

「あなたが一緒に住んでくれれば」

「そうか! 眠っている時には、俺がどれほどお前を情熱的に愛しているかわかるだろう?」

 ロレンツァは膝を引き寄せて抱え込んだ。青白い口唇にはかすかに微笑みを浮かべていた。

「ええ、わかります。でも、でも……」と溜息をついた。「ロレンツァよりも愛しているものがあるでしょう」

「何のことだ?」バルサモはびくりとした。

「あなたの夢です」

「俺の天命だ」

「あなたの野望です」

「俺の栄誉だ」

「ああ、神様!」

 ロレンツァは心、閉じた瞼の下からひっそりと涙を流した。

「何が見えたんだ?」恐るべき千里眼には自分自身でもぎょっとすることがあった。

「闇の中を忍び寄る影が見えます。王冠に手を伸ばす人たちがいて、あなたが――あなたがその真ん中に、戦いのさなかの将軍のように。あなたの力はまるで主のようで、誰もがあなたの指示に従っています」

「そうか」満足そうにうなずいた。「それでも俺を誇りに思ってはくれぬのか?」

「たとい偉大ではなくともあなたは立派な方です。それなのに、あなたを取り囲む人々の中を探しても私が見つかりません。もうそこにはいないんです……もうあなたの側には……」ロレンツァは悲しげに呟いた。

「では何処にいる?」

「私は死んでいます」

 バルサモは震えおののいた。

「お前が死ぬ? 馬鹿な、あり得ない。俺たちは愛し合って共に生きるんだ」

「あなたは私を愛してません」

「そんな訳があるか!」

「心からではないでしょう?」ロレンツァはジョゼフの頭をかき抱いた。「そんなのでは足りません」熱い口唇を額に押しつけ、愛撫を重ねた。

「何が良くないというんだ?」

「あなたは冷たい。どうして後じさるんです? 私が熱烈な口づけを贈っているのに、あなたは逃げているでしょう? ねえ、少女だった頃の平穏を、スビアーコの修道院を、独房の夜を返して下さい! 羽ばたくような風の中でしてくれた口づけを、眠っている間にくれた口づけを、金の翼を持つ妖精のように現れて快楽に心を溶かしてくれたあの口づけを、もう一度与えて下さい」

「ロレンツァ!」

「逃げないで、バルサモ、お願いだから逃げないで下さい。手を握らせて、その目に口づけさせて下さい。私はあなたのものなんです!」

「もちろんだロレンツァ。お前は俺の最愛の女だ」

「こうやって私が側にいるとあなたが苦しんでいるのがわかる。私は役にも立たず見捨てられたままですから。汚れのない花が一輪あなたを誘う香りを放っているというのに、その香りを煙たがられるなんて! よくわかってます、あなたにとって何の価値もない人間だということは」

「そんなことはない。俺の力の源はお前なんだ、ロレンツァ。お前なしでは何も出来ない。故郷の女たちのように夜も眠らず狂ったように愛するのはやめてくれ。俺がお前を愛するように愛してくれればいい」

「そんなのは愛ではありません。あなたのやっていることは愛なんかではありません」

「とにかく俺が求めているのはそれだけだ。俺の望みはすべて叶えてくれるし、お前の心を手に入れただけで充分に幸せだからな」

「幸せ?」ロレンツァは憐れむようにたずねた。「それを幸せと言うのですか?」

「ああ、俺にとって幸せとは偉大であることだ」

 ロレンツァは深い溜息をついた。

「ロレンツァ、わかってくれ。他人の心を読み取るのは、人が心に抱いている情熱を使って人を掌握するためなんだ!」

「ええ、そのために働いているのはよくわかっています」

「それだけじゃない。お前の目はいまだ開かれざる未来の書物だ。俺が二十年も苦労と貧苦を重ねてもわからなかったことを、無垢で純粋なお前がそうしようと思えば俺に教えてくれることが出来るんだ。これから道の先に敵から幾つ罠を仕掛けられようとも、お前が照らしてくれる。俺の生命も運命も自由も俺の才覚一つ、だから山猫のように瞳を開いて一晩中目を凝らしてくれ。この世の光には目を閉じてくれて構わないが、この世ならざる光明には目を見開いてくれ! 俺のために休まず見張っていて欲しい。俺に自由を、成功を、力を与えてくれるのはお前なんだ」

