アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
「こっちさ。でも鍵が無え」
「何処にある?」
「奪われた」
「斧を貸してくれ」ビヨは労働者に声をかけた。
「やるよ。もう必要ない。バスチーユは陥落したんだ」
ビヨは斧をつかんで階段に駆け込み、牢番の後を追った。
牢番が扉の前で立ち止まった。
「ベルトディエール塔の三号室か?」
「ああ。ここだ」
「ここに入れられてるはジルベール医師という人か?」
「知らん」
「連れて来られたのはつい五、六日前だな?」
「知らん」
「わかった。俺が確かめる」
ビヨは斧を扉にぶち込んだ。
堅い楢の扉であったが、逞しい農夫の一撃を食らって破片が舞い飛んだ。
すぐに独房内を覗けるだけの穴が出来た。
ビヨは穴に目を押しつけ、中を覗いた。
鉄格子のついた塔の窓越しに入り込む陽射しの中に、一人の男が立っていた。心持ち身体を反らし、寝台からもぎ取った横木を手に、防御の姿勢を取っている。
入って来た人間をぶちのめそうとしているのは明らかだ。
髭は伸び、顔は青ざめ、髪は刈り取られているが、ビヨにはわかった。ジルベール医師だ。
「先生! 先生! あなたですか?」
「誰だ?」
「ビヨです。味方です」
「ビヨなのか?」
「そうだよ! 本人だ! 俺たちもいるぞ!」斧の音を聞いて踊り場で立ち止まっていた男たちが声をあげる。
「俺たちとは?」
「バスチーユの勝者だよ! バスチーユは陥落した。あんたは自由なんだ!」
「バスチーユが陥落? 私が自由?」
穴から手が伸び、扉が揺すられると、肘金と錠が外れそうになり、ビヨがゆるめていた扉の一部が音を立てて壊れ、ジルベールの手の中に残された。
「待って下さい」ビヨが声をかける。もう一度扉を揺すったり昂奮したりしては、ジルベールの力が尽きてしまうのではないか。
ビヨはいっそう力を込めた。