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 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『ジョゼフ・バルサモ』 第99章

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第九十九章 姿を消したと思われていたものの残念には思われていないであろう昔なじみに、読者が再会を果たす次第

 読者の方々は疑問に思われるのではないだろうか。これから極めて重要な役割を果たすことになるフラジョ先生が、どうして辯護士ではなく検事と呼ばれていたのか。読者の疑問はもっともなので、そのおたずねに応ずることにしよう。

 しばらく前から高等法院は休廷を繰り返しており、辯護士はほとんど辯護もしていなかったため、話題に上ることもなかった。

 フラジョ先生は辯護の仕事が一切なくなることを見越して、検事のギルドゥ先生と段取りをつけていた。ギルドゥ氏は二万五千リーヴルの支払いと引き替えに、事務所と依頼人を譲り渡した。こうしてフラジョ先生は検事になった。二万五千リーヴルもの金額をどのように用意したのかと問われたならば、マルグリット嬢との結婚によってと答えよう。ド・ショワズール氏追放の三か月前、一七七〇年の末頃に、マルグリット嬢が相続したのである。

 フラジョ先生は敵対者に食らいつくそのねばり強さによってしばらく前から注目されていた。検事になるや激しさを募らせ、そのおかげで幾ばくかの評判を得た。デギヨン氏とド・ラ・シャロテ氏の対立に関する煽動的な文書の公刊にからんで、その評判がラフテ氏の注意を引いた。そこでラフテ氏は高等法院の出来事を詳しく知っておく必要があると考えた。

 だが、新しい肩書きと高まる信望を得ても、フラジョ先生はプチ=リヨン=サン=ソヴュール街を離れなかった。隣人たちからフラジョ夫人と呼ばれるのを聞いたことがないと言ってはマルグリット嬢を責め、ギルドゥ先生から引き継いだ見習いから尊敬されないと言っては辛く当たった。

 ご明察の通り、ド・リシュリュー氏は嫌な顔をしながらパリを通り抜けていた。パリの役人が街路という名をつけて取り繕ったそのごみ溜めに近づくには、吐き気のするようなそうした地域を通り抜けなければならないのである。

 ド・リシュリュー氏の四輪馬車がフラジョ先生の門前に到着すると、そこには別の四輪馬車が停まっていた。

 その馬車から降りる婦人の髪飾りが見えたので、七十五歳とはいえまだ紳士のたしなみを失くしてはいなかった元帥は、慌てて真っ黒な泥の中に足を踏み入れ、一人で降りていたご婦人に手を貸そうとした。

 ところがこの日の元帥はつくづくついていなかった。踏み台に降ろされた足はざらざらと乾燥しており、明らかに老婦人のものだった。頬紅の下には皺の寄ってたるんだ顔があり、年老いているどころか老いさらばえているのがはっきりとわかった。

 だが躊躇うには及ばなかった。元帥はとっくに動き出していたし、それを見られていた。第一、ド・リシュリュー氏も若くはない。だがその訴訟人は――というのも、この通りに馬車でやって来るご婦人が訴訟人でないとしたら何者だというのだろう?――ともかくその訴訟人は、元帥のように躊躇いはしなかった。恐ろしい笑みを浮かべると、リシュリューの差し出した手に腕を預けた。

 ――どこかで見たことのある顔だな。元帥は独り言ちた。

 それから声に出して、

「マダムもフラジョ先生のところにおいでですかな?」とたずねた。

「ええ、公爵閣下」

「おや、わしのことをご存じでしたか?」元帥はぎょっとして、薄暗い並木道の手前で立ち止まった。

「元帥ド・リシュリュー公爵を知らぬ者などおりましょうか? そんな者は女ではございませんよ」

 ――するとこの雌猿は自分が女だと思っておるのか? とマオンの勇者は呟いた。

 それから極めて優雅にお辞儀をした。

「おたずねしても失礼に当たらなければ、あなたがどなたなのかお教え下さい」

「ド・ベアルン伯爵夫人と申します」老婦人はぬかるんだ並木道で宮廷風のお辞儀をした。そこから三プスのところに地下室の上げ蓋が開いていたので、三度目に腰を曲げた時には老婦人の姿が見えなくなるのではないかと、元帥は心なくも期待していた。

「これは光栄です、マダム。ではあなたも訴訟を抱えておるのですかな?」

「一つきりでございますけどね。でもその訴訟と言うのが! 噂を聞いていらっしゃらないんですか?」

「ああ、そうでした、そうでした。大変な訴訟です……そうでした。いやはやどうして忘れておったのか」

「サリュース家が相手なんです」

「そう、サリュース家が相手でしたな。この訴訟を歌った小唄が作られておりました……」

「小唄が!……どんな歌でございましょう?」老婦人は目に見えて傷ついていた。

「お気をつけ下さい、ここに穴があります」やはり老婦人が穴に落ちそうにないのを見て、リシュリュー公爵は声をかけた。「手すり、いやロープにおつかまりなさい」

 老婦人が階段を上り、公爵も後から続いた。

「さよう、笑える小唄です」

「私の訴訟を笑った小唄なんですか……?」

「いや、それはご自分で判断なさるといい……だが恐らくご存じでしょうな?……」

「とんと存じません」

「ラ・ブルボネーズの調べに乗せて、歌詞はこうです、

伯爵夫人、
お助け下さい、
あたくし困っておりますの。

 あたくしというのはもちろんデュ・バリー夫人のことですぞ」

「無礼な歌じゃございませんか……」

「何を仰るやら! 小唄の作者になど……敬意の欠片もありませんよ。それにしてもこのロープは汚れておるな。ともかくそれに対するあなたの答えが、

私は年とった頑固者。
訴訟で死にかけ。
誰か勝たせてくれないかしら?

