翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『ジョゼフ・バルサモ』 119・120

第百十九章 逃亡

 ニコルは義理堅い娘であったので、ド・リシュリュー氏から前もってお金を受け取った以上は、何としてでもそれに応えることにした。

 そこでニコルは柵まで一散に駆け出したが、着いた時には七時半ではなく七時四十分になっていた。

 一方のド・ボージール氏は軍規によって時間厳守を培われていたので、十分前から待ちぼうけていた。

 同じく十分ほど前にはド・タヴェルネ氏も娘の許を離れたため、アンドレは一人きりになり、カーテンを閉めていた。

 ジルベールは屋根裏部屋から、アンドレを見つめるというよりは、いつものように貪っていた。ただしその眼差しが愛にきらめいていたのか憎しみに燃えていたのかは如何とも言い難い。

 カーテンを引かれてしまうと、ジルベールにはもう何も見えない。仕方がないので余所に目を向けた。

 余所に目を向けると、ド・ボージール氏の羽根飾りが見えた。待っている手持ちぶさたを紛らそうと、小さく口笛を吹きながら歩き回っている。

 十分後、即ち七時四十分に、ニコルが現れた。ニコルと言葉を交わしたド・ボージール氏は、よくわかったというように首を縦に振り、プチ・トリアノンまで延びている凹んだ並木道まで歩いて行った。

 ニコルの方は鳥のように軽やかにきびすを返した。

「ふうん!」ジルベールが呟いた。「指揮官代理殿と小間使い嬢が人知れずこっそり何かやり取りしていたな。これは面白いぞ!」

 ジルベールはもうニコルには興味がなかった。だがニコルには本能的に敵意を覚えていたので、ニコルに攻撃された場合に備えて返り討ちにしてやれるように、身持ちが悪いという証拠を幾つも集めておきたかった。

 ジルベールの予想では、戦端は間もなく開かれる。だから兵士として準備怠りなく弾薬を集めておくのだ。

 ニコルがトリアノンに来てまで逢い引きしているという事実は、そうした武器の一つになる。ジルベールのように抜け目のない兵士なら放っておくわけがないし、ましてやニコルがやったように敵の足許に武器を落とすような軽はずみなことをしてはなおさらだ。後は目で見た証拠に加えて耳に残る証拠も聞いておきたかった。そういう言葉を拾っておけば、いよいよ決戦という瞬間に、ニコルニコルを破滅させる台詞をぶつけてやれる。

 そこでジルベールは急いで屋根裏から降り、台所の廊下を抜け、礼拝堂の階段を通って庭に出た。庭に出てしまえば何の心配もいらない。草むらの勝手を知ったる狐のように、隠れ場所なら知り尽くしている。

 まずは菩提樹の陰に滑り込み、次いで果樹垣根エスパリエに沿って進んだ。それからニコルがいると見当をつけた場所から二十歩ほど離れた茂みにたどり着いた。

 ニコルは確かにそこにいた。

 ジルベールが茂みに潜り込んだ直後、聞き慣れぬ音が耳に飛び込んで来た。それは金貨が石に当たる音だった。実際に聞いてみないことにはそれがどんな音なのかを正しく想像できないような金属の響きだった。

 ジルベールは蛇のように音も立てずに、リラの生垣で出来た垣根まで移動した。グラン・トリアノンとプチ・トリアノンを隔てているその凹んだ並木道は、五月にはリラの香りが溢れ、通りがかった人に花が揺れて挨拶を送っていた。

 その頃になると目も暗闇に慣れていたので、石畳に立ったニコルが、門の内側のド・ボージール氏から届かないところを選んで、ド・リシュリュー氏からもらった財布を空けているのが見えた。

 幾つものルイ金貨がきらめきながらこぼれ落ちるのを、ド・ボージール氏が目を輝かせ手を震わせて、どうしてこんなものを持っているのかわからないままに、ニコルと金貨をじっと見つめていた。

 ニコルが口を開いた。

「何度も一緒に逃げようって誘ってくれてたよね、ド・ボージールさん」

「それに結婚もね!」指揮官代理はのぼせあがっていた。

「それはまた後でね。今は逃げる話をしましょう。二時間後に出かけられる?」

「お望みなら十分後にだって」

「それは駄目。その前にしなきゃならないことがあって、それには二時間かかるから」

「十分後だろうと二時間後だろうと、言う通りにするとも」

「じゃあ五十ルイ取って」ニコルが五十ルイ数えて柵越しに手渡すと、ド・ボージール氏は数えもせずに上着のポケットに突っ込んだ。「一時間半後に、四輪馬車でここに来て」

「だが……」

「嫌なら別に構わないけど。その代わりあたしたちの間にあったことはなかったことにしましょう。五十ルイ返して頂戴」

「尻込みしてるわけじゃない。ただ、将来が不安だからさ」

「誰の将来?」

「君の」

「あたしの?」

「ああ。五十ルイがなくなれば――いつかなくなってしまったら、君は不満を口にして、トリアノンを懐かしむようになったり、それに……」

「心配性なんだから。悲観しないでよ。不幸になりたがるような女とは違うから。だから不安になるのはやめて。五十ルイがなくなればなくなったでその時はその時じゃない」

 ニコルは財布に残っている五十ルイを鳴らした。

 ボージールの目が爛々と燃えさかった。

「君の為なら燃えさかる窯にでも飛び込んで見せるぞ」

「もう! そこまで頼んでないったら。とにかく決まった。一時間半後には四輪馬車を、二時間後には逃げましょう」

「決まりだ」ボージールはニコルの手をつかんで引き寄せ、柵越しに口づけした。

「落ち着いて! 気でも狂ったの?」

「いいや。惚れているだけさ」

「もう!」

「信じないのか?」

「まさか。信じてる。くれぐれもいい馬を連れて来てね」

「ああ、もちろんだ」

 二人は別れた。

 だがすぐにボージールが慌てて戻って来た。

「ちょっ! ちょっ!」

「どうしたの?」遠ざかっていたニコルは、大声を出さずに声を通そうとして、手を口の周りに当てた。

「柵だよ。乗り越えるつもりなのか?」

「馬鹿ね」ニコルが一人呟いた場所は、ジルベールから十歩と離れていなかった。

 それからニコルは、ボージールに聞こえるように、「鍵を持ってるから」と伝えた。

 ボージールは納得の声をあげると、今度こそ本当に立ち去った。

 ニコルは人目を忍ぶように素早くアンドレのところに戻った。

 一人残ったジルベールは、四つの疑問を考えていた。

 ――ニコルが愛してもいないボージールと逃げるのは何故か?

 ――ニコルがあれだけの大金を持っているのは何故か?

 ――ニコルが柵の鍵を持っているのは何故か?

 ――ニコルはすぐにでも逃げられるのに、アンドレのところに戻ったのは何故か?

 「ニコルがお金を持っているのは何故か?」という疑問の答えならすぐに見つかった。だがほかの疑問には答えが出ない。

 自分の洞察力が役に立たないとわかって、生まれながらの好奇心、或いは経験から学んだ猜疑心と言ってもよいが、それが異常なまでに燃え上がり、夜の戸外がいくら寒かろうとも湿った木の下で待ち受けて、幕開けを目にしたこの場面の結末を見届けてやろうと心に決めた。

 アンドレは父をグラン・トリアノンの入口まで見送っていた。一人物思わしげに戻って来たところ、並木道から走って来たニコルに出くわした。その並木道の先にこそ、先ほどまでド・ボージール氏と駆け引きを繰り広げていた柵があった。

 ニコルはアンドレの姿を見つけて立ち止まった。アンドレが合図するのを見て、後ろに回って部屋まで従った。

 ちょうどこの頃が午後八時半頃であった。夜の闇が瞬く間に広がり、いつもより濃くなった。それもそのはず大きな黒雲が南から北まで駆け抜け、全天を覆っていた。見れば、広大な森の向こうにまで広がるヴェルサイユの端の、見渡せる限り遠くまで、ほんの少し前までは青い穹窿にきらめいていた星々を、どんよりとした経帷子が覆い尽くしている。

 重たげな風が地面をかすめ、喉の渇きを訴えて恵みの雨や靄を天に請うように頭を垂れていた花たちに、激しいざわめきを送っていた。

 いくら雲行きが危うくなろうとも、アンドレは歩みを早めなかった。むしろ悲しく物思いに沈むように、部屋に続く階段をしぶしぶといった様子で上っていた。窓があるたびに立ち止まり、悲しみに呼応しているような空を見つめ、部屋に戻るのを遅らせたがっているようだった。

 時間を過ぎてもアンドレが戻らないのではないかと、ニコルは苛々と気を揉み始め、従僕の都合などお構いなしに気まぐれを満足させるような考え無しの主人に向かって小声で罵った。

 ようやくアンドレは部屋の扉を開け、椅子に坐るというより倒れ込むと、中庭に面した窓を少し開けるよう穏やかにニコルに命じた。

 ニコルは言われた通りにしてから、いたわるような顔つきで振り向いた。これが効果的なことはよくわかっている。

「今夜は少しお加減が悪いんじゃありませんか。目が赤くて腫れてらっしゃるのに、すごく光ってますし。しっかりお休みなさらないといけないと思いますよ」

「そう?」アンドレは聞こうとしなかった。

 そして絨毯の格子柄に無造作に足を伸ばした。

 この姿勢が服を脱がせなさいという意味だと了解して、ニコルは髪飾りのリボンや花を外し始めた。どれほど手慣れた者でもすべて取り外すには十五分は下るまい。

 アンドレはこうした作業の間、一言も口を利かなかった。そのためニコルは好きなようにしていられた。アンドレが何かにひどく気を取られていたので、作業を端折っても気づかれなかったし、あっさりと髪を引き抜いても何も言われなかった。

