翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『ジョゼフ・バルサモ』 第86章「失脚」

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第八十六章 失脚

 その翌日、ヴェルサイユの大時計が十一時を報せると、国王ルイ十五世は部屋から出て、寝室の隣の回廊を渡り、乱暴に呼び立てた。

「ド・ラ・ヴリリエール!」

 国王は青ざめており、どうやら動揺しているようだ。不安を隠そうとすればするほど、目はせわしなくしばたたかれ、普段は無表情な顔の筋肉がぴくぴくと動いている。

 居並んだ廷臣たちの間に冷たい沈黙が落ちていた。その中に混じって、ド・リシュリュー公爵とデュ・バリー子爵が二人揃って平静を装っている。

 ド・ラ・ヴリリエール公爵が現れ、国王の手に封印状を手渡した。

「ド・ショワズール公爵はヴェルサイユにいるのか?」

「はい。昨日、午後二時にパリからお戻りになりました」

「自宅か? 宮殿か?」

「宮殿でございます」

「わかった。この令状を渡してくれ」

 廷臣たちの間にざわめきが走った。嵐に吹かれた穂波のように、頭を垂れて長々と囁き交わしている。

 畏怖を加えてこの場面をいっそう効果的にしようとでもするように、国王は眉を寄せ、衛兵隊長と近衛軽騎兵長を引き連れて部屋に戻った。

 目という目がド・ラ・ヴリリエール氏を追い回したが、追い回されている本人の足取りも不安そうに見え、ゆっくりと中庭を横切ってド・ショワズール氏の部屋に向かった。

 その間も、老元帥の周りではびくびくと怯えたような囀りが起こっていた。元帥自身は誰よりも驚いているふりを装っていたが、その気取った笑みを目にしては誰も騙されたりはしなかった。

 ド・ラ・ヴリリエール氏が戻って来ると、たちまち人の輪が出来た。

「何でした?」

「はい、追放命令でした」

「追放?」

「ええ、正式なものです」

「お読みになったのですか?」

「この目で読みました」

「確かですね?」

「断言いたします」

 そう言ってド・ラ・ヴリリエール公爵は以下の言葉を繰り返した。廷臣たる者、尋常ではない記憶力を持っているものなのである。

「『親愛なる閣下、そなたの仕事ぶりについて意に満たぬ点があったため、シャントルーに追放せざるを得なくなった。今から二十四時間後には向かってくれ。ド・ショワズール夫人に特別な敬意を払っていなければ、さらに遠方になっていたところだが、夫人の健康を考えてのことだ。そなたの振る舞い如何によっては別の態度を取らざるを得ぬ。気をつけてくれ。』」

 ド・ラ・ヴリリエール公爵を取り囲んでいる人の輪に、ざわめきが広がった。

「それでショワズール殿は何と答えられたのですかな、ド・サン=フロランタン殿?」リシュリューはわざわざ新しい肩書きでも新しい名前でもない呼び名でたずねた。

「こうお答えになりました。『ド・ラ・ヴリリエール公爵、この令状を持って来るのが嬉しくてしょうがなかったでしょうね』」

「よく言うぜ、ショワズールも」ジャンが呟いた。

「いけませんか、子爵殿? このように声をあげる間もなく屋根瓦を頭に喰らうことなど誰にもないのですからね」

「どうするつもりなのかおわかりですかな?」リシュリューがたずねた。

「普通に考えれば、従うつもりだと思いますが」

「ふむ!」

「ショワズールだ!」窓のそばで見張っていたジャンが声をあげた。

「こちらにいらっしゃいますね!」ド・ラ・ヴリリエール公爵も続いた。

「そう言ったつもりでしたがね、ド・サン=フロランタンさん」

「中庭を渡っているところだ」ジャンがなおも続けた。

「一人かね?」

「一人きりだ、書類入れを抱えている」

「まさか! 昨日の場面がまたぞろ繰り返される訳ではなかろうな?」リシュリューが呟いた。

「そんな話は御免だな、ぞっとする」

 話は途中だったが、ド・ショワズール公爵が高々と顔を上げ、毅然とした目つきをして、回廊の端に姿を見せた。ショワズールは冷ややかな目つきではっきりと敵たちを、というのはつまり失脚することになれば敵になる者たちを、睨みつけた。

 ああしたことが起こった直後にこうして歩いて来るとは誰一人として予期していなかったので、誰も呼び止めることが出来なかった。

「間違いなく読んだんでしょうね、ド・ラ・ヴリリエール公爵?」ジャンがたずねた。

「馬鹿なことを!」

「ならさっき読み上げたような令状を受け取った後で、また戻って来るとでも?」

「名誉にかけて申し上げますが、私にはもう何もわかりません!」

「だがこのままじゃバスチーユ送りだぞ!」

「そんなことになったら大騒ぎになりますよ!」

「同情せざるを得ないな」

「国王のお部屋にお入りになった。前代未聞だ」

 その言葉通り、ショワズール公爵は呆然とした取次が申し立てる制止を意にも介さず、国王の執務室まで入り込んだ。それを目にした国王は驚いて声をあげた。

 ショワズール公爵は封印状を手にしていた。笑顔といってもいいほどの顔つきをして、国王にそれを差し出した。

「陛下が昨日お知らせ下さいましたように、先ほどこの新しい令状を受け取りました」

「そうだな、公爵」

「そして陛下は昨日ご親切にも、国王の勅語のない令状は深刻に考えずともよいとのお言葉を下さいましたので、こうして釈明を求めにお伺いいたしました」

「話はない。今日の令状には効力があるのだ」

「効力がある? これほどまでに献身的な臣下に対してこれほどまでにぶしつけな令状は……」

「献身的な臣下なら君主に対してふざけた行いなどするまい」

 ショワズールは引かなかった。「私は自分のことを、陛下を理解できるほどには玉座に近い生まれだと自負しております」

「いいかね」国王の返事は簡潔だった。「そなたを苦しませたくないのだ。昨晩そなたはヴェルサイユの自宅に、ド・グラモン夫人からの伝令を迎えたであろう」

「仰る通りです」

「手紙を受け取ったな」

「兄と妹が手紙をやり取りするのがいけないことでございますか?」

「慌てるな……余はその手紙の内容を知っておる……」

「陛下!」

「これだ……余自ら書き写したのだぞ」

 国王はショワズール公爵に、手紙の正確な写しを手渡した。

「陛下……!」

「言い逃れはすまいな。そなたはその手紙を、寝台の脇にある鉄の小箱に詰め込んだであろう」

 ショワズールが亡霊のように青ざめた。

「それだけではなく」国王は容赦なく続けた。「そなたはド・グラモン夫人に返事を書いたであろう。その手紙の内容もわかっておる。その書類入れの中に入っていることも、後は追伸を待つだけだということも、余と別れた後で書き足すつもりだということもわかっておる。どうだ、余は物知りだとは思わんかね?」

 ショワズール公爵は冷たい汗に濡れた額を拭うと、一言も答えることなく一礼し、ふらつきながら部屋を出た。卒中の発作にでも襲われたかのようだった。

 強い風に顔を打たれていなければ、ばったりとひっくり返っていたかもしれない。

 だがショワズールは強い意思を持っていた。回廊に出る頃には力を取り戻し、居並ぶ廷臣たちを尻目に、顔を上げて部屋に戻り、書類を詰め込んだり、或いは燃やしたりした。

 十五分後、ショワズールは四輪馬車に乗って宮殿を離れた。

 ド・ショワズール氏の失脚はフランスを焼き尽くす落雷であった。

 高等法院はこの大臣のお目こぼしで持続していたようなところがあったので、この国は屋台骨を失ってしまったと主張した。貴族たちは我が身のことのように同情した。聖職者たちはこの人から世話を受けていると感じていた。この人なりの自尊心はしばしば自惚れにまで発展し、政治に宗教色を持ち込むまでになっていたのだ。

 百科全書派や哲学者たちは、教養や知性や弁才のある人々の許に集まっていたので、既に大変な数に上り非常に強い勢力になっていたが、この大臣の手から政権が離れたのを見て悲鳴をあげた。ショワズールはヴォルテールを称揚し、百科全書にお金を出し、実践の場に活用することによって、『メルキュール』誌や哲学の後援者メセナであるド・ポンパドゥール夫人以来の伝統を守っていたのだ。

 庶民と来たらあれこれ言うことにかけてはどんな当事者にも負けてはいない。よく考えもせずいつものように、大雑把な事実と生々しい傷に触れただけで不満を洩らした。

 ド・ショワズール氏は一般的見地からすれば、いい大臣とは言えぬし、いい市民とも言えなかった。だがこと美徳と道徳と愛国心にかけてはお手本となる人物であった。ある時は田舎で飢えて死にそうになっている人々が、国王の浪費やデュ・バリー夫人の気まぐれな散財の話を聞き、またある時は『四十エキュの男』のような助言や『社会契約論』のような忠告を大っぴらに送られたり、『掌中新報ヌーヴェル・ザ・ラ・マン』や『市民奇想イデ・サンギュリエール・ダン・ボン・シトワヤン』のような暴露をこっそりと送られたりして、またある時には「炭焼きの妻ほど尊敬できない」寵姫の不純な手、即ち寵姫の贔屓の手にまた落ちやしないかと怯え、散々苦労した挙げ句に過去よりも真っ暗な未来を見て驚いていた。