「何てひどい! 身分ある貴婦人をこんなふうに侮辱するなんて」

「歌が下手でしたらお許し下さい。この階段はけっこう骨ですな……ああ、やっと着きました。では失礼して呼び鈴を引かせてもらいますぞ」

 老婦人はぶつぶつ言いながら公爵に道を譲った。

 呼び鈴を鳴らすと、フラジョ夫人が――検事の妻になったというのに門番の役も料理人の役も続けていて――扉を開けた。

 二人の訴訟人はフラジョ先生の書斎に通された。羽根ペンをくわえ、恐ろしい量の訴訟書類を第一見習いに書き取らせている。

「どうしたんです、フラジョ先生?」伯爵夫人の声に、検事が振り返った。

「おお、伯爵夫人。ド・ベアルン夫人に椅子を。ご一緒にいらしたのですか?……いや、間違いない、ド・リシュリュー公爵が我が家に!……椅子をもう一つだ、ベルナルデ」

「フラジョ先生、訴訟は何処まで進んでいるのでしょうか?」と伯爵夫人がたずねた。

「ちょうど取り組んでいたところです」

「それは何よりです」

「それも評判になるようにするつもりです」

「どうか慎重に……」

「いやいや、もう慎重にすべき時ではありません……」

「今取り組んでいるのが私のことなのでしたら、公爵閣下にお時間を割いて差し上げることも出来るでしょう」

「公爵閣下、ご理解いただけるものと……」

「心得ておる」

「全力で取り組むつもりです」

「慌てるな、つけ込みはせぬ。どうしてわしがここに来たのかわかっているであろう」

「過日ラフテ氏から訴訟記録入れを手渡されました」

「その訴訟はわしの訴訟に関わる……わしの……何を言いたいのかご存じでしょう、フラジョ先生」

「シャプナ(Chapenat)の土地についての訴訟ですね」

「まあそうです。勝てそうなのですかな?……それはまあ、先生としてはよくやってくれるのでしょうが」

「公爵閣下、訴訟は無期限に延期されました」

「それはまたどうして?」

「少なくとも一年の間は辯護されることはありません」

「だが理由は?」

「いろいろな事情が……陛下のおふれはご存じでしょう?……」

「わかっていると思うが……どのおふれかな? 陛下はたくさんのおふれを出しているが」

「我々の判決を取り消したおふれです」

「結構。それで?」

「我々としては自らの船を燃やしてそれに答えなくてはなりません」

「船を燃やす? 高等法院の船をか? はっきりせんな。高等法院が船を持っているとは知らなんだ」

「第一院が登録を拒んだのですね?」ド・ベアルン夫人がたずねた。「どんなことがあってもド・リシュリュー様の訴訟が邪魔にならないように」

「それだけではありません」

「第二院も?」

「たいしたことはありません……両院は、国王がデギヨン氏を更迭しないうちはもはや一切の審理をおこなわないことを可決いたしました」

「おやおや!」元帥が手を叩いた。

「審理しないとは……何の審理ですか?」老伯爵夫人は狼狽えていた。

「もちろん……訴訟ですよ」

「私の訴訟もおこなわれないということですか?」ド・ベアルン夫人は怯えを隠そうともしなかった。

「むしろあなたの訴訟ですね」

「でもそんなの不公平ですよ! 陛下の規律を乱す行為じゃございませんか」

「マダム」と検事は厳かに答えた。「国王は我を忘れてらっしゃるのです……我々も忘れようではありませんか」

「フラジョさん、あなたはバスチーユに行くことになりますよ。断言いたしますとも」

「鼻歌まじりに参りましょうか。仮にそんなことになっても、同輩たちが棕櫚を手について来てくれるでしょう」

「この人は気違いですよ!」伯爵夫人はリシュリューに訴えた。

「私たちはみんなそうですよ」検事が答えた。

 ――ほほう! 面白くなって来たわい、と元帥が呟いた。

「でもあなたは先ほど仰ったじゃありませんか。私の訴訟に取り組んでいたところだって」ド・ベアルン夫人は反論した。

「申し上げたのは事実です……書類の中で最初に引用したのがあなたの事例でしたから。これがあなたに関する文章です」

 見習いの手から書きかけの書類を取り上げると、眼鏡を鼻に挟んで、もっともらしく読み上げた。

「『彼らの身分は落魄し、財産は脅かされ、尊厳は踏みにじられました……彼らの苦しみがいかほどのものであったかは陛下にあられてもご理解いただけるものと忖度いたします……即ち、請願者はその手に、王国有数の名門一族の財産が懸かっている重要な案件を有しているのであります。請願者はその配慮、その智略、その才能によって、この案件が良好に進捗していたことを陳ずるものであり、また気高く高名な貴婦人アンジェリク=シャルロット=ヴェロニク、ド・ベアルン伯爵夫人の権利が認められ、表明されようとしていたのは、反目の風が……吹き込み……』

 取りあえずここまでです」検事は胸を張って答えた。「なかなかいい表現だと思うのですが」

「フラジョさん、私があなたのお父上を初めてお世話したのは四十年前のことでした。あれくらい相応しい人はいませんでしたよ。あなたに引き継いでもらったんです。私の訴訟問題で一万リーヴルくらいは稼いだでしょう。きっとまだ稼ぐつもりなんでしょうね」

「書き留めろ、すべて書き留めるんだぞ」フラジョは直ちに見習いに命じた。「これは証言だ、証拠だぞ。追記部分に組み込んでおこう」

「悪いんですけどね」と伯爵夫人が口を挟んだ。「訴訟書類をお返し下さい。もうあなたのことは信用いたしません」

 フラジョ先生は突然の解雇に、雷に打たれたように呆然としていたが、神に告解している殉教者のように、打たれながら立ち直った。

「そうですか! ベルナルド、訴訟書類をお返ししろ。それからこの事実を書き留めておくように。請願者は財産よりも信念を選んだ、と」

「失礼だが伯爵夫人」ここで元帥がド・ベアルン夫人の耳元に擦り寄った。「しっかりと考えてはいないようにお見受けしましたが」

「何のことですか?」

「訴訟書類をこの正直者から取り返しましたが、どうしてそんなことを?」

「別の検事や辯護士のところに持って行くからですよ!」

 フラジョ先生は批判を甘んじて諦めたように悲しげな笑みを浮かべて天を仰いだ。

「しかしですな」元帥はなおも伯爵夫人の耳元で囁いた。「裁判所が何も審理しないと決めた以上は、ほかの検事に出来ることもフラジョ先生とさして変わらないと思いますが……」

「みんな一枚岩だと?」

「いやはや! まさかフラジョ先生が一人きりで抵抗して、自分だけ事務所を失うほど間抜けだと思っているのですか? 同業者たちが同じように行動するからに違いなく、つまり後ろ盾があるからに決まっておりましょうに」

「ではあなたはどうなさるんですか?」

「フラジョ先生は正直者だと申し上げました。訴訟記録もわしのところにあるより先生のところにあった方が意味があるでしょう……ですからもちろん、訴訟が続けられているのと同じように、お金を払い続けるつもりです」

「気前がいいという評判ももっともですな、元帥閣下!」フラジョ先生が声をあげた。「私もその評判を広めることにいたしましょう」

「それは痛み入る」リシュリューは頭を下げた。

「ベルナルデ! ド・リシュリュー元帥閣下の讃辞を結論部分に付け足しておきなさい」

「いやいや、お願いですから……何をなさるおつもりかな? 善行と言われるものは秘密にしておくに限ります……わしは否定しますが、お気を悪くなさらんで下され。何分、わしのような控えめな人間は傷つきやすいものでして……はて、伯爵夫人、何と仰いました?」

「私の訴訟は審理されますと言ったんですよ……裁判はおこなわれなくてはなりませんし、おこなわせてみせますとも」

「あなたの訴訟が審理されるようなことがあるなら、それは国王はスイス衛兵と近衛聯隊と大砲二十門を大広間に配置・配備した時でしょうね」挑発的なフラジョ先生の態度が、老婦人にとどめを刺した。

「陛下が切り抜けられるとは考えておらんのですかな?」リシュリューがフラジョに耳打ちした。

「不可能です、元帥閣下。これは非常事態です。フランスにはもはや正義はありません。パンがないのと同様です」

「そうお思いですか?」

「ご覧いただけますよ」

「だが国王は立腹されるでしょうな」

「何物であれ毅然とした態度を取るつもりです!」

「たとい追放されても?」

「たとい死んでも! 法服を着ても、心は失っておりません」

 フラジョ氏は力強く胸を叩いた。

「これは確かに内閣には凶報ですな」リシュリューは連れの老婦人に話しかけた。

「ほんとですよ」老伯爵夫人はしばらくしてからようやく口を開いた。「私にとってはひどい悲報です。何が起こっても参加も出来なければ、こんないざこざから何の得るところもないんですから」

「失礼ながら、この問題に手を差し伸べてくれるかなりの権力者も世の中には存在しますぞ……お知りになりたくはありませんかな?」

「知りたいですよ、その人の名前を聞きたくないわけないじゃありませんか」

「あなたの代子です」

「まあ! デュ・バリー夫人ですか?」

「その通り」

「そうですね……思いつきませんでした」

 公爵は口唇を咬んだ。

「リュシエンヌに行かれるおつもりですか?」

「すぐにでも」

「だがデュ・バリー伯爵夫人にも高等法院の抵抗を一掃することは出来ませんぞ」

「訴訟がおこなわれるのが見たいのだと申し上げるつもりです。代母を引き受けて差し上げたんですから、あちらもお断りにはなれないでしょう。夫人は思いの丈を国王にお話しなさるでしょうからね。陛下は大臣にお話しになりますし、大臣は実権をお持ちですもの……フラジョ先生、どうか私の訴訟の準備を整えておいて下さいな。先生が思っているよりも早く訴訟の順番は回って来ますよ。ちゃんとお伝えしましたからね」

 この間、公爵は考え込んでいた。

「リュシエンヌにいらっしゃるのでしたら、わしがよろしく言っていたとお伝えして下さいませんかな?」

「承知いたしました」

「お互い不運な者同士。あなたの訴訟も、わしと同じく未解決のままだ。ご自身ことを訴えるついでに、わしのことも訴えて下され……それから、高等法院の石頭どもがわしにとって不愉快の種だということも証言していただけるでしょうな。リュシエンヌの女神に助けを請うように助言したのはわしだということも、つけ加えていただけますな」

「必ずやお伝え申し上げます、公爵閣下。ではご機嫌よう」

「馬車までお手をお貸しいたします。ではご機嫌よう、フラジョ先生、お仕事ご苦労……」

 元帥は伯爵夫人を馬車までリードした。

「ラフテは正しかったな。フラジョたちは革命をするつもりだ。幸いわしは左右から支えられておる……宮廷の人間であり、高等法院の人間だ。デュ・バリー夫人は政治に嘴を入れて一人しくじることになるだろうが、踏ん張るようなことがあれば、トリアノンに顔を出すことにしよう。やはりラフテはわしの流儀を心得ておるな。大臣になった暁には官房長官にしてやろう」

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『ジョゼフ・バルサモ』 第98章

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第九十八章 デギヨン氏の逆襲

 高等法院の判決がパリやヴェルサイユを賑わせていたその翌日、次に何が起こるのか知りたくて誰もが期待をふくらませていたその翌日、ド・リシュリュー氏はヴェルサイユに出かけてまたいつも通りに過ごしていたのだが、ラフテが手紙を持って部屋に入るのを目にした。秘書が手紙に感じ取っていた不安は、瞬く間に主人にも伝染した。

「また何かあるのか、ラフテ?」

「中に入っているのはあまり嬉しい報せではなさそうです、閣下」

「何故そう思う?」

「手紙の差出人がデギヨン公爵閣下だからでございます」

「ほう? 甥からか?」

「はい、閣下。国王顧問会議の後でお部屋付きの取次がやって参りまして、御前様宛てにとこの封書を手渡したのでございます。十分前からためつすがめついたしましたが、悪い報せだという予感をどうしてもぬぐえませんでした」

