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 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『ジョゼフ・バルサモ』 155

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第百五十五章 十二月十五日

 ジルベールはフリッツの案内で難なくバルサモに会うことが出来た。

 伯爵は長椅子に寝そべり、有閑人のように一晩中眠っていたせいでぐったりとしていた――と、少なくともジルベールはそう感じた。こんな時間に横になっているのを目にしたからだ。

 ジルベールが現れたらすぐに案内するように命じられていたのだろう。名乗る必要も、口を開く必要さえなかった。

 応接室に入ると、バルサモが肘を起こし、声もなく開いたままだった口唇を閉じた。

「おや、結婚する青年か」

 ジルベールは無言のままだった。

「結構」伯爵に尊大な態度が戻って来た。「お前は幸せだし、感謝もしているのだろう。大変結構。お礼を言いに来たんだな。要らんことだ。また何か欲しくなった時の為に取っておけ。感謝というのは笑って配れば人を喜ばせる礼金のようなものだ。さあ行け、兄弟」

 バルサモの話す言葉や響きには、何処か深い悲しみと優しさが潜んでおり、それがジルベールには非難と告発を受けているような衝撃を与えた。

「違います。僕は結婚なんかしません」

「ふん! ではどうしたんだ?……何が起こった?」

「僕は拒絶されたのです」

 伯爵がジルベールを正面から見据えた。

「へまをやったんだな」

「そんなことはありません。少なくとも僕はそう考えてます」

「誰に追っ払われたんだ?」

「お嬢様です」

「さもありなん。どうして父親に話さなかった?」

「運命がそれを望まなかったからです」

「ほう、俺たちは運命論者だったのか?」

「僕は信仰を持つことが出来ませんから」

 バルサモが眉をひそめ、面白そうにジルベールを見つめた。

「自分の知らないことを語るな。大人であれば愚か者のやることだし、子供であれば自惚れ屋のすることだ。自惚れるのはいいが、馬鹿は許さん。馬鹿なことはしないと言うなら認めてやろう。で、何をやったんだ?」

「それが、詩人のように、行動する代わりに頭を使おうと思ったんです。愛を夢見る喜びを知った並木道を散歩しようと思っていたんです。ところが不意に何の前触れもなしに現実が目の前に立ち現れて、その場で僕を打ちひしいだのです」

「それもまた結構なことではないか。男とはどんな状況であれ斥候のようなものだ。進む時はいつも右手に小銃、左手に龕灯を持たねばならん」

「とにかく僕はしくじったのです。アンドレ嬢からは悪党とか人殺しと呼ばれ、殺してやると言われました」

「ほう。だが子供は?」

「子供は自分のものであり、僕のものではないと言われました」

「それから?」

「そう言われて、僕は引き下がって来たのです」

「そうか!」

 ジルベールが顔を上げた。

「僕はどうすればよかったのでしょう?」

「俺にはまだわからん。何がしたいのか教えてくれ」

「僕に屈辱をもたらしたことに対して、罰を与えたいんです」

「ただの言葉だ」

「いいえ、これは決意です」

「だが……お前は黙って奪われただけだったんだな? 秘密と……金を?」

「僕の秘密は僕のものであって、誰にも取られるつもりはありません。お金はあなたのものです。お返しいたします」

 ジルベールは上着をめくって三十枚の銀行券を取り出し、しっかりと数えて卓子の上に広げた。

 伯爵はそれを手に取って折り畳んだが、その間もジルベールに目を据えていた。ジルベールの顔にはどんな高ぶりも現れてはいない。

 ――正直者。貪欲ではない……才気と信念の持ち主……男というわけだ。

「ところで伯爵閣下、預かった二ルイのことで謝らなくてはならないことがあるんです」

「深刻に考えるな。十万エキュ返してくれる立派さと比べたら、四十八リーヴル返すことなど子供騙しみたいなものだ」

「お返しするつもりはありません。僕はただ、この二ルイで何をしたかを伝えるつもりでした。僕にはそれが必要なのだということを、あなたにちゃんと知ってもらいたかったので」

「それなら別だ……つまり金をくれと?」

「そうです……」

「理由は?」

「あなたが先ほど『言葉』と呼んだことをする為です」

「そうか。復讐がしたいのか?」

「復讐をするなら恥ずかしくないようにやりたいんです」

「そうだろうな。だが現実は無慈悲だ」

「その通りです」

「幾ら必要なんだ?」

「二万リーヴルです」

「あの娘に近づくつもりはないんだな?」こう言えばジルベールをはっとさせられると思ったのだ。

「ありません」

「兄には?」

「ありません。父親にも」

「中傷するつもりもないな?」

「もう口を開いてあの人の名前を口にすることはありません」

「わかった……だが女を刺し殺そうと、虚勢を重ねて殺そうと、同じことだ……姿を見せ、後を追い回し、軽蔑と憎悪に満ちた笑いを見せつけて苦しめることで、仕返しするつもりなのだろう」

「ほとんど当たっていません。フランスを離れる気になった時に備えて、お金をかけずに海を渡る方法をお願いしに来たのです」

 バルサモが異を唱えた。

「ジルベール」その声にはとげとげしさと柔らかさが同居していたが、苦しみも喜びも含まれてはいなかった。「ジルベール、その要求は筋が通らんぞ。人に二万リーヴルくれと言っておきながら、その二万リーヴルで船に乗ることは出来ないというのか?」

「それには二つ理由があるんです」

「理由を聞こう」

「一つには、船に乗る日には一銭も持っていないだろうからです。忘れないでいただきたいのは、僕は自分の為に頼んでいるのではなく、あなたが手を貸した過ちを償う為に頼んでいるということです……」

「まだ言うか!」バルサモが口を引きつらせた。

「事実ですから。お金が欲しいのは償う為であって、生活の為でも手すさびの為でもありません。この二万リーヴルのうちの一スーたりとも僕の懐に入ることはありません。このお金にはお金の行き場所があるんです」

「お前の子供か、わかったぞ……」

「ええ、僕の子供なんです」ジルベールは誇らしげに答えた。

「だが、お前はどうする?」

「僕は強いですから。束縛されてもいませんし、智恵もあります。これからも生きてゆきます。生きたいんです!」

「生きるがいい! 寿命を待たずに地上を離れる魂に、天はこれほどに力強い意思を与えはしまい。天は長い冬に立ち向かうのに必要な植物を着せて暖めてくれよう。長い苦難に耐えられるだけの鋼の鎧を心に纏わせてくれよう。だが手元に千リーヴル残せないのには確か二つの理由があると言っていたな。一つ目は心遣いで……」

「二つ目は用心です。フランスを離れる時には、身を潜めることも出来るでしょう……ですが港で船長を見つけ、お金を払う段になれば、そうは行きません――誰だってそうするでしょうね――上手く身を隠せても、自分から姿を見せなくてはならない段になれば、そうは行かないんです」

「つまり、俺なら身を隠す手助けをしてやれると?」

「あなたになら出来ることはわかってます」

「誰がそんなことを?」

「何を仰っているんですか! あなたはこの世のあらゆる武器を収めた武器庫を持たぬ代わりに、超自然を欲しいままに使えるではありませんか。魔術師ならどれだけ自信がなくても、神に頼るようなことはしないはずです」

「ジルベール」不意にバルサモが手を伸ばした。「お前には大胆で向こう見ずなところがある。女のように善でもあり悪でもあり、ふりではなく本心から禁欲的だし誠実だ。いつか立派な男として遇することになりそうだな。俺と一緒にいろ。感謝を忘れるような奴ではあるまい。いいな、ここにいろ。この家に隠れていれば安全だ。もっとも、俺は何か月かしたら欧州を離れるから、その時は一緒に連れて行くことになる」

 ジルベールはうなずいた。

「その時が来たら喜んでお供します。ですが今はこうお返事しなくてはなりません。『ありがとうございます、伯爵閣下。僕のようなつまらない人間にとっては、お申し出は畏れ多いくらいなのですが、残念ながらお断わりいたします』と」

