アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
「いいえ、お洒落や身だしなみを責めているわけではありません。とにかく裏地です。裏地、裏地なんです」
「裏地か……刺繍入りのシャツの裏地かね。そろそろ説明してもらおうか」
「ご説明いたします。勝利と革命思想に酔いしれたパリ市民七十万人のただ中に、憎まれ疎まれている国王が飛び込んでゆくのですよ。国王は中世の君主ではありませんが、今パリに入るには、鉄の鎧とミラン鋼の兜が必要です。弾丸も矢も石もナイフも身体にたどり着けないようにしなくてはならないのです」
「実際にはその通りだ」ルイ十六世の声が憂いを帯びた。「だがな、余はシャルル八世でもフランソワ一世でもアンリ四世でもない。今現在の君主制が天鵞絨と絹に包まれて生まれたように、余は絹の衣に包まれて生まれた。いや、もっと正確に言えば……弾丸に狙われる的を身につけて生まれて来たのだ。心に勲章をつけておるのだよ」
王妃が苦しそうに呻きを洩らした。
「もうそろそろお互いわかり合わなくては。あなたの妻が冗談を口にすることなどないと、わかっていただけませんか」
王妃が合図すると、部屋の奥に退っていたカンパン夫人が、洋箪笥の抽斗から、絹に包まれた細長く平べったいものを取り出した。
「陛下、国王の心が第一にフランスのものだということは認めますが、それでもなお、妻のものであり子供たちのものであると考えております。わたしとしては、国王の心を敵の弾丸に晒したくはありません。わたしはこれまで、あらゆる手を尽くして、あらゆる脅威から、夫であり国王であり子供たちの父親である方を守って参りました」
そう言って絹の包みを開き、鉄糸の編み込まれたジレを取り出した。アラビアの織物のような素晴らしい細工であった。横糸の編み目は波の水紋を模し、しなやかで伸びのある布地の表面が流れるように揺らめいていた。
「それは?」
「ご覧下さい」
「ジレのようだな」
「それはそうです」
「首まで覆っている」
「ご覧のように、この襟を上着の襟や襟飾りに重ねることが出来るんです」
国王はジレを手に取ってじっくりと眺めた。
王妃はその関心の高さを見て、喜びを覚えた。
国王は見たところ網の目の一つ一つを嬉しそうに数えて、毛織物のように柔らかく波打っているのを指で感じているようだった。
「いやはやたいした金属だ」
「でしょう?」
「見事なものだな」
「でしょう?」
「何処でこれを手に入れたのか見当もつかぬ」
「昨夜ある方から購入したんです。ずっと以前から、陛下が戦争にいらっしゃる場合に備えてと言って勧められていたんですけれど」
「本当にたいしたものだ!」それを見つめる国王の目は芸術家のものに変わっていた。
「きっと仕立屋に作らせたジレと同じようにお似合いです」
「そう思うかね?」
「お試し下さい」
国王は何も言わずに、紫色の礼服(habit)を脱いだ。
王妃は喜びに震えて勲章を外すのを手伝い、そのほかはカンパン夫人が手を貸した。
だが国王は剣を自分で外した。今この瞬間、王妃の顔を観察する者があれば、至福を写した勝利の輝きに照らされているのが見えたはずだ。
王妃の上品な手が襟飾りを外し、金属製の襟を挟み込むのを、国王はされるがままにしていた。