 庶民たちは嫌悪を抱いていたのであって、はっきりと好意を抱いていたわけではない。庶民たちは高等法院を憎んでいた。本来庇護者であるべき高等法院は庶民のことなど考えもせず、上席権に関する無意味な質疑や己の利益を得ることに汲々としていた。王権の虚像に教化されることもなく、自らを貴族と庶民の間に位置するエリートだと思い込んでいた。

 本能的、経験的に貴族を憎んでいた。教会を憎むのと同じくらい剣を恐れていた。ド・ショワズール氏の解雇に関わりは一切ない。だが貴族や聖職者や高等法院の不平を耳にして、その噂に私見を加えて生まれた轟音に酔いしれていた。

 こうした遠回りの感情が生み出す効果から、ド・ショワズール氏の名前にはこれまでありもしなかった未練と人気が備わることになった。

 パリ中、というのが言葉通りの意味であるのはいつでも証明できるのだが、パリ中が、シャントルーに向かう亡命者を門までお供した。

 人々は馬車の通り道に列を成した。招かれなかった高等法院構成員や廷臣たちが、人垣の手前に供回りを陣取らせ、馬車に向かって挨拶をしたり別れの言葉を貰おうとしていた。

 喧噪が最高潮に達したのは、トゥレーヌ路上にあるアンフェール市門でのことだった。人や馬や馬車がひしめいて、何時間にも渡って交通が麻痺した。

 ショワズール公爵は門を通過する時、何台もの馬車が後光のように取り巻いていることに気づいた。

 喝采と溜息がその後を追って来た。こうした騒ぎが起きているのも、本人への未練ではなく破滅を危惧する名もなき不安によるものだということに、知性も判断力も有り余っているショワズールが、気づかぬはずがなかった。

 馬輿が、混み合う路上に全速力で駆けつけた。御者が手を焼くこともなく、埃と泡で白くまみれた馬が、ド・ショワズール氏の馬に向かって突進していた。

 輿から頭が覗くと、ド・ショワズール氏も四輪馬車から頭を出した。

 後任の椅子を狙うデギヨン氏から深々とお辞儀をされると、ド・ショワズール氏は馬車に舞い戻った。ほんの一瞬で、敗北の栄冠も地にまみれていた。

 だが同時に、或いは入れ替わりに、フランス王家の紋章をつけた八頭立ての馬車がセーヴルからサン=クルーに向かう分岐路に姿を見せたが、偶然か、はたまた渋滞のせいか、大通りを突っ切ることなく、こちらもド・ショワズール氏の四輪馬車に横づけにした。

 王太子妃と侍女のド・ノアイユ夫人が後部席に。

 前座席にはアンドレ・ド・タヴェルネ嬢がいた。

 ド・ショワズール氏は喜びと誇りで顔を赤らめ、扉から乗り出して深々とお辞儀をした。

「お別れです、妃殿下」ショワズールは声を詰まらせた。

「またお会いしましょう」王太子妃は悠然と微笑み、威風堂々として答えた。

「ショワズール万歳!」王太子妃の言葉に続いて、熱い叫び声があがった。

 その声を聞いて、アンドレ嬢がさっと振り返った。

「邪魔だ! 邪魔!」と王太子妃の口取りに押し戻されているのは、ジルベールだった。馬車を一目でも見ようと、真っ青になって路上の列に割り込もうとしている。

 間違いない。哲学者としての熱狂に駆られて「ショワズール万歳!」と叫んだのは、我らが主人公であった。

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『ジョゼフ・バルサモ』 第85章「声」

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第八十五章 声

 重々しい沈黙を破って、バルサモがフランス語でたずねた。

「何処にいる?」

「ここに」澄んだ声がカーテンの向こうから飛んで来た。伯爵夫人たちの耳にはその響きが人間の声というよりは金属的な響きに感じられた。

「ほほう! これは面白くなって来たわい。松明も魔法もベンガル花火もなしか」

「怖いわ!」伯爵夫人が囁いた。

「俺の質問をよく聞くんだ」バルサモが続けた。

「全身全霊を傾けてお聞きします」

「では初めに聞こう。今ここには俺のほかに何人いる?」

「二人」

「性別は?」

「男と女」

「俺の頭の中を読むんだ。男の名前は?」

「ド・リシュリュー公爵閣下」

「女の名前は?」

「デュ・バリー伯爵夫人」

「ほほう、これはたいしたものだ!」公爵が呟いた。

「と言うより」伯爵夫人は震えていた。「こんなの見たことがありません」

「よし。では俺が持っている手紙の一行目を読むんだ」

 声がバルサモの命令に従った。

 伯爵夫人と公爵は見つめ合った。驚きは感嘆に変わろうとしていた。

「おまえが読み上げ俺が書き取った手紙はどうなった?」

「移動中です」

「何処に向かって?」

「西に向かっています」

「遠いか?」

「はい、とてもとても遠くです」

「運んでいるのは?」

「緑の服を着た男です。革製の縁なし帽をかぶり、大きな長靴を履いています」

「徒歩か馬か?」

「馬に乗っています」

「どんな馬だ?」

「斑毛です」

「何処にいるかわかるか?」

 沈黙が訪れた。

「見るんだ」バルサモが威圧的な声を出した。

「木々の植わった大きな道です」

「何処の道かと尋いているんだ」

「わかりません。道はどれも同じに見えます」

「何だと! 目印は何もないのか? 道標も標識も何一つ?」

「待って下さい。馬車とすれ違いました。馬車はこちらに向かって来ます」

「どんな馬車だ」

「大きな馬車に、司祭や軍人がたくさん乗っています」

乗合馬車パターシュだ」リシュリューが呟いた。

「その馬車には表札もついていないのか?」バルサモがたずねた。

「ついてます」声が答えた。

「読むんだ」

「消えかけた黄色い文字で『ヴェルサイユ』と書かれてあるのが見えます」

「馬車から離れて伝令を追え」

「もう見えません」

「何故だ?」

「道を曲がりました」

「だったら道を曲がって追いつくんだ」

「全速力で馬を走らせています。時計を確認しました」

「馬の前には何が見える?」

「長い大通り、立派な建物、大きな町です」

「そのまま追いかけろ」

「追いかけています」

「どうだ?」

「伝令がさらに馬に拍車を掛けています。馬は汗びっしょりです。脚を運ぶたびに舗道で蹄鉄が音を立てています。あっ! 下り坂の長い通りに入りました。右に曲がります。速度を落としました。大きな家の前で停まりました」

「ここからは慎重に追いかけなくてはならないぞ、わかるな?」

 声が溜息をついた。

「疲れたんだな。わかるぞ」

「くたくたです」

「疲れよ去れ、命令だ」

「ああ!」

「どうだ?」

「ありがとうございます」

「まだ疲れているか?」

「いいえ」

「まだ伝令が見えるか?」

「待って下さい……はい見えます、石段を上っています。青と金のお仕着せを着た使用人に案内されています。金ぴかの応接室を通り抜け、豪華な書斎に着きました。従僕が扉を開けて退がりました」

「何が見える?」

「伝令が挨拶しています」

「相手は誰だ?」

「待って下さい……書き物机に坐って、扉に背を向けています」

「どんな恰好をしている?」

「舞踏会に向かうような隙のない恰好をしています」

「勲章はつけているか?」

「青い大綬を胸から提げています」

「顔は?」

「見えません……あっ!」

「どうした?」

「振り返りました」

「どんな顔をしている?」

「鋭い目つき、不細工な顔立ち、綺麗な歯」

「幾つくらいだ?」

「五十から五十八です」

「公爵だわ!」伯爵夫人が元帥に囁いた。「ショワズール公です」

 元帥も同意の印にうなずいた。――さようですな、だがまずは拝聴しましょう……。

「どうなった?」バルサモがたずねた。

「伝令が青綬の男に手紙を渡しました……」

「公爵と呼んでいい。それは公爵だ」

 声は言う通りにした。「伝令は背負っていた革袋から手紙を取り出し、公爵に手渡しました。公爵が手紙を開封して注意深く読んでいます」

「それから?」

「ペンと紙を取って何か書いています」

「何と!」リシュリューが呟いた。「何を書いているのかわかればよいのだが」

「何を書いているのか教えるんだ」バルサモが命じた。

「出来ません」

「遠過ぎるからだ。書斎に入れ。入ったか?」

「はい」

「肩越しの覗き込め」

「そうしてます」

「今度は読めるな?」

「文字が汚く、小さくて細かいです」

「読め、命令だ」

 伯爵夫人とリシュリューは息を殺した。

「読め」バルサモはさらに強い口調で繰り返した。

「『妹よ』」声は躊躇いがちに震えていた。

「返信だ」ド・リシュリュー公爵と伯爵夫人は同時に呟いた。

「『妹よ。落ち着いてくれ。災難は起こった。それは本当のことだ。際どかったのも本当だ。だがもう済んだことだ。明日が待ち遠しい。明日になれば攻撃するのは私の番だ。どう見ても成功は間違いない。ルーアン高等法院にとっても、X閣下にとっても、騒動にとっても申し分ない。