「そのお返しに不幸をくれるなんて!」ロレンツァは激情に駆られて叫んだ。

 これまでからは考えられないほど激しく抱きつかれ、バルサモとしてもひりひりするような輝きに打たれて弱々しく抗うことしか出来なかった。

 それでもどうにか抗い、絡まっていた生身の鎖をほどいた。

「ロレンツァ! 頼むから……」

「私はあなたの妻です、娘ではありません! 父としてではなく、妻を愛する夫として愛して下さい」

「ロレンツァ」頼み込むバルサモ自身も震えていた。「お願いだ、俺に出来る以上の愛を望まないでくれ」

 ロレンツァは絶望的に両手を天に掲げた。「でもそんなのは愛ではありません、愛ではないんです!」

「いや、それも愛だ……ただし乙女に捧げるような神聖で純粋な愛なんだ」

 ロレンツァが編んでいた黒髪をほどいた。白く力強い腕が脅すように伯爵に向かって伸びた。

「どういう意味です?」諦めたような素っ気ない声だった。「国や名前や家族や、神まで捨てさせたのは何故ですか? あなたの神は私の神とは違う。こうして神通力を及ぼして私を奴隷にし、私の命をあなたの命にし、私の血をあなたの血にしたのはどうしてです? 聞いてますか? 私のことを乙女ロレンツァと呼ぶためだったのなら、どうしてこんなことをしたんです?」

 傷ついているロレンツァの苦しみに、今度はバルサモが溜息をつく番だった。

「違う。お前は間違っている。それとも間違っているのは神か。神がお前という天使に神眼を与え、俺の世界征服を助けてくれたのは何故だ? ガラス越しに本を読むように、物質的な障壁を破って心を読めるのはどういう訳だ? お前が純粋な天使だからだ! 染み一つないダイヤだからだ。どんなものもお前の心を曇らせることは出来ないからだ。神の作った元素の名において俺が聖霊に祈った時、神は聖母のように汚れのない純粋で喜びに満ちたお前の姿を見て、聖霊を降下させようと思われたのだ。普段であれば聖霊が羽を休められるような汚れない場所など見つけられないからといって、卑しいものの頭上を素通りしてしまうところだったろう。乙女のままであればお前は千里眼だ、ロレンツァ。人妻になってしまえばただの人でしかない」

「つまり私の愛など二の次なんですね」ロレンツァは美しい両手を怒りで組み締めたため、手が真っ赤に染まった。「夢を追い求めたり、空想を作りあげたりする方が私の愛より大事だと言うのでしょう? あなたから激しい魅力を振りまかれていながら、修道女のように貞節でいろと? ああ、ジョゼフ! 告発します、あなたは罪人です!」

「やめないか。俺だって苦しいんだ。俺の心を読んでくれ、それでもまだ俺がお前を愛していないと言えるか」

「それならどうして自分の気持に逆らうのですか?」

「俺と一緒にお前を玉座に就かせたいからだ」

「その野心で私の愛と同じものをもたらせるでしょうか?」ロレンツァが呟いた。

 熱い思いに駆られて、バルサモはロレンツァの胸に頭を預けていた。

「ええそう、わかっています。野心よりも権力よりも希望よりも私のことを愛していることは。あなたは私を愛している、私と同じように!」

 バルサモは理性を浸し始めたとろけるような雲を振り払おうとしたが、果たせなかった。

「それほどまでに愛しているのなら、俺を許してくれ」

 ロレンツァはもはや耳を貸さず、両腕の鎖はかすがいよりも強く、ダイヤよりも硬かった。

「言われた通りに愛します。妹だろうと妻だろうと、生娘だろうと人妻だろうと。ただ口づけを、それだけを」

 バルサモの負けだった。愛によって打ち負かされ、もはや抗う力もないまま、目を輝かせ、胸をぜいぜい言わせ、頭を仰け反らせて、鉄が磁石に引き寄せられるようにロレンツァに引き寄せられていた。

 バルサモの口唇がロレンツァの口唇に近づいた!

 突如、理性が舞い戻った。

 バルサモはとろけるような靄を両腕でかき回した。

「ロレンツァ! 目を覚ませ!」

 すると千切ることの出来なかった鎖がほどけ、抱きしめていた腕が緩み、乾いた口唇に広がっていた微笑みが末期の息のように絶ち消えた。閉じていた目は開き、開いていた瞳孔は縮んだ。ロレンツァはぎこちなく腕を震わせ、ぐったりとして、ただし目を覚ました状態で、ソファに倒れ込んだ。

 バルサモは側に坐り、深い溜息をついた。

「夢よさらば、幸福よさらば」と呟いた。

『ジョゼフ・バルサモ』 第55章

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第五十五章 サン=クロード街の家

 ド・フェニックス伯爵がド・ロアン枢機卿との密会を約したサン=クロード街は、当時も今とあまり変わらなかった。これからお伝えするような光景の名残を読者諸兄が見つけることも可能である。

 サン=クロード街は現在と同じく、サン=ルイ街や大通りに通じている。サン=サクルマン女子修道院とヴォワザン邸に挟まれたこのサン=ルイ街を通って行くと、今日ではその先で教会と食料品店に分かれている。