一時いっときだけの復讐と五十年分の未来は釣り合わんぞ?」

「失礼ながら、思いつきや気まぐれが浮かんだ瞬間から、それは僕にとってはこの世の何よりも価値があるのです。それに復讐のほかにもやらねばならないことがあるのです」

「ここに二万リーヴルある」バルサモが即答した。

 ジルベールは二枚の銀行券を手に取り、恩人にじっと目を注いだ。

「こんな施しをして下さるなんて国王にも負けてはいらっしゃいません!」

「勝っている、と思いたいな。何しろ記憶に留めて欲しいとすら願ってはいないんだから」

「そうですね。でも先ほど言われた通り、感謝の気持は忘れていません。目的を達したら、この二万リーヴルはお返しいたします」

「どうやってだ?」

「召使いが主人に二万リーヴル返すのに必要なだけの年月を、あなたの許で働きます」

「また矛盾したことを言っているな。お前はついさっき、この二万リーヴルは俺の罪滅ぼし代わりだ、と言ったばかりではないか」

「確かにそう言いました。ですがあなたには感銘を受けたので」

「そいつはありがたい」バルサモは無表情のまま答えた。「では、俺がそうしろと言えば、言う通りにするんだな?」

「その通りです」

「何が出来る?」

「何も出来ません。ですがあらゆることをする準備はあります」

「そうだな」

「それでもはやり、必要とあらば二時間後にフランスを離れることの出来る手段を手にしておきたいのです」

「ははっ! 脱走兵が一人か」

「戻って来る用意は出来ています」

「こっちも再会する用意は出来ている。ではとっとと終わらせよう。あまり長く話すと疲れっちまう。卓子をこっちに寄こせ」

「はい」

「洋箪笥の上にある箱に入っている紙を取ってくれ」

「はい」

 バルサモは紙を手に取り、そのうちの一枚に書かれた文章を小さく読み上げた。紙には三つの署名――いや、三つの謎めいた文字――が記されている。

 十二月十五日、ル・アーヴルにて、ボストン行き、P・J・ラドニ。

「アメリカのことをどう思う、ジルベール?」

「フランスではないところ。いつかその時が来てフランス以外の何処かの国に海を渡って行くことになれば、これほど嬉しいことはありません」

「結構!……十二月十五日頃。これはお前の言う『その時』だな?」

 ジルベールは指を折って考えた。

「間違いありません」

 バルサモは羽根ペンをつかみ、白い紙に次のような文字を二行だけ書き記した。

 ラドニに乗客を一人乗せてくれ。

  ジョゼフ・バルサモ

「この紙は危険です。ねぐらを探した挙句、バスチーユを見つけることになりかねません」

「頭がいいと馬鹿にも見えるもんだな。ラドニとは商船で、俺が筆頭船主なのだ」

「失礼しました」ジルベールは頭を下げた。「時々頭が働かなくなってしまうのですが、こんなことが何度も続くことはありませんから、お許し下さい。ありったけの感謝の気持を信じて欲しいんです」

「行くんだ、友よ」

「さようなら、伯爵閣下」

「また会おう」バルサモはそう言って背中を向けた。

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『ジョゼフ・バルサモ』 154

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第百五十四章 決意

 ジルベールがどうやって部屋に戻ったのか、どうやって苦しみと怒りで息絶えることなく苦悶の夜を耐えたのか、どうやって目覚めた時に白髪にならずに済んだのか、読者諸氏に説明しようとは思わない。

 陽が昇ると、ジルベールはアンドレに手紙を書きたくなった。夜の間に脳から湧き出て来た誠実で確かな弁明を伝えたかったのだ。だがアンドレが頑固なことは様々な状況の許で承知していたから、もはや期待はしていない。手紙を書くというのは便宜に過ぎないし、誇りが許さない。手紙が読まれもせずに丸められて放り投げられるところを想像してみろ。しつこくて頭の悪い奴が後を追っていると知らせる役にしか立たないと考えてみろ。手紙は書かないのが賢明だ。

 こうなると父親の方から取りかかった方がいいのではないか。父親の方なら金に汚く野心に燃えている。兄の方は誠実な人間だ。素早い決断力だけに気をつければよい。

 ――だけど、男爵やフィリップから認めてもらっても、アンドレから「あなたなんか知らない!」といつまでも責められ続けては何の意味もない……。あんな女のことは忘れちまえ。僕らを結びつけている絆を断ち切ることしか考えてないんだぞ。

 そう独り言ちながら、呻吟してマットレスの上をのたうち回り、激情に駆られてアンドレの声や顔を一つ一つ思い出していた。独り言ちながら、耐え難い拷問に苦しんでいた。狂おしいまでにアンドレを愛していたのだ。

 太陽がとうに地上高く顔を出し、屋根裏に光が射し込む頃、ジルベールはふらつきながらも起き上がった。アンドレが庭や館にいるのが見えないかと最後に期待を掛けたのだ。

 今もなおそれは不幸の中にあって唯一の喜びであった。

 だが不意に、悔しさと後悔と怒りが苦い波となって頭の中に浸み込んで来た。アンドレが自分に示した嫌悪や軽蔑の数々が思い起こされる。肉体が意思から荒々しく命じられ、屋根裏の途中で立ち止まった。

「もうないんだ。もうあの窓を見つめることもない。もう入り込むこともなく、死ぬほどの毒に耽ることもない。残酷な女め、何度ひれ伏したって、一度も微笑んでくれたことはないし、慰めや親しみの言葉をかけてくれたこともない。まだ無垢で純粋な愛に満ちていた心臓を、爪で押しつぶして楽しむような人なんだ。守るものも信じるものもなく、子供に向かって父親という支えを否定し、哀れな子供を見捨てたり冷たくしたりもしかすると死なせたりするような人なんだ。それもこれもその子が受胎して母胎を汚したからというわけか。そうさ、ジルベール、お前が犯罪者だろうと、恋人だろうと卑怯者だろうと関係ない。あの天窓まで歩くことも、館の方に目をやることもやめよう。あの女の運命を憐れむのも、過ぎたことをくよくよ考えて魂をくじけさせるのもやめよう。働いて欲しい物を満たして獣のように命をすり減らせ。侮辱と復讐の真ん中を時間をかけて流れるくらいなら、その時間を使ってしまえ。体面を保ち、この高慢な貴族たちを見下ろしていたいと思うなら、あいつらより上になるしかないということを覚えておけ」

 青ざめ震えて、気持に引きずられて窓に向かって引き寄せられながら、頭脳の出す命令に従っていた。足に根が生えたようにのろのろと、一歩一歩階段に向かって歩いてゆくではないか。やがてジルベールはとうとう外に出てバルサモの家を目指した。

 だが慌てて思い直した。

「何て粗忽者なんだ! 復讐の話をしておきながら、どうやって復讐するつもりだったんだろう?……アンドレを殺すのか? そんなことをしたっていっそう喜ばすだけだ。ここぞとばかりに罵倒されるだろう。辱められたことを世間に広めたらどうだろう? 卑劣にもほどがある!……そこはあの人の心の中で一番敏感なところだ。針で刺されても剣で刺されたように感じるはずだ……屈辱に違いない……僕以上に誇り高い人だからな。

「屈辱か……僕が……どうやって? 僕は何物も持たず、何者でもないし、あの人は姿を消してしまうだろう。僕が存在したりしょっちゅう現れたりするだけで、軽蔑と挑発の眼差しで僕を残酷に罰するに違いない……母としての情けを持たない人だ。妹としても冷酷になれるだろうから、兄に僕を売り渡すに決まってる。だけど、理を説いたり手紙を書いたりすることを覚えたように、殺人を覚えたって、邪魔する人もいまい? フィリップを投げ飛ばし、降参させ、侮辱した相手を笑うように復讐しに来た相手の鼻先で笑っても、誰も止めたりはすまい? いや駄目だ、こんなのは芝居の筋書きに過ぎない。神も偶然も当てにしないあの人の才気と経験を頼みにするなんて……僕が一人で、この裸の腕と、空想をそぎ落とした理性と、自然が与えてくれた筋肉の力と頭脳の力で、あの可哀相な人たちの計画を無に帰してやる……アンドレは何がしたいんだ? 何を考えてるんだ? 自分を守り僕を辱める為に、何を持ち出すつもりだろう?……見つけなくちゃ」

 ジルベールは壁の出っ張りの先に身体を預けて、一点を見つめたままじっと考え込んだ。

「アンドレは僕の嫌いなことを喜ぶだろうな。だったら嫌いなものをぶち壊してしまえばいいのか? ぶち壊すだって! 出来ない……復讐はしても悪には染まるもんか! 剣や火器を用いざるを得ないような羽目にはなるもんか!

「じゃあほかにどうすればいい? そうだ。アンドレがどうして強気に出られるのか理由を見つければいい。どんな鎖で僕の心と腕を留めておくつもりなのか確かめるんだ……いや、もう会えないんだ!……もう見つめてもらえることもない!……誇らかに美しく微笑んで子供を抱いていても、そばを通り過ぎるだけなんて……アンドレの子供は僕を知らずに大きくなるのか……神も世もないじゃないか!」

 ジルベールは憤慨して壁にこの言葉の拳を打ちつけ、天に向けてはさらに恐ろしい呪詛を放った。

「子供か! 所詮表向きには出来ない子だ。この子をアンドレのところに置いておくわけにはいかないし、アンドレにもジルベールという名前をいつまでも憎んでもらっても困る。早い話が、むしろこの子がアンドレという名前を憎みながら大きくなることはよくわかってるはずだ。結局アンドレはこの子を愛したりはしないだろうし、きっと辛く当たるだろうな。心の冷たい人だもの。この子は僕を永遠に苦しめることになるだろう。アンドレはこの子に二度と会えないし、この子を失って仔を取り上げられたライオンのように吠えなくちゃならないんだ!」