 リシュリュー公爵が手を伸ばした。

「見せてくれ。わしは臆病ではない」

「予め申しておきますが、これを手渡す時に取次はあからさまに笑っておりました」

「不吉なことだな。だがまあ見せてくれ」

「さらに取次は、『この手紙を元帥閣下に直ちに届けるように、デギヨン公爵閣下は念を押してらっしゃいました』と言っておりました」

「糞ッ! お前が悪の遣いだと言わせんでくれ!」老元帥はしっかりした手つきで封印を破った。

 手紙を読む。

「顔をしかめてらっしゃいますね」ラフテは手を後ろに回して見つめていた。

「あり得ぬ!」リシュリューは読みながら呟いた。

「重大なことなのでございますね?」

「満足げではないか」

「私は間違っていなかった、とわかりましたものですから」

 元帥は手紙に戻った。

「国王は人がいい」すぐにそう洩らした。

「デギヨン様を大臣に任命されたのですか?」

「それ以上だ」

「ではいったい?」

「読んで意見を聞かせてくれぬか」

 今度はラフテが手紙を読んだ。筆跡も文面もデギヨン公爵自身の手になるものだった。

伯父上

 伯父上の助言が実を結びました。私たち一家の友人であるデュ・バリー伯爵夫人に今回の危難を打ち明けましたところ、国王陛下のお耳に入れようと取りはからって下さいました。陛下に忠実に仕えております私に対して高等法院が粗暴な仕打ちをおこなったことに、陛下は憤慨していらっしゃいました。本日の顧問会議で陛下は高等法院の判決を破棄なさり、フランス大貴族の職務をこれからも続けるよう私に厳命なさいました。

 伯父上がこの報せにどれほど喜んで下さるか、陛下が本日の会議でどれほど重い決断を下されたか、それがわかっておりますのでこうしてお手紙を差し上げました。秘書に写しを作らせました。世間に知らせる前にお知らせいたします。

 二心ない敬意をお受け取り下さい。これからもお引き立てのうえご忠告をお願いいたします。

 デギヨン公爵

「しかもからかわれておるではないか」リシュリューが声をあげた。

「私もそう思います、閣下」

「国王か! 国王が雀蜂の巣に飛び込むとはのう」

「昨日は信じようとなさいませんでしたね」

「飛び込まぬとは言うておらぬぞ、ラフテ殿。切り抜けるだろうと言うたのだ……どうだ、お前の見るところでは切り抜けたかな」

「高等法院が敗れたというのは事実でございますから」

「それは同感だ!」

「今のところは『ウイ』と申し上げておきます」

「これからもずっと、であろう! 昨日から予感はしておったのだ。お前があんなに慰めるものだから、必ずや不愉快なことが起こるに違いないとな」

「閣下、がっかりなさるのが早すぎるかと存じますが」

「ラフテ先生、お主は馬鹿だのう。わしは敗れたのだ。報いを受けることになろう。リュシエンヌで笑いものになるのがどれほどの屈辱か、お前にはわからぬのだな。今も公爵はデュ・バリー夫人の腕の中でわしをからかっておるのだぞ。ション嬢とジャン・デュ・バリー殿もわしのことを笑いものにしておるだろう。あの黒ん坊も飴をしゃぶりながらわしを嘲笑っているに違いあるまい。糞ッ! 温厚なわしでもこれには腹が立つわい」

「お腹立ちでございますか?」

「そう言ったではないか、腹が立つ!」

「では御前様はああしたことをなさるべきではありませんでした」ラフテは悟ったように返答した。

「そそのかしたのはお前であろう、秘書殿」

「私が?」

「そうだ」

「デギヨン様がフランス大貴族であろうとなかろうと、私には関係のないことでございます。違いますか? 甥御さんも私を巻き込むようなことはなさらないかと存じますが」

「ムッシュー・ラフテ。度が過ぎるぞ」

「四十九年前からそのお言葉を頂戴して参りました」

「それでももう一度繰り返そう」

「四十九年となく、それで安心して参りました」

「ラフテ、そんな風にわしのためにしてくれたなら……!」

「御前様のささやかな感情のためにでございますか、とんでもございません……御前様のように聡明な方は得てして、私のような半可通には思いも寄らないようなぽかをなさるものです」

「どういうことかね、ラフテ。わしが間違っているのなら、それを認めるのはやぶさかではないぞ」

「昨日の御前様は何よりも復讐をお考えだったのではありませんか? 甥御さんに恥を掻かせ、高等法院の判決を手繰り寄せることで、クレビヨン・フィスの言うように犠牲者を震えおののかせようとお考えになっていらっしゃいました。元帥閣下、ああした芝居からは莫大なお金が出てゆきますし、ああした慰みは高くつくものです……御前様は裕福でいらっしゃいます、いくらでもお支払いになればよろしい!」

「お前がわしだったらどうしていたというのだ、ソロモン殿?」

「何も……私だったなら、生きている徴候も見せずにただただ待っていたことでしょう。ですが御前様は、デギヨン様の方が御前様よりも若いことにデュ・バリー夫人がお気づきになった途端、高等法院をデュ・バリー夫人に敵対させるのを迷っておいででした」

 うなり声が元帥の返答だった。

「それに、高等法院がああしたことをしたのは御前様が尻を叩いていたからでございます。そして判決が下されると御前様は、何一つ疑っていない甥御さんに助言をお贈りになりました」

「なるほど見事だ。わしが間違っていたと認めよう。だがお前はわしに警告すべきであった」

「最悪の行動をなさいませぬように、ですか?……私のことを誰かとお間違えではございませんか、元帥閣下。私のことをよく訓練された子分だと誰彼かまわず仰っていらしたではございませんか。それに馬鹿げたことが起きたり厄介ごとが生じるのを、喜んで見ているようなことをまさか望んでらっしゃらないでしょう?」

「では厄介ごとが起こるというのか、魔術師殿?」

「恐らく」

「いったい何が?」

「御前様がこだわっておいでのことです。それにデギヨン様は高等法院とデュ・バリー夫人の橋渡しをなさるでしょう。そうなればデギヨン様は大臣になり、御前様は追放か……またはバスチーユです」

 元帥は怒りのあまり嗅ぎ煙草を絨毯にぶちまけた。

「バスチーユだと!」元帥は肩をすくめた。「ルイ十五世はルイ十四世だと申すのか?」

「そうは申しません。ですがデュ・バリー夫人がデギヨン様の後ろ盾を得たならば、ド・マントノン夫人に匹敵いたしましょう。お気をつけなさいませ! 今はもう飴玉と雛鳥を持って来て下さる王女の方はいらっしゃいません」

「見事な推察だ」しばらく押し黙っていた元帥がようやく口を開いた。「……お前は未来を読んだ。だが現在はどうなのだ?」

「元帥閣下のような聡明な方に助言などいたせません」

「いいから言うのだ、悪ガキ殿。お前までわしをからかっているわけではあるまい……?」

「年数をお間違えでございますよ。四十歳を過ぎた男に悪ガキはございません。私はもう六十七です」

「どうでもよい……早くわしを助け出してくれ……早く!……早く!……」

「助言せよと?」

「したいようにせよ」

「まだその時期ではございません」

「やはりふざけておるな」

「ふざけているのならいいのですが……ふざけられるような状況ということですから……ですが生憎と、ふざけられるような状況ではございません」

「何だその言い訳は。その時ではないと?」

「はい、閣下、まだその時ではございません。国王のお達しがパリに到着してしまっていたなら、何も申しません……ダリグル議長殿(président d'Aligre)に伝令を送るべきだったのではありませんか?」

「馬鹿にされるのが早くなるだけではないか……!」

「くだらない誇りはお捨てになることです、閣下! 聖人すら動揺させることが出来るお方ですのに……私は対英計画を仕上げてしまいますから、御前様は大臣がらみの陰謀を最後まで終わらせて下さいませ。まだ途中ではございませんか」【×聖人を動揺させなくてはならないのですよ……私は英国侵攻の計画を終わらせてしまいましょう、御前様は大臣の陰謀に溺れてしまって下さい。まだ途中までしか終わっておりませんから」

 ラフテ氏の気分が沈んでいることは元帥にはよくわかっていた。ひとたび憂鬱に取り憑かれるや、もはや手もつけられないほど塞ぎ込んでしまうことはよく知っている。

「機嫌を直してくれ。わしがわかっておらなんだとしたら、わからせてくれぬか」

「ではこれからどのように行動するのか、その計画の道筋をなぞることをお望みですか?」

「無論だ。自分のことにすら道筋を立てられんと言われてしまったのだからな」

「そういうことにいたしましょうか。ではお聞き下さい」

「頼む」

「御前様はダリグル様のところに、デギヨン様の手紙をお届けになって下さい」ラフテは淡々と話し始めた。「顧問会議で国王陛下が採用なさいました法令を同封するのをお忘れなく。高等法院が直ちに集まり詮議するまでじっとお待ち下さい。すぐにそうなるはずです。それから四輪馬車に乗って、御前様の検事であるフラジョ先生のところにお立ち寄り下さい」

