アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
ビヨは有頂天になっていたため、哲学的な面から見て、ルイが人間という肩書きを得るために国王の肩書きを捨てていたのかどうか、わざわざ深く考えようとはしなかった。ルイの言葉がどれほど朴訥な農夫に似ていたかを感じて、国王を理解し理解されたものだと、一人喝采していた。
だからビヨはこの時以来ますます昂奮していた。ウェルギリウスの表現に従えば、国王の顔の中から、立憲王制の愛をじっくりと飲み干し、ピトゥにもそれを感染させた。ピトゥは自分の愛とビヨの過剰な愛で満杯になり、それをすっかり外に撒き散らした。初めは力強い声で。それから叫び声で。最後には声がかれるほどに。
「国王万歳! 国民の父万歳!」
ピトゥの声はこうして変わりながらかれて行った。
ピトゥの声がすっかりかれた頃に、行列はポワン=デュ=ジュール(Point-du-Jour)に到着した。ラ・ファイエット氏が有名な白い軍馬に跨っている。無秩序にざわめいている国民衛兵の一団が苛々を募らせていた。国王にお供するために朝の五時からこの場所に並んでいたのである。
今は二時頃だった。
国王とフランス軍の新代表(=ラ・ファイエット)の会見は居合わせた者たちにとって満足のいく通りにおこなわれた。
だが国王は疲れを感じ始めていたので、口を利くこともなく微笑みを見せるだけで済ませていた。
パリ民兵隊の総司令官(=ラ・ファイエット général en chef)も、もはや号令を発することもなく、身振りで用件を済ませていた。
国王は「国王万歳」の声が「ラ・ファイエット万歳」の声と同じだけあるのを見聞きして満足を覚えた。生憎なことに国王がこのように自尊心を満足させることが出来たのは、これが最後のことであった。
それに加えて、ジルベールが国王の馬車のすぐそばから離れずにいたし、ジルベールのそばにはビヨが、ビヨのそばにはピトゥがいた。
ジルベールは約束を守って、ヴェルサイユを発ってからというもの、たいしたことに王妃に四人の飛脚を送っていた。
飛脚が運んでいたのは良い報せだけであった。何しろ道中の何処であろうと、国王の目に映るのが宙に振られた縁なし帽であったのは事実である。ただしこの縁なし帽には国民の色をした徽章が輝いており、国王護衛隊と国王の帽子についていた白い徽章にまるで非難を向けているようであった。
喜びと昂奮のさなかにあって、この徽章の違いだけはビヨには我慢ならなかった。
ビヨは三角帽に三色の徽章をつけていた。
国王は白い徽章を帽子につけていた。つまり臣下と国王はまったく違う趣味をしているらしい。