 夜の身仕舞いが終わると、アンドレは翌朝の指示を出した。フィリップが届けてくれたはずの本を、朝からヴェルサイユに取りに行かなくてはならない。それに調律師をトリアノンに呼んで、チェンバロを調律する必要がある。

 ニコルはおとなしく、夜中に目が覚めなければ、朝早くお嬢様が起きる前に目を覚まして、用事をすべて済ませておきます、と答えた。

「それに明日は手紙を書かなくては」アンドレは聞かせるともなく呟いた。「フィリップに手紙を書けば、少しは気が楽になるわ」

「どうでもいいや」とニコルも呟いた。「その手紙を出すのはあたしじゃないし」

 そう思うと、まだ完全に堕落したわけではなかったので、ここに来て初めて、主人の許を離れるのが悲しくなり始めた。そばにいれば心も気持も溌剌としていられたからだ。アンドレの存在は多くの記憶と結びついていたから、その繋ぎ目が切れれば、その日から稚き日々の初めにまで連なっている鎖全体が揺れることになる。

 身分も性格も違うこの二人の娘が、互いにまったく接点のない事柄を考えている間に、時間は過ぎて、アンドレの柱時計が、いつものようにトリアノンの時計より一足早く、九時の鐘を鳴らした。

 ボージールは約束通りに来るだろう。落ち合う時間まで三十分しかない。

 出来るだけ早くアンドレの服を脱がせたが、思わず洩れた溜息に、アンドレは気づくことさえなかった。ニコルが夜着を着せても、アンドレはぼんやりとしたまま動きもせずに虚ろな目を天井に向けていた。ニコルはリシュリューにもらった小壜を胸から取り出し、砂糖二粒をコップに入れて水を入れて溶かしてから、小壜から液体を二滴注いだ。心はまだ若くとも意思は既に強く、躊躇いはなかった。途端に水は濁り、うっすら白くなってから徐々に透き通って行った。

「お嬢様、お水の用意が出来ました。お洋服もたたんでおきましたし、灯火も入れておきました。明日は早起きしなくちゃなりませんから、もう休んでも構いませんか?」

「ええ」アンドレが上の空で答えた。

 ニコルはお辞儀をして、最後に一つこれまでのような溜息をつくと、控えの間と繋がっているガラス扉を閉めた。だが部屋には戻らずに、廊下に出られる小部屋に入り、控えの間から洩れる明かりの中、そっと抜け出した。その際リシュリューの指図に忘れずに従って、廊下の扉を戸枠に押しつけたままにおいた。

 それから隣人たちに気づかれないように階段を降り、爪先立って石段を飛び越えて庭に出ると、ド・ボージール氏の待つ柵のところまで全力で駆け出した。

 ジルベールは覗き場所から動いていなかった。二時間したら戻ってくるとニコルが言っているのを聞いて、待っていたのだ。だが時間が十分ほど過ぎると、ニコルは戻ってこないのではないかと思い始めた。

 その時だった。何かに追いかけられているように走ってくるニコルが見えた。

 ニコルは柵に近づき、隙間から鍵を手渡した。ボージールが門を開けた。ニコルが向こうに飛び出すと、柵が重い音を立てて再び閉まった。

 それから鍵が茂みまで飛んで来たが、落ちた先がちょうどジルベールのいるところだった。もふっという音を聞いて、ジルベールは鍵の落ちた場所を見つけた。

 そうしている間にニコルとボージールは先に進んでいた。二人が遠ざかってゆく足音がしたかと思うと、やがてニコルの頼んでおいた四輪馬車ではなく、馬の足音が聞こえていた。ニコルは公爵夫人のように四輪馬車で出かけたかったのだろう、どうやらぶつくさ文句を垂れていたが、すぐに馬は四つの蹄で地面を蹴り、音を立てて舗道を駆けて行った。

 ジルベールはふうと息をついた。

 これで自由だ。ニコルから、いわば敵から解放されたのだ。アンドレは一人きりだ。きっとニコルは出て行く時に、扉の鍵をそのままにしていっただろう。だとしたら、ジルベールはアンドレのところに忍び込むことが出来る。

 そう思うと、恐れと躊躇いと好奇心と欲望でかっかとして飛び跳ねずにはいられなかった。

 やがてニコルが向かったのとは反対側の道をたどり、使用人棟に向かって駆け出した。
 

第百二十章 天眼通

 一人になったアンドレは、ぼんやりとした状態から徐々に快復して、ニコルがド・ボージール氏の後ろに乗って逃げている頃には、ひざまずいてフィリップのためにひたむきに祈りを捧げていた。アンドレが掛け値のない深い愛情を注いでいるのはこの世にフィリップただ一人なのだ。

 ひたすら神を信じて祈っていた。

 アンドレの祈りは一つ一つの言葉がばらばらで意味を成さなかった。まるで魂が神の御許まで昇って神と一つに混じり合ったかのような、神々しい法悦を帯びていた。

 物質界から解き放たれた精神がひたすらに捧げる祈りには、利己的なところは微塵も含まれていなかった。ある意味では自己を捨てていた。絶望に駆られた遭難者が、自分のためではなく、遺されることになる妻や子供たちのために祈るのに似ていた。

 心に秘めたこのような痛みは、兄が発ってから生じていたものだが、そこに痛み以外のものが混入していなかったわけではない。アンドレの祈りは二つの異なる要素で出来ており、その一つは本人にもよくわからないものだった。

 それはいわば予感のようなもので、次なる災難が近づいているような兆しだった。古傷を襲う激痛のような感覚であった。持続していた痛みは消えたが、その名残はいつまでも尾を引き、傷が治っていなかった頃と同じように痛みを訴えていた。

 アンドレは自分が感じているものが何なのかを考えようとしなかった。フィリップのことだけを思い浮かべ、何かに心を揺さぶられてもまたいつしか兄のことを考えていた。

 ようやく立ち上がると質素な本棚から本を一冊抜き取り、手許に蝋燭を置いて本を読み始めた。

 選んだというよりも偶然手に取ったその本は、植物事典だった。これでは夢中になれないどころか、うつらうつらさせる効果しかない。薄かった雲がどんどん濃くなり、視界を覆った。アンドレは眠気と戦い、何度か意識を取り戻したが、すぐにまた睡魔に襲われた。そこで蝋燭を吹き消そうと顔を前に出したところ、ニコルが用意したコップに気づいた。アンドレは腕を伸ばしてコップをつかみ、溶けかけた砂糖をスプーンでかきまぜた。もうかなりの眠気に囚われながら、コップを口に近づけた。

 口をつけようとした途端、異様な衝動に手が震え、湿った塊が脳を直撃した。身体中にほとばしった衝撃に、アンドレは恐怖を覚えた。これまでに何度もアンドレの力を奪い、理性を破壊して来た、あの不思議な感覚が襲って来たのだ。

 コップを置くのがやっとだった。半開きの口から洩れた溜息よりほかには、呻き声一つあげることもなく、声も出せず目も見えず頭の働きも途絶えると、恐ろしい睡魔に襲われて、雷に打たれたように寝台に倒れ込んだ。

 死んだようにしばらく目を閉じていたが、不意に起き上がって目を見開いたまま、寝台から降りた。それはあたかも石像が墓石から降り立ったかのようであった。

 もはや疑う余地はない。アンドレはこれまで何度も魂を奪われて来たあの眠りに陥っていた。

 部屋を横切り、ガラス扉を開けて廊下に出た。石像が動いているようなぎくしゃくとしたぎこちない動きだ。

 階段の前まで来ると、躊躇うことも慌てることもせずに、一段一段降りて行った。やがて玄関の石段にたどり着いた。

 アンドレが一番上の段に足をかけたのと、ジルベールが一番下の段に足をかけたのは同時だった。

 白く厳かなアンドレの姿を見て、自分を迎えに来たのではないかと思わず錯覚しそうになった。

 ジルベールは後じさり、後じさったまま並木道の木陰に飛び込んだ。

 似たような状態のアンドレの姿を、タヴェルネの城館で見た時のことを思い出していた。

 アンドレがジルベールの前を通り過ぎた。触れられるほどの距離にいるのに、ジルベールを見もしなかった。

 ジルベールは混乱して口もきけずに、膝を突いた。恐怖を感じていた。

 どうしてこんな風にアンドレが外に出たのか理由はわからないながらも、目を離そうとはしなかった。だが理性は掻き乱され、血がこめかみで脈打ち、狂ったようになって、とても冷静には観察していられなかった。

 そこでジルベールは茂みにしゃがみ込んだまま、ただただ見守っていた。運命の恋に心を奪われて以来、ずっとそうして来たのだ。

 不意に外出の謎が解けた。アンドレは気が狂っているのでも錯乱しているのでもない。冷たく沈んだ足取りで、逢い引きに出かけるのだ。

 稲光が天を真っ二つに切り裂いた。

 青白い稲妻に照らされて、一人の男が菩提樹の陰に佇んでいるのが見えた。閃光がきらめいたのは一瞬だったが、黒い闇を背景にして、青白い顔と乱れた服装は確認できた。

 招くようにして腕を伸ばしている男の許に、アンドレは足を進めた。

 焼きごてに胸を刺されたような痛みを感じて、ジルベールはもっとよく見ようとして立ち上がった。

 その瞬間、再び稲光が夜空に走った。

 バルサモだ。汗と埃にまみれたバルサモが、どういう手段を用いてか、トリアノンに侵入していたのだ。蛇に睨まれた蛙のように、アンドレは運命に引き寄せられるように無抵抗のままバルサモに近づいて行った。