「何だと?」前日同様、リシュリューはこの名前を聞いて飛び上がった。「またフラジョ先生か! フラジョ先生と来たら何でも出来るようだな。フラジョ先生のところに行って、わしは何をすればいいのだ?」

「フラジョ先生は御前様の検事だ、と申し上げたのです」

「それで?」

「はい、ということは、御前様の書類鞄を……つまり訴訟記録をお持ちです……ですから訴訟について何か進展があったかどうかを確認にいらっしゃればよいのでございます」

「明日か?」

「はい、元帥閣下。明日でございます」

「しかしそれはお前の仕事ではないのか、ラフテ」

「とんでもございません……フラジョ先生がただの役人だった時でしたら、私も対等に交渉することが出来たでしょう。ですが明日からのフラジョ先生はアッティラであり、紛うことなき諸王の鞭でございます。斯かる全能の存在と話し合うには、公爵や大貴族や元帥でもとても足りません」

「それは真面目なことなのか、それともわしらは喜劇を演じておるのか?」

「真面目かどうかは明日になればわかりましょう」

「もう一つ。そのフラジョ先生のところで何が起こるのか教えてくれ」

「遺憾ながら……実は事前に見抜いていたのだと、明日になれば言い張ろうとなさるのではございませんか……おやすみなさいませ、元帥閣下。お忘れなさらずに。ダリグル様に直ちに伝令を送り、明日にはフラジョ先生をお訪ね下さい。住所は……御者が知っております。一週間前から何度も私を乗せて行き来していましたから」

『ジョゼフ・バルサモ』 第97章

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第九十七章 大臣の道のりは薔薇色ではないとわかった次第

 ド・リシュリュー氏の馬は役員たちの馬より速く走った。元帥はデギヨン邸の中庭に一番乗りした。

 デギヨン公爵はもう伯父を待たずに、敵が正体を現したことをデュ・バリー夫人に伝えるため、リュシエンヌに戻る準備をしていた。だが取次から元帥の到着を告げられると、消沈していた機智がまどろみの奥底から甦った。

 デギヨン公爵は伯父の前に出ると、恐れの分だけ愛情を水増しして手を握った。

 リシュリュー元帥もそれに倣った。感動を誘う光景であった。しかしながらデギヨン氏が急いで説明を始めようとすると、元帥はそれを全力で押しとどめた。曰く絵なり銅像なりタペストリーを見ているから、曰く死ぬほど疲れているからと愚痴をこぼして。

 スペイン継承戦争の折りに、ド・ヴィラール氏がオイゲン大公をマルシエンヌで包囲したように、デギヨン公爵は伯父の退路を断って攻撃を始めた。

「伯父上、フランス一の切れ者であるあなたが、私のことを誤解なさっているというのは本当ですか? それも私たち二人のために動こうとしないからだとお信じになったせいで?」

 リシュリューは尻込みするのをやめて、強気に出た。

「それがどうした。わしがお前を誤解しているかどうかで、何か変わるのかね?」

「伯父上は私に腹を立ててらっしゃる」

「それはまたどうして?」

「逃げるのはなしですよ、元帥閣下。お会いしたい時にはいつも、避けられてしまうという事実に尽きます」

「天地神明に誓って、わからんな」

「では説明いたしましょう。国王が伯父上を大臣に任命なさろうとしなかったために、私が近衛騎兵隊を拝受した際、自分が見捨てられ裏切られたとお感じになったのではありませんか。あの伯爵夫人は伯父上に好感を抱いていらっしゃいますが……」

 ここでリシュリューは耳をそばだてたが、それは甥の言葉にだけではなかった。

「伯爵夫人がわしに好感を抱いていると申すのか?」

「証明できます」

「ああ、いや、反論はせぬよ……わしに肩を貸してもらうために送り込んだのだからな。お前はまだ若い、故にまだ強い。お前は成功し、わしは失敗した。それが世の習いではないか。どうしてお前が気後れしておるのか、とんとわからぬな。わしのために働いていたのなら、いくらでも見返りがあるだろうし、わしを裏切っておったなら、その強欲のしっぺ返しをするまでだ……そのために説明するのではないのか?」

「確かにそうですが……」

「まだまだひよっこだな。身分は申し分ない。フランス大貴族、公爵、近衛騎兵隊の指揮官、六週間後には大臣になる。度量が狭くてはいかんぞ。上に立つ者は人や罪を赦すものだ。考えてみよ……わしは譬え話が好きでな……わしらが二頭の驢馬であると思ってみよ……そこで聞こえたのは何じゃ?」

「何でもありません。続きをお聞かせ下さい」

「いや、中庭で馬車の音がしたぞ」

「伯父上、やめないで下さい。あなたのお話ほど面白いものはありません。私も譬え話は好きな方です」

「よかろう、わしが言いたかったのはな、栄耀を誇っている間は、面と向かって非難されることもないし、妬みや恨みを恐れる必要もないということだ。だがへまをしたりつまずいたりしようものなら……気をつけるがいい、途端に狼に襲われるであろう。だがそれより、先ほど申したように、控えの間で音がするではないか。どうやら誰かが大臣の任命状を届けに来たかな……伯爵夫人が閨房で一肌脱ぐことになるのだろう」

 取次が入室した。

「高等法院役員の方々がお見えになりました」不安そうに伝える。

「ほほう!」リシュリューが声を洩らした。

「高等法院役員がここに?……何の用だろう?」デギヨン公爵は伯父の笑顔を見ても不安をぬぐえなかった。

「国王の御名において!」控えの間の奥から声が響いた。

「おやおや!」リシュリューが声をあげた。

 デギヨン氏は真っ青になって立ち上がり、戸口まで行って自ら二人の役員を招き入れた。その後ろには二人の取次が泰然として控え、さらに向こうには従僕が集まっておどおどとしている。

「何の用です?」とたずねたデギヨン公爵の声は震えていた。

「畏れながらデギヨン公爵閣下ですか?」役員の一人がたずねた。

「デギヨン公爵に間違いない」

 すると役員は深々とお辞儀をし、ベルトから正式な令状を抜き取り、はっきりとした声で読み上げた。

 それは詳細かつ完全な判決であった。それによるとデギヨン公爵はその名誉を汚す嫌疑及び事実によって厳重に取り調べられ罪に問われ、王国の大貴族としての職務を停止されていた。

 デギヨン公爵は雷鳴に打たれたように呆然として、令状が読み上げられるのを聞いていた。台座の上の銅像ほどにも動くことが出来ず、差し出された令状をつかむために手を前に出すことさえ出来なかった。

 令状をつかんだのはリシュリュー元帥であった。デギヨン公爵と同じく立ってはいたが、固まったりはせずにきびきびと足を運んで、令状を読んでから役員たちにお辞儀を返した。

 デギヨン公爵がまだ茫然自失から立ち直れずにいるうちに、役員たちは遠ざかっていた。

「何とも手ひどい攻撃だったな! 屈辱的なことに、お前はもうフランス大貴族ではないらしい」

 公爵が伯父を振り返った。ようやくその瞬間になって、魂と脳みそが正気に戻ったようだった。

「予想もしておらなんだようだな?」

「では伯父上は?」

「高等法院が国王の寵臣や寵姫に激しい攻撃を仕掛けるつもりなのを予想しろなどと、無茶を言うな……寵臣たちも木っ端微塵だな」

 デギヨン公爵は腰を下ろし、焼けるような頬に手を当てた。

「しかしあれだな」老元帥はなおも傷口深く刃を突き立てた。「近衛騎兵隊の指揮官に任命されたことで大貴族の地位を剥奪されたのだとしたら、大臣に任命された日には身柄を拘束されて火あぶりにされてしまうぞ。高等法院はお前を憎んでいる。用心するがいい、デギヨン」

 デギヨン公爵はこのひどい嘲笑に、英雄的な力でもって耐えた。災難が公爵を強くし、魂を浄化していた。

 リシュリューの方では、こらえたのは冷淡で愚鈍だからであり、それほど刃が深くは刺さらなかったのだと考えた。

「もはや大貴族ではないのだから、法官たちの憎しみに晒されることもさしてあるまい……数年の間は日陰で暮らせ。もっとも、願ったわけでもないのに日陰の方からやって来たわけだが、お前にとっては守り神だ。大貴族の地位を失っては、大臣になるのは難しかろう。厄介ごとから救われたのだ。それでも戦いたいというのなら、お前にはデュ・バリー夫人がいる。伯爵夫人に気に入られているというのは大きな支えだぞ」

