アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
第三十章 国王と王妃
王妃は周りを一瞥してから、夫の挨拶に応えて温かく迎え入れた。
それから差し出された国王の手を取った。
「どうなさいましたの? いらしていただけるなんて」
「本当にたまたまなんだ。シャルニーに会ってね。聞けばそなたに言われて血気盛んな者たちに、落ち着くべしと伝えに行くところだと云う。そなたが素晴らしい解答を選んでくれたことが嬉しくてね、感謝を伝えずにはとても素通り出来なかったのだ」
「ええ、よく考えたんですけれど、やっぱり部隊を動かして内戦の口実を与えたりはしない方がいいと思ったんです」
「そんな風に言ってくれるとありがたい。もっとも、そなたに感謝することになるのはわかっていたがね」
「その予想がぎりぎりで外れてしまったのはご存じのくせに。だってわたしが決心したのには、陛下のお心とは別の理由があるんですから」
「それこそ理性の証ではないか。どんな考え事を伝えられても、そなたの理性がぶれることはなかろう」
「わたしたちが二人とも同意見だとしたら、考えることなど無意味ではありませんか」
「やめ給え、議論がしたい訳ではない。二人ともそんなことは好かぬではないか。議論ではなく会話をしよう。仲の良い夫婦が家庭の話でもするように、時々二人でフランスの情勢を話し合うのは楽しくないかね?」
この台詞を、ルイ十六世は何の含みもなく親しみを込めて口にした。
「時々どころかいつも話したいくらいですけれど、お時間は構いませんの?」
「もちろんだ。戦闘を始めるべきではないと、先ほど言ったようだが?」
「申しました」
「だが理由は言わなかったな」
「おたずねになりませんでしたから」
「ではたずねよう」
「無力だからです」
「鋭いな。では誰よりも強ければ、戦争を始めるのだな」
「誰よりも強ければ、パリを焼き払っていました」
「なるほど。どうやら戦を避けるのは余と同じ理由のようだな」
「と仰ると?」
「理由かね?」
「ええ、陛下のお考えを」
「理由は一つきりだ」
「仰って下さい」
「すぐに済む。国民(le peuple)と戦争を始めたくないのだ。国民が正しいとわかっているからね」
マリ=アントワネットは驚愕を露わにした。
「正しい? 叛乱を起こすのが正しいと?」
「無論だ」