翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』52-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 シャルニーが王妃とジルベールの二人に対して答えを口にした。シャルニーは主導権を取り戻していた。そのためには誇りなどとっくに捨てていた。

「陛下、ジルベール殿の言う通り、国王にお知らせしなくては。国王陛下は今も国民に愛されていらっしゃいますから、ご婦人たちの前に姿をお見せになって訴えれば、武器を捨てさせることが出来るでしょう」

「でも誰が知らせに行く役を負うというのですか?」王妃がたずねた。「道が断たれているのは間違いないことでしょうから、危険な務めになりますよ」

「国王はムードンの森にいらっしゃるのでは?」

「ええ、ですが恐らく道が……」

「軍人として見ていただけませんか」シャルニーがぴしゃりと遮った。「兵士は死ぬためにいるのです」

 そう口にするやシャルニーは答えも待たず嘆息するのも聞かずに、素早く下まで降りると、衛兵の馬に飛び乗り、二人連れてムードンに走らせた。

 アンドレが窓から届けた別れの挨拶に向かい、最後に一つ挨拶を返してシャルニーが姿を消した途端、遠くから時化の日の海原のような唸りが聞こえ、王妃は耳をそばだたせた。パリの路地から遠く離れた木々から湧き起こってくるような音だった。王妃のいる部屋からは、霧を通して、ヴェルサイユのはずれにある家にまで路地(木々?)が広がっているのが見えていた。

 唸りが耳を驚かしたように、やがて目を脅やかす光景が訪れた。突き刺すような雨が鼠色の靄に白い線を引き始めた。

 だが恐ろしい空模様とは裏腹に、ヴェルサイユには人が溢れていた。

 密使が次々と宮殿に到着した。密使たちからの報告によれば、パリから来た人の列が幾重にも連なっていると云う。誰もが先日の拍子抜けするほどの勝利と歓声のことを思い浮かべて、心に後悔を感じもすれば、或いは恐怖を感じている者もいた。

 兵士たちは不安げに顔を見合わせ、恐る恐る武器を手に取った。将校たちは兵士たちが目に見えて狼狽えているのを目にしたり群衆が愚痴っているのを耳にしたりしてすっかり士気をくじかれてしまい、酒を抜こうとしている酔っぱらいのように、自分たちに降りかかった不運で一杯の空気をしんどそうに吸い込んでいた。

 傍らには三百人ほどの護衛隊が馬に乗っていた。表向き動じた様子は見られなかったが、相手の出方がわからない時の剣士が見せるような躊躇を示していた。

 敵意を剥き出しに武器を持ってパリを出たものの、到着した時には武器も持たず腕を上げることさえ出来ぬほど疲れ切って腹を空かせた女たちに向かって、することがあるとでもいうのだろうか?

 そうは言っても念には念を入れて隊列を組み、剣を抜いて待機した。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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