 明日、国王との仕事を終えた後、同じ伝令を使って追伸を送る。』」

 バルサモは言葉をつかもうとでもするように左手を伸ばし、書斎でド・ショワズール氏がヴェルサイユ宛てに書いている手紙の内容を右手で書き留めていた。

「これで全部か?」バルサモがたずねた。

「全部です」

「公爵は今何をしている?」

「手紙を二つに折り、さらに二つに折って、服の左から取り出した赤い書類入れに仕舞いました」

「お聞きになりましたか?」バルサモは呆然としている伯爵夫人にたずねた。「それからどうした?」

「それから、伝令に何か言って帰しました」

「何と言ったんだ?」

「最後しか聞き取れませんでした」

「それは……?」

「『一時に、トリアノンの門のところで』。伝令はお辞儀をして立ち去りました」

「なるほど。手紙に書いた通り、仕事の後で伝令に会う約束をしたんですな」とリシュリューが評した。

 バルサモが静かにするよう合図した。

「今は公爵は何をしている?」

「立ち上がっています。届けられて手紙を持っています。真っ直ぐ寝台に向かい、壁の隙間に入り、バネを押して鉄の小箱を開きました。そこに手紙を放ると元通り蓋を閉めました。

「凄い!」公爵と伯爵夫人は二人とも青ざめていた。「まさしく魔法だ」

「知りたいことはすべてお知りになりましたね、伯爵夫人?」バルサモがたずねた。

「伯爵殿」デュ・バリー夫人は恐々とバルサモに近づいた。「あたくしが十年かけなければ出来なかったことを、いえ、幾らかけても決して出来そうにないことをして下さいましたわ。何なりと望みを仰って下さい」

「おや、お約束は既に交わしていたはずでしたが」

「どうか望みを仰って下さいまし」

「機が熟しておりません」

「ではその時が来れば、たとい百万フランでも……」

 バルサモが微笑んだ。

「いやいや伯爵夫人! 伯爵に百万フランお願いするのはむしろあなたの方ですぞ」元帥が声をかけた。「何を知っているかを知っていて、何を理解しているかを理解している人物です。人の心の内の思いを見つけ出したように、地面の中の金やダイヤモンドも見つけ出せるのではありませんかな?」

「でしたら、あたくしとしては黙って頭を垂れるしかありませんわ」

「いえ、いつかはお礼をしていただきますよ。その時はお願いいたします」

「伯爵殿、わしの負けです、降参です、シャッポを脱ぎましょう! 今は信じておりますぞ」

「聖トマスのように、でしょう? それは信じているとは申しません、理解したと申すのですよ」

「お好きなようにお呼び下され。しかしわしは謝らなくてはなりませんな。それに、これからは魔術師の話が出ても、答えに窮さずに済む」

 バルサモが微笑んだ。

「ところで伯爵夫人、一つ構いませんか?」

「どうぞ」

「私の精霊は疲れております。呪文を唱えて自由にしてやりたいのですが」

「どうぞなさって下さい」

「ロレンツァ」バルサモはアラビア語で話しかけた。「ご苦労だった。愛してるぞ。来た道を通って部屋に戻り、俺を待っていろ。行け、愛してるぞ!」

「へとへとです」イタリア語の声は、招魂の最中よりもぐっと甘かった。「早く来て、アシャラ」

「すぐに行く」

 すると、先ほどと同じく擦るような足音が遠ざかってゆくのが聞こえた。

 数分後、ロレンツァが立ち去ったことを確認すると、バルサモは二人の訪問者に向かって深々とではあるが威厳たっぷりにお辞儀をした。様々な思いに押し寄せられて心を囚われ呆然としていた二人は辻馬車に戻ったが、その姿は理性的な人間ではなくむしろ酔っぱらいのように見えた。

『ジョゼフ・バルサモ』 第84章

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第八十四章 招魂

 伯爵夫人は顔をマントで覆い隠していた。自宅に寄る時間があったので、ブルジョワ風の服装に着替えている。

 元帥と二人で辻馬車に乗って来たのだが、元帥の方は良家の使用人頭風の灰色の服を着て、控えめにしていた。

「伯爵殿」デュ・バリー夫人が口を開いた。「あたくしを覚えていらっしゃいまして?」

「もちろんです、伯爵夫人」

 リシュリューが後じさった。

「どうかお坐り下さい。それにあなたも」

「こちらはうちの家令ですの」

「それは違うでしょう」バルサモはそう言って深々と頭を下げた。「こちらの紳士はド・リシュリュー公爵だ。私の方はちゃんと覚えておりますよ。私のことを覚えてらっしゃらないとは、とんだ恩知らずではありませんか」

「どういうことかな?」公爵は狼狽えて、タルマン・デ・レオーの文章のようなことを口走った。

「公爵閣下、命の恩人のことは覚えていて下さるべきではありませんか」

「あらあら、公爵様」伯爵夫人が声をあげて笑った。「お聞きになりまして?」

「わしの命を救ったと申されるか」リシュリューは驚いてたずねた。

「そうです、閣下。ウィーンで、一七二五年、大使時代に」

「一七二五年! しかしそれはまだあなたが生まれる前ではありませんかな」

 バルサモが微笑んだ。

「そうは思えませんね。何せ瀕死のあなたに、否、輿の上で死んでいたあなたにお会いしたのですから。剣で胸を綺麗に貫かれていらっしゃったので、傷口に霊薬を三滴垂らしました……そう、家令にしてはちょっと贅沢な、アランソンの刺繍をつけていた箇所です。」

「待ってくれ」元帥が口を挟んだ。「伯爵殿はまだ三十そこそこにしか見えぬが」

「公爵ったら!」伯爵夫人がけたたましく笑い出した。「目の前にいるのは魔術師なんですから。お信じになりませんの?」

「つい呆気に取られてしまいました。それにしても」公爵は改めてバルサモに話しかけた。「あの時に名乗っていたのは……」

「ああ、我々魔術師は時代に応じて名を変えるのですよ……一七二五年には「us」や「os」や「as」で終わる名前が流行っていましたから、あの頃にギリシア風の名やローマ風の名を名乗っていたとしてもおかしくはありません……そういう訳ですから、どうぞお心のままに、伯爵夫人。お心のままに、公爵閣下……」

「あたくしたちは相談があってやって来たんです」

「光栄に存じます。すぐに相談を思いついて下さったのだとすればなおのこと」

「すぐ思いつきましたわ。予言のことが頭をよぎるんですもの。でも実現するかどうかは疑ってますけど」

「科学の出した答えを疑ってはなりませんよ」

「まあまあ!」リシュリューが割って入った。「わしらの栄光が危険にさらされているということが問題なのです……傷が霊薬三滴で治った話は今のところは措いておきませぬか」

「その話ではなく、大臣を三言で失脚させる話ですか……」バルサモが言葉を継いだ。「当たりましたね? どうですか」

「お見事です」伯爵夫人はぶるぶると震えていた。「ねえ公爵、どうお思いになりまして?」

「これしきのことで驚いてもらっては困りますな」バルサモはデュ・バリー夫人とリシュリューを見つめた。魔術も使わずに事情を見抜かれたことに、二人は不安を抱いていた。

「そういう訳ですから、特効薬を教えて下されば恩に着ますぞ」元帥が伝えた。

「あなた方を悩ませている病気の特効薬ですね?」

「さよう、ショワズールのことです」

「その病から解放されたいのですね」

「その通りです、魔術師殿」

「苦境から救って下さいますわね」と伯爵夫人が口を挟んだ。「あなたの名誉に関わりますもの」

「最善を尽くす用意は出来ております。ただしその前に、公爵閣下がここにいらっしゃるに当たって何らかの考えを持っていたのかどうか確認させて下さい」

「実を言うと伯爵殿……伯爵の肩書きを持つ魔術師がいるとは結構なことですな。いつも通りになさればいいのだから」

 バルサモは微笑んだ。

「どうか率直にお話し下さい」

「望むところです」

「ご相談したいことがあったのですね?」

「さよう」

「まあ、狡賢いんだから!」伯爵夫人が声をあげた。「そんなことあたくしには一言も仰らなかったのに」

「伯爵にしか話せないのです、耳の奥の奥に入れるような秘密ですから」元帥が答えた。

「何故ですの?」

「あなたの白目まで真っ赤にしてしまいますから」

「あら、気になるわね。どうか仰いまし。赤くなったって何にも見えやしませんわ」

「はてさて、わしが考えていたのはですな。よいですか、伯爵夫人、ご婦人が小屋の上まで帽子を放り投げるようなはしたないことなのですぞ」

「お投げなさいな。あたくしが拾って参りますわ」

「おやおや、わしが言おうとしていることを言ったら、きっとあなたにやっつけられるでしょうに」

「やっつけられるのには慣れてらっしゃらないでしょうからね」バルサモが老元帥にお追従を言った。

「ではそうですな。伯爵夫人や陛下のお気に障らぬように……はてどう切り出せばよいか」

「もう焦れったいんだから!」伯爵夫人が悲鳴をあげた。

「ではお聞きになりたいのですか?」

「もちろんです」

「間違いありませんな?」

「もちろんです、何百回でも繰り返しますわ」

「では敢えて申し上げましょう。残念なことですが伯爵殿、陛下はもはやお楽しみになることが出来ません。これはわしが言っているのではなく、ド・マントノン夫人が仰っていることです」

