翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『ジョゼフ・バルサモ』 143

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第百四十三章 質疑

 我に返って理性を取り戻すと、フィリップは直ちにアンドレの部屋に向かった。

 だが離れに近づくにつれ、不幸だという思いは少しずつ小さくなって来た。経験したばかりの出来事は夢であり、抗っていたのは現実ではなかったのではないか。医師から遠ざかるにつれ、戒めの言葉が信じられなくなって来た。確かに科学は間違うことがあるが、美徳は過ちを犯さない。

 アンドレを再診すると約束した以上は、医師は過ちを認めたのではないだろうか?

 だが戻って来たフィリップのあまりの変わりようや青ざめやつれた顔色を見て、今度はアンドレの方が心配になった。これほど短時間の内にこれほど変わり果ててしまうとは、いったい何があったのか。

 フィリップがこんな風になるとしたら、原因は一つしかない。

「お兄様、わたくしの病気は深刻なものなのでしょうか?」

「どうしてそんなことを?」

「だってルイ先生が恐ろしいお話をなさりそうだから」

「そうじゃない。先生は何の心配もしていないよ。おまえの言った通りだった。そのうえまた診察して下さるように約束してもらったんだ」

「またいらっしゃるんですか?」

「うん、迷惑じゃないだろう?」

 フィリップはたずねながらアンドレの目を覗き込んだ。

「ええ」アンドレは即答した。「そうすることでお兄様が安心なさるのでしたら、それが一番ですもの。でも、だったらどうしてそんなに青ざめて動揺していらっしゃるの?」

「心配かい?」

「お兄様がそんなことを仰るなんて!」

「ぼくのことを心から大事に思ってくれているかい?」

「何ですって?」

「小さかった頃みたいに、ぼくを大事に思ってくれているかい?」

「フィリップ!」

「かけがえのない大事な人間だろうか?」

「たった一人の大事な人です」

 答えてから、アンドレは面目なさそうに赤面した。

「ごめんなさいフィリップ、忘れていたわ……」

「父上のことだね?」

「ええ」

 フィリップはアンドレの手を取り、愛おしむように見つめた。

「アンドレ、父上やぼくに抱いているのとは別の愛情を心に秘めていたとしても、責めたりはしない。約束する……」

 フィリップはアンドレのそばに腰を下ろした。

「おまえくらいの年頃になれば、娘さんたちは思わず知らず荒々しい口を利くものだ。聖書の教えは妻に対し、両親や家族の許を離れて夫に尽くすように説いているじゃないか」

 アンドレはしばらくフィリップを見つめ、聞いたこともない外国語で話をされているようにぽかんとしていた。

 やがて何とも言えず無邪気に笑い出した。

「夫ですって! まさか夫の話をなさっているわけじゃないでしょう? そんな人はまだ現れていないし、わたくし本人が見たことも聞いたこともないわ」

 フィリップは嘘偽りのない笑い声を聞いて、アンドレに近寄り両手を包み込んだ。

「順序から言えば夫にする前に婚約者や恋人がいるだろう」

 心の奥底まで映し出している澄んだ瞳の奥底まで覗き込もうと苦しんでいるのを見て、アンドレは驚いてフィリップを見つめ返した。

「おまえは生まれてからずっとぼくのことを一番の友人だと思ってくれていただろうけれど、ぼくの方ではたった一人の友人も同然のつもりでいたんだ。おまえを放って友人たちと遊びに行ったことなどなかっただろう? ぼくらは一緒に育った。無条件の信頼関係が揺らぐことなどなかった。いったいどうしてしばらく前からこんな風に理由もなくいきなり態度を変えなくてはならないんだ?」

「わたくしの態度が変わったと仰るの? どういうことでしょうか。戻って来てからお兄様が仰っていることはさっぱり理解できません」

「いいかいアンドレ」フィリップはアンドレを胸に抱きしめた。「思春期の情熱が幼少期の愛情に取って代わるのはおかしなことではないし、もうぼくのことを信頼していないから愛に冒された心を見せようとは思わないんだろう」

「お兄様!」アンドレはますます驚いて声をあげた。「何を仰っているの? どうして愛の話なんかなさるんです?」

「アンドレ、ぼくは勇気を振り絞って、おまえにとっても大変だろうがぼく自身にとっても辛い質問をしているんだ。こうして信頼してくれと頼むことが、いや要求することが、おまえの心からぼくを締め出してしまうことになるのはよくわかっている。それでもぼくはそうするつもりだ。ぼくの方も辛いんだと信じてくれ。兄であり友人である人間に対してそんな風に口を閉ざすことが出来るとは思わなかったけれど、このまま沈黙を貫いてぼくを悲しませるというのなら、恐ろしい不幸の真っ直中におまえを置き去りにしておくよりはむしろ、愛されなくなる方を選ぶよ」

「お兄様、どうして非難されているのかわたくしにはまったく理解できません」

「アンドレ、理解させてもらいたいのか?」

「ええ……もちろんです」

「そう言うのなら詳しい話をするけれど、その話がおまえを赤面させ、心に羞恥を植えつけることになっても、原因はおまえにあるんだぞ。秘密を引き出すために心の奥底まで掘り起こす羽目に陥らせたのはおまえなんだからな」

「構いません。何を言われても腹を立てたりはしませんから」

 フィリップは妹を見つめ、昂奮して立ち上がると、部屋をドタドタと歩き回った。フィリップは胸中に非難の言葉を用意していたが、アンドレの落ち着き方にはそうした非難と相容れないところがあるものだから、どのように心を決めればいいのかわからなかったのだ。

 アンドレの方では呆然として兄を見つめていたが、兄らしい温かな力強さとはまったく異なる厳しさを感じて、だんだんと畏縮し始めていた。

 そこでフィリップが口を利き始めるより先にアンドレも立ち上がって腕を取り、優しい目つきでフィリップを見つめた。

「お兄様、こんな風にわたくしを見つめて頂戴!」

「当たり前じゃないか」フィリップは熱い眼差しを注いだ。「どうしたんだい?」

「あのね、お兄様はこれまでずっと、わたくしが友情を感じた相手に嫉妬なさって来たと申し上げたいんです。おかしなことではありませんわ、わたくしだってお兄様が友情や愛情を示した方に嫉妬していたんですもの。今言ったことを考えてみて下さらない?」