 デギヨン氏が立ち上がった。老元帥から苦痛をこうむったばかりだというのに、怒りの眼差しを向けることさえしなかった。

「仰る通りです、伯父上」と答えた声は落ち着き払っていた。「最後の助言はさすがと言うほかありません。あなたがご紹介下さったデュ・バリー伯爵夫人なら。私について極めて好意的かつ情熱的に仰った話の内容は、リュシエンヌ中の人間が証言できます。デュ・バリー夫人なら私を守って下さるでしょう。神の恩寵により、あの方は私を好いて下さっています。勇敢な女性ですし、国王陛下のお心に力を及ぼすことが出来る。助言を感謝いたします。救済の地と信じて駆け込むことにいたします。馬を! ブルギニョン、リュシエンヌまで!」

 元帥は笑いかけたまま止まっていた。

 デギヨン氏は伯父に向かって恭しくお辞儀をし、不思議がっている伯父を残して応接室を離れた。残されたリシュリュー元帥としても、デギヨン氏の気高く瑞々しい肉体に咬みついていた執念から梯子を外された恰好だった。

 その夜、パリっ子たちは一万部の判決文を町中で奪い合って読んだ。その熱狂のうちに、老元帥はかろうじて慰めを見出した。だがラフテがその晩の首尾を確認しに来た時には、溜息を洩らすことを止められなかった。

 だがラフテは口を閉ざすことなく話しかけた。

「では攻撃はかわされたのですか?」

「ウイでありノンだ。だが傷は深くない。抜かりがあったと自分を責めるよりはましなものが、トリアノンにはある。わしらは二羽の兎を追っていた……何と馬鹿げた騒ぎだったか……」

「なぜですか? 『まし』よりいいものが掌中ではないのですか?」

「考えてもみよ、人が最善のものを手にすることなどないのだ。手にしていないからこそ、別のもの、つまり差し当たり手にしているものを利用するのだ」

 ラフテが肩をすくめたが、ド・リシュリュー氏は咎めなかった。

「デギヨン氏は切り抜けられるとお思いでしょうか?」

「国王は切り抜けると思うか?」

「国王には何処にでも逃げ場がございますから。ですが問題は国王ではないのではございませんか」

「国王の行くところ、デュ・バリー夫人も離れずについて行く……デュ・バリー夫人が行けば、デギヨンもついて行くだろう……デギヨンは……だがお前は政治のことがわかっておらぬよ、ラフテ」

「閣下、フラジョ先生は別の考えをお持ちでございます」

「そのフラジョ先生は何と言ったのだ? そもそも何者だね?」

「検事でございます、閣下」

「それで?」

「はい、フラジョ氏は国王ご自身も逃げられないだろうと仰いました」

「ほほう! では誰がライオンを止めるのかな?」

「閣下、それは鼠でございましょう!……」

「フラジョ先生か、いやはや!」

「仰せの通りでございます」

「信用しているのだな?」

「悪さを請け合う検事なら誰でも信用しております」

「ではラフテ、フラジョ先生のお手並み拝見といこうか」

「私も同じことを考えておりました」

「では寝る前に夜食を摂ろう……わしの甥が可哀相にもはやフランス大貴族ではなく、やがて大臣でもなくなるのだと思うと、やりきれんわい。わしが伯父であろうと、なかろうとな」

 ド・リシュリュー氏は溜息をついてから、笑い出した。

「ですが御前様は大臣に必要なものをちゃんと持っていらっしゃいます」とラフテが答えた。

『ジョゼフ・バルサモ』 第96章

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第九十六章 高等法院

 こうしたちっぽけな陰謀がトリアノンの菩提樹の下や花壇の中で温められ孵され、小さな世界の虫けらたちにごたごたした生活を提供している間にも、いみじくもジャン・デュ・バリー氏が神話になぞらえて妹に書き送ったように、町では巨大な陰謀が、不穏な嵐が、テミスの宮殿の上に大きな翼を広げていた。

 高等法院、即ちかねてよりフランスに敵対している勢力の残党は、気まぐれなルイ十五世のお膝許で足を休めていた。だが彼らの庇護者であったド・ショワズール氏が失脚して以来、危険が近づいているのを感じ、状況の許す限り全力でその危険を払いのけようと心がけていた。

 一つの大きな昂奮の渦となって高等法院を燃え立たせていたのは、一つの問題であった。それはあたかも軍隊による大きな戦役が一人きりの狙撃兵の投入から始まるのにも似ていた。

 ド・ラ・シャロテ氏がデギヨン氏に立ち向かったことは、封建制度に対する第三身分の戦いを体現しており、そうとなったら輿論はそれを手放さず、問題がはぐらかされることも許さなかった。

 ブルターニュの高等法院を始めとしてフランス中の高等法院は多少なりとも素直で忠実な建言を大海の如く申し立てていたのだが、デュ・バリー夫人から働きかけられた国王は、つい先だって、封建制度に対して第三党と対立するお墨付きを与えていた。近衛軽騎兵隊の指揮官にデギヨン氏を任命したのである。

 ジャン・デュ・バリー氏の言い回しは正鵠を射ていたと言っていい。それは高等法院の椅子に坐っている敬愛と忠誠の念深き議員たちに対する、荒っぽいびんたであった。

 このびんたはどのように受け止められるのだろうか? それが宮廷や町で毎朝日の出と共に問いかけられる疑問であった。

 高等法院の構成員は抜け目ない人々であったので、ほかの人々が困惑している場合でも、物事をはっきりと見極めていた。

 まずはびんたの事実とその結果について、各人が意見の一致を見た。それからびんたが繰り出されたことと喰らったことを確認してから、以下の決定を下した。

 高等法院裁判所は前ブルターニュ総督の政策について審議し、また意見を述べるものとする。

 だが国王はこの攻撃をかわすために、重職貴族や王族に禁令を出した。裁判所に赴いてデギヨンに対する討議に出席することが禁じられ、重職貴族たちはそれに従った。

 そこで高等法院は自ら事を為すことを決め、判決を下した。その判決の中では、デギヨン公爵が嫌疑をかけられ厳しく取り調べられ罪に問われたこと、さらにはその名誉を汚したという事実、(代わるものなど何一つない)王国の法令と勅令によって定められたしきたりと流儀に則り貴族院で下された判決により、その名誉を貶めている非難と嫌疑を晴らすまでは議員の資格を解かれたこと、以上のことが主張されていた。

 だがそうした判決は、高等法院の法廷において関係者の前で下され、議事録に記録されただけだった。世間に知れ渡らなくてはならない。未だかつてフランスで小唄が巻き起こせるとは思えなかったような騒ぎが必要だった。小唄を人や事態の支配者に変えるほどの騒ぎが必要だった。高等法院の判決に小唄と同じ力を与えなくてはならない。

 パリは騒ぎに飛びつくことしか求めていなかった。裁判所にも高等法院にもほとんど興味を示さずに、いつでもかっかとしていたパリは、百年来落とされて来た涙の種に代わって笑いの種を待ちかねていた。

 そこでこの判決は然るべく下された。高等法院は目の届くところでそれを印刷させるべく役員を任命した。一万部が印刷され、速やかに配られた。

 それから、裁判所がしたことを主要な関係者に知らせることが決まりだったので、同じ役員たちがデギヨン公爵の邸に判決文を届けた。デギヨン氏は緊急の会談のためパリに戻っていたところだった。

 この会談こそほかでもない、公爵と伯父である元帥との間で不可欠となった忌憚のない率直な話し合いであった。

 ラフテの努力の甲斐もあって、ド・ショワズール氏の大臣職に関する国王の仰せに、気高くも老元帥が歯向かったことは、一時間でヴェルサイユ中に知れ渡っていた。ヴェルサイユのおかげで、パリやフランスの何処ででも同じ情報が周知のものとなっていた。その結果、ド・リシュリュー氏は数分前から人気者になっており、そのためデュ・バリー夫人と甥っ子には政治的な思惑から顔をしかめてみせていた。

 既に嫌われ者であるデギヨン氏にとって状況はかんばしいものではない。元帥は人から憎まれてはいたが恐れられてもいた。それというのもルイ十五世治下で尊敬され重んじられていた貴族というものの生き証人であったからだ。元帥は極めて頭の回転の速い人物であったので、方針を決めた後でも、状況が許すなりそこから名案が浮かんで来るなりした時には、容赦なくその方針を引っ込めることが出来た。いわばリシュリューは、いつまでも衰えを知らない厄介な敵だったのである。不意打ちのようなことをおこなうために、決まって敵意の最悪の部分を手控えているものだから、なおさらであった。

 デギヨン公爵はデュ・バリー夫人との会見を終えて以来、鎧に二つの瑕を負っていた。リシュリューが平静な仮面の下に恨みと復讐の思いを忍ばせていることなどすっかりお見通しであったので、荒天時に為すべきことを為した。勇気を出して乗り込んで行った方が危険の少ないことはよくわかっていたので、大砲を使って竜巻を霧散させた。

 手始めに重大な話し合いをすべく、あちこち伯父を探そうとした。だが元帥の方でもそれは先刻承知であったので、難しいことではなかった。

 進軍と退却が始まった。甥の姿を目にするや、元帥は勝ち誇ったような顔を見せつけて、あっという間に人垣を作ってしまい、どんな会話も不可能になった。いわば元帥は難攻不落の砦に籠もって、敵を迎え撃っていた。

