アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
ジルベールが話を続けた。
「申し上げようとしていたのは、私がパリを見て来たこと、王妃陛下がヴェルサイユを見もしなかったということです。今のパリが望んでいることをご存じですか?」
「わからぬ」国王は不安そうだった。
「二度とバスチーユを襲いたくないということではありませんか」王妃が蔑みを浮かべた。
「まったく違います。国民と国王の間には別の要塞があることをパリは承知しているのです。パリ四十八郡の代表を一つにまとめて、ヴェルサイユに送り込もうとしているのです」
「来てみるがいい!」王妃は狂喜して叫んだ。「存分に出迎えてみせようではありませんか」
「お待ち下さい。代表は単独ではありません」
「では誰と一緒だというのです?」
「国民衛兵二万人の後押しを受けているのです」
「その国民衛兵とは?」王妃がたずねた。
「この組織を軽んじてはなりません。いずれ一つの勢力となりましょうし、つなぐことも解くことも出来ましょう」[*1]
「二万人か!」国王が嘆じた。
「叛徒十万人に匹敵する一万人がここにいると言うのなら」今度は王妃が応じた。「二万人のごろつきを呼ぶなら呼んでみせればいい。革命という汚泥に必要な罰と懲戒をここで受けることになるでしょうから。一時間だけ耳を貸してもらえれば、一週間後にはそんな汚泥など掃き清めてみせましょう」
ジルベールは悲しげに首を振った。
「お間違えになっています。それとも騙されていらっしゃるのでしょうか。ご想像なさって下さい。内戦は一人の王妃が引き起こしたものであり、たった一人で戦っていたのだと。そして余所者という非難の言葉を墓場まで抱えて行ったのだと」
「わたしが引き起こした? 何を仰っているのです? 挑発でも何でもなく、バスチーユに向かって引き金を引いたのはわたしだとでも言いたいのですか?」
「暴力を語ろうとする前に、理性に耳を傾けようではないか」国王が言った。
「何と弱気なことを!」
「耳を傾け給え、アントワネット」国王がぴしゃりと言った。「銃弾を浴びせなくてはならない人間が二万人ここに来るというのは、つまらない出来事ではないのだぞ」
それからジルベールに向かい、
「続けてくれ」と言った。