 アンドレが微笑んだ。

「わたくしの目の中に隠しごとでも見えるのでしょうか?」

「ああ、見えるとも。おまえは誰かを愛しているんだ」

「わたくしが?」アンドレの驚き方には不自然さなど皆目なかった。よほど巧みな俳優でも今の一言を真似られるかと問われたら即答できないだろう。

 アンドレは笑い出した。

「わたくしが誰かを愛しているですって?」

「そして愛されているんだろう?」

「残念ですけれど、そんな人とお近づきになったことはありませんから、説明することも出来ませんわ。そんなの絵に描いた愛ね」

 今の質問に対してこれほど率直に笑って冗談を言ったり、青い瞳が澄んでいたり、物腰が清らかで無邪気であったりするのを見たり、胸の上に感じている落ち着いた心臓の鼓動を感じたりもすれば、一か月会わなかったからといって妹の清らかな気立てが変わったわけではないということは自ずから明らかであった。可哀相にアンドレは不当に疑われていたのだ。科学は嘘をついたのだ。もっともルイ医師にも弁明の余地はあろう。アンドレの純真さも美しい心根も知らなかったのだから。恥ずべき手本に魅了され、悪い血による早熟な熱情に引きずられた貴族の娘たちを見て来たせいで、アンドレのことも何の未練も魂胆もなく処女を捨てるような女だと信じてしまえたのだ。

 フィリップは改めてアンドレを見つめ、医師が過ちを犯したのだと納得した。この説明に満足して、聖母マリアのような純潔を告白しながら同時に聖なる子に信仰を告白した殉教者を抱きしめるように、妹を抱きしめた。

 約束通りやって来たルイ医師の足音が階段から聞こえて来たのは、フィリップがこのように考え直した頃だった。

 アンドレは震え上がった。現在アンドレが置かれているような状況の中では、どんなものでも恐ろしかった。

「どなたかしら」

「もちろんルイ先生だろう」

 と同時に扉が開き、部屋に現れたのは確かにフィリップが待ち望んでいた医師であった。

 科学こそが聖職であり、宗教的神秘も科学によって把握する類の、厳格で正直な人間だった。

 斯かる唯物論的な時代にあって珍しいことに、ルイ医師は肉体の病の下に魂の病を探そうとしていた。噂や邪魔など少しも心配せず、暇人や噂屋にとっては乱暴に思えるほどに、勤勉な人々から受け継がれて来た時間という遺産を惜しんで、このように歩んでいたのである。

 最初に話をした際にフィリップに冷たかったのにはそういう事情があった。言質を取りつけたことを自慢して、色恋の成果を褒めてもらおうと、医師にお追従を言いに来た優男と勘違いしたのだ。だが事情がわかり、恋人らしい不遜さではなく兄らしい逼迫した表情を目の当たりにして、そして不機嫌ではなく不幸が形を取っているのを目にして、心優しき臨床医は心を動かされた。フィリップとの会話を終えてから、こんな風に呟いていた。

「私は間違っていたのかもしれない。いや、間違いであって欲しい」

 だからフィリップから頼み込まれなくとも、アンドレのところに戻っていたはずだ。改めて徹底的に診察してみれば、最初の診察でああした可能性に思い至ったのが何故なのかわかるかもしれない。

 そこで入って来るとすぐに、医師として観察者として培われた眼差しで控えの間からアンドレを捕えて離さなかった。

 ちょうどこの時、医師の訪問がきっかけだったのか、偶然によるものなのか、フィリップをあれほど怯えさせていた発作が起こった。アンドレは身体を震わせ、苦しそうに口に手巾を押し当てた。

 だがフィリップは医師をもてなすのに必死でまったく気づいていなかった。

「ようこそおいで下さいました。失礼な態度をお許し下さい。一時間前にお会いした時にはひどく動揺していたのですが、今はもう落ち着きましたから」

 医師はアンドレから目を離し、フィリップを観察して、微笑みや明るさの意味を探った。

「私が申し上げた通り妹さんとお話ししましたか?」

「ええ、先生」

「だからあなたは落ち着いていると?」

「上は天国から下は地獄までを経験しました」

 医師はアンドレの手を取り、時間をかけて脈拍を計った。

 フィリップはそれをじっと見つめていた。

 その様子は、「さあどうぞ、先生。ぼくはもう医者の診断を恐れてはいませんよ」と言っているようであった。

「どうですか、先生?」フィリップは安心しきっていた。

「恐れ入りますが――」と医師が答えた。「妹さんと二人きりにしてもらえませんか」

 率直に告げられたこの言葉に、フィリップの自信が崩れ落ちた。

「何ですか? どういうことです?」

 医師は同じ言葉を身振りで繰り返した。

「わかりました。席を外しましょう」フィリップは重苦しい答えを返すと、アンドレに向かって声をかけた。

「アンドレ、先生には正直に素直に話すんだぞ」

 アンドレは肩をすくめた。何が言いたいのか理解すらしていないように見える。

「おまえが先生から身体のことを質問されている間、ぼくは庭園を散歩しているよ。馬を頼んでおいた時間にはまだ間があるから、帰る前にまた会ってもう少しおしゃべり出来るはずだ」

 フィリップはアンドレの手を取って微笑もうとした。

 だが握った手も微笑みも、ぎこちなく震えているのがわかった。

 医師が厳粛な面持ちをしてフィリップを戸口まで見送り、扉を閉めた。

 その後で、アンドレと同じ長椅子に腰を掛けた。

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「自殺」クロード・フランソワ・シェニス

自殺
 クロード・フランソワ・シェニス

 どんよりとした陽射しが落ち、埃にまみれてひび割れた窓ガラス越しに、白木のテーブルに光が当たった。テーブルの前に庭椅子があるほかは、その部屋に家具はない。汚れた床の上には、割れやすい実験用ガラス器具や扱いの難しい測定器が積み上げられている。遡ること戦前に、忍耐と交渉を重ねた末に手に入れたものだった。壁に掛けられているのは、フランツ=フェルディナント皇帝の公式肖像画だ。苦悩の表情を浮かべた皇帝の正面には万年暦があり、目盛りが日付を告げていた。一九三四年十一月ノーヴェンバー八日。

 遠くでイギリスのロケット弾が糸を引くようなうなりをあげた。やがて谷に落ちて爆発するのだろう。教授は顔を上げてその軌跡を追おうともしなかった。不安な様子はまったく感じられない。一年前に、最後の爆弾によって最後の核工場が破壊されてからは、敵国のどこであろうと核物質を撒き散らすことは出来ない。先ほどのロケット弾には普通の爆薬が積まれている。それが戦争末期にできる精一杯の攻撃だった。「爆弾」を知っている者なら大騒ぎするまでもない……

 実際のところ戦争が今も続いていたなら、いいかげん慣れ切っていたはずだ――十二年というのは慣れるのには充分すぎるほど長い――それに何より、どのキャンプを探してみても、砲撃をやめさせることのできる人間などもういないのだから。教授の知るかぎりでは、帝国はもはや存在しなかった。廃墟となった都市部との連絡を絶たれ、数百万人からなる軍隊は散り散りばらばらになり、群れを為した寄せ集めと化して、絶望して故郷に帰る先々で土地を荒らし恐怖を撒き散らしていた。なかには断固として夢を見続ける将校たちもいて、しっかりと手綱を締められていたいくつかの部隊は、それぞれのキャンプ地で残された砲弾やロケット弾を盲撃ちしていた。

