アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
第五十一章 ヴェルサイユ
パリで何が起こっているのか、当然のようにヴェルサイユではまったく知られていなかった。
少し前にお届けした物語の後、その翌日に王妃が自画自賛した場面のその後、王妃は休息を取っていた。
王妃には軍隊があったし、信奉者がいたし、敵の数もわかっていたから、戦いを始めたいと考えていた。
七月十四日に喫した敗北の雪辱を果たそうとすべきではなかったのではないか? 国王の今回のパリ行き、それも帽子に三色徽章をつけて戻って来た今回のパリ行きを、家臣に忘れさせ自分でも忘れてしまおうとする必要などなかったのではないか?
哀れなことに、やがて自分もパリに行かざるを得なくなるとは予想だにしていなかった。
シャルニーとは激論を交わしてから一度も話をしていなかった。アンドレのことはそれでも親友として接しているようなふりを続けていた。王妃の心の中で友情は一時的に翳っていた――が、恋敵であるアンドレの心からはとっくに消えて二度と灯されることはなかった。
シャルニーのことは公務のことで話しかける必要があったり命令を告げたりするほかは顔を向けることも目を向けることもなかった。
シャルニー家が失脚したわけではない。パリの男女がヴェルサイユに向かうことを決めたその日の朝、三兄弟の次男であるジョルジュ・ド・シャルニーに優しく話しかける王妃の姿が目撃されていた。オリヴィエとは違い、バスチーユ襲撃の一報に対して好戦的な助言をしたあのシャルニー男爵である。
現に朝の九時頃、シャルニー男爵が回廊を通って国王が狩りに行くと狩猟官に伝えに行くところを、礼拝堂で弥撒を聞いて来たばかりのマリー=アントワネットが見つけて呼び止めた。
「そんなに急いでどちらまで?」
「陛下をお見かけした時点で急ぐのはやめました。却って立ち止まろうとしたくらいです。ありがたいお声をかけて下さるのを慎ましく待っておりました」
「行き先を尋いても構わないかしら?」
「国王陛下の狩りにお供するので、狩猟官のところまで集合場所の確認に向かうところです」