「あたくしは何一つ傷ついてはいませんわ」デュ・バリー夫人が言った。

「それは何よりです、安心いたしました。ですから伯爵殿、ぜひとも霊薬を手に入れていただかなくては……」

「それが手に入れば、国王も回春できるというわけですな」

「さようです」

「ふん! 公爵閣下、子供騙しですよ、初歩的な技術です。どんな医者くずれでも媚薬の一つくらいは作れます」

「それはご婦人の方にも効くのですかな?」

「何てことお尋きになるの!」伯爵夫人が悲鳴をあげた。

「いやはや、お怒りになるのはわかっておりましたが、聞きたがったのはあなたなのですからな」

「公爵閣下」バルサモが口を開いた。「仰る通りでしたね、伯爵夫人は真っ赤になりました。だが先ほどお話ししたように、今問題なのは傷の話ではなく、また色恋の話でもありません。ド・ショワズール閣下をフランスから追放するなら、媚薬など役に立たぬでしょう。国王が今の十倍伯爵夫人を愛したとしても無理な話です。伯爵夫人がいくら陛下の心に働きかけたところで、ド・ショワズール閣下が陛下の理性に働きかけるのをやめるとは思えません」

「確かにそうでしょうな。だがこれが最後の頼みの綱だったのだが」

「そうお思いですか?」

「それほど言うなら別の手段を教えてくれませんかな」

「簡単なことですよ」

「簡単。聞きましたか、伯爵夫人? 魔術師と来たら疑うということを知らぬ」

「どうして疑わなくてはならないのです? 国王に知らせるだけでいいではありませんか。ド・ショワズール殿が裏切っている、と――もちろん国王から見て、ですが。ド・ショワズール殿としてはまさか自分が裏切りを働いていたとは思ってもいないでしょうからね」

「何をしたんですの?」

「あなたの方がよくご存じのはずですよ、伯爵夫人。王権に対する高等法院の抵抗に手を貸しているのです」

「それはわかってますけど、どうするおつもりなのか、知る必要があります」

「役人を使います。罪を見逃してやると持ちかければいい」

「どんな役人ですか? それも知っておかなくては」

「例えばド・グラモン夫人が旅立ったのには、火種を掻き立て臆病者の息の根を止めるよりほかにあり得ますか?」

「言われてみれば、それ以外にありませんわね」

「無論です。ところが国王には単なる追放にしか見えぬのです」

「確かに」

「では見かけとは別の事情があることを、どうすれば国王に気づいてもらえるでしょうか?」

「ド・グラモン夫人を告発すればいいのかしら」

「むう! 告発するだけでよいのだとすると、伯爵殿……!」元帥が言った。

「残念だけど告発が正しいことを証明しなくてはなりませんわ」伯爵夫人が言った。

「では告発の正しいことがしっかりと証明されたとしても、ド・ショワズール氏が大臣に留まっているとお思いですか?」

「あり得ないわ!」

「必要なのはド・ショワズール殿の裏切りを証明することだけです」バルサモが自信たっぷりに応じた。「そして陛下の目にもはっきり見えるようにすればことは足りる」

 元帥は椅子に反り返ってからからと笑い出した。

「これはいい! 疑われることは露なかろう! ド・ショワズール氏を裏切りの現行犯で捕まえるのか!……たったそれだけ!……ほかには何もいらぬとは!」

 バルサモは平然としたまま、元帥の哄笑が治まるのを待っていた。

「ではここからが重要な話です、要点をまとめましょう」とバルサモが言った。

「よろしく頼む」

「ド・ショワズール殿が高等法院の抵抗に手を貸していることには、疑いの余地はありませんね?」

「それは決まりだ。だが証拠は?」

「ド・ショワズール殿は自分の地位を守るためにイギリスとの戦争を計ったと考えられているのではありませんか?」

「風聞ではそうだ。だが証拠は……?」

「最後に、ド・ショワズール殿はここにいらっしゃる伯爵夫人の公然の敵であり、私が伯爵夫人に約束した玉座の転覆をどんなことをしてでも狙っているのではありませんか?」

「その点は間違いありません」伯爵夫人が言った。「でもそれにも証拠が必要……どうにかして証明できたらいいのに!」

「そのためには何が必要でしょうか? ちょっとしたことですよ」

 元帥が爪に息を吹きかけた。

「さよう、ちょっとしたことですな」と皮肉った。

「例えば、私信です」バルサモが言った。

「それだけ……本当に些細なことですな」

「例えばド・グラモン夫人の手紙ではありませんか、元帥閣下?」

「魔術師さん、それを見つけて頂戴!」デュ・バリー夫人が叫んだ。「五年の間そうしようと努め、年に十万リーヴル費やして来たのに、決して手に入れられなかったものなんです」

「私にご相談下さればよかったんですよ」とバルサモが答えた。

「何故ですの?」

「何故なら、もしご相談して下さっていれば……」

「ええ」

「あなたを窮地から救い出しておりましたものを」

「あなたがですか?」

「ええ、私がです」

「伯爵、遅すぎたでしょうか?」

 伯爵は微笑んだ。

「そんなことはありません」

「では伯爵殿……」デュ・バリー夫人は手を合わせた。

「つまり、手紙をお望みなのですね?」

「もちろんです」

「ド・グラモン夫人の手紙を?」

「出来るのであれば」

「先ほど申し上げた三つの点でド・ショワズール殿を追い込むことの出来る手紙ですね」

「その為なら引き替えに……あたくしの目を片方差し上げても構いません」

「それは貴重だ。この手紙と同じくらいに……」

「この手紙?」

「引き替えには何もいりません」

 バルサモはポケットから四つに折り畳まれた紙を取り出した。

「それは何ですの?」伯爵夫人は紙から目を離せなかった。

「さよう、それは何ですかな?」公爵もたずねた。

「あなたがたがお望みの手紙です」

 驚愕のあまり静まりかえった二人の前で、伯爵は手紙を読み上げた。読者諸兄には既にお目にかけたあの手紙である。

 読み上げられるにつれて、伯爵夫人は目を丸くして、そわそわとし始めた。

「これは中傷文だ、気をつけなくては!」読み終えられたところでリシュリューが呟いた。

「これはド・グラモン公爵夫人の手紙の写しです。端折ることも書き加えることもなく文字通りに写し取りました。今朝ルーアンを発った急使が、ヴェルサイユのド・ショワズール殿に届けようとしていたものです」

「何と! それは本当のことですかな?」

「私は常に真実しか申しません」

「公爵夫人は似たような手紙をこれまでにも書いていたと?」

「その通りです、元帥閣下」

「こんな軽率なものを?」

「信じがたいことですが、その通りです」

 老公爵が見つめると、口を利けずにいた伯爵夫人がようやく口を開いた。

「申し訳ないけれど、あたくしにもとても信じられません。ド・グラモン夫人のような賢い人が、こんな過激な手紙で自分たちの立場を危うくしていたなんて……もちろん……手紙の内容を知るには、読まなくては始まらないのだけれど」

「それに」元帥もつけ加えた。「この手紙を読むには、手元に置いておかなくてはならないのではありませんか。たいした宝物だ」

 バルサモは緩やかに首を振った。

「秘密を探るのに手紙を開封するような人たちであれば、それも結構でしょうね……だが私のように封筒越しに読むような人間には関係ありません……ふん!……もっとも、ド・ショワズール殿とド・グラモン夫人がどうなろうと知ったことではない。あなた方がご相談に見えた……友人として。だから私もそれに答えたのです。助けを求めにいらしたから、助けの手を差し出したのです。私の助言などフェライユ河岸の占い師程度だと仰りに来た訳ではないのでしょう?」

「何を仰るのです!」伯爵夫人が声をあげた。

「こうして助言を差し上げても、お二人とも納得されなていないようですから。ド・ショワズール殿を失脚させたくてその方法をお探しになっていたので、私が一つ示唆して差し上げると、あなた方も賛成なさいました。ところが直接教えて差し上げると、信用なさらないのですから!」

「それは……それは……でも聞いて下さい……」

「手紙は存在します。写しを持っていると申し上げましたよ」

「しかしですな、誰から情報を得たのです?」リシュリューがたずねた。

「大げさな言葉だ……誰から情報を得たかというのですか? たった一分で私のように何もかも知りたがるとは。私は三千七百年に渡って生きて来た実践者であり、学者であり、信者なのですよ」