 ジルベールは怒りと残酷な喜びも露わに堂々と立ち上がった。

「そういうことだ」アンドレの住処に指を向け、「あんたは僕のことを恥辱と孤独と悔恨と愛情を種に責め立てたけど……こっちこそあんたを実りない苦しみと孤独と恥辱と恐怖とぶつける当てのない憎しみで苛ませてやる。僕を探そうとしたって、逃げ出してやるさ。再び子供に会えたら引き裂いてでも取り戻そうとするに違いない。だけど少なくとも激しい思いがあんたの魂に火をつけることになるだろうし、柄のない刃があんたの胸に突き刺さることになるだろう……そうだ、子供だ! 子供を手に入れてやるぞ、アンドレ。あんたは自分の子供だと言ったけれど、僕の子供でもあるんだ。ジルベールは我が子を手に入れてみせる! 貴族を母に持つ子供だぞ……僕の子だ!……僕の子なんだ!……」

 ジルベールは昂奮してだんだんと歓喜に酔いしれて来た。

「もう庶民だからといって悔しい思いをしたり田舎者の自分を愚痴ったりせずともいいんだ。必要なのはよく出来た計画だ。もうアンドレの家を探ろうとして気を配らなくていい。僕の力と魂のすべてをかけて、絶対に計画を成功させることだけを考えて監視していればいいんだ。

「これからはずっと見張ってやるぞ、アンドレ!」ジルベールは厳かに呟き、窓に近づいた。「昼も夜も休むことなく監視してやる! あんたの行動はすべて監視されることになるんだ。苦しみにあげる叫びも、今よりもっと辛いものになるはずだ。微笑みを浮かべるのは、僕が皮肉と嘲りを込めて笑った時だけになるだろうな。あんたは僕のもんだ。あんたの一部は僕のもんだよ。目を逸らすことなく監視してやる!」

 天窓に近づくと、館の鎧戸が開いているのが見えた。アンドレのシルエットが、恐らくは鏡に反射して、カーテンや天井上を動き回っている。

 それからフィリップが見えた。朝早くから起きてはいたのだが、それまではアンドレの部屋の奥にある自分の部屋で忙しくしていたのだ。

 二人はかなり激しく言い合っているようだ。間違いない。話題はジルベールのこと、前夜のことだ。フィリップが困ったように歩き回っている。ジルベールが現れたせいで、ここで暮らすはずだった計画に変更が生じたのだろう。何処か別の場所に平和と隠棲と過去の消去を求めに行くことになったのだ。

 そう考えたジルベールの目に光がきらめいた。館を燃やし、地の中心まで貫きかねない光だった!

 ところがまもなく使用人の娘が庭から入って来た。何か言伝があったらしい。アンドレは言伝を受諾したらしく、ニコルが使っていた部屋に衣類を置いた。それから家具、日用品、食糧を見て、兄妹で静かに暮らしているのだとジルベールは確信を固めた。

 フィリップが念入りに庭の扉の錠を改めている。ニコルからもらった合い鍵で侵入したのではないかと考えているのだろう。それで錠前屋が錠前を新しくしたのだ。

 これまでの中で一番嬉しい出来事だった。

 ジルベールはにやりと笑った。

「可哀相に。二人とも無邪気な人たちだな。鍵のせいにしているなんて。よじ登る可能性すら思いつかないのか!……見くびられているらしいな、ジルベール。ありがたい! アンドレめ、こっちは鍵が掛かっていようと、入ろうと思えばいつでも入れるんだ……とうとう僕にも運が向いて来た。あんたなんかもう構ってやるもんか……気が向いたら別だけど……」

 ジルベールは宮廷の遊び人を真似てくるりと回転した。

「そうだとも……」辛そうに呟いた。「僕にはもっと相応しいものがある。もうあなたはいらない!……安らかに眠り給え。あなたをものにするよりも楽に苦しめる方法があるんだ。眠るがいいさ!」

 天窓から離れて衣服に目を走らせた後で、階段を降りてバルサモの家へ向かった。

『ジョゼフ・バルサモ』 153

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第百五十三章 偏見を覆すより罪を犯す方が簡単だとジルベールが気づいた次第

 囚われていた辛い感情が弱まるにつれ、ジルベールの考えはどんどんはっきりとした形を取り始めた。

 そうこうしているうちに闇も深まり、ものが見えづらくなって来た。それでも目的を達したいという強い気持の現れで、木々も家も並木道も見分けることが出来た。どれも溶け合ってひとかたまりの影となり、上空の空気は深淵を見下ろすようにとぐろを巻いて漂っていたにも関わらず。

 ジルベールは幸せだった夜のことを思い出していた。アンドレがどうなったのか知りたくて、会いたくて、出来れば声を聞きたくて、命の危険も顧みず、あの五月三十一日から続いている痛みに苦しみながらも、二階から一階まで――幸せな庭の大地まで――樋を滑り降りたあの夜のことを。

 あの時この家に忍び込むのは極めて危険だった。男爵がいたし、アンドレは厳重に守られていた。だが如何に危険であろうとも、あの状況がどれだけ甘美なものだったかを、そしてアンドレの声を聞いた途端に心臓がどれだけ喜びに打ち震えたかを、ジルベールは覚えていた。

「もしやり直すことが出来たら、あの時に並木道の砂の上に残されていたはずの足跡を這い回って探していたとしたら……?」

 人に聞かれたらただでは済まないこんな言葉を、あろうことかジルベールは声に出して、それも嬉しそうに口にしていた。

 ジルベールは独り言をやめて、館があるはずの場所に目を凝らした。

 しばらく無言で見つめてから、

「ほかの誰かが住んでいる形跡はないな。明かりもないし物音もしないし扉も開いてない。行くぞ!」

 ジルベールには取り柄がある。一度こうと決めたら直ちに行動に移すのだ。屋根裏の扉を開けて、ルソーの部屋の前まで手探りで妖精のように降り立った。二階まで来ると躊躇うことなく鉛管を跨ぎ、買ったばかりのキュロットを駄目にする危険を冒して下まで滑り降りた。

 階段の下まで着くと、初めて訪れた際の感情が甦り、靴の下で砂が鳴った。ニコルがド・ボージール氏を引き入れていた扉に見覚えがある。

 それから玄関に向かい、鎧戸の銅の握りに口唇を押しつけた。きっとアンドレの手がこの握りに触れていたのに違いない。ジルベールの罪は信仰にも似た愛から生まれたものだった。

 突然、家の中から物音がしてジルベールは震え上がった。床を歩くような、聞き取れないほどの小さな音だ。

 ジルベールは尻込みした。

 顔から血の気が引いていた。そのうえ一週間以上前から罪の意識に苛まれていたので、扉から洩れている光を見て、無垢と悔恨からこぼれ落ちた一つのことを考え続けたせいで忌まわしい炎が目の中に灯ったのであり、鎧戸の板越しに洩れているのがその炎なのだ、と信じ込んでしまった。怯えきった魂が別の魂を呼び寄せ、死期が訪れ狂人か奇人が見るような幻覚が現れたのだと信じ込んだ。

 だが足音と光が近づいて来ても、ジルベールは目も耳も信じようとはしなかった。ところが鎧戸の向こうをよく見ようとして近づいた途端、いきなり鎧戸が開き、衝撃で壁の方に跳ね飛ばされ、声をあげて両膝を突いた。

 だがそれも、目にしたものほど衝撃的ではなかった。誰もいないと思っていた家の中、叩いても応えのなかった扉から、アンドレの姿が現れたのを目にしたのだ。

 アンドレだ。確かに本人であって幽霊などではない。ジルベールと同じく声をあげた。だがそれほど怯えてはいないのは、誰かがいるのを予期していたからだろう。

「何? どなたです? ご用件は?」

「申し訳ありません!」ジルベールは床に頭をこすりつけた。

「ジルベール!」アンドレがあげた驚きの声には、恐れも怒りもなかった。「ジルベールがここに! 何をしに来たのです、モナミ?」

 モナミという呼びかけに、ジルベールの心は痛みで底まで震えた。

「どうか!」ジルベールの声は乱れていた。「どうか責めないで下さい。お慈悲を。こんなに苦しんでいるのです!」

 アンドレは驚いてジルベールを見つめた。ジルベールが下手に出ている理由がまったく理解できないようだった。

「まずは頭を上げて、ここにいる理由を説明して下さい」

「許していただかない限り、顔を上げるわけにはいきません!」

「わたくしに何をしたというのです。許さなくてはならないようなことをしたのですか? どうか説明を」そう言ってアンドレは侘びしげに微笑んだ。侮辱などたいしたことではないとでも言うのだろうか。「いずれにしても許すのは造作ありません。鍵をくれたのはお兄様?」

「鍵?」

「ええ、お兄様の不在中は誰にも戸を開けないことにしていますから。壁を通り抜けたのでない限り、ここに入って来るには、お兄様から鍵をいただくのが一番簡単な方法に違いありませんもの」

「フィリップが……? いや、そうじゃありません。それに、お兄さんのことは措いておきましょう。いなくなったんじゃなかったんですか? フランスを出たんじゃなかったんですか? よかった! 何て幸運なんだ!」