 この戦争には勝者も敗者もいなかった。荒れ果てた世界では文明の波が最後のしぶきを上げて次々に沈んでいた。六か月前からチロルの研究所には教授一人しかおらず、インスブルックからはもう何の連絡も来ていない。だからと言って出向くのは問題外だ。爆弾に汚染された死の地帯と、腐乱死体が分解されさえしない腐敗地帯が、北の谷を覆い尽くしている。スイス十月革命以来、チューリヒのラジオ局は無言を貫いている。いや、無意味で矛盾した宣言だけを時折り発信しているというべきだろう。

 

 一九一四年六月二十八日。サラエヴォにいたフランツ=フェルディナント大公は陸軍の司令官に対して不機嫌を隠さなかった。それもやむを得まい。伯父である老フランツ=ヨーゼフ皇帝がボスニアの人々にしっかりと支持されていることを確かめに来たのだが、そこでわかったのは町が敵意に満ちていることであり、行列が通ると非難に満ちた呟きが聞こえることであったのだから。

 治安部隊の兵士たちにしてからがボスニア軍に所属しており、不機嫌そうな態度を取ったり武器の持ち方を変えたりすることで、ほかの人間に訪問してほしかったことを明らかにしていた。待ち望まれていたのはセルビア王ペータル・カラジョルジェヴィッチだった。オープンカーにいる皇太子夫妻は恰好の標的であった。いかに勇敢とはいえ、フェルディナントは背筋に震えが走るのを感じていた。

 だが何も起こらなかった。オープンカーは駅に着き、ひそかにセルビア国歌を演奏する準備をしていたはずのオーケストラが、「神よ皇帝を守り給え」をぞんざいな調子で演奏した。フェルディナントは大公妃が列車に乗るのに手を貸してから、振り返って司令官の手を事務的に握り、客車に乗り込んで、憎しみに満ちた人々に最後の挨拶を送った。安堵の息をついたとき、列車が動き出した。

 

 死へのレースが始まったのは一九一〇年ごろのことだ。ヨーロッパ各国の首脳たちは――正当な理由から――十数年後には世界大戦が避けられないと判断し、それまでの期間を準備に費やした。ばらばらの軍隊を一つにし、施設をまとめるには、オーストリア=ハンガリー二重帝国にはそれだけの時間が必要だった。帝政ロシアにも、烏合の群れをまともな軍隊に変えるのにそれだけが必要だった。ドイツの場合は……かの老ティルピッツがぶちあげた造船計画などは狂気の沙汰だったし、皇帝ヴィルヘルム二世が計画に同意したのも、造船所がそれを実現できるわけもないと確信していたからだ。この計画によれば大洋艦隊ホーホゼーフロッテはイギリス・フランス連合艦隊の二倍の戦力を得られるはずだった。一九二二年六月、老提督が誇らしげに皇帝に報告できたのは、ホーエンツォレルン家の鷲に海上をしろしめさせんために百隻のドレッドノート艦を準備して秘密工廠から出艦させている、という内容だった。

 だが英仏協商は眠りに就いたままでは終わらなかった。三十年前から燃やし続けていた復讐心のもとで訓練怠りなかったフランスは、少しでも危険を感じたら国境に百個師団を送り込む用意をととのえ、最初の攻撃に耐えるか――与えるか――するはずだった。それを後ろ盾にして、イギリスも動員をかける準備をととのえることができた。そして二つの同盟国によって極秘裡に恐ろしい兵器が開発されたのが、一九一六年のことだった。その武装した装甲車には農業用トラクターのようなキャタピラがついており、どんな道でも障害物でも乗り越えて進むことができた。大量の『タンク』(というのが秘密を保持するためにつけられたコードネームだ)が搬入され、乗組員たちは絶対に口外しないことを誓わされたうえで訓練されていた。

 一方ではさらに悪いことが――よりいっそう悪いことが――起こっていた。一九一五年からドイツの化学者たちは窒息性のガスの製造に取りかかっており、それを使用すれば完全なる勝利が約束されたも同然だった。ドイツ歩兵隊は肩に武器をかつぎ、呼吸は防護マスクを通しておこない、厄介なことといえば死体の山を越えて歩かなくてはいけないことくらいであった。ドイツ空軍ルフトヴァッフェによってこのガスがばらまかれて敵国中に広がれば、生き延びた人々はパニックに陥って政府に早期降伏を要求するのではないかと期待された。七年にわたる試行錯誤の結果は称賛に値するものであった。ドイツの化学者たちは大船に乗った気でいた……

 だが一方で研究に勤しんでいたのが物理学者たちだった。一九一九年五月十一日、イギリスの科学者ラザフォードの研究が首相の目に留まった。原子には並はずれたエネルギーが含まれており、手だてさえ見つかれば大きな力を自由にできるというので、ただちにラザフォード計画が誕生した。同盟両国から著名な物理学者が集められ、極秘裡に研究室に保護された。

 だが秘密というのは洩れるものだ。イエナ大学のアインシュタイン教授がこの研究に感づくことになる。ドイツ皇帝の庇護を受け、ドイツと深い関わりのあった著名な理論家にとっては、平和主義に目をつぶり「武器」実用化に向けた研究をおこなうのは簡単なことであった。

 こうしてすべての火種はととのった。

 

 火がついたのは一九二二年七月のことだ。きっかけはありきたりの外交的事件に過ぎなかった。三日間で全世界が戦争状態に陥った。たった一か月で、死者の数は二千万人にのぼっていた。

 初めの数日はどのような予想も伝統的見解も役に立たなかった。制海権は新たな持ち主の手に渡った。イギリスの遠征軍はティルピッツの創案した艦隊によってマンシュの奥に追いやられ――連合艦隊も運命を同じくした。だがすでにフランス軍はウルムとアウルスブルクを目指し、戦車が立ちはだかるものすべてを蹴散らして進んでいた。そこでドイツはガスに防衛を託した。フランスの兵士が息を詰まらせ地面でひきつる間もなく、ルールに最初の爆弾が投下された。

 六か月で一億人が死んだ。ルールとラインラントの町にはもはやガラス状になったクレーターしかなかった。だがフランス北部は一年後には見渡すかぎりが腐った屍で埋もれた大虐殺場となっていた。緑のガスが拡散することなく層を成して滞っていたのだ。

 一年が過ぎたころには死者は二億人に達していた。そのあとは、殺戮のリズムは速度をゆるめた。軍人は身を潜め、市民は廃墟の下で一つになっていた。一つには生き延びるため、一つには軍事品を補給するため。争いは長期化し、決定的な成果もなく、大きな勝利も敗北もなかった。残された中立者たちも、態度をはっきりとさせなくてはならなくなっていた。一つだけ明らかな敗者があった。文明。もはや希望は一かけらも残されてはいない。被害はあまりに大きく、復興は恐らく不可能だった。重要な施設も工場も消え失せてしまった。交通の足ももはや存在しない。爆弾やガスを免れた人々も、飢えやペスト、チフスによって最後の仕上げを打ち込まれていた。

 