「おやおや!」リシュリューが嘆いた。「せっかく抱いた好感もなくなってしまいそうですな」

「信じて下さいとは申しません。国王の狩りまであなたを捜しに行ったのは私ではありませんから」

「公爵、仰る通りだわ。ド・バルサモ殿、お願いだから焦らさないで下さいまし」

「焦らしたことなど一度もございません」

「構いません……これまでのようにどうかご厚意をお見せ下さい。こういった秘密をどのように掘り出しているんですの?」

「もったいぶるつもりはありません」バルサモは言葉を探るようにゆっくりと答えた。「ある声が教えてくれたのです」

「声ですか!」公爵と伯爵夫人が一斉に声をあげた。「声がすべてを明らかにしたというのですか?」

「知りたいと思っていることはすべて」

「ド・グラモン夫人が兄に手紙を書いたと教えてくれたのもその声ですの?」

「その通りです。声が教えてくれました」

「奇跡だわ!」

「だがあなた方はお信じにならない」

「さようです。このようなことをどうやって信じればいいというのですかな?」

「ですが、手紙を届けた伝令が今何をしているか申し上げたとしたら、それを信じて下さったでしょうか?」

「まさか!」伯爵夫人が即答した。

「実際にその声を聞けば信じたでしょうが……だがこの世ならざるもの見聞き出来る能力を持っているのは、降霊術師や魔法使いだけですからな」公爵も言った。

 バルサモが如何とも言い難い表情でド・リシュリュー氏を見つめるのを見て、伯爵夫人の血は凍えた。利己的懐疑論者であるド・リシュリュー公もうなじや心臓がきゅっと縮み上がった。

「その通りです」バルサモはしばらくしてからようやく口を開いた。「私だけがこの世ならざるものを見聞き出来ます。だがあなたのような地位と知性をお持ちの方や、あなたのように美しい方とご一緒なら、この力を開放し分け与えるのにやぶさかではありません……私が聞いた神秘の声をお聞きになりたいですか?」

「無論です」公爵は震えを止めようと拳を握り締めた。

「お願いします」伯爵夫人も震えながらくぐもった声で呟いた。

「では公爵閣下、それに伯爵夫人、お聞き下さい。何処の国の言葉で話すのをお望みですか?」

「フランス語でお願いします。ほかの言葉は知りませんし、それにほかの国の言葉だと不気味ですもの」

「公爵閣下は?」

「伯爵夫人と同じく……フランス語で。悪魔の話す言葉を自分でも繰り返してみたいと思いますし、悪魔が滑らかに話すものなのかどうか、友人のヴォルテール氏に劣らぬ正しいフランス語を使うのかどうか確認したいですからな」

 バルサモはうつむいて、小応接室に通じる扉に向かった。ご存じの通りその先には階段がある。

「隠し立てして申し訳ありませんが、お見せする訳にはいかないのです」

 伯爵夫人は青ざめ、公爵に近寄って腕をつかんだ。

 バルサモは扉に触れるかと思うほど近づくと、ロレンツァのいる部屋に向かって足を伸ばし、よく通る声でアラビア語を唱えた。我々の言葉に翻訳するとこうなる。

「おい!……聞こえるか?……聞こえるなら、呼び鈴の紐を引いて二回鳴らせ」

 バルサモは返事を待っている間、公爵と伯爵夫人を見つめた。二人は伯爵の言葉を理解できないだけに、いっそう耳をそばだたせ目を見開いていた。

 呼び鈴がはっきりと二度繰り返された。

 伯爵夫人が長椅子から飛び上がり、公爵は手巾で額を拭った。

「聞こえているのなら、暖炉の彫刻のところに行って、獅子の右目に象られた大理石のボタンを押せ。そうすれば羽目板が開く。羽目板から中に入り、俺の部屋を通って階段を降り、俺が待っている部屋まで来るんだ」バルサモはアラビア語で続けた。

 すぐにそよ風のようでもあり幽霊が移動するようでもあるかすかな音が聞こえ、バルサモの命令が聞き届けられたのがわかった。

「今のは何処の言葉ですかな?」リシュリューが冷静を装ってたずねた。「神秘学的な言葉でしたが?」

「ええ、招魂に用いられる言語です」

「わしらにも理解できる言葉をお願いしたはずですが?」

「声の話す言葉についてはお約束しましたが、私の話す言葉については何も申し上げておりません」

「それで悪魔は現れたのですかな?」

「悪魔のことなど申し上げませんでしたが?」

「だが悪魔ではなく何を呼び出すというのですかな」

「より高度な精霊やこの世ならざる存在ならどんなものでも呼び出すことが出来るでしょう」

「ではより高度な精霊やこの世ならざる存在が……?」

 バルサモは隣室の扉をふさいでいるタペストリーを指さした。

「私と直接接触している最中なのです」

「怖いわ。あなたは、公爵?」と伯爵夫人がたずねた。

「正直に申し上げて、マオンやフィリップスブルクにいるような気になりそうです」

「伯爵夫人、公爵閣下、どうかお聞き下さい。あなたがたが望んだのですから」バルサモはぴしゃりと言った。

 そして扉に向き直った。

『ジョゼフ・バルサモ』 第83章

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第八十三章 伝令

 晩の六時のこと。

 読者諸兄には既にお話ししたことのあるサン=クロード街の寝室で、覚醒しているロレンツァの隣に坐ったバルサモが、どれだけ懇願しても応じないロレンツァのかたくなな心を解きほぐそうと骨を折っていた。

 だがロレンツァは、アイネイアスの旅支度を見つめるディドーのように、まともには目を合わせぬまま、口を開くのは非難する時だけで、手を伸ばすのは押しのける時だけだった。

 捕虜であること、奴隷であること、もはや息もつけないこと、もはや太陽を拝めないことをなじった。卑しい人間や、鳥や花を羨んだ。バルサモを暴君呼ばわりした。

 怒りを込めた非難が治まると、孤独を紛らすようにと与えられた布の山をずたずたに引き裂いた。

 バルサモの方ではロレンツァに穏やかに話しかけ、愛おしげに見つめていた。このか弱く癇性な女が、バルサモの人生とまでは行かずも心の中で巨大な地位を占めているのは明らかだった。

「ロレンツァ、どうしてそんな風に敵意と反抗心を剥き出しにするのだ? 言葉では言い尽くせぬほど愛しているというのに、どうして優しく献身的な妻となって俺と一緒に暮らせないんだ? そうすれば望むものなどすべて手に入るのに。そうすれば、先ほど話しかけていた花のようにいつだって太陽に顔を向けることが出来るし、おまえが羨んでいる鳥のようにいつでも翼を広げることが出来るのに。何処にでも二人で出かけられるのに。それほど焦がれている太陽に再びまみえることはもちろん、この国の女たちが太陽のように着飾った集いにも出られるのに。おまえはおまえで幸せになり、俺は俺のやり方で幸せになれるのに。どうして幸せになりたがらないんだ? おまえほどに美しく、おまえほどに裕福であれば、女という女たちの嫉妬心を掻き立てられるだろうに」

「あなたのことが嫌いだからです」ロレンツァは凛として答えた。

 バルサモはロレンツァに、怒りと憐れみのないまぜになった目を注いだ。

「では定めに従って生きるがいい。それだけ偉そうにしているのなら、不満を洩らすな」

「一人にしてくれれば不満など言いません。無理に口を利かそうとしなければ不満など洩らしません。お願いだからそばに寄らないで。せめて、この檻に来ても何も言わないで。籠に閉じ込められた南国の鳥と一緒。みんな死ぬんです、歌を忘れた後で」

 バルサモは何とか自制した。

「いいか、ロレンツァ。落ち着け、諦めろ。一度俺の心を読んでみろ。何よりもおまえを愛しているのだ。本でも読むか?」

「いいえ」

「何故だ? 本を読めば気も晴れよう」

「退屈のあまり死んでしまいたいんです」

 バルサモは微笑んだ。否、微笑もうとした。

「馬鹿は言うな。死なぬことぐらいわかっているだろう。たとい病気になろうとも俺がここにいて看病をし、治療する限り、おまえは死なん」

「そう? このショールを使って窓の鉄格子で首をくくってしまえば、助けられないでしょう」

 バルサモはおののいた。

「いつかその日が来れば」ロレンツァは怒りに駆られて続けた。「このナイフを開いて私の心臓に突き立てるから」

 バルサモは青ざめ、冷たい汗を流してロレンツァを見つめると、脅しをかけた。

「いいや、確かにその日が来てもおまえを助けることは出来ないが、生き返らせてみせる」

 ロレンツァは怯えて声をあげた。バルサモの力が何処まで及ぶものなのかわからない。ロレンツァは、脅しを信じた。

 バルサモは救われた。

 ロレンツァは新たに絶望の種が増えるとは思ってもみなかった。絶望に沈みながらも、果てしない拷問の輪に閉じ込められたことを、ぐらついた理性で悟っていた。その時、フリッツが引いた呼び鈴の音がバルサモの耳に届いた。

 音は素早く三度、同じように鳴らされた。

「伝令か」

 直後、もう一つ音が届いた。

「急ぎだな」

「だったら早くここから出て行って!」ロレンツァが叫んだ。

 バルサモはロレンツァの冷たい手を取った。

「もう一度言う。これが最後だ。仲良く生きようじゃないか。俺たちは運命で結ばれてるんだ。運命の奴と友だちになろう、死刑執行人ではなくな」

 ロレンツァは無言だった。目は虚ろで、永遠に離れてしまった思いを無限の中まで追いかけているように沈んでいた。探し疲れたのだということに、恐らくは気づいてはいなかった。闇の中で過ごした後で探し求めていた光を目の当たりにして、太陽に目が眩んだのに似ていた。