 今と同じく、大通りまでは急な坂道になっている。

 サン=クロード街には十五軒の家と七つの街灯があった。

 袋小路が二つあることに気づかれるだろう。

 一つは左側にあるため、ヴォワザン邸の向かいが飛び地になっている。右側、つまり北向きの方は、サン=サクルマン修道女会の庭に面していた。

 この二つ目の袋小路の右側は修道院の木々に陽射しを遮られ、左側はサン=クロード街に建っている家の灰色の壁に接していた。

 この壁にはキュクロプスの顔のように一つしか目がなかった。或いは窓が一つしかないと表現する方がお気に召すだろうか。しかもその窓も格子と金網で塞がれ、真っ暗に閉ざされていた。

 閉ざされたままのこの窓の真下には、いくつもの蜘蛛の巣が外壁を彩っている。その窓の真下にある扉には、大きな鋲とグリフォンの頭をしたノッカーがついていたが、そこから人が入っていたわけではなく、そこから家に入ることが出来るということがわかるだけであった。

 袋小路には家は一軒もない。住人が二人だけいた。木箱で暮らす靴直しと、樽をねぐらにする繕い女が、修道院のアカシアの木陰に逃げ込んでいた。そこでなら朝の九時からでも埃っぽい地面にも涼しい空気が注ぐのである。

 夜になると、繕い女は住まいに戻り、靴直しは根城に鍵を掛ける。そうすると路地を見ているのは、先ほど述べたように、暗く陰気な一つ目の窓だけとなる。

 扉のことは既にお伝えしたし、さらに詳しくこの家をことをお伝えしようとするならば、玄関はサン=クロード街に面している。ルイ十三世時代の様式を窺わせる浮き彫りのついた玄関扉には、ド・フェニックス伯爵がド・ロアン枢機卿に目印として説明したように、グリフォンの頭をしたノッカーがつけられている。

 大通りが見渡せる位置に窓がいくつかあり、朝になると朝日を拝むことが出来る。

 当時のパリの、特にこの地域は治安がよくなかった。それ故に鉄格子つきの窓や忍び返しの立った塀は珍しくない。

 そういうこともあってこの家の二階はまるで要塞のようである。敵や盗人や恋人たちを防ぐために、鋭く尖ったいくつもの鉄がベランダに設置されていた。深い溝が大通り側に廻らされていたので、道を通ってこの要塞に入ろうとする者には、三十ピエの梯子が必要であった。塀は三十二ピエあり、中庭は塀に隠れていたというより埋もれていた。

 現在であればこの家の前を通りかった人なら誰もが驚き、訝しみ、興味を持って立ち止まるだろうが、一七七〇年当時にはこのような家はそれほど珍しい光景ではなかった。それどころかその地域に溶け込んでおり、善良なサン=ルイ街の住人たちや同じく善良なサン=クロード街の住人たちがこの邸の周りから逃げ出していたとすれば、それは評判の悪くないこの邸のせいではなく、悪評高いポルト・サン=ルイ(サン=ルイ門)のさびれた大通りとポン・ト・シュー(シュー橋)のせいである。下水道に架けられたこの眼鏡橋は、些かなりとも神話伝説を知っているパリっ子にはガデイラの禁門のように見なされていた。

 実際のところ、大通りのこちら側をたどってもバスチーユしかない。四分の一里ほどの間に家が十軒もない。役人もこの無、空、虚を光で照らそうとは考えなかったため、夏は八時、冬は四時を過ぎるとそこは混沌と化し、盗っ人どもしかいなくなる。

 ところがこの大通りを夜の九時頃、四輪馬車が帰宅を急いでいた。サン=ドニ訪問からおよそ四十五分後のことである。

 馬車の羽目板にはド・フェニックス伯爵の紋章が飾られていた。

 伯爵はジェリドに乗って馬車の二十パッスス先を走っていた。ジェリドは埃だらけの舗道のむせるような熱気を吸い込みながら、長い尻尾を振っている。

 カーテンの引かれた馬車の中では、ロレンツァがクッションに横たわって眠っていた。

 車の音を合図に魔法のように門が開き、サン=クロード街の暗闇に飲み込まれた馬車は、先ほど説明した家の中庭に姿を消した。

 その後ろで再び門が閉まった。

 だが確かに人目を忍ぶ必要はなかった。ド・フェニックス伯爵の帰宅を出迎える人間はいなかったし、大修道院の宝を馬車に積んでサン=ドニから運んで来たことを妨げる人間もいなかった。