 教授は頭を抱えた。一瞬だけ懐疑、疲労、弱気を覚えた。もう缶詰もほとんど残っていない。猛威をふるったチフスによって助手たちも倒れてしまった。自分が死んでしまえば、すべてが失われてしまう。たった一つ残されたすべての希望が。どれほど頼りない希望であろうと……。

 一九三四年十一月八日。配給が手に入ったので、これで年末まで食べてゆける。あと五十日。せめて友人のハイゼンベルクがコンデンサーを持ち帰ろうとしてインスブルックへの降下を最後に試みなかったならば……。

 厳密に言うなら、多少の工夫をして、複雑な作りにすれば、コンデンサーなしでも「最後のチャンス」計画を成功に導くことはできたのだ。ハイゼンベルクがいないとなれば、でたらめに書き散らされた覚書をもとに仕事をせざるを得ないが、それは困難を極める。替えのきかない痛手だった……。計画を進めていたのはハイゼンベルクだったのだから。一年以上前に繰り返していた言葉を今でも覚えている。「もちろん我々が知っているような過去は蓋然的なものでしかなく、断じて確定的なものではない。『もっともありそうな』過去でしかないのだ。不可能ではないのだよ、運命の手をねじ曲げ、新しい可能性を生み出すために、過去に介入するのは不可能ではないのだ。最後のチャンスだ……無論、我々自身が過去に戻ることなど問題外だ。因果律を冒すようなことなどできるわけがない。だが現在の我々の意思を投影することならかろうじてできる。過去にいたもう一人の我々に向かって。我々自身に向かって、すべきことをするように導くことなら――将来すべきこと……というべきかな。未来を――彼らの未来を――変えるためにしなくてはならないことをだ。頑張ろうじゃないか……」

 教授はため息をつき、抽斗を開け、二十年前に購入した古い自動拳銃に目をやった。疲労に負けそうになる。滅びかけたこんな世界を見捨てたい思いに気持が傾く。肩をすくめて抽斗を閉めた。そんな形で自殺するのは無意味だ。だが準備していた方法なら……。

 戦前十年間の歴史は詳細に調べていた。できるだけ早く実行しなくてはならない。当たり前のことだが、動き始めてしまったあとで武力衝突を止めようとしても意味がない。遅らせたところでさらに悪い結果をもたらすだけだ。そうではなく、事前に暴発させなくてはならない。軍事力が恐ろしい手段を手に入れ、戦争のスタート地点にたどり着く前に……壊死する前に膿を出さなくてはならない。

 早ければ早いほどいい……だが年齢に制約がある。一九一一年八月のアガディール事件のときにおこなうのは都合がよさそうだ。タンジール訪問中に皇帝ヴィルヘルムを暗殺するだけでよい。事件はフランス警察が担当することになる。その後に起こる戦争で活躍する武器は銃剣になるはずだ。航空機でも自動火器でもガスでも爆弾でもなく……戦争はすぐに終わり、人もほとんど死なずに済む。だがまだウィーンの寄宿学校に閉じ込められている十六歳の少年が、どうやってそんな遠国に行き、そんな出来事を実現させられるというのか?

 一九一四年八月のセルビア事件のときなら十九歳になっている。年齢的にはだいぶいいが、年代的にはぎりぎりだ。翌年にはドイツの科学者がガスを開発している。もちろん戦争で用いられるだろうが、完成させる時間はない。武力衝突は一九一九年を待たずして終わる可能性がある。戦後の雰囲気のなかではラザフォード計画が生まれるような理由もないから、爆弾が開発されるのも二十年は先になるだろう。一九一四年……この日に起こるはずの戦争は長いものになるだろうが、文明を滅ぼすには至るまい。

 プリンツィプ教授は顔を上げ、これから殺しに行く人物の肖像画を見て、仕事に戻った。

 

 一九一四年六月二十八日。サラエヴォにいたフランツ=フェルディナント大公は陸軍の司令官に対して不機嫌を隠さなかった。それもやむを得まい。伯父である老フランツ=ヨーゼフ皇帝がボスニアの人々にしっかりと支持されていることを確かめに来たのだが、そこでわかったのは町が敵意に満ちていることであり、行列が通ると非難に満ちた呟きが聞こえることであったのだから。

 治安部隊の兵士たちからがボスニア軍に所属しており、不機嫌そうな態度を取ったり武器の持ち方を変えたりすることで、ほかの人間に訪問してほしかったことを明らかにしていた。待ち望まれていたのはセルビア王ペータル・カラジョルジェヴィッチだった。オープンカーにいる皇太子夫妻は恰好の標的であった。いかに勇敢とはいえ、フェルディナントは背筋に震えが走るのを感じていた。

 一回目の銃声ではフランツ=フェルディナントを脅かすことはできなかった。学生プリンツィプは射撃場にいるように落ち着き払って銃を撃ち、ブローニングのマガジンを空にした。先に撃たれた大公妃が倒れ込む。プリンツィプは慎重に――極めて慎重に――狙いをつけて、とどめの銃撃をおこなった。

 当局から尋問されてもプリンツィプは頑として口を割らなかった。法廷でも不遜に沈黙を貫いた。もっとも、裁判はほとんど注目されることもなく終わった。戦争が猛威をふるっていたのだ。

 プリンツィプは二十歳で死んだ。最後まで犯行の動機を説明することはなかった。

『ジョゼフ・バルサモ』 142

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第百四十二章 誤解

 フィリップは気さくに会話を続けながら、妹から目を離さずにいた。アンドレの方も再び気絶して兄を心配させたりはすまいと、意識をしっかり持とうとしていた。

 フィリップは様々な見込みが外れたことを話した。国王に見捨てられたこと、ド・リシュリュー氏の気が変わったこと。やがて七時の鐘が鳴ると、しようとしていることをアンドレに見抜かれないように、大急ぎで外に出た。

 真っ直ぐに王妃の居館に向かうと、衛兵から呼び止められないように充分に離れながら、同時にフィリップのそばを通らなければ誰も通り抜けられないほど近い場所で立ち止まった。すぐに、通りかかった人物に気がついた。

 アンドレから聞いた通りの険しく厳かな顔つきの人物が姿を見せたのは、フィリップが出て来てから五分と経ってはいなかった。

 日が陰り、ものが見えづらくなっているというのに、医師はケルンで出版された胃不全麻痺の原因と症状に関する論文をひもといていた。闇が濃さを増していたので、もうほとんど字が見えないことに最前から医師も気づいていたが、歩いて来た人影によって残っていた光がとうとう遮られた。

 医師は顔を上げて目の前の人物にたずねた。

「どなたです?」

「失礼ですが、お医者様のルイ先生でしょうか?」

「如何にも」医師は結んだ。

「ではちょっとよろしいでしょうか」

「どういうご用件でしょうか。王太子妃殿下の許に伺わなくてはなりませんから、時間がないのです」

「先生――」フィリップはひざまずいて道を塞いだ。「……治療してもらいたいのは妃殿下の奉公人なのです。その子はひどく苦しんでいますが、妃殿下のお加減には不都合なところはございませんのでしょう?」