 バルサモはつかんだ手に口づけしたが、何の反応も返って来ない。

 バルサモが暖炉に向かって足を踏み出した。

 途端にロレンツァの放心が解け、バルサモに熱い眼差しを送った。

「そうか。俺が何処から外に出るのか知りたいんだな。陽射しの下に出たい、言葉通りに逃げ出したいという訳か。だから目覚めた、だからそんな目つきをしているのか」バルサモは呟いた。

 それからまるで苦役を課されたように額を手で拭うと、ロレンツァに向かってその手を伸ばし、矢のような視線をロレンツァの胸と目に投げつけ、手を鋭く動かしてこう言った。

「眠れ」

 この言葉が口にされるや、茎の先で揺れる花のように頭を揺らしたかと思うと、がくりと首を垂れて長椅子に突っ伏した。くすんだ白い両手は絹の部屋着をかすめて脇にだらりと下がった。

 バルサモが近寄り、美しさを確認すると、その美しい額に口唇を押し当てた。

 するとロレンツァの顔が晴れた。キューピッドの口唇から洩れる息吹きが、かんばせを覆っていた雲を吹き払った訳でもないだろうに。口を半開きにして震わせ、快楽の涙の海に目を泳がせ、天使のように吐息をついた。創造の第一日目に天使たちが人の子らに愛を注ぐために洩らしたような吐息だった。

 バルサモはちらりとそれを眺めただけで、目を奪われそうになるのを堪えた。ここで再び呼び鈴が鳴り響いたため、急いで暖炉に向かい、バネを押して花の背後に姿を消した。

 フリッツが応接室に控えていた。伝令の恰好をして長い拍車つきの長靴を履いた男と一緒だった。

 汚らしい顔つきはどう見ても庶民だが、遙かに知的な存在から授かりでもしたように、瞳にだけは聖なる火の欠片が潜んでいる。

 左手を短くごつい鞭に当てたまま、右手で合図をした。ちょっと見ただけでバルサモはそれと察し、無言のまま、人差し指で額に触れて合図を返した。

 すると御者の手が胸に上がり、部外者にはわからぬ文字を胸になぞった。ボタンをつけるような仕種に似ていた。

 この合図に対して、バルサモは指に嵌めた指輪を見せて答えとした。

 この絶対的な印を前に、使者は膝を突いた。

「出身は?」

「ルーアンです、親方」

「何をしている?」

「ド・グラモン夫人の伝令をしております」

「そこには誰の紹介で?」

「大コフタの御意です」

「その仕事に就いた際にどんな命令を受けていた?」

「親方には隠しごとをするなと」

「向かった先は?」

「ヴェルサイユです」

「運んでいたのは?」

「手紙です」

「宛先は?」

「大臣です」

「寄こせ」

 伝令は背中に結わえてあった革袋から手紙を取り出し、バルサモに手渡した。

「待機していた方が?」

「ああ」

「ではお待ちします」

「フリッツ!」

 ドイツ人が現れた。

「セバスチャンを事務室に連れて行け」

「はい、ご主人様」

「私の名をご存じなのですか!」会員は魔法でも見たようにぎょっとして、うわずった声を出した。

「ご主人様は何でもご存じです」フリッツはそう言ってから案内に立った。バルサモが一人残された。手のつけられていない厚い封印を見つめた。伝令は懇願するような目つきをしていた。あれは出来ればこのままにしておいて欲しいと頼んでいたのだろう。

 それからのろのろと、考え込みながら、ロレンツァの部屋まで戻って連絡扉を開けた。

 ロレンツァは眠り続けているが、これは虚脱状態から来る疲労と消耗によるものだ。バルサモが手を取るとぴくりと身動きした。バルサモは封印されたままの手紙をロレンツァの胸に押し当てた。

「見えるか?」

「はい、見えます」ロレンツァが答えた。

「俺は手に何を持っている?」

「手紙を一通」

「読めるか?」

「読めます」

「では読むんだ」

 ロレンツァは目を閉じたまま胸を波打たせ、手紙の文章を一語一語読み上げた。バルサモがそれを次々に書き留めた。

 

 ――兄君様

 かねがね考えていた通り、追放されるのも何かの役に立ちそうです。今朝、ルーアンの法院長と別れて来ました。私たちの味方ですが、臆病な方です。お兄様の名前を出して圧力を掛けましたところ、遂に決意を固め、一週間のうちにはヴェルサイユに建言するはずです。

 私はすぐにレンヌに発ち、眠っているカラデュとラ・シャロテをちょっと起こして参ります。

 コードベックの役人がルーアンにおりましたので、会って来ました。イギリスには留まる気はありません。ヴェルサイユの政府に辛辣な通告を突きつけるつもりのようです。

 作るべきかどうかXが伺いを立てに参りましたので、許可しました。

 最新の諷刺小冊子パンフレットをご覧下さい。テヴノ、モランド、デリルたちがデュ・バリーを批判しております。

 悪い噂を耳にしました。噂では失脚したそうですね。ですがあなたからそのような手紙を受け取ってはおりませんので、笑い飛ばしました。ですが曖昧なままにせず、伝令に返事を預けて下さい。

 お返事はカーンで受け取ります。カーンには信仰に篤い人たちがおります。

 神のご加護を、愛を込めて。

 ド・グラモン公爵夫人――

 

 ロレンツァは読み上げるのをやめた。

「ほかには何も見えないのか?」バルサモがたずねた。

「何も見えません」

「追伸はないのか?」

「ありません」

 手紙が読み上げられるに従い表情をゆるめていたバルサモだったが、ここでようやく公爵夫人の手紙をロレンツァから離した。

「面白い手紙だ。千金に値する。それにしても、こんな手紙を書くとはな! 偉い男の足を引っ張るのはいつも女だ。敵や陰謀が束になってかかっても倒されなかったあのショワズールが、女の優しい一吹きで吹き飛んだか。そういうものさ、俺たちは女の裏切りや弱さのせいで滅びるのだ……俺たちにも心があって、その心が感じやすかろうものなら、お終いだな」

 そう言ってバルサモは愛しむようにロレンツァを見つめた。ロレンツァの胸が波打っている。

「俺の思っていることは事実だろう?」

「いいえ、事実ではありません」ロレンツァがむきになって答えた。「おわかりのはずです。理性も優しさもない女たちのようにあなたを傷つけるには、あなたのことを愛しすぎてます」

 バルサモはロレンツァの腕に抱かれるがままにした。

 突然フリッツの呼び鈴が二つ、二度鳴り響いた。

「お客さんが二人か」

 激しい鈴の響きが止むと、フリッツの伝言が届いた。

 バルサモは腕を振りほどくと、ロレンツァのことは眠らせておいたまま部屋を出た。

 途中で伝令に出くわした。命令を待っていたのだ。

「ほら、手紙だ」

「どうすればよいのでしょうか?」

「宛先に届けてくれ」

「それだけですか?」

「それだけだ」

 会員は封筒と封印を確認して、元のままであるとわかると、嬉しそうに闇に消えた。

「ああいう署名を手元に保管しておけないとは残念だな!」バルサモが独り言ちた。「それに、信頼できる手を通じて国王の手に渡すことが出来ないのも残念だ!」

 その時、フリッツが現れた。

「誰だ?」

「ご婦人と紳士です」

「ここに来たことがある人間か?」

「いいえ」

「見たことは?」

「ありません」

「若い女か?」

「若い美女です」

「男の方は?」

「六十代前半かと」

「何処にいる?」

「応接室です」

 バルサモは部屋に足を踏み入れた。

『ジョゼフ・バルサモ』 第82章

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第八十二章 魔術師狩り

 四輪馬車が長い列をなしてマルリーの森の並木道をふさいでいた。国王が狩りをしているのだ。

 それは午後の狩りと呼ばれていた。

 早い話が晩年のルイ十五世は猟銃を用いた狩りも犬を用いた狩りも行わなかった。狩りを眺めるだけで満足していた。

 プルタルコス(プルターク)をお読みになった方なら、マルクス・アントニウスの料理人が猪肉を時間差で串に刺し、五、六頭の猪を炙っておいて、マルクス・アントニウスがいつ食卓に着いても常に焼き立ての料理を出していたことを覚えておいでだろう。

 マルクス・アントニウスは小アジアの領土で多くの問題を抱えていた。裁判を行っていたが、キリキア人という連中は大泥棒であったので――これはユウェナリスによって確かめられている――マルクス・アントニウスはひどく心を砕いていた。そこで裁判官の務めの合間に時間が出来ればいつでも口に入れられるように、五、六頭の串焼きを時間を変えて常に用意していたのである。

 さて、ルイ十五世の許でも事情は同じであった。午後の狩りに当たって、二、三頭のダマ鹿が二、三時間のうちに時間を変えて放たれ、国王の気分に応じて、すぐに角笛を吹く時もあれば、しばらく経ってから角笛を吹く時もあった。

