アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
ビヨが持ち場に戻ると、ゴンションも後からついて来た。
不安げな眼差しが鉄門に向けられ、苛立ちが見て取れる。
「どうした?」ビヨがたずねた。
「バスチーユを後二時間で陥落できなければ、何もかも終わりだと思ってな」
「どうしてまた?」
「ヴェルサイユにも俺たちのやっていることが伝わるだろうから、ブザンヴァルのスイス人衛兵隊やランベスクの竜騎兵隊を派遣されて、三方向から挟み撃ちさ」
ゴンションの言う通りだと認めないわけにはいかなかった。
遂に使節団が姿を見せた。うなだれた様子からすると成果がなかったらしい。
「ほら見ろ!」ゴンションが狂喜した。「言った通りだ。バスチーユに判決は下された」
使節団に確認もせずに前庭から飛び出し、大音声で呼ばわった。
「武器を取れ! 司令官は申し出を拒否した」
まさしく、司令官はフレッセルの手紙を読むなり顔を染め、受け入れるどころか声をあげた。
「パリ市民諸君、君たちは戦いを望んでいたではないか。もう遅すぎるよ」
使節団は食い下がり、このまま抵抗を続ければどんなことを招くのか説き聞かせた。だが司令官は聞く耳を持たず、とうとう二時間前ビヨに向かって口にしたのと同じことを口にした。
「立ち去り給え、さもなくば撃ち殺す」
使節団は立ち去った。
今回先手を取ったのはローネーだった。見るからにうずうずしていた。使節団が中庭から出もしないうちに、サックス公のミュゼットで曲を奏でた。三人が倒れた。死者が一人、怪我をしたのが二人。
怪我をしたのは近衛兵と使節団だった。
犯すべからざる役割を担っていた人物が血塗れで運ばれるのを見て、人々の心に再び火がついた。
副官二人が持ち場であるゴンションの許に戻って来た。だが二人とも家に戻って服を着替える時間はあった。
武器庫のそばと、シャロンヌ街に住んでいたのだ。
ユランは最初ジュネーヴで時計屋をしていたが、その後コンフラン侯爵の従僕となっていたので、ハンガリー軍の制服に似たお仕着せを着て戻って来た。
王妃聯隊の元将校だったエリーは制服を着ていた。人が見れば軍も味方して一緒にいるのだと安心できるはずだ。
これまでにも増して激しい銃撃が始まった。
すると最上級曹長ロムス氏がローネー司令官に近づいた。
勇敢で忠実な軍人ではあったが、市民らしさも残っていたので、目の前で起こったことや、これから起こるであろうことを、辛そうに見ていた。
「ここには兵糧がありません」
「わかっている」ローネーが答えた。
「僭越ながら、命令があったわけでもありません」
「失礼ながらロスム君、バスチーユを封鎖したのはなぜだと思う? 私がここの鍵を預かっているからだ」
「鍵の使い道は門を閉ざすだけではありません。門を開くことにも使えます。城塞を守れず部隊をみすみす殲滅させることになりますぞ。同じ日に二度も勝利を味わわせてやることになります。我々を殺そうとしている奴らをご覧下さい。次から次へと敷石の上に生えて来ます。今朝は五百人しかいなかったのに、三時間前には一万人になり、今では六万人を超えています。明日には十万人になるでしょう。大砲が沈黙してしまえば――結局はそうなるに違いありませんが、バスチーユをその手で奪うだけの脅威となります」
「軍人らしくない物言いだな、ロスム君」
「フランス人として話しております。陛下からは何の命令も受けていないと申し上げているのです……パリ市長からの提案は受け入れがたいものではありません。ブルジョワ民兵を百人、城塞内に入れればいいだけです。憂慮される悲劇を回避するには、フレッセル氏の提案を飲めばいいのです」
「つまりロスム君、パリ市を代表する威権に従うべきだと?」
「陛下直々の威権がない以上は、そうすべきかと」
ローネーは中庭の隅にロスムを引っ張って行った。「読み給え」
ロスムは、見せられた小さな四角い紙切れを読んだ。
――持ちこたえてくれ。パリの市民は徽章と約束で誤魔化しておいた。日が沈むまでにはブザンヴァル氏の援軍が向かうはずだ。 ド・フレッセル」
「どのように届いたのですか?」
「使節団が持って来た手紙の中にあった。バスチーユを明け渡す勧告状を手渡すつもりで、それを阻止する指令書を手渡していたことになるな」
ロスムは頭を垂れた。