 デギヨン公爵は竜巻を吹き飛ばした。

 下手な小細工はせずヴェルサイユの伯父の家に乗り込んだ。

 だが中庭側の窓で見張っていたラフテが公爵のお仕着せに気づき、それを元帥に知らせた。

 公爵が元帥の寝室まで入り込んだところ、そこにはラフテがいて、秘密めかした笑みを浮かべながら、伯父上様は外で夜を過ごしております、と「不注意にも」口を滑らせた。

 デギヨン氏は口を結んで引き下がった。

 自宅に戻ると元帥に宛てて面会を願う手紙を書いた。

 元帥は返事を躊躇うことなど出来なかった。返事をするのであれば面会を拒むことなど出来なかったし、面会を認めるとすればどうやって話し合いを拒めるというのだろう? デギヨン氏は腹黒い目的をにこやかな態度の裏に隠している物腰柔らかな刺客のようだった。地面に頭を擦りつけて標的を連れ込むや、情け容赦なく喉を切り裂く刺客である。

 元帥は状況を見誤るほど自惚れてはいなかったし、甥の力をよく知っていた。顔を合わせてしまえば、敵は許しを請うか譲歩を迫るだろう。だがリシュリューは決して許しはしないし、敵に譲歩を示すことは政治的に致命傷になる。

 そこでデギヨン氏の手紙を受け取ったリシュリューは、数日間パリを離れていたふりをした。

 この点について相談されたラフテは、以下のような助言をした。

「私共はもうすぐデギヨン様を破滅させることになります。高等法院の方々が活動しております。デギヨン様がそれに気づかれて、爆発前に御前様を捕まえることが出来ましたなら、最悪の場合には協力するという約束を御前様からお取りつけなさるでしょう。いくら恨みが強いといっても、御前様は一族の利益を前にして素通りさせることなど出来ない方でございますから。その反対にお断りになりますと、デギヨン様は御前様を最低の敵呼ばわりしてお発ちになるでしょうが、痛みの原因がわかれば、たとい傷は癒えなくとも痛みは和らぐものでございます」

「その通りだな。だがいつまでも隠れている訳にはいくまい。爆発まで何日ぐらいを見ておる?」

「六日でございます、閣下」

「確かか?」

 ラフテはポケットから高等法院評定官の手紙を取り出した。それには以下の二つの文章が書かれてあった。

 判決が下されることが決まった。最終期限は木曜日になった。

「単純明快だな。お前の手で言伝を添えて公爵に手紙を送り返してくれぬか」

公爵閣下

 元帥閣下が×××にお発ちになったことをお伝え申し上げます。元帥閣下は少しお疲れのため、空気を変えることが必要だと担当医が判断なさったのでございます。過日お話し下さいましたことより判断いたしまして、元帥閣下との会談をご希望でございましたなら、木曜日の晩には×××よりお戻りになってパリの館でお休みになっている予定であることをお伝え申し上げます。間違いなくそこでお会い出来るはずです。

「では木曜日まで何処かに匿ってくれ」

 ラフテは指示の一つ一つを忠実に実行した。言伝を書いて送り届け、隠れ場所を見つけさせた。ところがド・リシュリュー公爵はひどく退屈して、ある晩トリアノンまでニコルと話しに出たのである。何も危険はなかった、というか、何も危険はないと信じていた。デギヨン公爵はリュシエンヌだと承知していたからだ。

 こうした企みの結果、仮にデギヨン氏が何かに気づいたとしても、少なくとも敵の剣に直面するまでは忍び寄る攻撃を予期することは出来なかったであろう。

 待ちに待った木曜日が訪れた。姿を見せない敵とついに相まみえてしのぎを削るのだという期待を抱きながら、デギヨン氏はヴェルサイユを後にした。

 先ほど述べたように、それは高等法院が判決を下した日だ。

 静かなうねりだったが、パリっ子にはすべてお見通しだった。波の高さならよく知っている。デギヨン氏の四輪馬車が通った街路には、パリっ子たちが溢れていた。

 だがデギヨン氏に気づいた者はいなかった。用心を怠らず、お忍びに出かけるように紋章なしの馬車に二人の密使を乗せて走っていたからだ。

 人々が慌ただしくあちこちでビラを見せ合い、腕を激しく振り回しながらそれを読み上げ、地面に落ちた砂糖に群がる蟻のようにひとかたまりになって行列を作っていた。だがまだ狂乱は危険なほどではない。人々は麦税のことやオランダ新聞の記事のこと、ヴォルテールの四行詩や、デュ・バリー夫人やド・モープー氏を囃す小唄のことを話すために、こうして集まっていた。

 デギヨン氏は真っ直ぐド・リシュリュー氏の邸に向かった。邸にはラフテしかいなかった。

「先ほどから元帥閣下をお待ちしているのですが、恐らく替え馬が遅れて市門で足止めを食っていらっしゃるのかと存じます」

 デギヨン氏は不機嫌な顔で、待つことを伝えた。言い訳をつかまされて、またもや負けを喫するとは。

 元帥閣下がお戻りになって、デギヨン様をお待たせしていることがわかろうものなら、きっとがっかりなさるでしょう、という返事を聞いた時にはさらにひどい気分になった。元帥閣下は初めの予定通りにはパリでお休みになれそうもございませんし、田舎から一人で戻るわけではありませんし、邸で新しい報せを受け取るためだけにパリを通り過ぎることになるでしょう。ですからデギヨン様はご自宅にお戻りになるべきかと存じます。そうすれば通りすがりに元帥閣下がお立ち寄りになれますから。

「いいか、ラフテ」デギヨン氏ははぐらかすような答えに顔を曇らせた。「お前は伯父の良心だ。正直な人間として答えてもらおう。私は遊ばれているな、違うか? 元帥閣下は私と会う気はないのだろう? 口を挟むな、ラフテ。お前からはこれまでに何度も助言を仰いで来た。今後とも機会があれば私はお前の味方だ。私はヴェルサイユに戻らねばならないのか?」

「公爵閣下、名誉に誓って申し上げます。今から一時間以内に、元帥閣下はご自宅にお伺いいたします」

「ではここで待っていても変わらぬではないか。どうせここに来るのだ」

「恐れながら申し上げますと、閣下はここに一人でいらっしゃるのではございません」

「わかった……信用しよう」

 そう言うと公爵は、夢見がちではあるが同時に貴族的で気品のある様子で立ち去った。甥が立ち去ると、気品などまるでない元帥がガラスの嵌った小部屋から顔を出した。

 元帥はにやりとした。カロが『サン=タントワーヌの誘惑』で描いた醜い悪魔のような笑顔だった。

「疑われてはおるまいな、ラフテ?」

「まったく問題ございません」

「今は何時だ?」

「時間は問題ではございません。シャトレの代理人が来るのを待たなくてはなりません。役員たちはまだ印刷所です」

 ラフテの話が終わらぬうちに、従僕が秘密扉を開けて垢だらけの醜い真っ黒な人物を通した。デュ・バリー氏であれば激しい嫌悪感に任せて鮮やかに描写してみせたことだろう。

 ラフテは元帥を小部屋に押し戻し、笑顔でこの男を出迎えた。

「あなたでしたか、フラジョ先生! ようこそおいで下さいました」

「あなたのためなら、ド・ラフテさん。すべて終わりました!」

「印刷したのですね?」

「五千部印刷しました。最初に刷った分は既に町に出回っています。残りは乾かしている最中です」

「何てことだ! 元帥閣下の家族はがっかりなさることでしょうね!」

 フラジョ氏は答えを避けるために、言いかえるなら嘘をつくのを避けるために、大きな金属容器を取り出し、そこからスペイン煙草をゆっくりとつかみ取った。

「それからどうしました?」ラフテがたずねた。

「台本通りですよ。役員の方々は印刷と頒布に満足すれば、印刷屋の前に待たせておいた四輪馬車に乗って、デギヨン公爵に判決を知らせに行くでしょうよ。幸か不幸かは知りませんがね、デギヨン氏はパリの自宅にいますから、本人と話が出来るという手筈です」

 ラフテが唐突に手を伸ばして棚から大きな訴訟袋をつかんで、フラジョ先生に手渡した。

「あなたに申し上げていた書類がこれです。元帥閣下はあなたの智識を信頼なさって、この事件を委ねました。あなたにとっても悪い依頼ではなかったはずです。デギヨン様とパリ全権高等法院の嘆かわしい対立に労を執って下さったことを感謝いたします。あなたの有益な助言に感謝いたします!」

