アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
「ご用件とは?」ジルベールがベラルディエ院長にたずねた。
「この子に必要なのは勉強ではなく、気晴らしなのです」
「何ですって?」
「それはもう素晴らしい若者です。誰からも、息子のように、兄弟のように愛されています。ですが……」
院長は言い淀んだ。
「だが何だと?」
「ですが注意深く見てあげなくては、いずれこの子を殺してしまうものがあるのです」
「それは?」
「あなたの助言にあった『勉学』ですよ」
「勉強が?」
「ええ、勉強です。書見台の前で腕を組んだり、辞書に鼻を突っ込んで目を落としているのをご覧になれば……」
「それは勉強しているんですか、空想に耽っているんですか?」
「勉強です。適切な言い回しや、古典的な表現、ギリシア語やラテン語の文型を、時間があればあるだけ、考えてばかりいるのです。現に今も……」
なるほど父親がほんの数分離れているだけのうちに、ビヨが扉を閉めたか閉めなかったかのうちに、若きセバスチャンは恍惚とした表情を浮かべて自分の世界に入っていた。
「しょっちゅうああなんですか?」ジルベールが不安そうにたずねた。
「いつものことだと申し上げるべきでしょう。あの様子をご覧下さい」
「仰る通りだ。あんなところを見つけたら、気晴らしさせざるを得ませんね」
「残念な話ですが。何しろこの勉強の成果が、いずれルイ=ル=グラン学校に最大の名誉をもたらしてくれる結晶なのですから。断言しておきます、三年後にはあらゆる試験を総なめにすることでしょう」
「とは言うものの、先生がご覧になったようにセバスチャンがああやって考えに耽っているのは、強さではなく弱さの証、健康ではなく不健康の徴候……先生が仰った通り、この子にはあまり勉強を勧めるべきではありません。いずれにしても、せめて勉強しているのか空想しているのか区別をつけられるようにしておかなくては」
「あの子が勉強しているのは間違いありません」
「あんな状態の時にですか?」
「ええ。あの子は宿題を終わらせるのが誰よりも早い。口唇が動いているでしょう? あれは課題を繰り返しているのです」
「でしたら、あんな風に繰り返しているのを見たら、気晴らしさせるようにしてもらえますか。もっと上手く課題をこなせば、もっと具合も良くなるでしょうし」
「そうお考えですか?」
「もちろんです」
「そうなのでしょう。お知りおきいただきたいのですが、コンドルセ先生もカバニ先生も仰っていたのですよ、これほど優れた人間は見たことがないと」
「一つだけお願いします。夢から引き出す時には注意してもらえますか。初めは小さな声で話しかけて下さい」
「なぜですか?」
「離れていた心を少しずつこの世に連れ帰るためです」
院長は驚いて医師を見つめた。気が狂ったのかと言わんばかりだった。
「どういう意味なのかすぐにご覧になれますよ」ジルベールが言った。
ちょうどビヨとピトゥが戻って来たところで、ピトゥがほんの数歩でセバスチャンに近寄った。
「ボクを呼んでくれたんですね、セバスチャン」ピトゥが腕を取った。「気を遣ってくれてありがとうございます」
そう言ってでっかな頭を土気色の顔に近づけた。
「ご覧なさい」ジルベールが院長の腕をつかんだ。
なるほどセバスチャンはピトゥに優しく触れられて、不意打ちで夢から引き出されてよろめき、くすんでいた顔色は白っぽく変わり、襟がふやけたように首が落ちた。胸から痛ましい溜息が洩れると、頬が鮮やかに赤く染まった。
セバスチャンは首を振って微笑んだ。
「ああ、ピトゥか。そうなんだ、僕が呼んだんだよ」
それからピトゥを見つめ、
「じゃあ君は戦いに参加したんだね」
「そうさ、たいした子だよ」ビヨが言った。