アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
市民からの反撃で、二人の護衛隊員が馬から落とされた。
時を同じくして「どいたどいた!」と叫ぶ声が聞こえた。フォーブール・サン=タントワーヌの男たちが、大砲三台を曳いて到着し、鉄門の正面に砲列を敷いたのだ。
幸いにも雨が滝のように降り注いでいたため、火に火縄を近づけても、濡れた火薬に火はつかなかった。
その時、囁き声がジルベールの耳に飛び込んで来た。
「ラファイエットさんが来た。ここから半里くらいのところにいる」
ジルベールは声の主を探したが見つからなかった。だが何処から聞こえたにせよ、有益な情報だ。
見渡すと誰も乗っていない馬が見つかった。殺された護衛隊員のものだ。
ジルベールは馬に飛び乗り全速力でパリに走らせた。
二頭目の馬も後を追おうとしたが、広場まで行かぬうちにすぐに手綱をつかまれた。誰かがジルベールの意図を見抜いて追いかけようとしたのだろう。そう考えたジルベールは、走り去りながら後ろを振り返った。
そうではなかった。誰もが飢えていたのだ。腹を満たしたい者たちが、庖丁を何度も振り上げ馬を屠っていた。
倒れ込んだ馬は瞬く間に細切れにされた。
そうこうしているうちに、ラファイエットが来ていることは、ジルベールの耳に飛び込んで来たように、国王の耳にも届けられた。
ラファイエットはムーニエに対し人権宣言の受諾に署名して来たばかりだった。
マドレーヌ・シャンブリーに対し小麦と届けさせる命令に署名して来たばかりだった。
誰をも納得させられるだけのこの政令と命令を受け取って、マイヤールとマドレーヌ・シャンブリーと千人の女たちはパリへの帰途についた。
女たちは町外れの家まで来たところで、ラファイエットと鉢合わせした。ジルベールに促され、国民衛兵を引き連れて駆けて来たところだった。
「国王万歳!」マイヤールと女たちが政令を頭上に掲げた。
「陛下が危険だと話していなかったか?」ラファイエットが驚いてたずねた。
「急いで下さい」ジルベールはなおも促した。「ご自身でご判断ください」
ラファイエットは先を急いだ。
国民衛兵がヴェルサイユに到着すると太鼓が打ち鳴らされていた。
最初の太鼓が鳴らされた時、国王は恭しく腕を触れられたことに気づいた。
振り返ると、アンドレがいた。
「シャルニー夫人か。王妃はどうしておる?」
「どうかパリの者たちを出迎えたりせず、ここを離れて下さるよう、切に願っていらっしゃいます。どうか護衛隊やフランドル聯隊員を率いて、何処へなりとお発ち下さい」
「シャルニー伯爵、そなたはどう考えておる?」
「ここを発つとともに国境を越えるのであれば、仰る通りかと存じますが、さもなければ……」
「さもなくば?」
「留まる方がご賢明かと」
国王は否定的に首を振った。
留まる勇気があるから留まっているわけではなく、旅立つ器量がないから留まっているのだ。
国王はそっと呟いた。
――国王が逃げ出すのか?
そうしてアンドレに向かって言った。
「ここを離れるなら一人で行くよう、王妃に伝えてくれ」
アンドレは退出して国王の言葉を伝えに行った。