翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』52-4

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「やはりあの者たちの希望を確認して来ていただけますか」

 王妃に言われてサン=プリースト氏は外に出て中庭を渡り、鉄柵まで歩いて行った。

「ご用件は?」

「パンだよ! パンをおくれ!」幾千もの声が一斉に応えた。

「パン?」サン=プリースト氏は苛立った声を出した。「主人が一人しかいなかった時にはパンに困ることもなかったのに、山ほど主人が出来た結果こうなってるんじゃないのか?」

 そう言うとサン=プリースト氏は柵門は開けぬように命じて、飢えを訴える声を尻目に引き上げた。

 だが構わず使節団(une députation)の女たちが詰め寄るので、そのうち柵門を開かざるを得なくなるのは目に見えていた。

 マイヤールは女たちを代表して議会に名乗りをあげると、議長に頼んで使節団の十二人の女たちを連れて国王に建白しに行ってもらうことを約束させた。

 使節団(la députation)がムーニエ(Mounier)議長を先頭に議会から出て来たところに、国王が召使い棟を通って大急ぎで現れた。

 ムードンの森でシャルニー伯爵に捕まったのである。

「そなたか。余に用があるのか?」

「その通りです」

「何があったのだ? 急いでいるようだが」

「一万人のご婦人が今まさにヴェルサイユに集結しております。パリからパンを求めてやって来たのです」

 国王は肩をすくめた。蔑みではなく憐れみの仕種であった。

「余がパンを持っていたなら、そもそもパン目当てにヴェルサイユまで来てもらう必要もあるまいに」

 だがほかには何の感想も洩らさず、邪魔が入ったせいで狩りの獲物が遠のいてゆくのを名残惜しそうに見つめた。

「ではヴェルサイユに行くとしよう」

 そう言ってヴェルサイユ帰還の途についた。

 先述した通り、国王が到着したのは、大きなどよめきがアルム広場に響き渡った時だった。

「何事かね?」

「あれは――」やって来たジルベールは死人のように青ざめていた。「ジョルジュ・ド・シャルニー殿に率いられた衛兵隊・護衛隊(vos gardes)が、国民議会の議長と、議長が陛下の許に連れて来ようとしている使節団とを攻撃しているのです」

「馬鹿な!」

「殺される者たちの声をお聞き下さい。逃げ惑う者たちをご覧下さい」

「門を開けよ! 使節団と面会しようではないか」

「陛下!」王妃が悲鳴をあげた。

「門を開けよ」ルイ十六世が繰り返した。「国王の宮殿は安らぎの場なのだ」

「安らぎ?」王妃が言った。「国王以外の者にとってでしょうか?」

 
 第52章終わり。第53章につづく。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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