アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
今や持たざる権力を誇示して束の間の勝利を得たことに満足して、国王は部屋に戻った。
ジルベールがいた。そばには侍衛がいる。
「何の用だね?」
侍衛がルイ十六世のおそばに寄って命令に背いたことを詫びている間、もう何年も国王を目にしていなかったジルベールは、今もフランスに吹き荒れている嵐のさなかに神からフランスの統治を任されているこの人物を、ひそかに観察していた。
デブでチビで、覇気も威厳もなく、顔にしまりもなければ表情にも乏しく、冴えない若さには早くも老けが襲いかかり、存在感のある肉体と平凡な知性との割に合わない戦いにはただ国王ゆえの誇りによるちぐはぐな魅力だけが見え隠れしていた。ラファーターと研究を重ねた観相家にとっても、バルサモと共に未来を読んだ磁気術師にとっても、ジャン=ジャックと同じ夢を見た哲学者にとっても、果ては全人類を観察して来た旅人にとっても、これらの特徴の意味するところは一致していた。即ち、堕落、衰退、無力、崩壊。
ジルベールは愕然とした。敬意に打たれたわけではない。ぶざまな姿を目にして、悲しみに打たれたのだ。
国王が近づいて来た。
「貴君かね、ネッケル氏の手紙を持って来たというのは?」
「はい、陛下」
「早く見せてくれ」その叫びには信じられないという思いが詰まっていた。
溺れて「ロープをくれ!」と叫ぶ人間のような声であった。
ジルベールが手紙を渡すと、国王は奪うようにもぎ取り、貪るように目を通すと、気品に満ちた仕種をしながら、
「二人だけにしてくれぬか、ヴァリクール殿」と侍衛に伝えた。
ジルベールと国王だけが残された。
部屋には明かりが一つしかない。顔色から考えを読まれるのを防ぐために明るさを抑えているのかと思えるほどだ。不安というよりは困惑が見える。
「失礼だが」国王はジルベールが思った以上に鋭く澄んだ目を見せた。「あなたがあの驚くべき覚書を書いたというのは本当かね?」
「はい、陛下」
「お幾つに?」
「三十二歳です。ですが勉強と苦労のせいで二倍は老けました。どうぞ老人扱いして下さい」
「なぜ今まで余の前に現れなかったのだ?」
「文字で綴る方が自由で簡単なことを、わざわざ陛下に口頭でお伝えする必要はございません」