「まずは誰のことを話しているのか聞かせて下さい」

「妃殿下ご自身がご案内した部屋の住人のことです」

「ああ、アンドレ・ド・タヴェルネ嬢のことですか?」

「そうです」

「なるほど!」医師は若者の頭から爪先まで見回した。

「あの子が苦しんでいるのはご存じでしょう?」

「ええ、痙攣を起こしていましたね」

「それに失神を繰り返すんです。今日だけでもぼくの腕の中で数時間の内に三、四回気を失いました」

「悪化したのですか?」

「ぼくにわかるわけがありません。ですが大事な人が……」

「アンドレ・ド・タヴェルネ嬢はあなたにとって大事な人なんですね?」

「この命よりも!」

 フィリップはこの言葉を兄妹愛のつもりで口にしたのだが、ルイ医師はその意味を取り違えた。

「ははあ、ではあなたが……?」

 医師は言い淀んだ。

「何でしょうか?」

「つまりあなたが……?」

「ぼくが何だというのですか?」

「恋人かと言いたいんですよ」医師は堪えきれずに口に出した。

 フィリップは後じさり、手を額に当て、死人のように青ざめた。

「何ですって! 妹を侮辱するつもりですか!」

「妹? アンドレ・ド・タヴェルネ嬢は妹さんですか?」

「そうですとも。そんなおかしな勘違いをなさるようなことは言わなかったつもりですが」

「失礼ですがこんな時間帯に会いに来たことや、謎めいた言葉つきから思うに……察するに、兄妹愛を越えた愛情を……」

「先生。恋人だろうと夫だろうと、ぼくほど妹を愛したりはしないでしょうとも」

「そうでしたか。それならわかりました。勘繰ってしまい、傷つけたことをお詫びします。お許しいただけますでしょうな……?」

 医師はそう言って通り過ぎようとしたが、フィリップに引き留められた。

「先生、お願いですから行ってしまう前に病状について安心させて下さい」

「不安になるようなことを誰から吹き込まれたんです?」

「この目で見たんです」

「あなたがご覧になったのはただの生理現象ですよ……」

「ただの?」

「場合によりけりですが」

「何から何までおかしな点がありますね。何だか隠しごとをして返答を避けているみたいだ」

「早く妃殿下のところに行きたくてやきもきしているとは考えないのですか? 妃殿下がお待ちになって……」

「先生、先生」フィリップは汗で光る顔を拭った。「先生はぼくのことをド・タヴェルネ嬢の恋人だと勘違いなさいましたね?」

「ええ、ですが間違いだとわかりましたから」

「しかしそうすると、ド・タヴェルネ嬢に恋人がいるとお考えなのですか?」

「医者の考えていることをお伝えするわけにはいきませんよ」

「お願いです先生。折れた剣の刃のように心に刺さったままの言葉を、どうか引き抜いて下さい。誤魔化そうとするのはやめて下さい。あなたは必要以上に洞察力があり目敏い方のようです。恋人がいると考えたり、それを兄に隠そうとするのはどういうことなのですか? お願いですから教えて下さい」

「ご希望に反しますが、お返事を差し控えさせてもらえますか。あなたの話し方を伺う限りでは、どうやら取り乱しておいでのようだ」

「先生にはわからないんです。あなたの言葉の一つ一つが、崖っぷちで震えているぼくを一歩一歩絶壁の方に押しやっているというのに」

「お待ちなさい!」

「先生!」フィリップは我を忘れた。「先生のお話を聞いていると、驚くほど冷静で勇敢でなければ耐えられない恐ろしい秘密のようではありませんか?」

「ド・タヴェルネさん、思った以上にあなたは取り乱しておいでのようだ。そんなことは一言も申しておりませんよ」

「口には出さずとも仰っているも同然です!……いろいろなことを勘繰らざるを得ません!……そんなのは優しさではありませんよ。ぼくが苦しんでいるのがわかりませんか。お願いですから仰って下さい! 何を聞いても冷静でいるし心を挫かないとお約束しますから……妹の病気は、恐らく不名誉な……先生、否定はなさらないで下さい!」

「ド・タヴェルネさん、私は妃殿下にもお父上にもあなたにも何も申し上げませんでした。もう何も聞かないでもらえますか」

「わかりました……でもぼくはその沈黙に意味を見出してしまいますよ。あなたの考えをたどって暗く悲しい道筋に陥ることでしょう。ぼくが取り乱すというのなら、せめて止めて下さい」

「さようなら」医師ははっきりと口にした。

「離しませんよ。ウイかノンか答えて下さい。たった一言だけでいいんです。ぼくのお願いはそれだけです」

 医師が立ち止まった。

「先ほどひどい勘違いをして傷つけてしまいましたが……」

「そのことはもういいんです」

「よくはありませんよ。先ほど、少し後のことですが、ド・タヴェルネ嬢が妹さんだと仰いましたね。ですがその前に、勘違いの原因になるようなことを仰っていたではありませんか。アンドレ嬢のことを命よりも大事に思っている、と」

「その通りです」

「でしたら妹さんも同じくらいあなたのことを思うべきではありませんか?」

「もちろんです。アンドレは世界の誰よりもぼくのことを大事に思っていますとも」

「でしたら妹さんのところに戻ってたずねてご覧なさい。私が言った通りにたずねてご覧なさい。私はもう行かなくてはなりません。妹さんがあなたのことを思っているなら、きっと答えてくれるでしょう。医者に言えなくても友人になら言えることがあるものです。医者として私の口からは申し上げたくないことも、きっと本人が教えてくれるでしょう。ではさようなら」

 医師は改めて館の方へ歩き出した。

「駄目です、いけません!」フィリップの叫びは苦しみのあまり途切れ途切れの嗚咽となっていた。「駄目です、納得できません。お願いです、そんなことを仰らないで下さい!」

 医師はゆっくりとその場を離れ、なだめるように答えた。

「申し上げたことをなさい。私を信じて、それが最善の策だと思って下さい」

「ですが先生、あなたを信じるということは、これまで信じて来た信仰を捨てるも同然です。天使を罵り、神を試すようなものです。信じろと言うのでしたら、せめて証明して下さい」

「さようなら、タヴェルネさん」

「先生!」フィリップが絶望の声をあげた。

「そんなに昂奮しては、人に知られてしまいますよ。せっかく誰にも言わずにおこうと心に決め――あなたにも隠しておきたかったことなのに」

「きっと先生が正しいのでしょう」声は小さく、消えそうな吐息が口唇から洩れた。「それでも科学だって間違うことがあるはずです。ご自身で認めたように、先生だって間違うことはあったのですから」

「滅多にないことです。私は厳格な学究の徒ですから、目と心が『見た、わかった、確実だ』と認めない限り、口から『ウイ』の言葉が出ることはありません。確かにあなたが仰ったように、時には間違うこともあります。人間という誤謬を犯す生き物ですから。ですが確率から言えば、ないに等しいと言ってよいでしょう。ですからここらで穏やかにお別れしましょう」