 この日の陛下は四時まで狩りを行うと勅していた。つまり放たれる鹿は正午から選ばれており、時間までは自由に走らせておいたのである。

 国王が鹿を追おうと決めた時には、デュ・バリー夫人も国王を追おうと決めていた。

 だが狩猟係が準備を整え、偶然が段取りを決めた。偶然の計らいによって、デュ・バリー夫人の計画は変わることになる。

 伯爵夫人は偶然に臨んで、相手が自分と同じくらい気まぐれなことを悟ったのである。

 ド・リシュリュー氏と政治の話をしながら陛下を追いかけている間にも、陛下は陛下で鹿を追いかけていた。公爵と伯爵夫人が途中でちらほらとされた挨拶を返していると、道路から五十パッススほどのところに、緑の屋根の下、幌付き軽四輪馬車カレシュがひっくり返って壊れて、天を向いた二つの車輪ががらがらと回っているのに出くわした。馬車を曳いていたはずの黒馬はのんびりと草木を食んでいた。一頭はブナの樹皮を、もう一頭は脚許に広がる苔を食んでいる。

 デュ・バリー夫人の馬は国王から下賜された見事な馬車馬だったので、馬車という馬車を(今日風に言えば)ぶっちぎっていた。そんな訳でこの事故車を目にしたのは二人が最初だった。

「まあ! お気の毒に」伯爵夫人が落ち着いた声を出した。

「まことですな」ド・リシュリュー公爵も冷静だった。何分にも宮廷ではあまり感情を出さぬのが作法であった。「馬車がばらばらだ」

「あそこの草の上に見えるのは亡くなった方かしら? ご覧になって、公爵」

「死んではおらぬでしょう。動いております」

「殿方かしら、ご婦人かしら?」

「どうでしょうな。よく見えません」

「見て、お辞儀しましたわ」

「では死者ではありませんな」

 リシュリューは念のため三角帽をずらして見た。

「いやはや、伯爵夫人、もしや……」

「そのまさかだと」

「あれはルイ公猊下ではありませんか」

「ド・ロアン枢機卿ご本人ですわ」

「いったいあそこで何をなさっているのでしょうな?」

「確認しに行きましょう。シャンパーニュ、あの壊れた馬車のところまで行って頂戴」

 伯爵夫人の御者は直ちに道を外れ、木々の中へ乗り入れた。

「いや、確かに枢機卿猊下ですぞ」とリシュリューが言った。

 その通り確かに草むらに横たわっていたのは枢機卿猊下だった。そうして知り合いが通りかかるのを待っていたのだ。

 デュ・バリー夫人が近づいて来るのを見て、枢機卿が起き上がった。

「感謝の言葉もございません、伯爵夫人」

「どうなさいましたの、枢機卿、あなたですの?」

「私ですとも」

「歩いていらしたの?」

「いえ、坐っておりました」

「お怪我をなさったのでは?」

「かすり傷一つありませんよ」

「それでどうしてこんなことに?」

「どうか仰いますな。私がイギリスから連れて来たあの頓馬な御者のせいですよ。森を突っ切って狩りに合流してくれるよう頼んだところ、急に舵を切って私を振り落とし、大事な馬車を壊してしまいました」

「不満を仰るべきではありませんわ。フランスの御者でしたら、首の骨を折るか、よくて肋骨を折っていたところですもの」

「きっとその通りなのでしょうね」

「だからどうかしっかりなさって」

「別に動じてはおりませんが、これから待っていなければならないんですよ、ひどいものです」

「待つとは? ロアンともいうべき人が待っていたんですの?」

「そうせざるを得ませんからね」

「何を仰いますの。あなたをここに置いて行くくらいなら、馬車から降りる方を選びますわ」

「どうか、恥をかかせないで下さい」

「お乗りなさいまし」

「お気を使わずに。スビーズを待っているところです。狩りに参加していますから、もうすぐここを通りかかるはずなのです」

「でも別の道を通ったらどうなさいますの?」

「構いません」

「猊下、お願いですから」

「いえ、結構です」

「でも何故ですの?」

「あなたにご迷惑を掛けたくありませんから」

「枢機卿猊下、あなたが馬車に乗るのを断るというのでしたら、あたくしは従僕に裾を取らせて、木の精ドリュアスのように森を駆けなくてはなりませんわ」

 枢機卿は微笑んだ。あまりいつまでも遠慮していると、伯爵夫人に誤解されかねないと思い、四輪馬車に乗ることにした。

 公爵はとうに奥の席をずれ、前の座席に移っていた。

 枢機卿はその栄誉を固辞しようとしたが、公爵は譲らなかった。

 伯爵夫人の馬はすぐに遅れを取り戻した。

「ところで猊下」伯爵夫人が枢機卿にたずねた。「猊下は狩りがお好きになりましたのね?」

「何ですって?」

「こういう集いに参加なさっているのを見るのは初めてですもの」

「そんなことはありませんよ。とは言えヴェルサイユに伺候して陛下に敬意を表する栄誉を得ました際に、陛下が狩りに向かったと聞きました訳で。緊急の用件がありましたから、追いかけることにしたのです。それが間抜けな御者のおかげで陛下のお耳どころか街での約束も取り逃す羽目になりましたよ」