 すぐ手前でアンドレが立ち止まった。

 手をつかまれたアンドレが身体を震わせた。

「見えるか?」

「はい。でもこんな風にお呼び立てされては、死んでしまいます」

「それは悪かった。だが俺も焦っていてな。冷静ではなくなっていたのだ。気が狂いそうで、死んでしまいそうなんだ」

「苦しんでらっしゃるのですね」触れられた手を通して、バルサモの苦しみが伝わって来た。

「そうだ。苦しんでいる。救いを求めて会いに来た。俺を助けられるのはお前だけなんだ」

「おたずね下さい」

「もう一度確認するが、見えるんだな?」

「何もかも」

「俺について来られるか?」

「意思の力で導いて下されば」

「こっちだ」

「ああ、パリにいます。大通りをたどって、街灯が一つしかない路地に入りました」

「そこだ。進んでくれ」

「控えの間にいます。右側に階段があります。ですが壁の方に連れて行かれました。壁が開きました。そこに階段が……」

「上れ! そこが俺たちの部屋だ」

「ここは寝室です。獅子の皮と武器があります。あっ、暖炉の羽目板が開きました」

「進め。今、何処にいる?」

「変わったお部屋です。出口もなく、窓には鉄格子が。それにしても、随分と散らかってます」

「そんなことより、部屋は空っぽじゃないか?」

「空っぽです」

「暮らしていた人間のことはわかるか?」

「はい。その人が触れたものか、その人の持ち物かその人の一部を下されば」

「わかった。ここに髪がある」

 アンドレは髪を取って身体に近づけた。

「あっ、この人には会ったことがあります。パリの方に逃げているところです」

「そうだ。いったい二時間前に何があったのか、どうやって逃げ出したのかわかるか?」

「待って下さい。その人は長椅子に横たわっていました。はだけた胸に傷が見えます」

「いいぞ。目を離すなよ」

「眠っています。目を覚ましました。周りを見回して、手巾を取り出し、椅子に上りました。手巾を窓の鉄格子に結んでいます。ああ、神様!」

「死のうとしたのか?」

「そうです。心を決めていました。ですがいざ死のうと思うと怖くなり、鉄格子に手巾を結んだまま、椅子から降りました。ああ、何てことを!」

「何だ?」

「涙を流して苦みに身をよじり、壁の角を探して頭をぶつけようとしています」

「畜生! 何てこった!」

「あっ! 暖炉に駆け寄りました。大理石製の獅子が両脇に象られています。獅子の頭で額を割ろうとしました」

「それで?……どうなった?……アンドレ、見るんだ!」

「立ち止まりました」

 バルサモはほっと息をついた。

「見つめています」

「何を見つめているんだ?」

「獅子の目に血がついているのに気づきました」

「何だと!」

「ええ血です。ですが頭をぶつけてはいません。どういうことかしら? これはこの人の血ではなく、あなたの血です」

「俺の血だと!」バルサモは混乱で目が回りそうになった。

「そうです、あなたの血です。短刀か短剣のようなもので指を切ってしまい、血塗れの手で獅子の目を押したのが見えます」

「そうだ。その通りだ……だがどうやって逃げたのだ?」

「待って下さい、血を観察して、考えているのが見えます。あなたが指を押し当てたところに、自分の指を押し当てました。あっ! 獅子の目が引っ込んで、バネが動きました。暖炉の羽目板が開きました」

「しくじった! 何て馬鹿なんだ俺は! 自分で自分を裏切ってしまったのか……それで出て行ったんだな? 逃げたんだな?」

「どうか許してあげて下さい。ひどく不幸せだったのです」

「今は何処にいる? 何処に行ったんだ? 追うんだ、アンドレ!」

「待って下さい、武器と毛皮のある部屋で足を止めました。戸棚が開いています。普段は戸棚にしまってある小箱が卓子に置かれています。小箱に気づいて手に取りました」

「小箱の中身は?」

「あなたの書類だと思います」

「どんな箱だ?」

「青い天鵞絨が張られていて、鋲と留め金と錠は銀で出来ています」

「畜生!」バルサモは怒りのあまり足を踏み鳴らした。「すると小箱を持って行ったのはあいつだというんだな?」

「そうです、間違いありません。階段を通って控えの間に降り、扉を開け、鎖を引いて門を開け、出て行きました」

「遅い時間か?」

「遅いと思います。もう夜ですから」

「ありがたい! 出て行ったのが俺の戻って来るちょっと前であるのなら、すぐに追いつける。追いかけろ、追うんだ、アンドレ」

「家から出ると、気違いのように走り出しました。狂ったように大通りに出て……走って……走って、止まらずに走ってゆきました」

「どっちに行った?」

「バスチーユの方へ」

「まだ見えるか?」

「はい。まるで狂人のようです。何度も通行人にぶつかりました。ようやく足を止めて、現在地を知ろうとして……道をたずねています」

「何と言っている? 耳を澄ませろ、聞くんだ、アンドレ。お願いだから一言も聞き洩らすんじゃない。道をたずねていると言ったな?」

「はい、黒い服を着た男に」

「何をたずねたんだ?」

「警察の場所です」

「糞ッ! するとただの脅しではなかったのか。返事は返って来たのか?」

「はい」

「それからどうした?」

「少し戻って、斜めに通った道を進んで、大広場を横切っています」

「道順から言って、ロワイヤル広場だな。狙いがわかるか?」

「急いで下さい! 密告しようとしています。あなたより先にド・サルチーヌ氏に会われたら、あなたは終わりです!」

 バルサモはぞっとするような叫びをあげて、藪に駆け込み、亡霊のように開閉された小門をくぐって、外で地面を蹴っていたジェリドに飛び乗った。

 声と拍車を掛けられて、ジェリドは矢のように一直線にパリを目指した。後には舗道を叩く微かな音しか聞こえなかった。

 アンドレはぴくりともせず無言のまま、青ざめて立ち尽くしていた。だがまるでバルサモが魂も一緒に持って行ってしまったかように、やがてぐらりと揺れて崩れ落ちた。

 バルサモはロレンツァを追いかけるのに夢中のあまり、アンドレの目を覚ますのを忘れていたのだ。

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『ジョゼフ・バルサモ』 118-2(お終い)

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

 第118章(その2)
 

「ほかに何をすればいいのか知りたいんです」

「彼奴を愛しているというのなら、一緒に逃げればよい」

「そうしろって仰るんなら、そうするしかありませんけど」

「いやいや、そうではない。慌てるでない」

 先走り過ぎた。それにまだ老獪なリシュリューからは秘密もお金も手に入れていないではないか。

 そこでニコルは譲歩した。後でまた立て直せばよい。

「閣下、指示をいただけますか」

「ではド・ボージール殿に会いに行って、伝えなさい。『二人のことがばれた。でも助けてくれる人がいる。あなたはサン=ラザールに入らずに済むし、あたしはラ・サルペトリエールに入らずとも済む。逃げましょう』と」

 ニコルはリシュリューを見つめた。

「逃げましょう、ですか」

 リシュリューはこの訴えるような鋭い視線の意味を理解した。

「心配いらん。旅の費用は出してやる」

 ニコルはそれ以上の説明は求めなかった。お金を出してもらえるからには、すべて教えてもらえるということに違いない。

 ニコルがこの段階に進んだのを見て、元帥の方でも言うべきことをさっさと口にした。負けた人間がさっさとお金を払うようなものだ。不愉快な思いを先延ばしにはしたくない。

「自分が何を考えているのかわかっておるのか?」

「わかりません。でも閣下はいろんなことをご存じですから、きっと見抜いてらっしゃるんじゃないかと思います」

「もし逃げたとしたら、タヴェルネ嬢がたまたま用事があって夜中にお前を呼んでも姿が見えないため急を知らせるかもしれず、そうなると捕まえられる危険も出て来ると考えておるのだろう」

「違うんです。そんなことは考えてません。だっていろいろ考えた結果、やっぱりここに残りたいですから」

「だがド・ボージール殿が捕まったとしたら?」

「捕まらせておけばいいんです」

「だが口を割ったら?」

「割らせておけばいいんです」

「何だと!」リシュリューは不安になり始めた。「そうなるとお前は終わりだぞ」

「そんなことありません。アンドレお嬢様は優しい方ですし、あたしのこと心から可愛がって下さってますから、国王にお話しして下さるはずです。ですからド・ボージールさんが何かされたとしても、あたしは何もされません」

 元帥は口唇を咬んだ。

「やはりお前は馬鹿者じゃ。アンドレ嬢と国王はそこまでの間柄ではないし、聞いて欲しいと思っていることを聞いてくれぬのなら、すぐにでも追い出させるぞ。わかったか?」

「あたし頓馬でも薄のろありませんから。聞きますけど、条件があります」

「よかろう。ではド・ボージール殿と逃げるという線でじっくり考えて計画を進めてくれ」

「でもどうして危険な真似をしてまで逃げなくちゃならないんですか? お嬢様が目を覚まして何かの用向きであたしを呼んだりするかもしれないってご自分で仰ったじゃないですか。あたしは考えもしなかったようなことばかりですけど、経験豊富な閣下なら初めから考えていたんですよね」