 差し当たりこの家の内部に言葉を費やし、読者の皆さんにお知らせしておく必要があるだろう。一度ならずこの場所にご案内する予定だからだ。

 中庭には草がはびこり、尽きせぬ地雷として努力をたゆまず舗石を剥がすことに余念がなかった。右側には厩舎が、左側には車庫が見え、奥には石段が玄関まで続いている。十二段の二列階段のどちらからでも上れるようになっていた。

 邸宅(少なくともそれに近い建物)の一階には、広大な玄関ホールがあり、食堂のサイドボードには豪華な銀器が積まれていた。応接室に真新しい家具が設えてあるのは、恐らく新しい住人のためにわざわざ揃えられたものだろう。

 応接室を出て玄関ホールに戻れば、二階に通ずる大階段の正面に出る。二階には主人の部屋が三室あった。

 だが腕の立つ技師ならばこの邸の外周を目で測り、長さを見積もり、これだけの広さの割りには少ない部屋数に驚くはずだ。

 表向きの第一の家の中には、住人しか知らない第二の家が隠されているのだ。

 玄関ホールにはハルポクラテス像が沈黙を諭すように指をくわえているのだが、バネ仕掛けで建築飾りに隠された傍らの小さな扉が動くようになっていた。この扉が廊下の隠し階段に通じており、この廊下ほどの幅の階段をもう一つの二階辺りまで上ると、小部屋にたどり着く。内庭に面した二つの鉄格子つきの窓から光が彩られていた。

 この内庭こそ第二の家を人目から隠しふさいでいる箱であった。

 階段の先の部屋は明らかに男部屋である。椅子やソファの前に置かれた寝台のマットや絨毯は、アフリカやインド産の毛皮よりも見事なものだった。爛々と光る目に、今なお咬みつきそうな牙を持った、ライオン、虎、豹の毛皮であった。悠々と落ち着いた図案のコルドバ革が張られた壁には、あらゆる種類の武器が飾られていた。ヒューロン族の戦斧からマレー人の短刀クリス短刀まで、中世騎士の十字剣からアラブの短刀ハンジャルまで、十六世紀の象牙細工の火縄銃から十八世紀の金銀細工の小銃まで。

 階段以外に別の出口を探しても無駄に終わる。一つか三つはあるのだろうが、誰も知らないし何処にも見えない。

 二十五から三十見当のドイツ人召使いが数日の間一人でこの家をうろうろしていたが、それが正門の閂を元通り閉め、むっつりとした御者がとうに馬を外している間に馬車の扉を開けて、馬車から眠っているロレンツァを引っ張り出して、腕に抱えて玄関ホールまで運び出した。そこで赤い布の掛けられた卓子にロレンツァを横たえると、ロレンツァをくるんでいた長く白いヴェールをさり気なく足許に落とした。

 そうしておいて外に出ると、馬車の角灯で七枝の燭台に火をつけてから戻って来た。

 だがこのわずかの間に、ロレンツァは消えていた。

 即ち、召使いの後ろからド・フェニックス伯爵が入って来ていたのである。ロレンツァを自分で腕に抱くと、隠し扉と秘密の階段を通って武器の部屋まで運び上げ、そうしておいて二つとも扉を閉めたのであった。

 そこまで来ると、足の先で、暖炉の隅にあるバネを押した。すぐに扉が(ほかでもない暖炉の羽目板が)、音もなく蝶番を軸に回り、伯爵はその枠をくぐって中に消えると、開いた時と同じようにこの秘密扉を足で閉じた。

 暖炉の奥には第二の階段があり、ユトレヒト天鵞絨で覆われた十五の段を上ると、金襴の繻子で飾られた部屋の戸口にたどり着いた。その花模様の鮮やかな色合いと見事に描かれた形状には、まるで生きた花を見ているような錯覚に囚われることだろう。

 同じように木製の家具には金箔が貼られていた。鼈甲の大戸棚は二つとも銅で象眼されており、チェンバロと鏡台は紫檀製、彩り豊かな美しい寝台に、数々のセーヴル磁器、これが日用家具の一部である。椅子、肘掛、ソファが三十ピエ四方の空間に左右対称に並べられ、部屋の残りを飾っていた。もっとも、残りといっても化粧室と婦人用の寝室が隣接するだけであったが。

 厚いカーテンで覆われた二つの窓から光が採られていた。とは言え今は夜のことゆえカーテンで遮るものとてない。

 閨房と化粧室には窓も出口もない。香油を燃やした明かりが昼も夜も照らしていた。明かりは天井から取り去られ、見えない手によって管理されていた。

 この部屋には音もなく風もない。まるで世間から百里は離れているかのようだ。ただし至るところに金が輝き、壁には美しい絵画が微笑み、七色に光る背の高いボヘミアン・グラスが熱い目のようにきらめいていた。ロレンツァをソファに寝かせた伯爵は、閨房で揺れる明かりに不満を覚え、ジルベールを驚かせたあの銀のケースから火をほとばしらせて、暖炉の上にある二つの大燭台に刺さった薔薇蝋燭に火をつけた。