 そしてそっとではあるがさり気なく急いで、書類の重さに大喜びしているフラジョ先生を控えの間に連れ出した。

 すぐに元帥が独房から抜け出した。

「さあ馬車だ! 見世物に間に合いたいなら無駄にしている時間はないぞ。役員たちの馬に負けぬように急いでくれ」

『ジョゼフ・バルサモ』 第95章

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第九十五章 人の喜びは他人の絶望

「どうも、お嬢様。あたしです」ニコルは無邪気に挨拶をしたが、アンドレの性格を知っていたので不安はぬぐえずにいた。

「ニコル! いったいどうしたの?」アンドレは羽根ペンを置いた。こうして始まった会話を続けるにはその方がいい。

「お嬢様に放っておかれたものですから。あたしも来ちゃいました」

「放っておいたのにはそれなりの理由があるのよ。誰の許しを得てここに来たの?」

「そりゃあ男爵様ですよ、お嬢様」ニコルは美しい両眉を不満そうに寄せた。眉はラフテの努力のおかげで黒くなっている。

「お父様があなたをパリに。でもわたくしには必要ないわ……戻っていいわよ、ニコル」

「そんな……お嬢様には未練がないんですか……もっと喜んでもらえると思ってましたのに……だったらお好きなようにして下さい。そんな風にしたいんなら構いません!」ニコルは醒めたようにつけ加えた。

 そして努めて目に涙を浮かべてみせた。

 この非難に込められた気持と感情は、アンドレの同情を引くには充分だった。

「わたくしはここでお世話になっているし、食べる口を増やして王太子妃殿下にご迷惑をかける訳にはいかないの」

「そんなに大口じゃありませんよ!」ニコルはにっこりと笑って見せた。

「そういうことじゃないのよ、ニコル。あなたはここにはいられないわ」

「それって似ているからですか? ちゃんと顔を見て下さい、お嬢様」

「そういえば何だか変わったみたいね」

「そのはずですよ。フィリップ様に役職を下さった貴族様が昨日いらっしって、お嬢様に小間使いがいないのを男爵様が悲しんでいるのをご覧になって、あたしの金髪を黒く変えることほど簡単なことはないって仰ってたんです。その方があたしを連れて来て下さって、髪を整えさせて下さって、だからあたしはここにいるんです」

 アンドレは微笑みを浮かべた。

「随分と心配してくれるのね。そんなにトリアノンに閉じこもりたいの? わたくしが囚人同然だからって」

 ニコルは素早く、だが念入りに周囲を確認した。

「この部屋は薄暗いですけど、いつもここにいる訳じゃありませんよね?」

「わたくしはそうだけど。でもあなたは?」

「あたしですか?」

「王太子妃殿下のサロンにも行けないし、遊んだり散歩したりお喋りしたりすることも出来ないし。ずっとここにいて、死ぬほど退屈するんじゃないかしら」

「ああ、でも窓がありますから。扉の隙間しかなかったとしても、一部だけならちゃんと見ることは出来ますし。こっちから見えるんなら、向こうからも見えるでしょうし……あたしにはそれで充分です。あたしのことは気になさらないで下さい」

「でもね、ニコル。命令もないのに勝手に出来ないの」

「誰の命令ですか?」

「お父様よ」

「それが条件ですか?」

「ええ、それが条件よ」

 ニコルは胸当てからド・タヴェルネ男爵の手紙を取り出した。

「どうぞ。あたしがお願いしても尽くしても駄目だって言うんでも、この推薦状なら大丈夫じゃないんですか」

 アンドレは以下のような手紙を読んだ。

 わしは耳にしたし人からも言われたが、アンドレ、お前はトリアノンで身分に相応しい扱いを受けておらぬそうだな。本来であれば女中二人と従僕一人が必要なのだぞ。わしに年収二万リーヴルが必要なのと同じことだ。しかしわしは千リーヴルで満足せねばならん。お前もわしに倣ってニコルで我慢しろ。ニコル一人で必要な召使い全員分の働きをするであろう。

 ニコルはてきぱきしておるし、智恵が回るし献身的だ。当地の作法もすぐに身につけるであろう。ニコルのやる気を奮い立たせるのではなく、やる気を抑えておくように気をつけるがいい。わしが犠牲を払っているなどとはゆめゆめ思わんでくれ。そんなことを思った時には陛下のことを考えるのだ。お前を見た陛下は親切にもわしらのことを考えて下さった。友人から聞いたところでは、お前が身なりや体裁に困っていることにも気づかれたそうじゃ。そのことを忘れるな、大事なことじゃぞ。

 最愛の父より。

 この手紙のせいでアンドレは痛ましいくらい途方に暮れた。

 こんな風に取り立ててもらってまで、瑕としか思えない貧しさに追いかけられなくてはならないとは。貧しいことが汚点のように忌まわしかった。

 怒りのあまり羽根ペンを折り、書きかけの手紙を破りかねないほどの勢いで、フィリップが全面的に賛成していた哲学的無私を長々と書き連ねようとした。

 だが書き上げたものを読んでいるうちに、男爵の皮肉な笑いが見えたような気がして、意気込みはたちまちしぼんでしまった。そこでトリアノンからの報せを一段落つけ加えることで反論に代えることにした。

 お父様、ニコルが先ほど到着しました。お父様のお気持はありがたく受け取ります。ですけどニコルについて書かれたことにはがっかりしました。こんな田舎娘を小間使いとして置いておくことが、豪華な宮廷で独りぼっちでいることより滑稽でないとでもいうのでしょうか? ニコルはへりくだったわたくしを見てがっかりするでしょうし、不満を抱くことでしょう。従僕たちが威張っているかへりくだっているかは、主人が贅沢か質素かによるのですもの。陛下がお目を留めて下さったことについては、残念ですけれど陛下はあまりにも気のつかれる方ですから、わたくしが貴婦人として失格なのをご覧になってもご機嫌を損ねられないのです。おまけに陛下はお優しい方ですから、お父様のお名前やお務めが誰の目から見ても認められるように状況を変えない限り、わたくしの窮状を指摘したりあげつらったりなさることが出来ないのです。

 これがアンドレの返事であった。この無邪気な誇り高さが誘惑の魔の手に容易く勝利を収めたことは認めねばなるまい。

 アンドレはもはやニコルのことであれこれ言わずに、引き取ることにした。ニコルはそうなる理由もちゃんとわかっていたので、欣喜雀躍して直ちに控えの間に面した右の小部屋に小さな寝台を用意した。その部屋のものはすべてが小さく、軽やかで、洗練されており、この質素な部屋にいればアンドレに迷惑をかけることはなさそうだ。ペルシアの賢者が水をたたえた花瓶に薔薇の葉を落としたのを真似ようとでもするかのように、中身を溢れさせずにものを詰め込めることを証明したがってでもいるようだった。

 アンドレは一時頃になるとトリアノンに向かった。いつもより急ぐことも着飾ることもなかった。ニコルはいつも以上に張り切っていた。心遣いも気配りも心積もりも、何一つとして抜かりはない。

 ド・タヴェルネ嬢がいなくなると、ニコルはまるでその部屋の主にでもなったような気持で、こと細かく点検した。手紙から化粧品の一つ一つに至るまで、暖炉から目立たない小部屋の隅々まで、あらゆるものを確認した。

 それが済むと窓から周囲の様子を観察した。

 下では広い中庭で馬丁たちが王太子妃のものである立派な馬の毛を梳いている。何だ、馬丁か! ニコルはそっぽを向いた。

 右側にはアンドレの部屋の窓と同じ並びに窓がいくつも並んでいる。そこからいくつか顔が覗いている。小間使いや床磨きだ。ニコルは馬鹿にしたようにほかに移った。

 正面の広い部屋では音楽家が合唱隊や楽団に、サン=ルイの弥撒のために何度も練習を繰り返させていた。

 ニコルが埃をはたきながら気分よく自己流に歌い出したので、音楽家はそれに気を取られ、合唱隊は歌を間違っても叱られずに済んだ。

 だがニコル嬢の野心の前ではこんな暇つぶしは長くは持たなかった。音楽家と合唱隊が言い合いを始めて互いに誤魔化し始めると、ニコルは最上階の観察に移った。どの窓の閉め切られている。とは言えあれは屋根裏部屋だ。

 ニコルはまた埃をはたき始めた。だが次の瞬間、屋根裏の一つが開かれた。何らかの仕掛けによって人知れず開いた如く、誰の姿も見えない。

 だが誰かがこの窓を開いたのだ。その誰かはニコルを目にしてそのまま見つめ続けたりはしなかった。無礼な奴め。

 これが少なくともニコルの考えたことだ。極めて念入りな観察を続けていたニコルである。この無礼者の顔を観察するのも当然のことだった。アンドレの部屋でおこなっていた作業を後回しにして、窓のそばに戻って屋根裏に目を向けた。いわば瞳を欠いたニコルから視力を奪っている、敬意の欠けた眼差しに目を向けたのである。窓に近づくと人の逃げ出したのが見えたような気がしたが……信じられなかったし、信じなかった。

