アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
それからの王国の運命は、小姓の拍車のような、取るに足らないものに左右されることもあった。
ルイ十五世は死んだ。デギヨン氏の後釜は誰だ?
ルイ十六世はマショー(Machaut)を重用した。ぐらつき始めている玉座を支えていた大臣の一人である。王の叔母に当たるマダムたちは、ド・モールパを推した。極めて愉快な人物にして面白い歌を作りもし、ポンシャルトラン(Pontchartrain)で三巻から成る回想録を書いた。
これはみな障害物競走のようなものだ。一着は誰か? 国王と王妃がアルヌヴィル(Arnouville)に着くのが先か、マダムたちがシャルトランに着くのが先か?
国王には権力があり、ツキは国王にあった。国王は急いで手紙をしたためた。
『すぐにパリに発て。パリで待つ。』
封筒に手紙を入れて表書きをした。
『アルヌヴィル、ド・マショー伯爵殿』
厩舎の小姓が呼ばれて文書を手渡され、直ちに発つよう言い渡された。
小姓が出発したからには、王もマダムたちに会うことが出来る。
マダムたち、とは、父王が『ジョゼフ・バルサモ』の中で呼んでいたように、ぼろ、ぞうきん、からす、なる極めて高貴な名前を頂戴していたあの三人のマダムたちだ。小姓が出てゆくのを、反対側の戸口で待っていたのだ。
小姓が出て行ったので、今度はマダムたちの入る番だった。
三人はド・モールパを登用するよう迫った――問題は時間だけだ――国王はマダムたちを拒むつもりはなかった。国王は極めて優しいのだ!
小姓が遠くまで行く時間だけが欲しかった……誰かに捕まえられないだけ遠くに。
国王はマダムたちに抗い、振り子時計に目を遣った――三十分ればいい――時計は嘘をつかない。時計の整備をしているのは国王自身なのだ。
二十分後、国王は遂に折れた。
「小姓を捕まえるといい。すっかり白状するだろうさ」
マダムたちは駆け出した。馬に鞍をつけさせ、馬を一頭、いや二頭、いや何頭乗り潰そうとも、小姓を捕まえさせるだろう。
だがそこまでする必要はなく、一頭も乗り潰さずに済んだ。
小姓は階段を降りる際につまずいて拍車を壊してしまった。拍車一つでどうやって全速力を出すというのか!
それに厩舎長のダブザック騎士が馬に乗せてはくれまい。伝令の検査を請け負っている厩舎長が、王家の騎手に相応しくない恰好の伝令を出発させてくれるはずもない。
拍車を二つ揃えなければ出発できない。
斯くして、小姓は全速力で走っているはずのアルヌヴィルの路上ではなく、宮殿の庭で捕えられた。
鞍に跨り、非の打ち所のない恰好で出発しようとしているところだった。
封書は取り戻されたが、手紙には手がつけられなかった。どちらにとってもその方がいい。ただし、「アルヌヴィル、ド・マショー殿」とあった表書きを、マダムたちは「ポンシャルトラン、ド・モールパ伯爵殿」に書き替えた。
王室厩舎の名誉は守られたが、王権は失墜したのである。
モールパとカロンヌがいればすべて上手く行く。モールパは詩を詠み、カロンヌは金を出す。斯かる廷臣たちに加えて、徴税請負人たちもいた。彼らも彼らなりに良い仕事をした。