 それからロレンツァの許に戻り、クッションを積み上げてロレンツァの前にひざまずいた。

「ロレンツァ!」

 呼びかけられたロレンツァは、目は閉じられたままで肘を起こした。だが返事はない。

「ロレンツァ、お前は普段通りに眠っているのか、それとも催眠磁気で眠っているのか?」

「催眠磁気で眠っています」ロレンツァが答えた。

「では俺がたずねたら答えられるな?」

「そう思います」

「いいだろう」

 フェニックス伯爵はひとまず口を閉じてから、再び始めた。

「さっきまでいたマダム・ルイーズの部屋を見ろ、四十五分くらい前だ」

「見ました」

「見えるんだな?」

「はい」

「ド・ロアン枢機卿はまだいるか?」

「見えません」

「王女はどうしている?」

「就寝前の祈りを捧げています」

「修道院の廊下と中庭を見ろ。猊下は見えるか?」

「見えません」

「門を見ろ。猊下の馬車はまだあるか?」

「もうありません」

「俺たちがたどった道をたどるんだ」

「たどっています」

「路上に四輪馬車は見えるか?」

「はい! 何台か見えます」

「馬車の中には枢機卿がいるか?」

「いいえ」

「パリの近くまで来い」

「来ました」

「もっとだ」

「はい」

「もっと」

「はい! 見えました」

「何処だ?」

「市門のところです」

「停まっているのか?」

「今は停まっています。従僕が馬車の後ろから降りています」

「何か言っているか?」

「何か言おうとしています」

「しっかり聞くんだぞ、ロレンツァ。枢機卿がその男に言ったことがわかるかどうかが大問題なんだ」

「お命じになるのが遅すぎました。でも待って下さい、従者が御者に話しかけています」

「何と言っている?」

「マレー地区のサン=クロード街まで、大通り沿いに」

「よし、ロレンツァ、助かった」

 伯爵は紙に何か書きつけると、恐らく重しにするためだろうか小さな銅板に紙を巻きつけ、呼び鈴の紐を引き、ボタンを押すとその下に口が開いた。そこに手紙を放り込むと、手紙が消えるのを待ってから再び閉じた。

 これが、伯爵が部屋に閉じこもった時にフリッツとやり取りする手段であった。

 伯爵は再びロレンツァの許に戻った。

「ご苦労だった」

「ご満足いただけましたか?」

「ああ、ありがとうロレンツァ」

「ではご褒美を」

 バルサモは微笑んでロレンツァの口唇に口を近づけた。この官能的な触れ合いにロレンツァは身体中を震わせた。

「ああ、ジョゼフ! ジョゼフ!」ロレンツァは苦しそうに息をついた。「ジョゼフ! 愛してる!」

 ロレンツァはバルサモを胸に抱きしめようと、両腕を広げた。

『ジョゼフ・バルサモ』第34章

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第五十四章 別館

 夜遅く戻りそのままぐっすり眠り込んだジルベールは、朝日を遮るための布の切れ端を窓に掛けておくのを忘れていた。

 太陽の光が朝五時に目を襲い、やがてジルベールは目を覚ました。眠りすぎたのではないかと不安になった。

 田舎育ちのジルベールは、太陽の方位や光の濃淡によって時刻を知ることが出来た。そこで急いで体内時計で確かめた。

 青白い光が高い木々の梢からかろうじて差しているを見て一安心した。遅すぎたわけじゃない、早すぎたのだ。

 身支度をしながら前夜の出来事を思い出し、火照った顔を上機嫌で突き出すと、涼しい朝のそよ風に酔いしれた。やがて、隣の通りにあるアルムノンヴィル・ホテル近辺にアンドレが泊まっているのを思い出し、どの家に泊まっているのか確かめに行くことにした。

 木陰を見下ろしていると、昨晩聞いたアンドレの言葉を思い出した。

「草木はある?」とアンドレはフィリップにたずねていた。

 ――どうしてこの庭の空いている別館にしなかったんだろうな、とジルベールは独り言ちた。

 だからジルベールがこの別館のことを考え始めたのも当然のことだった。

 そんな折り、どうした偶然からか予期せぬ物音が聞こえ何かが動き、ジルベールの目を惹いた。長く封鎖されていたらしき別館の窓を、かぼそい手が不器用に揺らしている。窓枠の上側がしなったが、湿気ってくっついているらしく、なかなか外に開こうとはしなかった。

 すぐに先ほどよりも強く揺すられて木材が悲鳴をあげ、突然両側に開いた窓から、若い娘がちらりと見えた。力一杯窓を開けたせいで顔中真っ赤になって、埃だらけの腕を振っている。