「どうですか、伯爵夫人」公爵が笑い出した。「猊下は何もかもはっきりと打ち明けなさいましたな……お約束があるそうです」

「取り逃してしまいましたがね」枢機卿は繰り返した。

「ロアン、大公、枢機卿ともあろう方が、これまでに何か取り逃したことがありまして?」

「なければ奇跡ですよ」

 公爵と伯爵夫人は顔を見合わせた。今の言葉を聞いて先ほどの記憶が甦ったのだ。

「そうでした! 奇跡と言えば、お話ししたいことがあるんですの。枢機卿にお会い出来たのは幸運でした。それを信じていいものかどうかお聞きしたいんです」

「何のことですか?」

「奇跡のことですよ!」公爵が言った。

「聖書はそれを信仰箇条に数えていますよ、伯爵夫人」枢機卿は信じている素振りを見せようとした。

「古い奇跡のことではありませんわ」

「ではどういった奇跡のことですか?」

「現代の奇跡です」

「そうなると、極めて珍しいと言わざるを得ませんが、しかし……」

「しかし、何ですの?」

「さよう、目撃したことがあるのです。仮に奇跡ではなかったにしても、はなはだ信じがたい出来事でした」

「奇跡を目撃したと仰るの?」

「名誉にかけて」

「伯爵夫人もご存じでしょう」リシュリューがからからと笑った。「猊下は正統とは言い難い精霊と心を通わせてらっしゃるとのもっぱらの評判ですぞ」

「それは知りませんでしたが、随分と便利そうね」

「それで、何を見たのですかな?」

「他言せぬことを約束しておりますので」

「まあ! 随分と深刻なことなのね」

「仰る通りです」

「でももしかしたら、魔術について沈黙を誓ったのであって、魔術師については何の約束もしていないんじゃありません?」

「それはそうです」

「よかった! 打ち明けて申しますと、公爵とあたくしは魔法使いを捜しにやって来たんです」

「まさか?」

「嘘は申しません」

「ではお教えしましょう

「何よりです」

「きっとあなたのお役に立ちますよ、伯爵夫人」

「わしの役にも、ですかな?」

「もちろんです、公爵」

「その者は何と仰いますの?」

「ド・フェニックス伯爵です」

 デュ・バリー夫人と公爵はさっと青ざめて顔を見合わせた。

「おやまあ!」二人は同時に声をあげた。

「お二人ともご存じなのですか?」

「いいえ。その人が魔術師だと仰いますの?」

「間違いありません」

「お話ししたことが?」

「もちろんです」

「それで確信なさったと……?」

「疑問の余地はありません」

「どういった事柄について?」

「それは……」

 枢機卿は躊躇った。

「私の運勢のことで、話を聞かせてもらいました」

「それは当たりまして?」

「それがその、話してくれたのは死後のことなのです」

「ド・フェニックス伯爵のほかにも名前がありませんでしたか?」

「ありました。それも聞いておりますが……」

「仰って、猊下」伯爵夫人が堪らず口にした。

「ジョゼフ・バルサモです」

 伯爵夫人は手を合わせてリシュリューを見つめた。リシュリューは鼻の先を掻きながら伯爵夫人を見つめた。

「悪魔って真っ黒ですの?」デュ・バリー夫人が唐突にたずねた。

「悪魔ですか? 悪魔など見たことはありませんが」

「何を仰っているのです、伯爵夫人?」リシュリューが声をあげた。「悪魔が枢機卿と懇意にしているなどと」

「では悪魔を呼び出さずに運勢を告げたというのですか?」伯爵夫人がたずねた。

「そういうことでしたら、その通りです。悪魔は愚かな人間の前にしか姿を現しません。私たちには悪魔は不要なんです」

「わかりました、あなたなりにお話し下さいな。何らかの魔法が行われていましたのでしょう?」

「私はそう信じております」

「緑の炎かしら? 亡霊とか、ひどい悪臭を放つ大鍋とか?」

「そんなものではありません。あの魔術師のやり方は洗練されておりました。むしろ丁寧にもてなすような紳士でしたよ」

「その魔術師にホロスコープを読んでもらったのではないのですか、伯爵夫人?」リシュリューがたずねた。

「正直言うと、そうしてもらいたくて堪りませんの」

「ではそうしてもらうといい」

「ところでその魔法は何処で行われましたの?」聞きたくて堪らない居所を枢機卿から聞けるのではないかと、デュ・バリー夫人は期待を寄せた。

「洒落た家具の詰まった見事な部屋でした」

 伯爵夫人は焦れったさを隠しきれなかった。

「それで、どんな家ですの?」

「変わった造りにしてはよく出来た家でしたよ」

 なかなかはっきりしないことが口惜しくて、伯爵夫人は足を踏み鳴らした。

 リシュリューが助け船を出した。

「おわかりになりませんか、猊下? その魔術師が何処に住んでいるのかがわからずに、伯爵夫人が悔しがっていらっしゃいますぞ」

「何処に住んでいるかと仰るのですか?」

「さようです」

「そういうことですか」枢機卿は得心した。「しばらくお待ち下さい……いや……そう……いや……マレー地区ですよ、大通りの角です、サン=フランソワ街、サン=タナスタズ街……そうじゃない。聖人の名前なのは確かですなのですが」

「どの聖人かが問題です。あなたならすべての聖人をご存じに違いありますまい?」

「そんなことはありませんよ。むしろほとんど知りません。いや、お待ち下さい。従僕の奴なら知っているに違いありません」

「なるほど」と公爵が言った。「従僕なら後ろにいる。止まれ、シャンパーニュ」

 公爵は御者の小指に結わえてある紐を引っ張った。

 御者は急いで、息を切らせている馬の脚を止めた。

「オリーヴ」枢機卿が声をかけた。「いるか?」

「はい、猊下」

「しばらく前の晩にマレーに行ったことがあったが、あれは何処だっただろう?」

 従僕は会話の内容をすっかり聞いていたが、知らぬふりを通した。

「マレーですか……?」記憶を探っているような顔をした。

「そうだ、大通りの近くだが」

「いつのことでしょうか、猊下?」

「サン=ドニから戻った日だ」

「サン=ドニからですか?」オリーヴは自分を印象づけようと、さらにさり気ない風を装った。

「そう、サン=ドニからだ。馬車を大通りで待たせておいたはずだ」

「わかりました、猊下。男が重い包みを馬車に投げ込みに来たのと同じ日ですね、思い出しました」

「そうかもしれないが、誰がそんな話をしているのだ?」

「では猊下は何をお望みでしょうか?」

「通りの名前を知りたい」

「サン=クロード街です、猊下」

「そうだ、クロードだ! 聖人の名前だと申し上げたでしょう」

「サン=クロード街!」伯爵夫人はリシュリューに向かって意味ありげな目つきをした。リシュリュー元帥は常日頃から秘密をほじくられるのを、それもことが陰謀であればなおさら恐れていたので、デュ・バリー夫人を遮ってこう言った。

「伯爵夫人、国王です」

「どちらですの?」

「あちらです」

「国王ですって!」伯爵夫人が叫んだ。「左に、シャンパーニュ、左です。陛下に見られてしまうじゃないの」

「どういうことです?」枢機卿はぎょっとしてみせた。「私はてっきり、陛下のところにご案内してくれるものと思っておりましたが」

「あら、そうね。国王にお会いになりたいんですのね」

「そのために来たのですから」

「わかりました、国王のところにご案内させますわ」

「ですがあなたは?」

「あたくしたちはここに残ります」

「しかし伯爵夫人……」

「どうかお願いですから。お互いの道を行きましょう。国王はあちらです、あの栗林の下で無事にお会いになれますわ。シャンパーニュ!」

 シャンパーニュが馬車を停めた。

「シャンパーニュ、あたくしたちを降ろして、猊下を国王のところにお連れなさい」

「一人で、ですか?」

「陛下のお耳をお借りしたかったのではありませんか、枢機卿猊下」

「それはそうですが」

「でしたらお耳はしっかり拝借できますわ」

「そうですか! ご親切痛み入ります」

 そうして枢機卿は恭しくデュ・バリー夫人の手に口づけした。

「しかしあなたは? 何処に隠れるおつもりです?」

「このどんぐりの木の下です」

「国王がお捜しになるでしょう」

「望むところです」

「あなたが見えないと心配なさいますよ」

「それで苦しんでくれるのでしたら、苦しんで欲しいんですの」

「可愛い方ですね、あなたは」

「あたくしが苦しんでいた時に国王から言われたのも同じ言葉でしたわ。シャンパーニュ、猊下をお連れして差し上げたら、駆足ギャロップで戻って来なさい」

「かしこまりました、伯爵夫人」

「では失礼、公爵」と枢機卿が言った。

「ご機嫌よう、猊下」公爵が答えた。

 従者が踏み台を降ろしていたので、公爵は伯爵夫人に手を貸し、修道院から逃げ出しでもするように素早く地面に降りた。そうすると四輪馬車は猊下を乗せてフランス国王陛下のところに向かった。国王は目が悪かったので、ほかの人々には見えている伯爵夫人が見えずに捜していた。

 デュ・バリー夫人は時間を無駄にしなかった。公爵の腕を取り、茂みに引っ張り込んだ。

「主が枢機卿を送り届けて下さったんだわ!」

「一時的に遠ざけておくため、ということですな」と公爵が答えた。

「いいえ、探し人の情報を教えてくれるためよ」

「では目的地に向かうとしますかな?」

「そうしましょう。だけど……」

「何ですかな?」

「正直言うと怖いの」

「誰のことです?」

「魔術師よ。あたくし、騙されやすいんですもの」

「いやはや!」

「あなたはどう? 魔術師を信じてますの?」

「信じてないとは言えませんな」

「あたくしの予言は……」

「その通りです。それにわし自身……」老元帥は耳を掻いた。

「あら、何ですの?」

「わし自身、ある魔術師を知っておりました……」

「まあ!」

「その魔術師はある日、わしにとてつもないことをしてくれました」

「どんなことかしら?」

「わしを生き返らせたのです」

「生き返った! あなたが?」

「さよう、要するにわしは死んでおった訳です」

「詳細を聞かせて下さい」

「では隠れましょうか」

「随分と臆病なんですのね」

「いやいや、慎重なだけですぞ」

「ここでいいかしら?」

「いいでしょう」

「ではお話し下さいませ、早く早く」

「こういう事情です。わしはウィーンにおりました。大使館時代です。その夜、わしは街灯の下で身体をぐさりと刺されてしまいました。亭主に刺されたのです、致命的でした。わしは倒れ、助け起こされた時には、死んでおりました」

「お亡くなりになったと言うんですの?」

「そうです。そうでなくとも死んだも同然でした。通りかかった魔術師が、墓地に運ばれている男は何者かたずねたのです。わしだ、という答えを聞くと、魔術師は担架を止めさせ、正体のわからぬ液体を三滴傷口に注ぎ、また別の液体を三滴口唇に注ぎました。すると出血が止まり、息が戻り、目が再び開き、わしは甦りました」

「それは神の奇跡ではありませんか」

「わしが恐れたのもそのことでしたが、わしにはむしろその反対に、悪魔の奇跡に思えました」

「そうですわね。神様はあなたのような悪童のことを助けたりなさいませんもの。お好きなようになさいまし。それでその魔術師はご存命ですの?」

「怪しいところですな、飲用金を見つけていない限り」

「あなたのようにですか? そのお話を信じてらっしゃいますの?」

「すべて信じております」

「お年寄りでした?」

「メトセラそのものでしたな」

「それでお名前は?」

「堂々たるギリシア名でした。アルトタス」

「恐ろしい名前ね、元帥」

「ではありませんかな?」

「馬車が戻って来ましたわ」

「それはよかった」

「心は決まりまして?」

「無論です」

「パリに向かいますか?」

「パリに」

「サン=クロード街に?」

「お望みとあらば……だが国王がお待ちですぞ!……」

「それが決め手よ。迷っていたとしても、それで心が動いたでしょうね。今度は悔しがるのはあなたの番よ、フランスちゃん!」

「しかし攫われたか迷子になったと思われませんかな」

「あなたといるところを見られればそれに越したことはないんだけど」

「では今度はこちらから申し上げましょう。わしは怖いのです」

「何がですの?」

「あなたの口からこの話が人に洩れたり、人からからかわれたりするのが」

「からかわれるならあたくしたち二人共でしょう、一緒に行くんですもの」

「では決まりました。もっとも、あなたに裏切られるようなことがあれば……」

「何ですか?」

「その時には、あなたと二人きりだったと申し上げますからな」

「そんなの誰も信じません」

「ああ、伯爵夫人! 陛下があそこにいなければ……」

「シャンパーニュ! シャンパーニュ! ここです、藪の後ろの見えないところ。ジェルマン、扉を。ここです。では、パリに。マレー地区のサン=クロード街よ。大急ぎで」

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

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