 だがフィリップは聞き入れずに医師の腕をつかんだ。それがあまりにいたわしかったので、医師も立ち止まった。

「どうか最後に一つお願いします。こんなに混乱したままでどうやって引き下がれというのですか。まるで気が違ったような感じがしています。生かすか殺すかはっきりして下さい。心を脅かしている事実について確証が欲しいんです。これから妹のところに戻りますが、あなたがまた診察に来て下さるまでは妹には何も言いません。だからどうか考え直して下さい」

「あなたの方こそ考え直していただきたい。私の方にはさきほど申し上げた言葉につけ加えることは何もありません」

「先生、お願いです――死刑執行人だって死刑囚には慈悲を拒まないではありませんか――王太子妃殿下のところにお伺いした後で妹のところにもまた寄っていただけませんか。どうかそうすると仰って下さい!」

「何の意味もないことですが、あなたがそこまでこだわるのでしたら、ご希望に答えなくてはなりませんね。妃殿下のところを退いたら妹さんに会いに伺いましょう」

「ありがとうございます! きっと間違っていたとお認めになるに違いありません」

「間違っていたなら、喜んで認めましょう。では!」

 自由の身になった医師が立ち去り、一人フィリップが広場に残された。熱で震え、冷たい汗にまみれ、昂奮のあまり、自分が何処にいるのかも誰と話していたのかもどんな秘密を耳にしたのかもわからなくなっていた。

 数分にわたって、意味もわからないまま、星々で控えめに輝く空と光り輝く館を見つめていた。

『ジョゼフ・バルサモ』 141-2

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

「ほら、よくなったでしょう、フィリップ。何でもなかったの。たとい親切にして下さらなかったとしても痙攣は治まったでしょうし、もうすっかりよくなっていたんです。ですけど目の前に最愛のお兄様がいらっしゃったものですから……わたくしの人生にとってお兄様がどれだけ大事な存在なのかはご存じでしょう。具合が良くなっていたところに、そうしたショックで死にかけてしまいましたの」

「わかったよ、それなら何の問題もない。それはそうと、何が原因で病気になったんだい?」

「何だったのかしら? 春になって花の季節ですから。わたくしが過敏な体質なのはご存じでしょう。昨日から、花壇の青リラの香りにやられてしまって。春一番に乗って揺れるあの花の放つ香りに酔ってしまったのね。ですから昨日……ああ、ねえフィリップ、もうそのことは考えたくないわ。でないとまた具合が悪くなってしまいそう」

「それもそうだな。きっとそうなんだろう。確かにリラの花には毒がある。子供の頃タヴェルネで、垣根で摘んだリラをぼくの寝台の周りに飾ったことがあっただろう? 祭壇みたいに立派だなんて二人で言ってたっけ。ところが次の日、ぼくは目を覚まさなかった。死んでしまったものと誰もが思ったのに、おまえだけは違って、自分にさよならも言わずに何処かに行くわけがないと言って信じようとしなかったんだ。おまえだけだった――あの時ほんの六歳だったけれど――口づけと涙でぼくを目覚めさせたのはおまえだけだったんだ」

「それに空気よ。ああいう時には空気が必要なんです。わたくしに足りないのも空気なのだと思います」

「アンドレ、あのことを忘れてしまったのかい。部屋に花を運ばせるつもりだったんだろう」

「そうではないの。雛菊を置かなくなったのも二週間以上も前のことですもの。不思議ね! あれほど花を好きだったのに憎らしく思うなんて。でも花のことは放っておきましょう。頭が痛かったの。ド・タヴェルネ嬢は頭が痛かったんです。ド・タヴェルネ嬢ほど幸せな人間はいないという時に!……頭が痛いせいで気を失ってしまったけれど、そのおかげで運命が宮廷と都に向いて来たんです」

「何だって?」

「そうなんです。ご親切にも王太子妃殿下がお見舞いに来て下さったんです……何て素晴らしい方なのかしら。妃殿下ほどお優しい方はいらっしゃいませんわ。わたくしのことを気遣い、哀れに思って主治医を連れて来て下さったんです。誤診などなさらないご高名なお医者様が、わたくしの脈を取り、目と舌を診察して下さいました。結果はご存じ?」

「わからないな」

「病気でも何でもないそうです。ルイ先生は一滴も一粒もお薬を処方なさらなかったわ。毎日毎日震える腕や足を治して来たそうよ。そういうわけだからフィリップ、わたくしは何でもないの。いったい誰からそんな脅かすような話を聞いたの?」

「あのジルベールの奴だよ!」

「ジルベールですって?」アンドレが目に見えて苛立ちを表した。

「ああ、おまえが重病だとジルベールから聞いたんだ」

「そんなたわごとをお信じにならなくても。あの怠け者は馬鹿なことをするか言うかしか能がないんですから」

「アンドレ!」

「何でしょうか?」

「また顔色が悪くなっているじゃないか」

「だとしたらジルベールのせいよ。歩く邪魔をするだけでは飽きたらず、いなくなってもジルベールの話を聞かされなきゃならないなんて」

「大丈夫か、また気絶しそうじゃないか」

「ええ……でもこれほど……」

 アンドレの口唇が青ざめ、声が途切れた。

「何てことだ!」フィリップが呟いた。

 アンドレは賢明に。

「何でもないんです。発作を起こしたり苛立ったりしても気になさらないで下さい。こうしてちゃんと立っているでしょう。嘘だと思うなら、一緒に外に出かけませんか。十分後には元通りになっていますから」

「自分の身体のことがわかってないようにしか見えないよ、アンドレ」

「そんなことはありません。死ぬほどの苦しみにはお兄様が戻って来てくれるのが何よりの薬ですもの。外に出かけない、フィリップ?」

「いずれね」フィリップはさり気なく押しとどめた。「まだ完全に治ってはいないだろう。まずは元通りにならなくては」

「そういうことなら」

 アンドレはそのまま長椅子に倒れ込み、手をつかんでいたフィリップも引っ張られた。

「どうして事前に報せもなくいらっしゃいましたの?」

「それよりも、手紙をくれなくなった理由を聞かせてくれないか」

「でもそれは、ほんの二、三日じゃありませんか」

「もう二週間近くだぞ」

 アンドレが顔を伏せた。

「億劫だったのかい」フィリップは優しい声で責めた。

「違います。苦しかったんです。ええ、フィリップ、お兄様の言う通り。具合が悪くなったのは、お兄様に手紙を送るのを怠るようになった日のことです。その日を境に、大好きだったものが苦痛になり、遠ざけたくなったんです」

「それならさっきの言葉にもうなずける」

「さっきの言葉?」

「幸せだと言っただろう。こうやって人に愛され大事にされているというのならよかった。ぼくの方は生憎だがね」

「お兄様が?」

「ああ、ぼくは向こうで完全にほったらかしさ。とうとう妹からもほったかされたよ」

「フィリップ!」

「信じられるかい? 出発間際に言われたんだが、幻の聯隊について何の報せもなかったんだ。ぼくのものになると報せが来るはずだったんだ。ド・リシュリュー氏と、それに父上のおかげで、国王が約束して下さったのに」