 ジルベールは上体を起こし、腕を広げて天に感謝を捧げた。それがジルベールなりの誠意だった。

 アンドレがジルベールを心配そうに覗き込んだ。

「頭がおかしくなったの、ジルベール? 服が破けそう。放して頂戴。茶番はやめましょう」

 ジルベールが立ち上がった。

「怒ってますね。でも愚痴なんかこぼしません。怒られて当然ですから。はっきりさせなきゃいけないのはそんなことじゃないんです。それよりどういうことですか! ここに住んでいるとは知りませんでした。空っぽで人がいないと思っていました。僕が探しに来たのは、あなたの思い出の品だったんです。それだけでした。ただの偶然で……もう何を言っているのか自分でもわかりません。すみません。まずはあなたのお父上に話したかったのですが、その当人がいなくなって」

 アンドレが身じろぎした。

「お父様? 何故お父様に?」

 ジルベールは答えを誤魔化した。

「あなたが怖かったものですから。でもわかってるんです、すべて僕ら二人で解決した方がいい。すべてを償い元通りにするのが最前の方法ですから」

「償うですって? いったい何の話? 償わなければならないこととは何です? お言いなさい」

 ジルベールは愛と卑屈にあふれた目でアンドレを見つめた。

「怒らないで下さい。確かに僕は大それたことをしました。ゴミみたいな人間なのに、上を向いて大それたことをしてしまいました。でも災いは起こってしまったのです」

 アンドレがたじろいだ。

「罪と呼びたければ罪と呼んでくれて構いません。そうですね。実際、恐ろしい罪ですから。この罪のことなら、運命を憎んで下さい、お嬢様。でもどうか僕の心は……」

「心とか罪とか運命とか! あなたはどうかしてるのよ、ジルベール。お願いだから怖がらせないで」

「これほど敬意を払って、これほど悔い改めて、これほど頭を下げて、これほど手を合わせても、哀れみ以外の感情を持ってもらうのは不可能なんですね。お嬢様、これから話すことを聞いて下さい。神と人々の前で約束した神聖な誓いです。僕の人生のすべてを一瞬の過ちを償うことに費やしたい、あなたの将来を幸せなものにして過去の苦しみをすべて消してしまいたいんです。お嬢様……」

 ジルベールは躊躇った。

「お嬢様、罪深い結びつきを神聖なものにする為に、結婚に同意していただけませんか」

 アンドレが後じさった。

「違います、気が違ってなんかいません。逃げないで下さい。握っているこの手を離さないで下さい。お願いです、慈悲と哀れみを……どうか僕の妻になることに同意して下しあ」

「あなたの妻ですって?」気が違ったのは自分の方かと思いそうだった。

「お願いです!」ジルベールが泣きじゃくった。「あの夜のことを許してくれると言って下さい。罪深い行為には怯えたけれど、後悔したのを見て許すと言って下さい。押し殺された愛情が原因なら、犯罪にも弁明の余地があると言って下さい」

「人でなし!」アンドレが猛り狂った。「あなただったのね? ああ、神様!」

 アンドレは混乱した思いを逃すまいとするかのように、両手で頭を抱え込んだ。

 ジルベールは尻込みしたまま無言で石と化していた。目の前にいるのは恐怖と混乱で髪を振り乱した、美しく蒼白のメドゥーサだ。

「こんな不幸になる定めだと言うのでしょうか?」アンドレは既に激情していた。「この名を二度までも侮辱されるなんて。罪によって辱められ、さらには犯人によって辱められると言うのでしょうか? 答えなさい、人でなし! あなただったの?」

「知らなかったのか!」ジルベールは愕然として呟いた。

「助けて!」アンドレが部屋に駆け戻った。「フィリップ、助けて! フィリップ!」

 ジルベールは絶望に駆られて後を追い、辺りを目で探した。見つかるのなら、覚悟していたように一撃の下で気高く倒れる為の場所でもいい。身を守る為の武器でもいい。

 だが助けに応える者はなく、アンドレは一人きりで部屋にいた。

「一人にして!」アンドレの身体は怒りで震えていた。「ここから出て行って、人でなし! 神の怒りを煽るようなことはしないで!」

 ジルベールがゆっくりと顔を上げた。

「僕が怖いのはあなたの怒りだけです。どうか僕を苦しめないで下さい!」

 ジルベールは手を合わせて頼み込んだ。

「人殺し! 人殺し!」アンドレが叫び続ける。

「話を聞いてくれないのですか? まずは話を聞いて下さい。殺したいのならその後にして下さい」

「このうえさらに話を聞けですって! 何を話すつもりなんです?」

「先ほど言ったように、僕は罪を犯しましたが、僕の気持がわかる人なら許してくれるはずです。僕は罪の償いをしたいんです」

「それよ! その言葉の意味がわからないうちからぞっとしたわ。結婚ですって!……そう言ったように聞こえたけれど?」

「お嬢様……」

「結婚?」アンドレの態度にますます高ぶりが見え始めた。「あなたに感じているのは怒りではなく、蔑みと憎しみです。蔑みほど卑しくておぞましい感情はないというのに、面と向かってそれを投げつけられながら耐えられるとは、理解できないわ」

 ジルベールは真っ青になった。目の縁には涙がきらめき、口唇は真珠母の切片のように薄く白くなっていた。

「僕は――」全身が震えていた。「あなたの名誉を傷つけてしまった償いが出来ぬほどちっぽけな人間ではありません」

 アンドレが立ち上がった。

「名誉を損なったというのなら、あなたの名誉であってわたくしのではありません。わたくしの名誉は損なわれておりませんし、それが汚されるとしたらあなたと結婚する時にほかなりません!」

「母になった女性が考えなくてはならないのはただ子供の未来のみではありませんか」ジルベールの声は冷たかった。

「あなたの方こそ、そんなことを考えているとは思えません」アンドレの目には炎が燃えていた。

「考えていますとも」ジルベールは足許への攻撃にぐらつかずに立て直そうとした。「この子を飢えさせたくはありませんから。名誉を聞かされて育った貴族の家では飢えを選ぶこともままあるじゃありませんか。でも人間は平等なんです。誰かに名誉を説かれようとも、自分は自分なんです。僕が愛されてないのはわかってます。あなたには僕の心が見えないんだから。軽蔑されてるのもわかってます。僕の考えていることがわからないんですから。だけど、僕には我が子のことを考える権利がないと思われることだけは理解できません! あなたと結婚しようとすれば、宿望も情熱も野心も叶えることが出来ません。それでも義務を果たすことにしたんです。あなたの奴隷となって、人生をあなたに捧げたんです。でもあなたが僕の名を背負うことはないでしょうね。これからも庭師のジルベール扱いしたければしてくれればいいし、それが正しいんです。でも子供にはそんな犠牲を払わせてはいけません。ここに三十万リーヴルあります。親切な方からいただいたものです。あなたとは違う裁きを僕に下し、持参金として下さったのです。結婚したらこのお金は僕のものです。でも僕自身は何も要りません。生きていたら呼吸できるだけの空気があればいいし、死んでしまえば死体を埋めるだけの穴があればいい。それ以上のものは子供にやるつもりです。さあ、三十万リーヴルです」

 ジルベールは札束をアンドレの手元にある卓子に置いた。

「たいへんな誤解をなさっているみたいだけれど、あなたには子供がいないではありませんか」

「そんな!」

「どの子の話をしているのかしら?」

「あなたが母親となった子供のことです。二人の前で認めたのではないのですか? 兄であるフィリップの前と、ド・バルサモ伯爵の前で。妊娠していると認めたのではないのですか? そして相手は僕だったと。ひどい人だ!……」

「聞いていたのね? だったら話が早いわ。あなたは卑劣にもわたくしを暴力で犯した。眠っている間に力ずくでわたくしを奪った。罪を犯してわたくしをものにした。わたくしが母なのは間違いないけれど、子供には母しかいません。わかる? あなたがわたくしを辱めたのは事実だけれど、わたくしの子の父親ではあり得ません!」

 アンドレは札束をつかむと汚らわしいとでもいうように部屋の外へ放り投げた。札束はジルベールの青い顔をかすめて飛んで行った。

 ジルベールがどす黒い怒りの衝動に駆られたのを見て、アンドレの守護天使が守り人のことを心配してまたも震えおののいてもおかしくはなかった。

 だが怒りは荒々しく抑えられ、ジルベールはアンドレに見向きもせずに通り過ぎた。

 ジルベールが敷居を跨ぎ越えるとすぐにアンドレは駆け出し、扉も窓も鎧戸もしっかりと閉めた。あたかもそうすることで世界を現在と過去の間に閉じ込めてしまえるかのように。

『ジョゼフ・バルサモ』 152

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第百五十二章 ジルベールの計画

 外に出るとジルベールは火照った空想を静めるのに精一杯だった。伯爵の言葉を耳にして、可能性ではなく実現性を夢想していたのだ。

 パストゥレル街に着くと里程標の上に腰を下ろし、辺りを見回して誰からも見られていないことを確認したうえで、しっかりと握っていたせいで皺くちゃになった札束をポケットから取り出した。

 恐ろしい考えが心をよぎり、額に汗を滲ませていたのだ。

「よし」札束を見ながら呟いた。「あの人に騙されたわけじゃなかったのかどうか確かめよう。罠に掛けられたわけじゃないのかどうか。甘い餌で釣っておいて死をお見舞いされるわけではないのか。草花で気を引いて屠殺場に連れて行かれる羊のように扱われたわけではなかったのか。たくさんの贋札が流通していて、それを使って宮廷の好き者たちがオペラ座の娘さんたちをカモにしていたというじゃないか。伯爵が僕に構ってくれたのは騙すためではなかったのかどうか、確かめてみよう」

