アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
王妃が細く痩せた手に目を落とした。ダイヤの涙が指の間からこぼれ落ちた。
シャルニー伯爵はまたしてもひざまずかざるを得なかった。
「お願いですから、あなたから離れて、逃げ出して、死んでしまえとお命じになって下さい。あなたが泣いているところをもう見たくはないのです」
そう言っている伯爵自身の言葉も嗚咽にまみれていた。
「もう終わりです」マリ=アントワネットは顔を上げてゆっくりと首を横に振り、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
そうして愛らしい仕種で髪粉のついた髪を後ろに払うと、白鳥のように白い首に髪が降りかかった。
「ええ、そう、もう終わりです。これ以上あなたを悲しませたりはしません。こんな馬鹿げたことはすべて忘れてしまいましょう。王妃としてしっかりしていなければならない時に、弱い女でいるなんておかしな話。パリからいらしたんでしたね? その話をしましょう。あなたから聞くまですっかり忘れていましたが、事態は極めて深刻なのですね、シャルニーさん?」
「ええ、話を戻しましょう。仰る通り、事態は極めて深刻だと申し上げました。仰る通りパリから駆けつけました。王権が崩壊するのをこの目で見て来たのです」
「深刻だと仄めかしてみたのは正しかったようですね、けちけちせずに教えてくれたのですから、シャルニーさん。暴動が成功したのを、あなたは王権の崩壊と呼びましたね。バスチーユが占拠されたから、王権が停められたと言うのですか。お忘れですよ、バスチーユがフランスに根づいたのは十四世紀からのことに過ぎませんし、王権は六千年前から世界中に根を張っているのです」
「自分を誤魔化かせたらどんなによかったでしょうか。せめて陛下のお心を悲しませぬよう、少しはましな報せをお伝えいたします。生憎なことに楽器には決まった音しか出せはしないのです」
「もうよい。わたしがあなたを支えて見せましょう、一人の女として、正しい道に連れ戻して見せましょう」
「それ以上の望みはありません」
「パリの民衆は叛乱を起こしたのですね?」
「はい」
「内訳は?」
「八割ほどです(douze sur quinze)」
「その数字をどうお考えです?」
「考えるまでもありません。この国の八割が庶民に当たり、残りの二割が貴族と聖職者で構成されているのですから」
「その数字は確かなものなのでしょう。ご自身の口にすることはよくわかっておいででしょうから。ネッケル父娘の著作を読んだことが?」
「ネッケル氏のものでしたら」
「上手い言葉があります。裏切りは身内にあり。わたしにはわたしの数字があります。聞きたいかしら?」
「謹んで」
「八割の内、半数は女ですね?」
「仰る通りですが……」
「最後まで聞いて。八割の半数が女ですから、残りが四割。一割半が動けない老人や無関心な人間だと考えては多すぎますか?」
「いいえ」
「残りの二割半のうち、半数は臆病者や不熱心な者と考えることにしましょう。これでもフランス人を評価しているのですよ。残った一割強の者たちが、狂信的な者、意志の堅い者、勇敢な者、戦好きな者(enragés, solides, vaillants et militaires)だと考えて下さい。これはパリのことだけを考えた数字です。地方のことを考えても仕方ありませんから。奪い返す必要があるのはパリだけですもの」
「それはそうですが……」
「『ですが』ばかり……返答は後になさい」
シャルニー伯爵は頭を下げた。
「パリの人口の一割、わたしは十万人と見積もりました。如何です?」
今回は伯爵は答えなかった。