アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
「武器だ! 武器をくれ!」
路上に集っていた人々がこれを聞いて正義感に駆られ、門に押し寄せ学生たちに自由を与えてやろうとした。
校長が生徒と群衆の間に身を投げて倒れ込み、門にしがみついて懇願した。
「皆さん! この子たちのことを考えて下さい!」
「もちろん考えているさ」フランス近衛兵が応じた。「そのつもりだがね。この子たちなら立派にやり遂げてくれるだろう」
「皆さん、この子たちは親御さんが私を信頼して預けて下さったんです。私には命に替えてもご両親の期待に応える義務があります。お願いです、この子たちを連れて行かないで下さい」
路上、つまり人混みの最後列から野次があがり、悲痛な懇願に応えた。
ビヨが駆け寄り、近衛兵や民衆や生徒たちに反論した。
「この人の言う通り、そいつは神聖な義務だぞ。大人たちが戦い、殺され合おうとも、子供たちは生きなきゃならん。未来の種子とならにゃならんのだ」
反論の呟きがあがった。
「文句があるのは誰だ? 父親でないのは確かだな。誰に口を利いていると思っているんだ、俺は昨日この手で人を二人殺して来たんだぞ。服に着いているこの血を見るがいい!」
ビヨが血塗れの上着とシャツを見せると、その仕種に一同はどよめいた。
「昨日、俺はパレ=ロワイヤルとチュイルリーで殺し合いをして来た。この子もそうだ。だがこの子には父も母もいない。それにほとんど大人だしな」
ピトゥは胸を張ってみせた。
「今日も命のやり取りをすることになるだろうが、『パリの人間は弱くて外国兵と戦うことも出来やしない。子供の手を借りていた』だなんて言わせないでくれよ」
「その通りだ! 子供たちはすっこんでな!」女や兵士の声がこだました。
「ありがとうございます」校長は門の向こうにあるビヨの手をつかもうとした。
「誰よりもセバスチャンのことをよろしく頼む」
「頼むですって? 僕は誰にも頼まれたりはしませんよ」セバスチャンは顔を怒りに染めて、連れ戻そうとしている使用人たちと揉み合った。
「中に入れてくれ。俺が説得する」ビヨが言った。
人混みが割れ、ビヨは学校の庭に足を踏み入れた。後ろからピトゥもついて行った。
既に近衛兵数人と歩哨の一団が門を守り、暴れる生徒たちを遠ざけていた。
ビヨは真っ直ぐセバスチャンに歩み寄り、節くれ立った大きな手で、白く華奢な手を包み込んだ。
「セバスチャン、俺のことがわかるか?」
「わかりません」
「ビヨと言って、お父さんの土地で農夫をやっている」
「あなたでしたか」
「この子は知っているな?」
「アンジュ・ピトゥです」
「そうです、セバスチャン、ボクですよ」
ピトゥは大喜びで、乳母子であり学友でもある青年の首にしがみついた。
「どうしたんです?」それでもセバスチャンの顔に明るさは戻らなかった。
「どうしたって……お父さんが捕まったんなら、取り戻すに決まってるじゃないか」
「あなたが?」
「俺だよ。それに一緒にいる人たちだ。俺たちは昨日、オーストリア兵と戦ったんだ。ほらこの通り弾薬も手に入れた」
「その証拠にほら、ボクも持ってます」ピトゥも言った。
「俺たちに助け出せないと思うか?」ビヨが一同を煽った。
「俺たちなら助け出せるとも!」
セバスチャンは悲しげに首を横に振った。
「父はバスチーユにいるんです」
「何だって?」
「わかるでしょう? バスチーユは難攻不落です」
「だったらどうするつもりだったんだ?」
「広場に行くつもりでした。小競り合いが起これば、鉄格子の嵌った窓越しに、僕の姿を見つけてくれるはずです」
「出来るわけがない」
「出来ない? どうしてです? 以前友人たちと歩いていた時、囚人の顔を見たことがあります。同じように父の顔が見えれば僕にはわかりますから、『安心して、父さん』と声をかけられます」
「バスチーユの兵士に殺されたらどうする?」
「父の目の前で殺せばいいんです」
「糞ッ垂れ! 何て子だ、父親の目の前で殺されに行くなんて。悲しみのあまり牢屋で死んじまうぞ。ジルベールさんには君しかいないんだ。それほど愛してるんだ。冷たい子だな」
ビヨはセバスチャンを押し返した。
「本当に冷た過ぎますよ!」ピトゥも泣きじゃくって和した。
セバスチャンから応えはない。
無言で考え込んでいるのを、その白くつやつやした顔や、燃えるような目や、薄く冷たい口唇や、鷲のような鼻や、逞しい顎を見て、魂はもちろん血も貴族なのだと、ビヨは感心して眺めていた。
「お父さんはバスチーユにいると言ったな?」
「ええ」
「理由は?」
「ラ・ファイエットやワシントンの友人だからです。アメリカ独立のために剣を取って戦い、フランス独立のためにペンを取って戦ったからです。専制を憎む人間なのだと両世界で知られてしまったからです。人々を苦しめるバスチーユを恨んでいたからです……だから逮捕されてしまいました」
「いつのことだ?」
「六日前です」
「何処で?」
「ル・アーヴルで船から降りたところを」
「どうやって知った?」
「手紙を受け取ったのです」
「ル・アーヴル発の?」
「ええ」
「逮捕されたのもル・アーヴルで?」
「リルボンヌ(Lillebonne)です」
「そんなに嫌がらないで、知っていることを教えてくれ。約束しよう、バスチーユ広場に骨をうずめることになっても、君を父さんに会わせてやる」