 ジルベールは一万リーヴルの札束の一つをつかんで、一軒の店に入って紙幣を見せ、両替の出来る銀行の場所をたずねた。主人から頼まれたのだ、と言い訳して。

 商人は紙幣を何度もひっくり返して見とれていた。慎ましやかな店舗には大変な金額だったからだ。やがてサン=タヴォワ街を指さし、ジルベールが知りたかった金融商の場所を教えた。

 紙幣は本物だったのだ。

 ジルベールは喜びを爆発させてまたもや空想に心を預け、ポケットの中で今まで以上に大事に札束を握った。やがてサン=タヴォワ街で古着屋を見つけ、ショーウィンドウを見とれるように眺めて、二十五リーヴルで――とはつまり、バルサモから貰った二ルイのうちの一枚で――栗色の羅紗の上下揃いを購入した。清潔感のあるところが気に入ったのだ。それからあまりくたびれていない黒い絹靴下を一組、光る留金のついた短靴を一足。それから仕上げに、悪くない生地のシャツを一枚、購入した。高級でこそないが品が良く、古着屋の鏡に映してみたジルベールは一目で気に入った。

 そこで今まで着ていた古着を売って二十五リーヴルのたしにすると、ポケットの中の貴重な手巾を握り締め、古着屋から鬘店に移動した。十五分後にはジルベールの頭は洗練されて見事と言えるまでのものになっていた。

 こうしたことを終えると、ジルベールはルイ十五世広場の近くにあるパン屋に入って二スーのパンを買い、急いで頬張りながらヴェルサイユに向かった。

 コンフェランス(Conférence)の泉では一休みして水を飲んだ。

 旅を再開してからも、御者の誘いは断固として断った。御者にしてみれば、これほど小ぎれいな若者が靴墨を犠牲にしてまで十五スーを節約するのが信じられない。

 徒歩で先を目指すこの若者がポケットに三十万リーヴル持っていると知ったら、御者たちは果たして何と言うだろうか?

 だがジルベールにも徒歩を選んだ理由がある。一つには、必要最低限を超えては一リヤールも使わないという固い決意。いま一つは、あれこれ動いたり考えたりするには一人の方が都合がよいと考えたからだ。

 二時間半にわたって歩いていたこの若者が、頭の中で幸せな結末をもてあそんでいたとは神のみぞ知るところであった。

 二時間半で四里の道のりを歩いていたが、距離の感覚もなければ疲れも感じていなかった。体力では誰にも負けなかった。

 計画は練り終わっている。どうやって目的を達すべきか考えるのはとうにやめていた。

 父親であるタヴェルネ男爵との戦いには言葉を費やそう。男爵の許可を得た後で同じようにアンドレ嬢に言葉を費やせば、許してくれるだけではなく、感動的な演説をおこなった自分に敬意や愛情を示してくれるだろう。

 そんな風に考えれば、不安よりも希望が勝った。アンドレのような立場の娘が、愛情のこもった償いを拒むことなどあり得ない。とりわけそれに十万エキュの持参金がついていれば。

 ジルベールは旧約時代の幼子のように、このような叶わない夢を見るほどの無邪気なお人好しだった。自分がおこなった悪事もすっかり忘れていた。人が思うほど悪い心のせいでああした悪事をおこなったのではないらしい。

 すべての準備が整った頃、ジルベールは締めつけられるような気持でトリアノンの敷地にたどり着いていた。来たからには用意は出来ている。フィリップの怒りに触れたら、誠実さでなだめなくてはならない。アンドレに蔑まれれば、愛情で屈服させなくてはならない。男爵に罵られたら、金貨で機嫌を取らなくてはならない。

 自分を受け入れてくれていた共同体から離れたことで、ポケットの中の三十万リーヴルこそが固い鎧なのだということを、ジルベールは本能的に悟っていた。もっとも心配なのはアンドレが苦しむのを見ることだ。恐れていたのは自分の弱さだった。試みを成功させるのに不可欠な力を奪ってしまう弱さだ。

 そこで庭に入ると、いつものように蔑みを浮かべ、昨日までの仲間であり今日からは目下となった使用人たちを見回した。

 まずはド・タヴェルネ男爵についてだ。使用人棟の小姓にさり気なく居場所をたずねた。

「男爵はトリアノンにいらっしゃいません」

 ジルベールは一瞬躊躇いを見せた。

「ではフィリップ殿は?」

「フィリップ様はアンドレ嬢とお発ちになりました」

「発ったって!」ジルベールの顔に驚愕が浮かんだ。

「はい」

「アンドレ嬢が立ち去ってしまったというのか?」

「五日前に」

「パリに?」

 小姓は「知りません」というように首を振った。

「知らないって? アンドレ嬢は誰にも行き先も知られずに立ち去ったのか? だけど何の理由もなけりゃ立ち去らないじゃないか」

「馬鹿らしい!」小姓はジルベールの栗色の服装にもてんで敬意を払わなかった。「もちろん理由もなく出かけたりはなさいません」

「じゃあ理由は?」

「空気を変える為です」

「空気を?」

「ええ、トリアノンの空気が身体に合わないらしくて、医者の助言に従ってトリアノンから離れたんです」

 これ以上たずねても無駄だ。今までの話が、この小姓がド・タヴェルネ嬢について知っていることのすべてだろう。

 だがジルベールは唖然として、その耳で聞いた話を信じることが出来なかった。大急ぎでアンドレ嬢の部屋に向かったが、扉には鍵が掛けられていた。

 ガラスの破片、麦藁や干し草の屑、藁布団の束が廊下に散らばり、部屋の主が引っ越してしまったことを告げていた。

 この間まで住んでいた自分の部屋に戻ると、そこは出た時のままになっていた。

 アンドレの部屋の窓が換気の為に開いていて、控えの間まで見通せた。

 部屋は見事なまでに空っぽだった。

 苦しくて辛くて、何をする気も起きなかった。頭を壁にぶつけ、腕をよじり、床を転がった。

 気違いのように屋根裏から飛び出し、翼が生えたように階段を駆け降り、髪を掻きむしって森に飛び込んだ。呪詛の叫びをあげてヒースの真ん中で倒れ込み、己が命とその命を与えた存在を呪った。

「はははっ! もう終わったんだ。みんな終わった。神様は僕とアンドレを二度と会わせたくないらしい。死ぬほど悔いて絶望して焦がれさせるつもりらしい。罪を償えということか。辱めた相手の不名誉をそそげということか……それにしても何処に行くというのだろう?……タヴェルネだ! そうか! 行ってやるとも! 世界の果てまでも行ってやる。必要とあらば雲の上まで。手がかりを見つけたら追いかけるんだ。たとい飢えと疲労で道半ばで倒れたとしても」

 だが苦しみを爆発させたおかげで徐々に苦しみも和らぎ、ジルベールは立ち上がって、楽に息を吸い込み、穏やかな態度で周囲を見回し、ゆっくりとパリへの道を取った。

 今回はたどり着くまでに五時間かかった。

「男爵はパリから離れたりはしていないに違いない」ジルベールは冷静に見えた。「話をしよう。アンドレ嬢は失踪した。そりゃそうだ。トリアノンに居続けられるわけがない。でも何処に行ったにしても、父親ならきっと居場所を知っている。父親の言葉から足跡をたどれるはずだ。いや、それよりも、どうにか意地汚さを満足させられたら、呼び戻してくれるかもしれない」

 ジルベールはこうした思いつきに力を得て、夜七時頃パリに戻って来た。夜七時――つまりシャン=ゼリゼに人を引き寄せる涼しい時間帯に。シャン=ゼリゼ――夜霧と、二十四時間にわたる昼を実現させている人工の光が漂っている場所に。

 ジルベールは覚悟を決めて、コック=エロン街の宿に真っ直ぐ進み、躊躇うことなく門を敲いた。

 沈黙だけが答えを返す。

 さらに強く敲き金を鳴らしたが、何度敲こうとも結果は同じだった。

 当てにしていた頼みの綱が擦り抜けてゆく。ジルベールは怒りにまかせて手をぼろぼろにした。魂が苦しんでいるのだから、肉体を苦しめるのも当然のことだ。出し抜けに道を戻り、ルソー宅の門のバネを押して階段を上った。

 三十枚の札束を包んだ手巾には、屋根裏の鍵も結びつけられていた。

 ジルベールはそれに飛びついた。ここにセーヌ川が流れていたとしても飛び込みそうな勢いだった。

 夜も更け、綿のような雲が紺碧の空で戯れ、甘い芳香が菩提樹やマロニエから立ちのぼり、蝙蝠が翼を窓ガラスに打ちつける頃、ジルベールが昂奮に駆られて天窓に近づくと、木々に囲まれた庭の離れが白く見えた。かつてあそこで、もう二度と会えないと思っていたアンドレを見つけたのだ。心が砕け、気絶しそうになって樋に手を突くと、目の前がぼんやりとして視界が失われた。

『ジョゼフ・バルサモ』 151-2

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第百五十一章(その2)

「初めに申し上げておいた方が良いでしょうか。僕は窮地に追い込まれていて、逃げるべきなのか、自殺すべきなのか、もっとひどいことをすべきなのか、それすらもわからないんです……ああ、心配しないで下さい」ジルベールの声は落ち着き払っていた。「じっくり考えてみたら、自殺する必要なんかない、そんなことをしなくてもしっかり死んでしまうでしょうから……トリアノンを逃げ出してから一週間というもの、野生の草と果実のほかは何も食べずに森や野原をうろつき回っていました。もう力もありません。疲労と栄養失調で倒れてしまいます。逃げるにしても、あなたのところからではありません。あなたの家が大好きですから。三つ目のことをするために……」

「つまり?」

「つまり、僕がここに来たのは解決が必要だからです」

「気が違ったのですか?」

「違います。ですが僕は不幸のどん底で絶望にまみれていました。ある考えを思い出さなければ、今朝はセーヌ川で水死体となっていたことでしょう」

「ある考えとは?」

「あなたが書いたことです。『自殺とは人類に対する窃盗だ』」

 ルソーは物問いたげにジルベールを見つめた。――私がそれを書きながら考えていたのがあなたのことだったと思うほど自惚れているのですか?