 逃げ出した人物の背中を改めて目にして、用心していた以上に慌てて戻るくらい驚いているのだと、ほぼ確信した。

 そこでニコルは一計を案じた。カーテンの陰に隠れたまま、疑われるのを防ぐために窓を大きく開けておいたのである。

 長いこと待っていた。ようやくのことで黒い髪が現れ、震えながら飛梁に手を突いて用心深く身体を乗り出すのが見えた。ついにはっきりとその姿が露わになった。ニコルは危うくひっくり返ってカーテンをしわくちゃにしてしまうところだった。

 屋根裏から見つめているのは、ほかでもないジルベール氏の姿ではないか。

 ジルベールはカーテンが震えているのを見て企みに気づき、身体を引っ込めた。

 さらに用心して屋根裏の窓を閉めた。

 ジルベールがニコルを目にしたのは間違いない。ジルベールは驚愕していた。天敵がいることに納得しようとし、姿を見られると怒りと混乱にまみれて逃げ出した。

 以上がこの場面に関するニコルの解釈である。そしてそれは正しかった。確かにそう解釈すべき場面であったのだ。

 現にジルベールにとっては、ニコルに会うくらいなら悪魔に会う方がましだった。ニコルに覗かれているのを見て、言いしれぬほどの恐怖を感じた。ニコルに対しては黴の生えた嫉妬の種を抱えていた。コック=エロン街の庭で秘密を見られてしまっていた。

 ジルベールは恐慌を来して逃げ出した。恐慌だけではなく、怒りに任せて、拳を咬みながら逃げ出した。

 ――だから何だっていうんだ。どうでもいい発見に夢中になってたりして!……恋人がいたところで、糞ったれめ、だからといってニコルがここから追い出されることはないだろう。それなのにあいつがコック=エロン街の出来事を告げ口しようものなら、僕をトリアノンから追い出すことも出来るんだ……僕がニコルを捕まえたんじゃない。ニコルが僕を捕まえたんだ……畜生!

 ジルベールの自尊心が憎しみの火種となって、恐ろしいほどまでに激しく血をたぎらせた。

 ジルベールが願望や熱愛や花々と共に屋根裏から日ごと届けていた空想の数々を、アンドレの部屋に入るなりニコルが悪魔のように笑いながら蹴散らしてしまったのではないか――そんな気がした。それまではそうしたことを考えるのに忙しくて、ニコルのことなど忘れていた。或いはニコルに掻き立てられた恐怖が、そんな考えを吹き飛ばしてしまったのだろうか? 如何とも言い難い。だがこれだけは断言できる。ニコルの姿はジルベールにとって不愉快な贈り物だったと。

 遅かれ早かれニコルとの間には戦端が開かれるだろう。だがジルベールは慎重かつ政治的な人間だったので、自分に有利になるまでは戦争を始めるつもりはなかった。

 だからジルベールは死を装うことにした。何かのきっかけで生き返ることが出来るようになるまでの辛抱だ。或いはニコルが何らかの浅慮や欲求によって、敢えて一歩を踏み出し、せっかくの優位を失うのを待つまでだ。

 だからこれからもアンドレから目も耳も離さずに、警戒も用心も怠ることなく、廊下の一番端の部屋で起こっている出来事を知っておかなくてはならない。ニコルとは一度たりとも庭で出くわしてはならない。

 生憎というほかないが、ニコルは真っ白とは言えない人間である。現在のところはともかくも、過去を見渡せばいつ倒れてもおかしくないほどに躓きの石がごろごろしていた。

 それは一週間後に起こった。夕暮れも夜中も見張っていたジルベールは、ついに柵の向こうに見覚えのある羽根飾りを発見した。ニコルがそわそわと落ち着かなくなった。何を隠そうその羽根飾りは、取り巻きに混じってパリからトリアノンに移って来たボージール氏のものだったのである。

 しばらくの間ニコルはつれなかった。しばらくの間はボージール氏を寒さの中で凍えさせ、太陽の下で溶けるがままにさせた。こうした貞淑な振る舞いに、ジルベールはがっかりとしていた。だがある晩、どうやらボージール氏の身振り手振りも極みに達して説得に成功したらしく、アンドレがド・ノアイユ夫人と館で正餐を摂っている間を利用して、ニコルはボージール氏と一緒になった。ボージール氏は友人である厩舎の責任者を手伝って、アイルランド馬を調教していた。

 二人は中庭から庭園に移動し、庭園からヴェルサイユに通ずる鬱蒼とした並木道に移った。

 ジルベールは恋人たちを追った。さながら足跡を見つけた虎のように、残忍な喜びを感じていた。二人の足取りを数え、溜息を数え、聞こえた言葉を頭に刻みつけた。その結果に満足を覚えたのだと考えるべきであろう。というのもその翌日、あらゆる悩みから解放されたかの如く、ジルベールは屋根裏で鼻歌を歌いながら考えに耽っていた。もうニコルに見られても怖くはない。それどころかニコルの眼差しに立ち向かう気配さえ見受けられた。

 ニコルは恋人の絹手袋を繕っている最中だった。歌声を聞いて顔を上げ、ジルベールを眺めた。

 ニコルが最初におこなったのは、蔑むように口を尖らせることだった。刺々しく口を曲げ、一里先からでも敵意を感じるような……だがジルベールはこの目つきと口撃に笑顔で耐えた。挑発するように振る舞いながら歌を歌い続けたため、ニコルが顔を伏せて赤らめた。

 ――どうやらわかったようだな。僕が望んでいたのはそういうことだ。

 そこでジルベールは同じ動作を繰り返し、ニコルを震え上がらせた。何としてもジルベールと話し合いたい、あの皮肉な視線の重みから逃れたいというのがニコルの思いだった。

 ジルベールはまたもや追いかけらていることに気づいた。屋根裏にジルベールがいると知って、ニコルが窓際で立てている乾いた咳の音を間違えようがない。ジルベールが降りるのか上るのか案じながら、廊下で行ったり来たりしているのだ。

 精神力と行動力のすべてを費やして得た勝利に、喜びを爆発させた瞬間だった。ニコルは油断なく待ちかまえていたので、ジルベールが階段を上ればそれに気づいた。ニコルは声をかけたが、ジルベールは答えなかった。

 ニコルをさらに先へと突き動かしたのは好奇心であろうか、はたまた恐れであったろうか。ある晩、アンドレからもらった可愛いヒールを脱ぐと、思い切って震えながらも素早く軒下に忍び寄った。そこからならジルベールの部屋の出口を見ることが出来る。

 まだ陽が充分に残っていたので、ニコルが近づくのはジルベールには気づかれていた。花壇の繋ぎ目、いや切れ目を通り抜けているのがはっきりと見える。

 ニコルが扉を叩いた。ジルベールが室内にいるのを承知の上だ。

 ジルベールは答えなかった。

 だが誘惑に負けそうだった。許しを得に来た人間にいとも簡単に恥を掻かせることが出来るのだ。毎晩タヴェルネでは一人寂しくじりじり震えながら、扉を凝視し、女狐の魔性の魅力を貪っていたのを思い出した。自惚れに駆られて、閂を外そうとしていつの間にか手を伸ばしていた。いやが上にも慎重になって、押し入られぬように掛けていたというのに。

 ――いや、いけない。罠だ。お願いしに来たのだって、目的や企みがあってのことだ。そうとなったらニコルは何かを手に入れるに違いない。僕の方が何かを失わないとも限らないじゃないか?

 ジルベールは一歩も引かなかった。そうなるとニコルもニコルで一歩も引くまいと、さらに計略を練った。様々な策戦と対抗策の火花が散らされた結果、交戦中の二人はある晩に礼拝堂の入口で偶然出会い、以下の言葉を交わすに至った。

「あら、今晩は、ジルベール。ここにいたの?」

「今晩は、ニコル。じゃあ君もトリアノンに?」

「見ての通り、お嬢様の小間使い」

「僕は庭師見習い」

 ここでニコルが優雅にお辞儀をし、ジルベールも宮廷人のようなお辞儀を返し、二人は別れた。

 ジルベールは屋根裏に戻り、帰宅途中であったかのように振る舞った。

 ニコルは建物から出てそのまま歩いて行った。だがジルベールはこっそりと降りて来てニコルの後を追った。ボージール氏に会いに行くのだろうと見当をつけたのだ。

 案の定、並木道の木陰で待っている人物がいた。ニコルが近寄ったが、大分暗くなっていたのでそれがボージール氏かどうかは、ジルベールには見分けられなかった。羽根飾りがないのも解せない。部屋に戻るニコルは放っておいて、逢い引きの相手をトリアノンの囲いまで尾けることにした。

 それはボージール氏ではなく、年配というよりはむしろ高齢の人物であった。年を取っているにもかかわらず、大貴族の風格があったし、歩き方もきびきびとしている。ジルベールが大胆にも鼻先に触れんばかりまで近づいてみると、その人物はド・リシュリュー公爵だった。

「驚いたな! 指揮官代理の後はフランス元帥か。ニコル嬢も出世したもんだ!」

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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