 ジルベールは驚きの声をあげて後じさった。まだ寝起きでむくんだ顔で、思い切り伸びをしているのは、ニコルだった。

 疑いは一瞬で消えた。昨夜フィリップが、ラ・ブリとニコルが家を用意していると父と妹に伝えていた。つまりこの別館がそうだったのだ。アンドレたちを飲み込んだコック・エロン街(rue Coq-Héron)の家に、プラトリエール街の裏に隣接した庭があるのだ。

 ジルベールの動きはかなり大きかったので、遠く離れていたとはいえニコルがこれほど寝起きでぼうっとしていなければ、天窓から退いた哲学者君の姿を目にしていたことだろう。

 だがジルベールは大急ぎで引っ込んだので、ニコルが天窓に気づくようなことはなかった。もしジルベールが二階に住んでいて、二階の窓越しに豪華な壁紙や家具を背にした姿を見られるのだとしたら、見られることをそれほど恐れはしなかっただろう。だが五階の屋根裏では社会的にかなり低いと思われてしまうので、慎重に逃げ出さずにはいられなかった。もっとも、誰にも見られずにすべてを見るには最適の場所だ。

 だいたい、ここにいることをアンドレに知られていたら、それだけで余所に行かれてしまったり、庭に出て来てもらえなくなったりするのではないだろうか?

 嗚呼! 思い上がりで濁った目で見ると、随分と自分がでかく見えるものだ。アンドレにとってジルベールに何かの意味があったり、ジルベールを理由に近づいたり離れたりするとでもいうのだろうか? 従僕や農夫は人間ではないからといって、従僕たちの目の前で風呂から出て来るのがご婦人という人種ではなかっただろうか?

 だがニコルはそうした人種ではない。ニコルは避けなくてはならない。

 それ故にジルベールは素早く窓から退いた。

 だが窓から離れたままではいられなかった。やがてゆっくりと窓辺に戻り、天窓の隅から目を覗かせた。

 最初に開けられた窓の真下にある一階の窓が開けられたところだった。そこから白い人影が覗いた。アンドレだった。起き抜けで化粧着をまとい、まだしっかりしていない足から脱げて椅子の下に潜り込んだミュールを探している。

 ジルベールはアンドレを見るたび、愛情に流されるのはやめて憎しみの壁を築こうと虚しく努力したが、そのたびに同じ原因から同じ結果に終わっていた。壁に凭れたままどうすることも出来ず、まるで心臓が破れたように動悸し、血が身体中で泡立つのだった。

 だが徐々に血のたぎりは治まり、じっくりと考えられるようになった。問題は、先ほど申し上げた通り、誰からも見られずに見るということだ。ジルベールはテレーズの部屋着を広げて窓に渡してある紐にピンで留め、この即席カーテンに隠れて、見られることなくアンドレを見ることが出来た。

 アンドレはニコルと同じく伸びをした。真っ白い腕を伸ばすと化粧着がはだけた。窓の手すりから身を乗り出し、目の前に広がる庭をじっくりと味わっていた。

 そしてアンドレは破顔した。人に微笑みかけることなどめったにないアンドレも、物には忌憚なく微笑みかけた。今は木陰に恵まれ、草木に囲まれていた。

 その庭を縁取る家々の例に洩れず、ジルベールのいる家にもアンドレの目は留まった。アンドレの方からは屋根裏しか見えない。屋根裏からしかアンドレのいるところを見ることが出来ないのと一緒だ。だからアンドレはまったく注意を払わなかった。屋根裏に住むような連中が、誇り高い娘にとって如何ほどの価値があろうか?

 アンドレは周囲を確かめて満足した。自分は一人きりだし、誰にも見られていない。静閑な庵の外れで、田舎女にとっては脅威であるパリっ子たちの詮索好きで陽気な顔を見ずに済んだ。

 アンドレの行動は素早かった。窓を全開し、朝の空気を部屋の隅々まで行き渡らせると、暖炉に向かい、呼び鈴の紐を引いてから薄暗い部屋の中で服を着始めた、もとい服を脱ぎ始めた。

 ニコルが現れ、アンヌ王妃時代の革製道具箱の紐を外すと、鼈甲の櫛を取り出してアンドレの髪を梳いた。

 たちまちにして長い三つ編みと濃い巻き毛が、マントのようにアンドレの肩に滑り落ちた。

 ジルベールは押し殺した溜息をついた。ファッションとマナーから髪粉をつけたばかりの、美しい髪も垣間見えたものの、ジルベールが見ていたのは半裸のアンドレであった。見事に着飾った姿よりも、無防備な方が百倍も美しかった。ジルベールの口はからからになり、指は熱で火照り、凝らした目は虚ろだった。