「予想はついていました」

「予想がついていたって?」

「ええ。事情があるの。ド・リシュリューさんとお父様が大騒ぎなさったんです。魂の籠っていない二つの肉体みたい。ああいう人たちの生き方はまったく理解できません。朝のことですけれど、お父様が旧友だと思っていたリシュリューさんのところに押しかけたんです。それでヴェルサイユの国王のところにリシュリューさんを行かせましたの。ここで待っている間に、わたくしにはよくわからない質問を幾つかなさいました。半日が過ぎましたが、新しい報せはありません。するとお父様は大変お怒りになって、公爵が上手くやって、裏切ったと仰るんです。どなたを裏切ったというのですか?、とわたくしはたずねました。というのも何のことだかわからなかったからです。正直に言えばそれほど知りたいとは思いませんでしたけれど。それからもお父様は、煉獄の罪人のように苦しみながら、来ることのない便りを、来ることのない誰かを待っていらっしゃいました」

「だけど陛下は?」

「陛下ですか?」

「ああ。陛下はぼくらに良くして下さった」

 アンドレは躊躇いがちに辺りを窺った。

「何だい?」

「声を落として! 陛下は気まぐれな方ですから。お兄様やお父様や我が家に興味をお示しになったように、最初こそわたくしに興味を示されましたが、唐突に興味を失くされておしまいになったんです。理由も事情もわたくしにはわかりません。ですけどもうわたくしに目を向けては下さらず、背を向けておしまいになったことは事実です。それに昨日また花壇で気を失ってしまった時に……」

「何だって! ジルベールの言う通りだったんだな。気絶したのか、アンドレ?」

「お兄様以外にも誰彼構わず触れて歩いて回りたい人なんですわ、可哀相に! わたくしが気絶したかどうかなんてジルベールには無関係じゃありませんか?」アンドレは笑い出した。「王家の敷地内で気を失うのが好ましくないことだというのはわかっています。ですけど好きこのんで気を失うわけではありませんし、わざとやったわけでもありませんもの」

「誰かに非難されたのか?」

「ええ、国王に」

「国王に?」

「そうなんです。陛下が果樹園を通ってグラン・トリアノンからいらっしゃったのが、ちょうど気を失った時でした。わたくしが馬鹿みたいに腰掛けに横たわり、ド・ジュシューさんに介抱されているのを、陛下はご覧になったんです。気絶している最中には周りで起こっていることなどわからないものでしょう? ですのに、陛下に見られている間中、身体こそ自由が利きませんでしたが、陛下が眉をひそめて怒ったような目つきで歯の隙間から不満をお洩らしになることに気づいていたんです。そのうち陛下は我慢できずに立ち去ってしまい、わたくしはその場に取り残されてしまいました。でもお兄様、わたくしは断じて悪いことなどしておりません」

「大変だったね」フィリップは妹の手を優しく握った。「おまえが悪くないのはよくわかってるよ。それからどうなったんだい?」

「それでお終い。後はジルベールが噂を触れ回ったことを謝ればいいんです」

「おまえはまたジルベールに辛く当たって」

「せいぜい肩を持って差し上げればいいんです!」

「アンドレ、お願いだから優しくしてやってくれ。そんなに意地悪をするものじゃない。そんなことばかりしているのを見て来たが……おい、アンドレ、またか?」

 アンドレは声を出さずにクッションの上にひっくり返った。今度は気付け薬も効かず、眩暈が治まり再び血が通い始めるまで待たなくてはならなかった。

「これで決まりだ」フィリップが呟いた。「おまえは病気だよ。そんなに苦しそうにしていると、ぼくより勇敢な人たちでもぎょっとするに違いない。おまえは言いたいことを言い何でもなさそうにしているが、もっとしっかりした手当を受けるべきだ」

「でもお医者様が仰ったのよ……」

「医者が何を言ったって納得できないし、納得するつもりもない。この耳で直接話を聞いたわけじゃないからね。何処に行けばお医者さんに会えるんだい?」

「いつもトリアノンにいらっしゃるわ」

「いつも何時に? 朝?」

「朝と晩に、お仕事で」

「この時間は仕事中かい?」

「ええ。時間に正確な方なので、午後の七時きっかりに、王太子妃殿下のお住まいに続く石段をお上りになると思うわ」

「じゃあここで待つとしよう」フィリップはようやく落ち着きを見せた。

『ジョゼフ・バルサモ』 141-1

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第百四十一章 兄と妹

 フィリップが訪れた時には、アンドレは既にお話しした通り長椅子に横たわっていた。

 控えの間に入ったフィリップは、アンドレがあれほど大切にしていた花を一つ一つ遠ざけていることに気づいた。具合が悪くなってからは花の香りが不快で仕方なく、それが苛立ちとなって、二週間前から続いていた身体の不調がいや増していたのだ。

 アンドレはぼんやりとしていた。美しい顔には重い雲が翳り、眼球は痛々しい眼窩の中に収まっていた。両手をだらりと下げているせいでむくんでいるはずなのに、どちらも蝋人形のように白いままだった。

 そうして動かないものだから、まるで生きているとは思われない。息を吸う音が聞こえなければ、死んでいるのかと思ったところだ。

 フィリップは妹が病気だと聞いて駆け通しで来たので、階段の下に着いた時には息を切らしていた。だがそこで一息ついて頭を冷やし、ゆっくりと階段を上って行ったので、妖精のように足音を立てずに敷居を跨いでいた。

 気の利く人間らしい気遣いから、相手にあれこれ聞かずに、病状からどんな病気なのかを判断しようとした。愛情深いアンドレであれば、兄が来たことに気づけば心配させまいと振る舞うだろう。

 そこでフィリップはアンドレに聞こえないようにガラス扉をそっと押した。だから部屋の真ん中に行くまでアンドレはまったく気づかなかった。

 そういうわけだから、フィリップにはアンドレを観察するだけの時間があった。真っ青になってぴくりともしていない。虚ろな目に浮かぶ異様な光を見てぎょっとした。思っていた以上に深刻らしい。どうやら苦しみの大半は精神的なものが占めているのだと直感した。

 妹の様子に心を揺さぶられ、思わずびくりとしてしまった。

 アンドレが目を上げ、声をあげると、死から甦ったように立ち上がった。先ほどまでのフィリップと同じく息をあえがせて、兄の首にかじりついた。

「フィリップ! あなたなのね!」

 それだけ言うと力が抜けてしまった。

 そもそもほかのことなど考えていなかったのだから、ほかに言うことなどあろうか?