 リシュリューは再び口唇を咬んだ。それもさっきよりも強く。

「考えておったというのなら、事件を防ぐことも考えておったわい」

「だったらお嬢様があたしを呼ばないようにするにはどうしたらいいんですか?」

「目を覚まさぬようにすればよい」

「夜中に何度も目を覚ます人なんですよ。無理です」

「つまりわしと同じ症状なのじゃな?」リシュリューは平然としていた。

「閣下と?」ニコルが笑いながら繰り返した。

「違うかな。わしも何度も目が覚めてしまうのでな。だがわしには不眠症の薬がある。アンドレ嬢も試してみてはどうじゃ。仮に本人が飲まんでも、お前が飲ませればよい」

「でもどうやってそんなことするんですか?」

「お前のご主人は毎晩寝る前に何を飲んでおる?」

「飲んでるものですか?」

「うむ。そうやって喉が渇かぬようにしておくのが昨今の流行りじゃろう。甘橙オレンジ水、檸檬水、薄荷水などが飲まれておるぞ……」

「お嬢様は夜寝る前には水しかいただきません。感じやすくなっていらっしゃる時には砂糖を加えたり甘橙の花で香りをつけたりなさいますけど」

「そいつはいい! わしと同じだ。わしの薬で完璧に効きそうじゃのう」

「どうすればいいんですか?」

「そうじゃな、わしはある液体を飲み物の中に何滴か垂らして、夜中にぐっすり眠っておるぞ」

 元帥の策略がいったい何処に向かっているのか探ろうとして、ニコルはいろいろと思い描いた。

「返事がないな」

「お嬢様はその液体を持ってないんじゃないかと思ったんです」

「わしがお前にやる」

「そういうことですか!」ようやく闇に光が射した。

「タヴェルネ嬢のコップに二滴垂らせばよい。二滴じゃぞ、いいな? それ以上でも以下でもない。そうすれば眠ってしまう。だからお前が呼ばれることもないし、それ故に逃げる時間も出来るじゃろう」

「それだけでいいんなら簡単ですね」

「では二滴垂らすのだな?」

「絶対に」

「約束だな?」

「だってそうした方があたしに都合よさそうですし。何なら鍵を掛けてお嬢様をしっかり閉じ込めて……」

「いかんいかん」リシュリューが慌てて遮った。「そんなことをしてはならん。むしろ扉は開けておけ」

「ああ!」ニコルが心の底から声を出した。

 ニコルはすっかり理解したし、リシュリューにもそれがわかった。

「それでお終いですか?」

「お終いじゃ。もうお前の指揮官代理に荷物を詰めるよう伝えに行ってよいぞ」

「残念ですけど閣下、財布を用意しろだなんて言うだけ無駄ですけど」

「構わぬ、それはわしが何とかする」

「そうですか、閣下がご親切なことを忘れてました……」

「それで幾ら必要じゃな、ニコル?」

「何をするのにですか?」

「その液体を二滴垂らすのにだ」

「それでしたら閣下が仰ったように、あたしの為にやることなんですから、その為にお支払いいただくわけにはいきません。でも部屋の扉を開けておくにはかなりいただかなくてはなりません」

「よかろう、金額を申してみよ」

「二万フランいただきます、閣下」

 リシュリューは息を呑み、次いで嘆息した。

「ニコルよ、お前はきっと大物になるぞ」

「それくらいはいただかないと。あたしもだんだん、追っかけられそうな気がして来ましたから。でも二万フランあれば遠くに行けます」

「ド・ボージール殿に知らせに行きなさい。その後で金を払ってやろう」

「閣下、ド・ボージールさんは疑り深いので、証拠がないとあたしの言うことを信じようとしないと思います」

 リシュリューはポケットから紙幣を一つかみ取り出した。

「前金だ。この財布の中に百大型デュブルルイある」

「ド・ボージールさんに話して来たら、しっかり数えて、残りもいただけるんですよね?」

「いやいや! すぐにでも払ってやるぞ。しっかりした娘だの。そういうところはきっとお前の為になるぞ」

 リシュリューは紙幣に加えてルイ貨と半ルイ貨で、約束通りの金額を支払った。

「さあ、これでよいな?」

「だと思います。でも閣下、大事なものをお忘れです」

「液体か?」

「はい。閣下は小壜をお持ちですよね?」

「わしの分を自分で持ち歩いておるからの」

 ニコルが微笑んだ。

「それから、トリアノンはいつも夜になると閉鎖されてしまいますけど、あたしは鍵を持ってません」

「わしが持っておる。第一侍従の肩書きでな」

「そうなんですか?」

「ほれ」

「何もかも出来すぎですね。奇跡の連続みたいです。それじゃお別れです、公爵閣下」

「お別れじゃと?」

「だってそうでしょう、もう閣下とは会わないんですから。お嬢様が眠っている間にあたしは出て行くんですから」

「そうであったな。お別れだ、ニコル」

 ニコルはケープ越しに笑うと、深まりゆく闇の中へと姿を消した。

「今度も上手く行きそうじゃのう」リシュリューは独り言ちた。「だがどうやら、運命の奴もわしが年老いていることに気づき出し、協力を渋り始めたようだな。まんまとしてやられたわい。だがまあいい、この借りはきっと返してやる!」


 第119章に続く。

「奇跡の治療法」ガブリエル・ド・ロートレック

奇跡の治療法

 小柄な老婦人がホテルの食堂に入り、苦労してテーブルに向かい、悲鳴をあげて席に着いた。オードブルが来ると声に出して落胆を訴えた。

「どこの温泉町もおんなじですね。いろんなところに行きましたけどね、いつまで経ってもリューマチは治りゃしない。ここの湯治場を絶賛されたから来てみましたんです。一週間のあいだ湯に浸かって、一日十杯は鉱泉を飲んでましたけれど、具合はちっともよくなりません。毎晩毎晩、太った鼠に両膝を耕されたような激しい衝撃で目が覚めるんです。あんな拷問とてもじゃないけど我慢できませんよ。昔は日に十五時間ピアノを弾いたって疲れもしなかったものですけど、今じゃ情けないことに指が動かなくて、フォークを持つのもやっとなんですから。パリのお隣さんたちも悲しんでくれましてね。うっとりするような音が聞こえなくなってから、家がひどく寂しくなったように感じると手紙をくれるんですけれど。いったいどうなるんでしょうねえ? もう二度とよくならないと感じてるんですよ」

 ポタージュをよそっていた老婦人は、大粒の涙を皿に落とした。同席していた者たちは誰もが胸を痛めた。老婦人の正面に座っていた中年の男性が口を開き、惻隠の情を示した。

「悲観することはありませんぞ。一週間では治療の効果は現れません。だが根気強く待てばよいのです。奇跡的な快復の証拠をこの目で見たのですから間違いありません」

 口を利いている男性は、ざらざらした胡麻塩の髭と、短く刈った濃い髪をしていた。血色のいい顔は健康の表れであり、がっしりとした肩はどんな重い荷物でも運べそうだった。

「ああ、どうか!」老婦人はため息をついた。「もう信じられるのはあなただけです! 治療の効果を信じるからにはそれなりの理由があるんでございましょう? この辺りの気候が健康にいいのかしら?」

 老婦人が食べる手を止めて一心に耳をそばだてていることに気をよくして、老紳士は話を続けた。「わたしがこの土地を初めて訪れたときには、体重は二十五キロもありませんでした。手を頭の上にあげるのもやっとでしたし、意味のある言葉を話すこともできませんでした。そのころのわたしにとってスプーンやフォークを持つのが、虫けらに槍を持たせるようなものだったということは、言うまでもないでしょう。ベッドから離れるときには必ず誰かに支えてもらわなくてはなりませんでしたし、そのうえ一日の大半を眠って過ごすようなありさまで、周りの人たちの話すことにもまったく興味が持てませんでした。

「見ての通り現在ではそれなりに髪も生えていますが、この町に来たときには、頭の周りには雀のカツラにするほどの毛もありませんでした。とても身体が弱くて生命力に乏しく、普通の力の四歳児でも、ちょっと押しただけでわたしを倒すことができたでしょう。それがこの町に来た当初のわたしでした。どうか比べて見てください」

 老紳士は口を閉じ、控えめな態度で果物皿に胡桃を取り、気持を落ち着かせようとして、それを親指と人差し指でさり気なく砕いた。その証拠を目の当たりにして、老婦人は大喜びした。

「マリアさま! あなたのおかげで希望が持てました。どうか、どうか教えてください。あなたはこの町で何年くらいお過ごしになりますたの?」

「わたしはこの町の生まれなんです」と、男性は簡潔に答えた。

『ジョゼフ・バルサモ』 118-1

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第百十八章 ド・リシュリュー氏の二滴の液体

 ド・リシュリュー公爵は四時半にサン=クロード街の家を出た。

 バルサモのところに何をしに来たのかは、これからお読みになる文章の中で追々ご説明差し上げるつもりだ。

 ド・タヴェルネ男爵は娘の部屋で正餐を摂っていた。アンドレが父をもてなすことが出来るようにと、王太子妃がその日は丸一日休みをくれたのだ。

 デザートを食べている最中にド・リシュリュー氏が入って来た。常に吉報を運んで来る公爵は、フィリップには中隊ではなく聯隊を任せると国王が断言していたのを、友人に報せに来たのである。