「ええ、わかってますよ」ジルベールは呟いた。

「そうは思えません」

「何者でもなく、何も持たず、何のしがらみもない惨めな僕にとって、死ぬことだけが大事件だと仰りたいのでしょう?」

「問題なのはそんなことではありませんよ」ルソーは言い当てられて赤面した。「お腹が空いているのではなかったのですか?」

「ええ、そう言いました」

「でしたら、扉のある場所もパンのある場所もご存じなのだから、戸棚に行ってパンを持って出て行きなさい」

 ジルベールは動かない。

「パンではなくお金が必要だと言うのでしたら、あなたが悪人だとは――あなたをかばって隠れ家を提供した老人を虐げるほどの悪人だとは――思いませんから、少しですが受け取って下さい……どうぞ」

 ルソーはポケットを探って小銭を幾つか差し出した。

 ジルベールがその手を押し留めた。

「ひどい!」その声は苦痛に歪んでいた。「お金でもパンでもないんです。自殺すると言った真意をわかってもらえなかったんですね。自殺しないのは、僕の命が誰かの役に立つからだし、死んだら誰かを裏切ることになるからです。社会の仕組みも自然の摂理もご存じのあなたなら、死にたがっている人間の命を繋ぎ留める紐がこの世にあるかどうかご存じなのではありませんか?」

「幾らでもありますとも」

「父親であるということも、そうした紐の一つですよね? 答える時には僕を見てくれませんか。あなたの目を見て答えを見つけますから」

「そうですか」ルソーは口ごもった。「ええ、もちろんそうしますが、こうした質問に何の意味があるのでしょうか?」

「あなたの言葉は僕にとって裁きの場で下される判決に等しい。ですから真面目に答えて下さい。僕は死のうとした哀れな人間です。ですが……ですが、僕には子供がいるんです!」

 ルソーはあまりの衝撃に椅子から飛び上がった。

「からかわないで下さいね」ジルベールは恥じらいがちに言葉を継いだ。「僕の心を傷つけるだけではないか、それも短刀で傷を開いてしまうのではないかとお考えなのでしょう。繰り返しますが、僕には子供がいるんです」

 ルソーは何も答えずに見つめていた。

「子供がいなければ、とっくのとうに死んでいました。こうした板挟みに遭ってどうしたらよいかわからなくなり、あなたの助言を仰ぎにここに来たんです」

「私に助言できるようなことがあるでしょうか? 過ちを犯した時に相談に来てくれなかったではありませんか?」

「その過ちというのが……」

 ジルベールは何とも言えぬ表情をして、ルソーに一歩近づいた。

「はい?」

「その過ちというのが、世間では犯罪と呼ばれる類のものなのです」

「犯罪! だったらなおさら私に話すべきではないでしょう。私はあなたと同じ人間であって、懺悔を聞く僧侶ではないのですから。もっとも、何を聞いても驚きませんよ。いつか過ちを犯すのではないかと思っていましたから。あなたには性格の悪いところがある」

「違うんです」ジルベールはうんざりしたように首を振った。「僕の心は確かに偽善的だし歪んでいます。たくさんの本を読んで、身分の平等、精神の優位、本能の気高さを学びました。その本のどれにも、著名な方の署名がありました。その本のおかげで僕みたいな馬鹿な農夫は惑わされ……堕落したのです」

「ああ、何を仰りたいのかわかりましたよ」

「え?」

「私の思想を非難しているではありませんか。あなたには自由意思がないのですね?」

「非難ではありません。読んだことをお伝えしただけです。非難するなら何でも真に受ける自分を責めます。僕は信じて、間違ったのです。僕が罪を犯したのには二つの理由がありました。一つ目はあなたです。だから僕はここに来ました。それから、時間が来たら二つ目に移りましょう」

「つまり何がお望みなのでしょうか?」

「お恵みでも隠れ場所でもパンでもありません。見捨てられ、飢えていても関係ありません。あなたにお願いするのは精神的な支えであり、思想を承認してもらうことであり、一言で僕の力を取り戻してくれることです。栄養のせいで手足から奪われたのではなく、疑いのせいで頭や心から奪われた力を取り戻して欲しいのです。ルソーさん、一週間前から僕が感じていたものが、胃腸を苛む飢えの苦しみなのか、脳みそに巣食う悔恨の痛みなのか、どうか教えていただけませんか。罪を犯した結果、僕には子供が出来ました。絶望にまみれて髪を引きちぎるべきなのか、『ごめんなさい!』と泣き喚きながら砂の上でのたうち回るべきなのか、教えて下さい。さもなきゃ聖書に出て来る女のように、『みんなと同じことをしただけです。皆さんの中に私より優れた人間がいるのなら、どうか石を投げなさい』と言って泣き叫ばなきゃらなないんですか? 一言で言うと、僕が感じたことを感じなくちゃいけなかったのはルソーさんの方なんです。どうかお答え下さい。父親が子供を捨てるのが当たり前のことなのでしょうか?」

 ジルベールがそう言った途端、ルソーはジルベール以上に真っ青になり、完全に取り乱していた。

「どういう資格があってそんなことを仰るのですか?」ルソーはもごもごと呟いた。

「隠れ場所として与えてくれたこの屋根裏部屋で、まさにその問題について書かれたあなたの著作を読んだからです。貧乏な生まれの子供たちは国が面倒を見るべきだとあなたが仰っていたからです。あなたが生ませた子供たちが見捨てられようとたじろぎもしなかったにもかかわらず、自分のことを誠実な人間だと思っていたからです」

「何てことだ。私の本を読み、そんな言葉を私に言いに来たんですか」

「それが何か?」

「あなたという人は悪い精神と悪い心が結び合わされた人でしかないということですよ」

「ルソーさん!」

「あなたは人生を誤読したように、私の著作を誤読したのです! 顔の表面しか見なかったように、紙の表面しか見なかったのです! 私の著作から引用することで自分の罪の共犯者にさせようとしたのでしょう。『ルソーがそういうことをしたと打ち明けているからには、自分にもできるはずだ』と。愚かな! あなたが知らないこと、あなたには読めなかったこと、あなたが見抜けなかったことがあるのですよ。あなたが例に出した人物の一生――惨めで辛い人生を、祝祭と喜びに満ちた享楽的な黄金色の人生に変えることだって出来るのです。私にはヴォルテール氏ほどの才能がないのでしょうか? 同じだけのものを生み出すことは出来ないのでしょうか? 頑張れるのに頑張れないから、ヴォルテール氏の本ほど高く売れないのでしょうか? 本屋に言われるがままに中身の入った金庫を抱えている癖に、お金をじゃらじゃら鳴らしに来させることが出来ないのでしょうか? 金は金を引き寄せます。そうではありませんか? 若く美しいご婦人の許に出かけるために馬車を一台持ってもおかしくなかったでしょうし、そんな風に思っていれば、幾らそんな贅沢をしても詩作の泉が涸れることもなかったでしょう。私が情熱を失ってしまったと思いますか? お願いです! 私の目をしっかりと見て下さい。六十歳になっていますが、まだ若さと希望に輝いていませんか? 私の本を読んだり写したりしてみたのなら、年齢が衰え、深刻な不幸が実際に訪れているにもかかわらず、心はまだまだ若くて、もっともっと悩み苦しまんが為に、それ以外の器官から力という力を受け継いだようには見えませんか? 歩くのも困難なほど心身が弱ろうとも、貴重な神の祝福を享受すべき人生の盛りにも感じたことのなかった苦悩を味わう為に、体力や生命が満ちているのをひしひしと感じているのです」

「それはわかっています。あなたのことをそばで見て来てどういう方なのかよくわかりましたから」

「そばで見てわかっているのなら、私の人生というものは、他人にとってはいざ知らずあなたにとっても意味のないことなのでしょうか? 私には我が子の為に尽くすという感情がありませんが、それでも償おうとしてはいたのだと言いませんでしたか……」