「ああ、ぼくだよ」フィリップが笑顔でアンドレを抱きしめると、アンドレが腕に身体を預けるのを感じた。「戻って来たら病気だったなんて! いったいどうしたんだ?」

 アンドレが神経質な笑いをあげた。安心させるつもりだったのだろうが、とても安心など出来なかった。

「どうしたですって? わたくしが病気に見えるの?」

「もちろんだ。真っ青になって震えているじゃないか」

「何処を見てらっしゃるの、お兄様? 気分が悪いことさえないのに。誰がそんな嘘を仰ったの? そんな馬鹿なことを聞かせてお兄様を不安にさせて。第一、仰っていることがわかりません。凄く体調はいいんですもの。軽い眩暈を感じるけれどすぐに消えてしまいますし」

「でも真っ青じゃないか……」

「いつも顔色がよかったかしら?」

「そんなことはないが、今日と比べれば……」

「何でもないわ」

「温かった手だって氷みたいに冷たいじゃないか」

「それはだって、お兄様が入って来たのを見て……」

「うん……?」

「あまりに嬉しかったものですから、血が心臓に集まってしまっただけなんです」

「でもよろけてるじゃないか。こうしてぼくにしがみついているわけだし」

「抱きしめているからこうなっているだけ。それとも抱きしめるのはお嫌でした、フィリップ?」

「まさか」

 フィリップはアンドレを胸にかき抱いた。

 途端にまたもや力が抜けてゆくのをアンドレは感じた。必死で兄の首にしがみつこうとしたが、手は死者のように強張って滑り落ち、身体ごと長椅子に倒れ込んだ。美しい顔を引き立てていたモスリンのカーテンよりも蒼白だった。

「誤魔化すんじゃない! 随分と具合が悪そうじゃないか」

「小壜を!」アンドレは必死で笑みを浮かべようとした。たとい死の瞬間でさえも微笑みを浮かべようとするに違いない。

 瞳を曇らせ、震える手を持ち上げ、窓際の洋箪笥に置かれた小壜を指さした。

 フィリップは小壜に駆け寄るために仕方なくアンドレから離れたが、その間も目を離さずにいた。

「ほら」アンドレはゆっくりと時間をかけて空気を吸い込み、気力を取り戻した。「すっかりよくなったでしょう。これでもまだ病気だなんて仰いますの?」

 だがフィリップは答えようともせずにアンドレを見つめていた。

 やがて落ち着いたアンドレは長椅子から立ち上がり、湿った両手でフィリップの震える手を包み込んだ。目には落ち着きが戻り、頬の血色も良くなり、これまで以上に美しく見えた。

『ジョゼフ・バルサモ』140-2

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

 ジルベールはフィリップに気づいて、茂みの中に戻ろうとした。

 だがフィリップが馬を進めて声をかけた。

「ジルベール! おーい、ジルベール!」

 ジルベールが最初にしたのは逃げようとすることだった。それから恐怖の眩暈に襲われ、古の人々が牧神パンのせいにした原因不明の錯乱に囚われて、並木道や茂みや隧道、果ては泉水の中まで、気違いのように動き回った。

 フィリップが優しい言葉をかけると、それがようやくジルベールにも届いたようだった。

「ジルベール、ぼくがわからないのかい?」

 ジルベールは取り乱していたことに気づいて慌てて立ち止まった。

 フィリップの方に足を向けたが、それでも足取りは重く疑わしげだった。

「すみません、気づきませんでした」ジルベールは震えていた。「衛兵かと思ったんです。仕事もせずにここにいることに気づかれて、お仕置きをされたくなかったので」

 その説明に納得したフィリップは、馬から下りて手綱を腕に掛け、ジルベールの肩に手を置いた。するとジルベールがはっきりとわかるほど震え出した。

「どうしたんだ、ジルベール?」

「何でもありません」

 フィリップが悲しげな笑みを浮かべた。

「ぼくらのことが嫌いなんだね」

 ジルベールがまた震えた。

「まあ仕方ない。父上は厳しくひどい仕打ちをしていたからね。だがぼくもかい?」

「あなたは……」ジルベールは口ごもった。

「ぼくはいつだって君の味方だった」

「その通りです」

「だったら、嫌なことは忘れていいことだけを思いだしてもらえないか。妹だって君に優しかったはずだ」

「誰にも何でもありませんでした」ジルベールは理解しがたい言葉を言い放った。そこにはアンドレに対する非難と、自分自身に対する言い訳が込められていたのだ。自尊心は轟き、後悔は呻いていた。

「そうだな、妹には確かに気位の高いところがある。それでもやっぱり優しいやつだよ」とフィリップが答えた。

 それからようやく――というのも、これまでの会話はすべて不吉な予感に導かれた質問を先送りにするためのものであったからだ。

「今アンドレが何処にいるかわかるかい? 教えてくれ、ジルベール」

 その名前を聞いてジルベールは苦しそうに答えた。

「お部屋ではないのですか……どうして僕が知っていると……?」

「ではアンドレはいつものように一人寂しくしているのか!」

「そうですね、今はお一人だと思います。ニコル嬢が逃げ出してからは……」

「ニコルが逃げた?」

「ええ、恋人と一緒に」

「恋人と?」

「だと思ってましたけれど――」先走りすぎたことに気づいた。「使用人棟のみんなはそう言ってます」

「でもね、ジルベール」フィリップの顔に不安が浮かび始めた。「さっぱりわからないな。話を聞かせてもらわなくては。もっと心を開いてくれないか。君は頭がいいし、才能に恵まれているんだ。それが何物にも代え難い君の良いところなんだから、変に無愛想な態度を取ったりぶっきらぼうに振る舞ったりして、せっかくの長所を殺すことはない」

「おたずねになったようなことは何も知らないんです。よく考えて下さい、知っているわけないじゃありませんか。みんなが宮殿にいる間、一日中庭で働いているんですから! 何も知りません」

「ジルベール、だって君には目があるじゃないか」

「そうでしょうか?」

「ああ、それにタヴェルネの名を持つ者に無関係ではないだろう。いくらタヴェルネ家の待遇が悪かったとしても、厄介になっていたのは事実なんだ」

「確かにあなたを恨んだりはしていません」ジルベールはかすれた声を出した。フィリップの優しさや、フィリップが見抜けなかった別の感情によって、人間嫌いのジルベールの心も柔らかくなっていたのだ。「だからこそお伝えしますが、妹さんはご病気です」

「病気だって!」フィリップが声をあげた。「どうしてすぐに言ってくれないんだ!」

 穏やかだった口調が慌ただしいものに変わった。

「いったいどういうことだ?」

「わかりません」

「どうなったんだ?」

「今日だけで三回花壇で気を失ったんです。でももう王太子妃のお医者さんが診に来てくれました。それから男爵も」

 フィリップはもはや聞いていなかった。予感が現実のものとなり、異変を現実に突きつけられて、心を奮い立たせていたのだ。

 ジルベールの手を引っ張って馬を任せると、全速力で使用人棟に向かって駆け出して行った。

 残されたジルベールは慌てて馬を厩舎に連れて行くと、野鳥か猛禽でもあるまいに、人の手の届くところは御免だとばかりに逃げ出してしまった。

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

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