 タヴェルネは荒々しく喜びを爆発させ、アンドレは元帥に延々と感謝を述べた。

 そうしたことの後に起こるべき会話が始まった。リシュリューは国王のことを、アンドレは兄のことを、タヴェルネはアンドレのことを話し始めた。

 アンドレはお世話している王太子妃から休暇をいただいた話をした。マリ=アントワネット妃殿下は親戚のドイツ大公二人の訪問を受けている間、自由な時間を取ってウィーンの宮廷を思い返したいので、側女はもちろん侍女の世話も断りたかったのだ。これにはド・ノアイユ夫人もぞっとして、国王に嘆願しに行ったほどだった。

 先にもお伝えしたように、タヴェルネは喜んでいた。アンドレが暇を貰ったのは幸運や名声について話し合うのに丁度いいと考えたからだ。これを見たリシュリューはいとまを告げて、父と娘を水入らずにさせようと考えた。だがド・タヴェルネ嬢がうんとは言わなかったので、リシュリューも留まることになった。

 昔気質のリシュリューは、フランス貴族が陥っている窮状を、極めて雄弁に描き尽くした。かつての寵姫たちは恋人である国王に勝るとも劣らず気高く、その美しさや愛情によって君主を支配し、その生まれや機智や誠実で純粋な愛国心によって家臣たちを支配していたものだったが、貴族たちも今ではそうした女性たちにおべっかを使うこともなく、ぽっと出の寵姫たちや他国から潜り込んだ王妃たちの尻に敷かれる日々を堪え忍んでいるのだという。

 こうしたリシュリューの言葉が、数日前から聞かされていたド・タヴェルネ男爵の言葉とひどく似通っていることに気づいて、アンドレは驚きを禁じ得なかった。

 次いでリシュリューがぶちまけた貞節についての自説が、あまりにも智的で異教的でフランス的だったので、自分などはちっとも貞淑ではないし、真の貞節とは元帥が言うようにド・シャトールー夫人やド・ラ・ヴァリエール嬢やド・フォシューズ嬢のようなものを言うのだと、アンドレは認めざるを得なかった。

 リシュリューが次々に推論や証拠を挙げてどんどん具体的な話をし始めたので、もはやアンドレにはさっぱりわからなかった。

 会話はこんな調子で夜の七時頃まで続いた。

 七時になると元帥が立ち上がった。「ヴェルサイユに国王のご機嫌を伺いに行かねばなりませんのでな」

 部屋を出入りして帽子を取りに行ったところ、ド・リシュリュー氏の用事を待っていたニコルに出くわした。

「嬢ちゃんや」リシュリューはニコルの肩を叩き、「見送ってくれんか。ド・ノアイユ夫人が花壇から摘み取らせた花束がある。デグモン伯爵夫人にお贈りするので運んで欲しい」

 ニコルはルソー氏のオペラに登場する村娘のようにお辞儀をした。

 そこで元帥はタヴェルネ父娘にいとまを告げ、男爵と意味ありげな視線を交わすと、アンドレに向かって若者のようにきびきびとお辞儀をして部屋を出た。

 ここで読者諸氏にはお許しいただいて、男爵とアンドレにはフィリップが賜った新たな計らいについてしゃべらせておいて、元帥の後を追うことにしよう。そうすれば元帥がサン=クロード街に何をしに行ったのか、そしてそこでどれほど恐ろしい目に遭ったのかも判明するはずである。

 さらに言えば、男爵は元帥以上に昔気質であったので、アンドレほど純粋ではないとはいえ、何があったのかを知れば男爵の耳を驚かせるのには充分であったはずだ。

 リシュリューは階段を降りてニコルの肩に身体を預け、花壇に向かった。

「さて、嬢ちゃんや」リシュリューは立ち止まってニコルを真っ正面から見つめた。「わしらには恋人がおるな?」

「あたしにですか、元帥閣下?」ニコルは真っ赤になって後しさった。

「おいおい、お前はニコル・ルゲではないのか?」

「間違いありませんけど……」

「では、ニコル・ルゲには恋人がいるじゃろう」

「いったい誰のこと仰ってるんですか!」

「そうさな、なかなか感じの良い若造ではないか。コック=エロン街で逢い引きしたうえに、ヴェルサイユの近くまで追っかけて来たであろう」

「閣下、お願いですから……」

「何とかという指揮官代理だ……さて嬢ちゃん、ニコル・ルゲ嬢の恋人は何という名前であったかの?」

 名前を知られていなければまだ救いがあるのだが。

「言いかけたんなら仰って下さい」

「ド・ボージール殿といったな。この名前は否定できまい」

 ニコルはおぼこぶって両手を合わせたが、老元帥には何の効き目もなかった。

「どうやらトリアノンでも逢い引きしているようではないか。何と、王宮でなあ! 一大事だ。ちょっとした過ちでも追放されてしまうし、ド・サルチーヌ氏は追放した宮殿の女子をサルペトリエールに放り込んでいるそうじゃぞ」

 ニコルは不安になり始めた。

「閣下、聞いて下さい、恋人だってのはボージールさんが言い張っているだけなんです。あの自惚れ屋の悪党が。ですからあたしには後ろめたいことなんてありません」

「違うとは言わんがな、逢い引きしたのは事実なのかどうかを教えてくれぬか」

「公爵閣下、逢い引きなんて証拠になりません」

「逢い引きしたのが事実なのかどうか教えてくれ。答えなさい」

「閣下……」

「事実であれば、それはそれでよいではないか。責めているわけではない。そもそもわしは美しさを振りまく女子おなごが嫌いではないし、そうやって愛嬌を振りまくのをこれまで何度も後押ししてして来たくらいだ。ただわしはお前の友人として、庇護者として、親切に忠告しておるのだ」

「でも誰かが見てたんですよね?」

「わしが知っている以上はそうなのであろうな」

「でも閣下」ニコルはきっぱりと答えた。「そんなわけありません」

「わしは何にも知らんが、噂になっておるぞ。タヴェルネ嬢もさぞかし不愉快な印象を受けることじゃろうな。わかっているであろうが、わしはルゲ家ではなくタヴェルネ家の友人である以上、起こっていることを男爵に一言伝えるのが義務だと考えておる」

 ニコルは話の成り行きに怯え出した。「ひどいこと言わないで下さい。無実なのに、怪しいからってだけで追い出されてしまうなんて」

「確かに追い出されるじゃろうな。今頃は悪意のある何処ぞの人間が逢い引きにけちをつけて、無実であろうとなかろうと、ド・ノアイユ夫人にご注進に及んでいることじゃろう」

「ド・ノアイユ夫人にですか!」

「その通り。ことは重大だ」

 ニコルは手を拍って絶望を露わにした。

「残念じゃが間違いはない。それなのにいったいどうするというのだ?」

「さっき庇護者だって仰ったじゃないですか。それを証明して下さらないんですか? もうあたしを守ってはいただけないんですか?」ニコルは三十路女のようにしなを作った。

「馬鹿もん! 幾らでも守ってやることは出来る」

「でしたら閣下……?」

「うむ、だが守ってやりとうない」

「公爵閣下!」

「うむ、確かにお前はいい子だ。その美しい目であらゆることを訴えかけているのはわかっておる。だがわしの目も衰えた。もうその目を読み取ることが出来ぬのだ。かつてのわしならアノーヴルの一室に匿ってやったであろうが、今そんなことをしてもどうにもなるまい? もう噂にもなるまいしのう」

「でもこの間アノーヴル館に連れて行ってくれたじゃないですか」ニコルが口惜しがった。

「お前の為を思ってそうしたからといって、それを責められる謂われはないぞ。そもそもラフテ殿がいなければ、髪を茶色く染めることも出来ず、お前はトリアノンに入れなかったのだからな。もっとも、入っていなければ追い出されることにもならずに済んだであろうが。そもそもどうしてド・ボージール殿と逢い引きなどしおったのだ? おまけに厩舎の柵のところで!」

「そんなことまでご存じなんですか?」ニコルは作戦を変えるべきだと悟って、元帥の言い分にすべてを合わせることにした。

「当たり前じゃ! わしもド・ノアイユ夫人もすっかり知っておる。そのうえ今夜も逢い引きの約束をしておるのだろう……」

「それはそうですけど、ニコルの名に誓って、行くつもりはありません」

「そりゃ忠告されたのだからな。だがド・ボージール殿は忠告を受けていないのだから、出かけて行って捕らえられるぞ。そうるすと当然、泥棒だと思われて逮捕されたり密偵だと思われて棒で打たれたりはされたくないじゃろうから、正直に打ち明ける方を選ぶじゃろうな。打ち明ける内容が不愉快なものではないのだからなおさらじゃぞ。『放して下さい、ニコル嬢の恋人なんです』と」

「公爵閣下、あたし知らせに行って来ます」

「無理じゃな。誰を遣わすつもりかね? お前を密告した人物に頼むのか?」

「ああ、そうですね」ニコルはがっかりしたふりをした。

「何とも見事な嘆きっぷりだわい!」リシュリューが嘆息した。

 ニコルは両手で顔を覆いながらも、指の間に充分な間隔を取って、リシュリューの一挙手一投足を見逃すまいとしていた。

「本当に可愛らしいのう」ニコルの女らしい手管に元帥も引き込まれてしまった。「わしがまだ五十前であったらのう! だがそんなことより、ニコルよ、きっと引っ張り上げてやるぞ」