「償うですって!」ジルベール。

「わかっていただけませんでしたか? 第一に、貧しさのせいで常軌を逸した決意をせざるを得なかったのですし、第二に、その貧しさに無私無欲で耐えることよりほかに、その決意を弁明できるような理由が見つかりませんでした。屈辱を受けることで自らの智性を罰しているのだとわかっていただけなかったのでしょうか? 罰を受けるのも当然の智性でした。自己正当化しようとして逆説を申し立て、一方で、永久に悔いることで心を罰していたのです」

「わかりました。それが答えですか! あなたがた哲学者と来たら、人類に対して教えを投げかけて、僕らを絶望の淵に投げ込みながら、腹を立てれば立てたと言って非難するのですね。僕が許せないのは、あなたが恥や悔いを見せずにいることなんです! 忌々しい、忌々しい、忌々しい! あなたの名に於いて犯された罪の数々が、巡り巡ってあなたの頭の上に降りかかればいい!」

「私の頭上になら、呪詛だけではなく罰も下らないといけませんね。あなたは失念しているようですが、並大抵の罰では済まされますまい! あなたも罪を犯したのなら、私だけでなく自分のことも甘やかさず責めるべきです!」

「甘えるどころか、僕に下される罰は輪を掛けて恐ろしいものになるでしょう。僕にはもう何一つとして信じるものはありません。被害者はもちろん仇敵に会ったとしても黙って殺されるつもりです。惨めな境遇は自殺を囁き、僕の良心は自殺して許しを請えと訴えています。今僕が死んだところで『人類に対する窃盗』とは言えません。あなたは自分でも考えていなかった台詞を書いたんですよ」

「おやめなさい。騙されやすいお人好しでは飽き足らず、疑り深いひねくれ者のように振る舞わなくてはならないのですか? 子供と仰いましたね? 父になっただとかこれから父になるのだとか仰っていたような気がしますが?」

「確かにそう言いました」ジルベールは答えた。

「それはつまり――」ルソーが声をひそめた。「母の乳房から離れたすべての人間に神は貞節という持参金を与えましたが――そうした貞節に満ちた空気を、人間という生き物は生まれながらに好きなだけ自由に吸い込むことが出来るというのに――あなたの仰ったことは、そんな生き物を死ではなく恥辱に引きずり込むということなのだということはわかっているのでしょうね? お聞きなさい、私の立場がどれほど恐ろしいものなのかを。子供たちを捨てた時には、どんな優れたものでも傷つけてしまう世間から、面と向かって罵られ辱められることになるのはわかっていました。だから逆説を弄して自己正当化したのです。だから十年というもの、本当の父親なのかどうか確信は持てずとも、子供たちの教育の為に母親たちへ助言を与えることに生を費やしたのです。やがていつしか、死刑執行人が現れて、世間、祖国、みなし児の為に仇を討とうとするも、私を非難することが出来ずに、私の本を非難して、そんな本はこの国の生き恥だ、毒を撒き散らしている、と言って燃やしてしまいました。ふるいに掛け、考え、判断して下さい。私は正しい行動をしていたのでしょうか? 間違った教えを信じていたのでしょうか? 答えられないでしょう。神ご自身でも悩んでしまうでしょうね。ぶれることのない正義と不正の秤を手にしている神でさえ。そこで私が心に問いかけると、心は胸の奥深くでこう答えたのです――『お前などくたばってしまえ、己が子らを捨てた歪んだ父親め。四つ辻で夜ごと春をひさいでいる若い女に会ったなら地獄に堕ちればいい。そいつはお前が捨てた娘なのさ。飢えをしのぐ為に恥を捨てたのだ。捕まった泥棒を道で見かけたらザマを見ろ。盗みに顔を紅潮させたままのそいつはお前が捨てた息子だよ。飢えに勝てずに罪を犯したのさ!』」

 立ち上がっていたルソーだったが、この言葉と共にまた椅子に沈み込んだ。

「ですが――」弱々しい声には祈るような響きがあった。「人から思われているほど悪いことなどしておりません。罪を分かち合っている心ない母親が動物のように忘れてしまうのを見て、こう思ったんです。『神は母が忘れてしまったのを許し給うた。母には忘れる権利があるのだ』。その時の私は間違っていましたが、今日は今まで誰にも言って来なかったことをお聞かせしましたから、もう勘違いしていただくわけにはいきませんよ」

「つまりあなたは――」ジルベールが顔をしかめた。「養えるだけのお金があったら、子供を捨てたりはしなかったと仰るのですか?」

「変えようのない事実に過ぎません。もちろん、捨てたりはしませんでした!」

 ルソーは震える手を厳かに天に掲げた。

「二万リーヴルあれば、子供一人を養うには足りるんですよね?」ジルベールがたずねた。

「ええ、充分です」

「そうですか。ありがとうございます。自分がやるべきことを知ることが出来ました」

「どんな事情があろうと、あなたのように若い人なら、働いて我が子を養うことが出来ますよ。それよりも罪を犯したと仰っていましたね。恐らく居所を探され、追われているのでしょう……」

「そうなんです」

「ではここに隠れるといい。屋根裏ならいつでも空いています」

「あなたほど素晴らしい方はいません! ご厚情は喜んで受けさせて下さい。隠れ場所よりほかには何も欲しがりませんから。パンなら手に入れてみせます。僕が怠け者ではないことはご存じでしょう」

「そうと決まれば――」ルソーが心配そうに言った。「お上がりなさい。ルソー夫人には見つかりません。屋根裏には上がって来ませんから。あなたがいなくなってからも片づけてはいません。藁布団もそのままです。過ごしやすいように自由になさい」

「ありがとうございます。身に余る光栄です」

「では、これで望みはすべてですね?」ルソーは目顔でジルベールに部屋から出て行くように促した。

「後一言だけお願いします」

「お言いなさい」

「以前リュシエンヌで、裏切者だと言って僕を非難なさいましたよね。僕は誰も裏切ったりはしていません。恋人を追いかけていたんです」

「その話はもういいでしょう。これで終わりですね?」

「はい。ところでルソーさん、パリの何処に住んでいるか知らない人の住所を知ることは出来るものなのでしょうか?」

「有名な方なら出来るでしょうね」

「とんでもない有名人です」

「お名前は?」

「ジョゼフ・バルサモ伯爵」

 ルソーが震え上がった。プラトリエール街で起こったことを忘れていなかったのだ。

「どういったご用があるのですか?」

「簡単なことです。あなたには僕の犯した罪の道義的な責任があると非難したのは、僕が自然法にのみ従っていると信じていたからです」

「私のせいであなたは道を間違えたと?」責任という言葉にルソーは震え上がった。

「少なくとも道を照らしたのは確かです」

「結局、どういうことでしょうか?」

「僕の犯罪には道義的な責任だけではなく、実際的な責任も発生しているということです」

「このド・バルサモ伯爵に実際的な責任があると言うのですね?」

「そうです。僕はお手本を真似し、機会に乗じました。そういう点で、自分が人間ではなく野蛮な獣のように振る舞ってしまったことが、今ならわかります。お手本というのがあなたのことで、機会がド・バルサモ伯爵です。何処にお住まいかご存じではありませんか?」

「知っていますよ」

「それでは教えていただけませんか?」

「マレー地区のサン=クロード街です」

「ありがとうございます。この足で訪ねてみようと思います」

「気をつけなくてはなりません」ルソーがジルベールを引き留めて声をかけた。「あの方は恐ろしくて底の見えない人間ですから」

「心配いりません、ルソーさん。もう覚悟は決めましたし、自制するすべならあなたから教わりました」

「早くお上がりなさい! 並木道の門が閉まるのが聞こえましたよ。きっとルソー夫人が戻って来たのです。ここからいなくなるまで屋根裏に隠れておいでなさい。その後で出かければいい」

「鍵はどうすれば?」

「今まで通り台所の釘に掛けておいています」

「では失礼します」

「パンをどうぞ。今晩は仕事を用意しておきましょう」

「ありがとうございます!」

 ジルベールは音も立てずに忍び出て、テレーズが二階にたどり着く頃にはとっくに屋根裏に入り込んでいた。

 ルソーから貴重な情報を得ていたおかげで、ジルベールはいつまでもぐずぐずとはしていなかった。

 テレーズが自室の扉を閉めるのを待たずに、屋根裏の戸口から動きを追って、長いこと物を食べずに衰弱しているとは思えぬ速さで階段を駆け降りた。期待や恨みで頭を一杯にしながら、その裏では不満や呪詛に駆り立てられた復讐の影が飛び回っていた。