 髪を整えさせている最中に、ほんの偶然からアンドレが目を上げ、ジルベールのいる屋根裏部屋に目を留めた。

「よしよし、見るがいいや」ジルベールが呟いた。「どれだけ見つめたって何も見えないだろうけど、こっちからは丸見えなんだ」

 ジルベールは間違っていた。アンドレには何かが見えた。それは浮き上がった部屋着だった。ジルベールの頭に巻きついてちょうどターバンのようになっていた。

 アンドレがその不思議な物体を指さしてニコルに知らせた。

 ニコルはやろうとしていた難しい作業を中断して櫛の先を天窓に向け、あれのことかとアンドレにたずねたようだった。

 このやり取りに苦しみまた狂喜していたジルベールだったが、それを見ている人物がいるとは気づかなかった。

 不意にテレーズの部屋着を頭から乱暴に剥ぎ取られると、ルソーの姿を目にして愕然とした。

「いったい何をなさっているのです?」哲学者は眉をひそめ、困ったように顔をしかめながら、妻に借りた部屋着を確かめた。

 ジルベールは慌ててルソーの注意を天窓から逸らそうとした。

「何でもありません! 何でもないんです!」

「何でもありませんか……ではどうしてこの部屋着の下に隠れていたのですか?」

「陽射しがきつかったので」

「西向きなのに、朝のこんな時間に陽射しがきついのですか? 随分と目が弱いのですね」

 ジルベールは口ごもり、墓穴を掘ったことに気づいて両手で頭を抱え込んだ。

「あなたは嘘をついて怯えていますね」ルソーが言った。「悪いことをしたからでしょう」

 この見事な理屈にジルベールはすっかり恐慌を来してしまったが、それに続けてルソーはまっすぐ窓辺に近づいて行った。

 もっともなことながら説明が必要だと感じたジルベールは、じきに窓から見つけられてしまうものを恐れて、ルソーより先に窓に向かって飛び出した。

「おや!」ルソーの声にジルベールの血管が凍りついた。「別館に人がいるんですね」

 ジルベールは一言も洩らせなかった。

「わたしの家を知っているようだ」ルソーは疑り深げに続けた。「こちらを指さしていますからね」

 ジルベールは前に出過ぎたことに気づき、後ろに退がった。

 どんな動きも事情もルソーの目を免れることは出来なかった。どうやらジルベールは見られることを恐れているらしい。

「おやめなさい」ルソーはジルベールの手首をつかんだ。「どうやら隠れた事情がありそうですね。指さしているのはこの屋根裏らしい。どうかそこにお坐りなさい」

 ルソーはジルベールを遮るものない明るい窓の前に連れて行った。

「嫌です、お願いです!」ジルベールは逃れようと身体をひねった。

 だがジルベールのような健康で素早い若者には逃げることなど簡単だったとはいえ、それにはジルベールにとって神であるルソーに抵抗しなくてはならなかった。結局、敬意が勝った。

「あのご婦人方とはお知り合いなのですか?」

「いえ、いえ、知りません」

「知らない赤の他人だというのなら、どうしてあなたを指さしているのでしょう?」

「ムッシュー・ルソー、あなたにだって時には秘密があるのではありませんか? どうか、秘密に免じてお許し下さい」

「この卑怯者め!」ルソーが叫んだ。「そうですね、そういった秘密のことなら分かっていますよ。あなたもグリムやドルバックの手下でしたか。わたしの好意を得ようと立ち回って家に入り込み、売り渡そうという腹だったとは。ああ、わたしは何て愚かだったんだろう! とんだ自然愛好家でしたね。趣味を同じくする者に手を貸していると思っていたのに、密偵を家に招き入れていたとは」

「密偵ですって!」ジルベールも憤慨した。

「さてユダ、いつわたしを売り渡すつもりですか?」ルソーは無意識に腕に掛けていたテレーズの部屋着をまとった。崇高な苦しみを受けていると感じていたのに、生憎と笑うことしか出来なかった。

「侮辱はやめて下さい」

「侮辱? 合図を送って敵と通じ、わたしの最新作の主題を暗号で伝えている現場を押さえたんですよ!」

「聞いて下さい、あなたの著作の秘密をばらすつもりでお邪魔したんだとしたら、今ごろとっくに机の上の原稿を写しています。暗号で伝えるまでもないでしょう?」

 言われてみればその通りだ。不安に凝り固まりすぎていたせいで馬鹿なことを言ってしまったことを悟って、ルソーは腹を立てた。

「申し訳ないことをしてしまいましたが、これまでの経験があったものですから。わたしの人生は失望の山でした。誰からも裏切られ、否定され、密告され、売り渡され、虐げられて来たのです。ご存じの通り、わたしは政府によって追放された不幸な身です。こんな状態では猜疑心が強くなるのもやむを得ないでしょう。お疑いなら、ここから出て行って下さい」

 ジルベールは皆まで言わせなかった。

 追い出されるなんて!