「公爵閣下、仰る通りにして下さったなら、この感謝は……」

「いらん、いらん。見返り無しで力を貸してやる」

「やっぱりいい人なんですね、閣下。心から感謝します」

「まだ感謝は早い。お前は何も知らんではないか。感謝は事情を知るまで取っておけ」

「アンドレお嬢様に追い出されないんなら、何だって構いません」

「ふうむ! そこまでしてトリアノンに残りたいのか?」

「何よりもそう思ってます」

「よかろう、手帳の一番上に書いてあるその件を抹消してくれ」

「でももしばれなければ?」

「ばれようとばれまいと、どっちみち出て行くんじゃ」

「どうしてですか?」

「教えてやろう。もしド・ノアイユ夫人にばれれば、どんな影響力も及ばぬ。国王の影響力でもお前を助けられん」

「ああ、国王にお会い出来ればいいのに!」

「確かにそんなことになれば大事だわい。第二に、たといばれなくとも、わしが追い出してやる」

「閣下が?」

「今すぐにじゃ」

「どういうことなのか全然わかりません」

「これを教えてやれるのはわしも嬉しい」

「つまり守って下さるということですか?」

「嫌なら構わぬぞ、まだ時間はある。一言言ってくれればよい」

「まさか! お願いします、公爵閣下」

「いいだろう」

「それで?」

「うむ、では聞かせてやろう」

「お願いします、閣下」

「お前を追い出させたり投獄させたりはさせぬ。それどころか裕福にして自由にしてやるつもりだ」

「裕福で自由にですか?」

「うむ」

「何をすればいいんですか? 早く教えて下さい、元帥閣下」

「ほとんど何もせんでよい」

「でもやっぱり……」

「やってもらわねばならんことがある」

「難しいことですか?」

「ままごとみたいなもんじゃ」

「何か要りますか?」

「いやはや!……この世の理は知っておろう、ニコル。無からは無しか生まれぬぞ」

「でもそれをするのって、あたしの為ですか? 閣下の為ですか?」

 公爵はニコルを見つめた。

「ふむ! 抜け目のない女子だわい!」

「最後まで話して下さい」

「お前の為だ」公爵は堂々として答えた。

「へえ、そうですか!」自分が公爵に必要なことはとっくにわかっていたので、もうびくびくしたりはせずに、遠回しな話し方をする癖のある公爵の話の中から真実を見つけ出そうと、脳みそを働かせた。「あたしの為にあたしは何をすればいいんですか?」

「よし。ド・ボージール殿が来るのは七時半だな?」

「ええ、大抵そうです」

「今は七時十分だ」

「そうですね」

「わしがそうしようと思えば、彼奴は捕まる」

「はい。でもそうしようとなさらないんですよね」

「うむ。お前が会って伝えてくれ」

「あたしが……?」

「だがそもそもその御仁を愛しておるのか、ニコル?」

「逢い引きの約束をしているんですから……」

「理由にはならんな。結婚を狙っておるのかもしれんしの。女というものは気まぐれだからのう!」

 ニコルがけたたましい笑いをあげた。

「あたしがあの人と結婚するですって? ああ可笑しい!」

 リシュリューは開いた口がふさがらなかった。宮廷でさえこれほど強気なご婦人にはお目にかかったことがない。

「そうすると、結婚する気はないが、愛しておると。却って好都合じゃわい」

「そういうことです。あたしド・ボージールさんを愛してます。それはそれとして、話を続けて下さい」

「こいつはとんだあばずれだな!」

「そうかもしれません。それよりあたしが気になっているのは……」

「何じゃ?」


 ……118章、後半に続く。

『ジョゼフ・バルサモ』 117

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第百十七章 生命の霊薬を完成させるためにアルトタスに必要なもの

 こうしたやり取りがあった日の翌日、午後四時頃、バルサモはサン=クロード街の仕事部屋で、フリッツから渡された手紙を一心に読んでいた。手紙には署名がない。バルサモは手の中で手紙をこねくり回していた。

「この筆跡には見覚えがあるな。縦長、不揃い、幾らか震えていて、綴りに間違いが幾つもある」

 バルサモは手紙を読み返した。

「伯爵殿

 先の内閣が解散するしばらく前にご相談に与り、それよりかなり前にもご相談に伺った者です。本日は新たに助言をいただきたく、お伺いいたしたく存じます。今晩四時から五時の間に三十分だけ、お忙しい合間を縫っていただけないでしょうか?」

 これで読み返すのは二度か三度になる。バルサモは改めて考え始めた。

「ロレンツァに相談するほどのことではないな。第一、俺だってまだ推測くらいは出来るはずだ。文字が長いのは貴族の特徴だ。不規則で震えているのは、年取っている証拠だ。綴りの間違いが多いのは宮廷の人間だな。そうか、俺も馬鹿だな! ド・リシュリュー公爵じゃないか。もちろんあなたのためなら三十分割きますよ、公爵閣下。一時間でも、一日でも。いくらでも時間をお使い下さい。知らないうちに俺の諜報員か子飼いの悪魔にでもなりませんか? 俺たちと同じ目的を追いかけてみませんか? あなたはあなたで中枢として、俺は俺で敵として、一緒に君主制を揺るがしませんか? お待ちしておりますよ、公爵閣下、是非いらして下さい」

 バルサモは時計を取り出し、公爵が来るまで後どのくらいあるのかを確かめた。

 その時、天井の軒蛇腹で呼び鈴が鳴った。

「いったい何だ?」バルサモはぎょっとした。「ロレンツァが呼んでいる。ロレンツァが! 俺に会いたがっているのか? 困ったことでも起こったんだろうか? それともこれまで散々目にして来たり非道い目に遭わされたりして来た、あの気まぐれなのか? 昨日は物思いに沈んで、すっかり諦めて、おとなしかったんだが。昨日は会いに行くのが楽しみだったんだが。可哀相に! 行くとするか」

 バルサモは刺繍入りのシャツのボタンを留め、レースの胸飾りの上に部屋着を羽織り、鏡を覗き込んで髪が乱れていないか確認すると、ロレンツァに答えて呼び鈴を一つ鳴らしてから階段に向かった。

 だがバルサモはいつものように一つ手前の部屋で立ち止まり、ロレンツァがいると思われる辺りに向かって腕を交わし、何物にも妨げられることのない強い意思の力で、眠れと命じた。

 それから自分のことも信用できないのか念には念を入れるつもりなのか、目に見えない建材の割れ目を通して室内を見つめた。

 ロレンツァは長椅子で眠っていた。そこでバルサモの意思に襲われたのだろう、何かにつかまろうとした恰好のままだった。これほど詩情を掻き立てるロレンツァの姿は、どんな画家にも思い描けまい。バルサモの放った奔流の重さに押されて息を切らせたロレンツァは、ヴァン・ローの描くアリアドネの一つにも似て美しかった。胸をふくらませ、身体は躍動感に満ち、顔からは絶望も疲労も拭われていた。

 そこでバルサモはいつもの通路を通って部屋に入り、ロレンツァの前で立ち止まって見つめていたが、すぐに眠りから引き戻した。それほど危険な状態であった。

 目を開けた途端、瞳から閃光がほとばしった。まだぼうっとしている頭をはっきりさせるためなのか、髪を掌で撫でつけ、色っぽく湿った口唇を拭い、記憶をくまなく探って散らばった断片を掻き集めている。

 バルサモは不安そうにそれを見つめていた。さっきまでは穏やかに慕っていたのがに出し抜けに怒り出したり憎しみを爆発させたりすることにも、しばらく前から慣れてしまった。この日の反応は慣れたものとは違い、ロレンツァはいつものような憎しみは見せずに落ち着いてバルサモを迎え入れた。それを見たバルサモは、今回はこれまでのいつにも増して深刻だぞ、と悟った。

 ロレンツァは身体を起こし、一つうなずくととろけるような眼差しをバルサモにじっと向けた。

「どうかここにお坐りになって」

 いつになく甘美なその声に、バルサモはぶるぶると震え出した。

「坐っていいのか? 知っているだろう。俺の望みは、おまえの膝の上でこの生を過ごすことだ」

 ロレンツァは甘美な声のまま続けた。「どうぞお坐りになって。そんなに時間のかかる話じゃないけれど、坐って下さった方が話しやすいですから」

「俺の方はいつも変わらずおまえを愛している。言う通りにしよう」

 バルサモがロレンツァの横にある椅子に坐ると、ロレンツァ長椅子に坐ったまま、天使のような眼差しを送った。

「許していただきたいことがあってお呼びました」

「ロレンツァ、望みがあるなら何でも言ってくれ!」

「一つだけで結構です。でも言っておきますけれど、なまなかな気持で言うのではありません」

「言ってくれ、ロレンツァ。俺の全財産、人生の半分を捧げてもいい」

「時間を一分いただくだけで構いません」

 バルサモはこの会話の落ち着いた成り行きにうっとりしてしまい、想像力を働かせて、ロレンツァが望んでいることのうちでも、とりわけ自分が満足させられそうなことの予想をすっかり立てていた。

