アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
ブザンヴァルはそう言って、ランベスク氏の方を向いた。
「ご異存がおありですか? パリの人々は殺人を犯しましたが……」
「まあ! 本人たちは仇討と呼んでいるのではありませんか」穏やかで凜としたその訥々とした声を聞いて、王妃が振り返った。
「あなたの言う通りだわ、ランバルさん。どうやらそこに誤解があるみたいね。だったら寛大にならなくては」
「ですけども」ランバル公妃がおずおずとした声を出した。「罰するべきかどうか考える前に、鎮圧できるかどうか考えなくてはならないと思いませんか」
その場にいた者たちの口から叫び声があがった。公妃の口から出た真実に対する抗議の叫びだった。
「鎮圧? スイス人衛兵が?」
「ドイツ人衛兵が?」
「侍衛たちが?」
「軍人と貴族が信用されていないなんて!」ベルシュニー(Bercheny)軽騎兵隊中尉の軍服を着た若者が声をあげた。「こんな辱めを受けなくてはならないんですか? 国王陛下がお望みになりさえすれば、明日にでも四万人を用意してパリに投入し、パリを制圧することが出来るとはお考えになりませんか。四万人の忠実な軍隊があればパリの叛徒が五十万人いようと太刀打ち出来るとはお考えになりませんか」
口を利いた若者は、まだほかにも似たようなことを考えていたようだが、王妃に見つめられていることに気づいて、急に口を閉じた。将校たちに混じって話をしていたが、若者の熱意は階級やしきたりの垣根を飛び越えていた。
そうして、自分の話が引き起こした結果に泡を食って口を閉じたのだった。
だが遅すぎた。通りがかった王妃はとうに若者の言葉を耳にしていた。
「状況をご存じなの?」王妃が優しくたずねた。
「はい陛下」若者は真っ赤になって答えた。「シャン=ゼリゼーにいたんです」
「では怖がらずにお話しなさい」
若者は真っ赤になったまま集団から抜け、王妃の許に歩いて行った。
それと同時にランベスク公とブザンヴァル氏が後ろに退った。こうした話に同席するのは沽券に関わると考えてでもいるようだった。
王妃はこの退却を気に留めなかった。或いはそうではないにしても、気に留めたようには見えなかった。
「国王には四万人がついている、と仰ったの?」
「はい、陛下」
「パリの近くに?」
「サン=ドニ、サン=マンデ、モンマルトル、グルネルにです」
「詳しいお話を聞いてもいい?」
「ぼくなんかより、ランベスク氏とブザンヴァル氏のお話の方がよっぽどためになりますよ」
「いいから聞かせて。あなたの口から聞きたいの。その四万人は誰の指揮下にあるの?」
「まずはブザンヴァル氏とランベスク氏の指揮下に。それからコンデ公、ナルボンヌ=フリッツラー氏(M. de Narbonne-Fritzlar)、de Salkenaym氏の指揮下です」
「そうなの?」王妃はランベスク氏を振り返った。
「はい陛下」ランベスク公が一礼した。
「モンマルトルなら砲廠そのものと言って構いません」若者が言った。「六時間あればモンマルトルから望めるありとあらゆる場所をすっかり焼き払うことが出来るはずです。モンマルトルが口火となって、ヴァンセンヌ(※上記サン=マンデ付近)がそれに応え、一万人がシャン=ゼリゼから、別の一万人がアンフェール市門から、さらに一万人がサン=マルタン街から、最後の一万人がバスチーユから進軍すればよいのです。パリに四方からの一斉射撃が響き、二十四時間と持ちはしないでしょう」
「それでも隠さず話してくれる人がいるし、しっかりした作戦もあるじゃない。どうかしら、ランベスクさん?」
「どうもこうも」馬鹿にしたように答えた。「こちらの軽騎兵隊中尉殿はいっぱしの将軍ですな」
「ともかくね」若き将校が怒りに青ざめるのを見て、王妃が口を添えた。「不屈の兵士なのは間違いないのじゃない?」