 ジルベールは形容しがたい精神状態のままサン=クロード街にたどり着いた。

 中庭に入ると、礼儀から邸を訪れていたド・ロアン公を、バルサモが出口まで案内して来たところだった。

 ロアン公が門を出てから今一度立ち止まって感謝の意を表したのに乗じて、襤褸を着たジルベールは何かに惑わされないように辺りを見もせずに犬のように滑り込んだ。

 馬車が大通りでロアン公を待ち受けていた。ロアン公が馬車までの距離を素早く通り抜けて扉を閉めると、馬車はあっと言う間に立ち去った。

 バルサモはそれを機械的に目で追っていたが、馬車が見えなくなると玄関に向き直った。

 石段の上に乞食かと紛うような青年がいて、祈るような恰好をしていた。

 バルサモがジルベールに近づいて行った。いくら口が閉じられていようとも、その目が雄弁に問いかけている。

「十五分だけお話を聞いていただけませんか、伯爵閣下」襤褸を着た若者が口を利いた。

「どちらさんだったかな?」バルサモの声は驚くほど穏やかなものだった。

「僕に見覚えがありませんか?」

「いや。だが構わぬ。おいでなさい」目の前の青年の異様な顔色や、服装や請願を目にしても、バルサモは不安も表さずに答えた。

 そうして先に立って歩き、一番手前の部屋まで連れてゆくと、声も顔色も変えずに腰を下ろした。

「見覚えがないかという話でしたな?」

「そうです、伯爵閣下」

「そう言われると何処かで会ったことがあるような気もする」

「タヴェルネです。あなたがいらっしゃったのは、王太子妃がお立ち寄りになった日の前日でした」

「タヴェルネで何をしていた方だったかな?」

「住んでいました」

「使用人として?」

「違います。同居人としてです」

「タヴェルネを出たわけですか」

「そうです。三年近くになります」

「そして……」

「パリに来て、初めはルソー氏のところで学びました。その後、トリアノンで庭師見習いとして働いていました。その際はド・ジュシュー氏にお世話になりました」

「素晴らしいお名前が二つも出て来ましたが、私になど何をお望みだと?」

「これから申し上げます」

 一つ息をついてから、ジルベールはバルサモをしっかとした目つきで見据えた。.

「大嵐の夜にトリアノンにいらしたのを覚えていませんか? 金曜日で六週間になるでしょうか」

 真面目な顔をしていたバルサモが顔を曇らせた。

「ああ、覚えているとも。お会いしたのだったかな?」

「お会いいたしました」

「内密にしておくから言うことを聞けとでも?」バルサモの声が厳しさを帯びた。

「違います。むしろ内密にしておいて貰いたいのは僕の方です」

「もしかするとジルベールと呼ばれていなかったか?」

「そうです、伯爵閣下」

 恐ろしい非難の対象となった名前を持つ青年を、バルサモは射抜くような目で貪り喰らった。

 男らしく素性を認めたことや、自信に満ちた立ち居振舞い、威厳の備わった言葉の端々に、バルサモは驚きを隠せなかった。

 ジルベールは卓子に手を突かず、その前で立ち止まった。野良仕事をしている割りに細く生白い手の片方は胸元に隠れ、片方は傍らに優雅に垂れている。

「その態度を見て、ここに来た理由がわかったよ。ド・タヴェルネ嬢から告発されたことはわかっているんだろう。俺が科学の助けを借りて真相を聞き出したんだ。そのことで俺を責めに来たんじゃないのか? 俺がいなくては暴露されることもなく、墓のように暗い闇に葬られたままだったろうからな」

 ジルベールはただ首を横に振っただけだった。

「だがそれは間違っていたのではないか?」バルサモが続けた。「俺は我が身可愛さに告発しようとしているのでない、人から非難されるのは俺の方だと考えてみろ。お前を敵扱いして、自己弁護するだけで済ませてお前を非難していたら……そんな風に諸々考え合わせてみれば、お前には何も言う権利はないはずだ。何せ恥ずべきおこないをした人間なんだからな」

 ジルベールは爪で胸を掻きむしったが、それでも口は開かなかった。

「兄から追われ、妹に殺されるぞ。そんな風に不用意にパリの街中を歩き回っているようではな」

「そんなのたいしたことじゃありません」

「たいしたことじゃないだと?」

「ええ。僕はアンドレ嬢を愛していました。誰にも負けないほど愛していましたから。なのに僕のことを蔑んで。敬意を抱いていたのに。この腕に二度までも抱きながら、服の下に口唇を近づけることは控えていたのに」

「そうだな。敬意を払われるようなことをしたと言うのか。どうやって蔑みを解こうとした? 罠に嵌めたんじゃないか」

「違うんです! 罠を仕掛けたのは僕じゃありません。罪を犯す機会が訪れてしまったんです」

「その機会を誰が用意したと?」

「あなたです」

 バルサモは蛇に咬まれたように身体を強張らせた。

「俺が?」

「そうです。あなたなんです。あなたはアンドレ嬢を眠らせたまま、立ち去ったではありませんか。あなたが遠ざかるにつれ、アンドレ嬢の足は萎え、とうとう倒れてしまったんです。それを僕が抱え上げて、部屋まで運び入れたんです。肌と肌が触れ合うのを感じました。大理石が生命を持っていたらあんな感じでしょうか。愛に落ちていた僕は、愛に負けたのです。それでも犯罪者と呼ばれるのでしょうね? あなたにおたずねしたいんです。僕の不幸の原因を作ったあなたに」

 バルサモは悲しみと憐れみを湛えた眼差しをジルベールに向けた。

「その通りだな。お前の犯罪と娘さんの不幸の原因を作ったのは俺だ」

「それなのに、あなたほど力もあって善良であるべき人間が、薬を与えるどころか、却ってアンドレの病状を悪化させ、犯人の頭上には死を吊り下げておいたんだ」

「それも間違いない。お前は賢いな。いつの間にか俺はどうしようもない人間になってしまった。頭に浮かんだ計画はどれも邪で有害な形を取り、そのせいで俺も不幸に陥ってしまった。お前にはわからんだろうがな。だからと言って他人を苦しめていい理由にはならん。望みは何だ? 言ってみろ」

「すべてに贖う方法です、伯爵閣下。罪も不幸もすべて」

「あの娘を愛しているのか?」

「そうです」

「愛にはいろいろな形がある。どのように愛しているんだ?」

「ものにする前は焦がれるほどに愛していました。今では狂えるほどに愛しています。腹を立てられたら苦しくて死んでしまいそうです。足に口づけさせてくれたら嬉しくて死んでしまいそうです」

「貴族の娘だが貧乏だったな」バルサモが考え込んだ。

「ええ」

「だが兄は優しい男だ。貴族という無意味な特権にはこだわらないのではないか。妹と結婚したいと兄に申し入れたらどうなると思う?」

「殺されてしまいます」ジルベールは震え上がった。「でも、もしかすると僕は死ぬのを恐れてはいずに望んでいるのかもしれません。だからやってみろと言われるのならやってみようと思います」

 バルサモが考え込んだ。

「お前は賢いだけでなく、優しい人間でもあるようだな。それに、お前の取った行動が罪深いものだったとしても、俺にも罪の一端はあるんだ。よし、タヴェルネの息子ではなく父親のタヴェルネ男爵の方に頼んだらどうだ。娘さんとの結婚を許してくれたら、持参金を用意する、とな」

「そんなこと言えませんよ。無一文なんですから」

「持参金なら十万エキュ俺が用意してやる。お前がさっき言ったように、不幸と罪に対して償う為だ」

「きっと信じてくれません。僕が貧乏なのは知ってますから」

「信じないのならこの紙幣を見せてやれ。これを見れば疑うこともあるまい」

 バルサモは抽斗を開け、一万リーヴル相当の紙幣を三十枚数え、ジルベールに手渡した。

「これはお金ですか?」

「見てみろ」

 ジルベールは手渡された紙束を貪るように見つめ、バルサモの言葉を確かめた。

 目に喜びがはじけた。

「どうにかなりそうです! ですが、ここまでしていただかなくても」

「何でも疑ってみるのはいいことだ。だが疑うべきものとそうでないものを見分けられるようになれ。この十万エキュを持ってタヴェルネ邸に行くがいい」

「これほどの大金を口頭でいただいても、とても現実だとは信じられません」

 バルサモは羽根ペンを取って文書をしたためた。

 ジルベールがアンドレ・ド・タヴェルネ嬢との結婚宣誓書に署名した日、申込みがうまくいくことを願って事前に手渡していた十万エキュを持参金として与えるものとする。――ジョゼフ・バルサモ

「この紙を持って行け、これで不安はあるまい」

 文書を受け取るジルベールの手は震えていた。

「こんなに大きな借りをいただいては、あなたよりほかにこの世に神などいらっしゃいません」

「崇めなくてはならぬ神は一つしかない」バルサモは重々しく答えた。「そしてそれは俺ではない。わかったら行け」

「最後に一つだけお願いします」

「何だ?」

「五十リーヴルいただけないでしょうか」

「その手に三十万リーヴル持っているというのに五十リーヴルを?」

「この三十万リーヴルは僕のものではありません、アンドレ嬢が結婚に同意してくれるまでは」

「五十リーヴル必要な理由は?」

「男爵家を訪問するのに相応しい服を買う為です」

「いいだろう。持って行け」

 バルサモはジルベールの望み通り五十リーヴルを手渡した。

 それから顎をしゃくってジルベールを追い返し、のろのろと悲しげな足取りで部屋に戻った。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

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