 ――使用人か話し相手でも頼むつもりかな。秘密や友人を危険にさらすことになっても、危険は承知で頼みを聞いてやらんとな。こんなところで一人寂しくしているのだから。

「話してくれ」バルサモは愛情溢れる笑顔を浮かべ、声に出した。

「ご存じでしょうけど、寂しさと物憂さで死にそうなんです」

 バルサモは同意の印に溜息混じりにうなずいた。

「若くて楽しい時期はみるみる燃え尽きてしまう。昼はすすり泣き、夜は恐怖にうなされて、孤独と不安のうちに年老いていくんです」

「おまえが選んだことだ、ロレンツァ。おまえがそんなにも悲しみ、女王様もそっぽを向くような生き方をしているのは、俺のせいじゃない」

「そうかもね。戻って来たのは私なんだし」

「わかってくれると助かる」

「あなたも敬虔なキリスト教徒だと、よく言っているけれど、そのくせ……」

「そのくせ、迷える魂の持ち主だと言いたいのか? 言いたいのはそういうことだろう、ロレンツァ」

「私の言うことだけを聞いて頂戴。憶測はやめて」

「では話を続けてくれ」

「怒りや絶望に耽らせるようなことはしないで、お願い、だって何の役にもたたないような人間なのだから……」

 ロレンツァは言葉を切ってバルサモを見つめた。だがとっくに威厳を取り戻されていたので、冷たい目つきと寄せた眉しか見ることが出来なかった。

 脅すように睨まれて、ロレンツァは気力を奮い立たせた。

「自由は求めません。神の定め――というよりはあなたの意思によって――全能に等しそうなあなたの意思によって、生涯にわたって囚われを強いられることはわかっているから。お願いだから人と会わせて。あなた以外の人の声を聞かせて。外に出たい、歩き回りたい、生きていることを実感したいの」

「そう望まれているのはわかっていた」バルサモはロレンツァの手を握った。「だからずっと前から、俺自身の望みでもあった」

「だったら……!」

「だが、おまえも気づいていただろう。俺は気が違っていたんだ、恋に落ちた男のように。科学や政治上の秘密を幾つかおまえには明かしていたからな。アルトタスが賢者の石を発見し、生命の霊薬を探求しようとしているのは知っているな? あれは科学のためだ。俺や同志たちが君主制の転覆を企んでいることも知っているな? あれが政治のためだ。二つの秘密のうち片方がばれれば魔術師として火あぶりにされてしまうだろうし、もう片方がばれれば重罪人として車責めに遭わされてしまう。おまえは俺を脅したじゃないか、ロレンツァ。自由を取り戻すためには何でもするし、ひとたび自由を取り戻したら、真っ先にするのはド・サルチーヌ氏に俺を密告すことだと言っていただろう。違うか?」

「じゃあどうすればいいの! 私はかっとなると……私は……頭がおかしくなってしまうんです」

「今は落ち着いているんだな? だったら話が出来ないか、ロレンツァ?」

「是非お願い」

「望み通りに自由を与えたら、従順で献身的な、落ち着いた穏やかな女になってくれるのか? 俺は何よりもそれを望んでいるんだ」

 ロレンツァは答えなかった。

「率直に言えば、俺を愛するつもりはあるのか?」言い終えてバルサモは息を吐いた。

「守れるかどうかわからない約束は出来ません。愛情も憎しみも私たちがどうこう出来ることじゃない。あなたの方で善行を積めば、憎しみが薄れ愛情が生まれることもあるかもしれないけれど、すべては主の思し召しのまま」

「悪いがそんな言質じゃそこまでおまえを信用できないな。絶対的で神聖な誓いが俺には必要なんだ。破れば冒涜になるような、この世だけじゃなくあの世まで縛られて、この世で死んだ後でもあの世で劫罰を受けるような誓いが」

 ロレンツァは押し黙った。

「誓うか?」

 ロレンツァは両手に顔をうずめ、相反する感情に胸をふくらませた。

「頼む、誓ってくれ、ロレンツァ。俺が言う通りに、作法に則って誓ってくれ。そうすればおまえは自由だ」

「何を誓えばいいの?」

「アルトタスの研究について知ったことを一切口外しないと誓ってくれ」

「わかった。誓います」

「俺が関わっている政治集会について知ったことを一言も他言しないと誓ってくれ」

「それも誓います」

「俺の言う通りのやり方で誓うんだな?」

「ええ。それで全部?」

「まだだ。これが一番大事なことなんだ、ロレンツァ。これまでの誓いは俺の命に関わることに過ぎなかったが、今から言うことは俺の幸福に関わることなんだ――絶対に俺から離れないと誓ってくれ、ロレンツァ。誓ってくれれば、おまえは自由だ」

 ロレンツァはひんやりとした刀で心臓を貫かれたように、ぶるぶると震えた。

「その誓いはどんな風に誓えばいいの?」

「一緒に教会に行こう、ロレンツァ。一緒に聖体拝領に行こう。聖体のパンに懸けて、アルトタスのことを口外しないこと、俺の同志たちのことを他言しないことを誓うんだ。絶対に俺から離れないと誓うんだ。二人でパンを分けて、半分ずつ食べて、神に誓おうじゃないか、おまえは俺を裏切らないことを、俺はおまえを幸せにすることを」

「お断りします。そんな誓いは涜神的ですから」

「涜神なものか」バルサモは悲しそうに答えた。「守るつもりもないのに誓うのならいざ知らず」

「誓うつもりはありません。魂を失うのが恐ろしいですから」

「馬鹿な。いいか、誓ったために魂を失うというのなら、つまり誓いを破ると言っているようなものじゃないか」

「誓うことは出来ません」

「だったら今のままで辛抱してもらおうか」バルサモに怒りは見えなかったが、深い悲しみが滲んでいた。

 ロレンツァの顔が翳った。空を雲が横切って花に翳りを落とすように。

「断るの?」

「いいや、ロレンツァ。むしろ断ったのはおまえの方だ」

 ぴりぴりとした言動から、ロレンツァがその言葉に苛立っているのがわかった。

「いいか、ロレンツァ。これはおまえのためだし、大事なことなんだ、信じてくれ」

「そこまで言うなら何処まで優しくしてくれるのか言ってみせてよ」ロレンツァは苦々しい笑みを浮かべた。

「偶然でも必然でも好きな呼び方をすればいいが、俺たちは決してほどけぬように結ばれているんだ。だからこの世でそれを断ち切ろうなんて思わない方がいい。それが出来るのは死だけだ」

「そう。そんなのわかってます」ロレンツァは苛立たしげに答えた。

「よし、一週間だ。どれだけの費用がかかろうとも、どんな危険を冒すことになろうとも、一週間後には話し相手を連れて来てやる」

「何処に?」

「ここに」

「ここ? こんな柵の、冷たい門の、鉄格子の内側に? 囚人仲間を? 馬鹿なことを考えるのはおよしなさい。私はそんなこと望んじゃいないわ」

「だがロレンツァ、俺に出来ることはそれしかないんだ」

 ロレンツァはいっそう苛立ったような仕種をした。

「よく考えてくれ」バルサモは優しい声を出した。「二人いれば、避けられない苦しみにも耐えるのが楽になるはずだ」

「的外れです。これまでは自分のことだけで苦しんでいればよかった。他人の苦しみを思いやらずに済んでいたんです。私を手に入れたくてこんな試験をおこなって、私を従わせようとしているのはわかっています。ここに犠牲者を連れてくればいいわ、私のように苦しみに痩せ細り、青ざめ、衰えていくのが見られるでしょうから。あなたが何処から入って来るのか知りたくて、私と同じく壁を打ちつけ、日に何度も扉を確かめる音が聞けるでしょうから。床や壁を掘ったり剥がしたり出来ないかと、私のように木や石に爪を立てるんです。私のように涙で目を腫らすんです。私が死んでいるように、その人も死んで、あなたの言う親切のせいで、死体が一つではなく二つになるだけ。『二人で楽しみ、おしゃべりをして、幸せになれるだろう』ですって? あり得ません、何千回でも繰り返します、あり得ません!」

 ロレンツァは激しく足を踏み鳴らした。

 バルサモが何とかなだめようとした。

「ロレンツァ、落ち着いてくれ。頼むから理性的に話をしよう」

「落ち着け? 理性的になれ? 死刑執行人のくせして、拷問している囚人に向かって安らかになれと言ったり、虐殺している殉教者に落ち着けと言ったりしてるの?」

「そうだ。落ち着いてくれと頼んでいるんだ。おまえが幾ら怒ろうとも、俺たちの運命を変えることは出来ず、さいなむだけなのだからな。だから俺の頼みを聞いてくれ、ロレンツァ。俺がこれから用意する話し相手は喜んで囚われの身になるはずだ、何しろおまえの友情を勝ち得ることが出来るんだからな。おまえが恐れているような悲しみと涙にくれた顔ではなく、微笑みと明るさに満ちた顔を見れば、おまえだって眉間の皺を伸ばしてくれるはずだ。なあロレンツァ、俺の頼みを聞いてくれ。これ以上どう頼めばいいと言うんだ?」

「要するに私のそばに傭兵を置いておこうという魂胆でしょう。あそこには気の違った哀れな女がいて、病気で間もなく死ぬからと伝えておくのね。病気をでっちあげて、『あの気違いと一緒に閉じ籠もって、献身的に世話してくれ。気違いが死んだら世話してくれたお礼をしてやる』とでも言うつもりかしら」

「ロレンツァ!」

「そうじゃない、間違っている、そうでしょう?」ロレンツァは皮肉たっぷりに続けた。「的外れだったみたいね。でもどうしろと言うの? 私は何にも知らない。世間のことも愛情のこともほとんど知らない。『気をつけてくれ、この気違いは危険な奴だ。行動の一つ一つ、考えていることの一つ一つを俺に知らせてくれ。起きている時も寝ている時も気を抜くな』とでも言って、好きなだけきんを与えるつもり? 金なんてあなたには只みたいなものですものね、幾らでも作れるんだから」