 ジルベールは拳を握り締めた。目によぎった光にはルソーもぎょっとした。

 だがその光は長くは持たずに音もなく消え去った。

 出て行ってしまえば、毎日毎日アンドレを眺める幸せも失ってしまうし、ルソーの友情も失ってしまう。それは不幸であると同時に不名誉なことだった。

 生まれながらの高慢をたたみ込んで両手を合わせた。

「聞いて下さい。一言だけでいいので」

「わたしは甘い人間ではありません。人から不当を強いられて、虎より残忍な人間になりました。わたしの敵たちと通じているのならそこにお行きなさい、止めはしませんよ。手を組むのは結構ですが、ここからは出て行って下さい」

「違うんです。あの二人は敵ではありません。あれはアンドレ嬢とニコルです」

「アンドレ嬢?」ジルベールの口から何度か聞いたことのある、聞き覚えのある名前だった。「アンドレ嬢とは? 仰いなさい」

「アンドレとは、ド・タヴェルネ男爵のお嬢さんです。こんなこと言いたくはなかったけれど、言わせたのはあなたですからね。あなたがガレー嬢やド・ヴァランス夫人を愛していたよりも、ほかの誰よりも、僕が愛している人です。お金もパンも持たずに疲れと痛みでぺしゃんこになって路上に倒れ込むまで、この人のために歩いて追いかけて来たんです。昨日サン=ドニで再会して、ラ・ミュエットまで追いかけて、ラ・ミュエットからまた隣の通りまでこっそり尾けて行ったんです。別館に住んでいるのを今朝たまたま見かけたのが、この人なんです。僕がチュレンヌやリシュリューやルソーになりたいのは、この人のためなんです!」

 ルソーは人の気持も心の叫びも知っていた。どんな名優でもジルベールがしたような涙に濡れた声を出すことは出来ないし、熱の入った身振りをすることは出来ないことは分かっていた。

「では、あのお嬢さんがアンドレ嬢なのですか?」

「そうです」

「あなたとお知り合いなのですね?」

「僕はアンドレの乳母子です」

「では、先ほど知らないと言ったのは嘘だったのですね。仮に裏切り者でないにしても、嘘つきということになります」

「心を引き裂くようなことは言わないで下さい。この場で殺された方がどれだけましかわかりません」

「ディドロやマルモンテルのレトリック、文体ではありませんか。あなたは嘘つきです」

「そうですか。わかりました、僕は嘘つきですが、あなたがこうした嘘に理解がないとは残念ですね。嘘つきですって! 嘘つきですか……! わかりました、出て行きます……お世話になりました! 僕がどれだけ絶望しているか、良心に聞いてみるといいんです」

 ルソーは顎をさすって、まるでルソー自身のようなジルベールを見つめていた。

「立派な人間なのか偽善者なのか」とルソーは自問した。「だが陰謀が企てられているのなら、わたしは陰謀の糸筋を手繰ればよかったのだ、どうしてそうしなかったのだろう?」

 ジルベールが戸口に向かって四歩進み、手を錠前に置いたまま、果たして追い払われるものか呼び止められるものか、最後の一言を待っていた。

「もうこの話は充分です」とルソーが言った。「恋するあまりそんなことを仰るのでしたら、不幸なことですがね。さあ時間がありません。昨日は一日無駄にしてしまったのですから、今日は三十ページ写さなければなりません。肝に銘じて下さいよ、ジルベール!」

 ジルベールはルソーの手を握り、その手に口唇を押し当てた。王の手にもそこまでしなかっただろう。

 だが感動しているジルベールが扉につかまっていたので、部屋を出る前にルソーはもう一度窓辺に近づいて二人の娘を確かめた。

 ちょうどアンドレが化粧着を落とし、ニコルの手から部屋着を取ったところだった。

 アンドレはルソーの青白い顔とじっと動かない身体を目にし、慌てて後ろに退がってニコルに窓を閉めるよう命じた。

 ニコルがそれに従った。

「おやおや、年寄りの顔に怯えてしまったらしい。この若者の顔は怖がらなかったというのに。若さとは素晴らしい」ルソーは溜息をついてつけ加えた。

おお若さよ人生の春よ!O gioventù primavera del età! おお春よ一年の若さよ!O primavera gioventù del anno!

 そうしてテレーズの部屋着を釘に掛け直すと、ジルベールの後から侘びしげに階段を降りた。恐らくその瞬間ルソーは、ヴォルテールにも匹敵し全世界からの称讃を分かつ己が名声を、ジルベールの若さと置き換えていたのだろう。

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

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