「ロレンツァ、ヤケにならないでくれ。後生だから俺の気持をもっと酌んでくれないか。おまえに話し相手を用意するだけでも、莫大な利益を危険にさらすことになるんだぞ。俺を憎んでいなければ、震え上がってもおかしくないほどだ……いいか、おまえに話し相手を用意すれば、俺の安全、自由、生命が危険にさらされるんだ。だがそれでも、おまえを退屈から免れさせるために、俺はそうした危険を冒すつもりだ」

「退屈ですって!」ロレンツァがぞっとするような荒々しい笑い声をあげたので、バルサモは震え上がった。「言うに事欠いて『退屈』ですって!」

「いや、苦痛からだ。そうだな、おまえの言う通りだ、ロレンツァ。耐え難い苦痛だ。間違いない。それでも耐えてくれれば、いつの日かその苦痛にも終わりが訪れるはずだ。いつの日かおまえは自由になり、幸せになれるはずなんだ」

「だったら、修道院に戻らせてくれるの? 私が誓いを立てれば」

「修道院だと!」

「祈りを捧げますから。真っ先にあなたのために、それから私のために。確かに閉じ込められることになるでしょうけれど、あそこになら庭が、空気が、広い空間が、墓地がある。墓の間を歩き回って、私の永眠する場所を前もって探しておきます。あそこになら、私の苦しみとは別にそれぞれの苦境を抱えた不幸な仲間がいます。修道院に帰してくれるなら、望む通りに幾らでも誓いましょう。修道院に、バルサモ、修道院に。この通り手を合わせてお願いします」

「ロレンツァ、ロレンツァ、俺たちは離れられないんだ。俺たちは結ばれている、この世で結ばれているんだ、わからないのか? この家の敷地から出たいという話は一切しないでくれ」

 バルサモの言葉には断固とした響きと共に躊躇うようなところもあったので、ロレンツァは言い返すことも出来なかった。

「つまりここから出してくれるつもりはないのね?」ロレンツァの声には覇気がなかった。

「それは出来ない」

「考えの変わることはないの?」

「変わることはない」

「だったら別のことにするわ」ロレンツァは微笑みを浮かべた。

「ロレンツァ! もう一度そんな風に笑ってくれ。そんな風に微笑まれたら、どんな望みも聞かずばなるまい」

「ええ、どんな望みも聞いてくれるんでしょうね。ただしあなたがお気に召せば、でしょう? せいぜい理性的になることにします」

「早く望みを聞かせてくれ」

「さっき言ったわね、『いつの日か苦しみも失せ、自由になり、幸せになれるはずだ』と」

「確かにそう言ったし、天に誓おう。その日が来るのが待ちきれないのはおまえと一緒だ」

「すぐにでもその日が来たっておかしくないでしょう、バルサモ」ロレンツァがこれほど甘美な顔をしているのを、バルサモは催眠中にしか見たことがなかった。「うんざりなんです。あなたにだってわかるはずよ。まだ若いのにもう充分苦しんだんです! 友人なら――あなたがそう仰ったんだから――聞いて頂戴。早くそんな日を与えて下さい」

「聞いているとも」バルサモは言葉に出来ぬほど動揺していた。

「初めにお願いしておくべきだったんだけど、このお願いで話を終わらせます、アシャラ」

 ロレンツァは身体を震わせた。

「言ってくれ」

「あなたが不幸な動物を使って実験をしては、人類に必要なことなんだと言っていたことには気づいていたし、毒を垂らしたり血管を開いたりして死を自在に操っては、穏やかに素早く死なせていたことにも気づいていました。何の罪もない可哀相な動物たちが、私と同じように囚われていながら、死によってあっという間に自由になれたんです。あの子たちにとっては、生まれて初めて受けた慈悲だったはず。だから……」

 ロレンツァは真っ青な顔をして口ごもった。

「だから何だ? ロレンツァ」

「だから、あなたが科学的興味から可哀相な動物たちにおこなっていたことを、人の世の定めに則って私におこなって下さい。心の底からあなたを祝福しますし、無限の感謝を込めてその手に口づけしますから、願いを聞いて下さるのならどうか約束して下さい。お願い、バルサモ、息を引き取る際には、これまで見せたこともないほどの愛と喜びをお見せするから。この世を去る瞬間には、裏のない明るい笑顔を見せることを約束しますから。バルサモ。あなたの母の魂と、我らが主の血と、この世とあの世に存在する慈悲と威厳と聖性を持つすべてのものに懸けて、お願いだから私を殺して! ねえ殺して!」

「ロレンツァ!」叫ぶと同時に立ち上がっていたロレンツァを、バルサモが抱きしめた。「ロレンツァ、おまえは気が立っているんだよ。俺がおまえを殺すだって? 俺の命そのもののおまえを?」

 ロレンツァはバルサモの腕から必死に逃れてひざまずいた。

「頼みを聞いてくれるまで立ち上がりません。どうか痛みも苦しみも与えず安らかに殺して頂戴。愛しているというのなら、慈悲を見せて頂戴。これまでして来たように、眠らせて頂戴。もう起こさなくていいから。目が覚めても絶望が待っているだけなのだから」

「ロレンツァ! 俺の心臓に穴が穿たれているのがわからないのか? そこまで苦しんでいるのか? ロレンツァ、元気を取り戻してくれ、絶望になど身を委ねるな。そこまで俺を憎んでいるのか?」

「私が憎んでいるのは隷属、苦痛、孤独。みんなあなたがもたらしたものでしょう。だからそうね、あなたを憎んでいます」

「おまえを愛しているんだ。死ぬところなど見たくない。おまえが死ぬものか、どんなに難しい治療であろうとも俺が治してみせる。ロレンツァ、生きていることが楽しいと思えるようにしてやるから」

「無理よ。あなたのおかげで死が愛しくなったの」

「ロレンツァ、お願いだ。約束する。すぐに……」

「死か生かどちらかを選んで!」ロレンツァは怒りで我を忘れかけていた。「今日が最期の日。死を――休息を与えて下さらないの?」

「ロレンツァ、生きてくれ」

「だったら自由を」

 バルサモは答えなかった。

「だったら死を。一滴の毒薬や、剣の一突きで、穏やかな死を。眠っている間に殺して頂戴。休息を! 安らぎを!」

「生きて、耐えてくれ、ロレンツァ」

 ロレンツァはけたたましい笑いをあげて後ろに飛びすさり、胸許から細身の短刀を取り出した。それが手の中で稲光のようにきらめいた。

 バルサモは声をあげたが、間に合わなかった。飛びかかって腕をつかんだ時には、短刀は役目を果たしてロレンツァの胸に振り下ろされていた。短刀のきらめきと血潮を見て、バルサモは眩暈を覚えた。

 今度はバルサモがけたたましい叫びをあげてロレンツァを羽交い締めにし、短刀が再び振り下ろされようとするのを手探りでつかみかかった。

 ロレンツァがしゃにむに短刀を引き抜いたので、鋭い刃がバルサモの指の間を走った。

 切れた手から血がほとばしる。

 そこでバルサモは取っ組み合いをやめて血塗れの手を差し出し、有無を言わせぬ声を出した。

「眠れ、ロレンツァ、眠れ!」

 だが今回は昂奮しているせいか、いつもほど簡単には従わなかった。

「嫌です」ロレンツァはふらふらしながら再び自分を刺そうとした。「嫌です、眠るもんですか!」

「眠れ! 眠るんだ!」改めて命じてから、バルサモは足を踏み出した。「眠れ、命令だ」

 今回はバルサモの意思の力が勝った。ロレンツァは何の反応も出来ずに溜息をつき、短刀を落として、ふらふらと長椅子に倒れ込んだ。

 目だけが開いていたが、反抗的な光も徐々に薄れ、やがて瞼が降りた。引きつっていた喉からも力が抜けた。怪我をした鳥のように頭を垂れ、ぴくぴくとした震えが身体中に走った。ロレンツァは眠っていた。

 これでようやくロレンツァの服を開き、怪我の具合を調べることが出来た。どうやら軽傷のようだ。それでも夥しい血が流れている。

 バルサモが獅子の目を押すと、バネが動き、羽目板が開いた。アルトタスの部屋の揚げ戸の重しにしていた錘をよけ、揚げ戸に乗っかり実験室まで上った。

「ああ、そちか、アシャラ?」椅子に坐ったままアルトタスが声を出した。「よいか、儂は後一週間で百歳じゃぞ。それまでに子供の血か生娘の血が必要なのは知っておろうが?」

 だがバルサモはその言葉を聞かずに、秘薬の仕舞ってある戸棚に駆け寄り、これまでに何度となく効力を発揮して来た壜の一つをつかんだ。それから揚げ戸に戻って足で叩き、再び下に降りた。

 アルトタスは戸口まで椅子を滑らせ、バルサモの服をつかもうとした。

「聞かぬか、不孝者め! 一週間しても子供か生娘が手に入らなければ、霊薬を完成できずに、儂は死ぬのじゃぞ」

 バルサモが振り返った。ぴくりともしない老人の顔の真ん中に、燃え上がるような瞳が見えた。あたかも目だけが生きているようだ。

「わかっています」バルサモが答えた。「わかっていますから落ち着いて下さい。欲しがっているものはきっと手に入りますから」

 バネを外して揚げ戸を上に戻すと、縁飾りのように天井に溶け込んでしまった。

 それからすぐにロレンツァの部屋に駆け込んだが、部屋に戻った途端に、フリッツの鳴らした呼び鈴が響き渡った。

「ド・リシュリュー殿か」バルサモは呟いた。「構わん。公爵だろうと大貴族だろうと、待たせておけばいいさ」

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

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