アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
ラファイエットは微笑み、恭しく、そして老境に至っても失うことのなかった優雅な身ごなしで、子供二人を母親から引き離し、バルコニーに向かわせた。
それから王妃に手を差し出した。
「どうか私を信用して下さい。すべて保証いたします」
そして王妃をバルコニーまで連れ出した。
目も眩むほどの恐ろしい光景だった。大理石の中庭が人間の海に変わり、唸りをあげる波となっていた。
王妃の姿を目にした群衆から巨大な叫び声があがった。憎悪とも歓喜ともつかない叫びだった。
だがラファイエットが王妃の手に口づけをすると、歓声があがった。
要するに気高いフランス国民の血管の中には、どんな庶民にも騎士の血が流れているということだ。
王妃は一つ息をついた。
「おかしな人たちだこと!」
それから不意に身体を震わせた。
「わたしの衛兵たちは――わたしの命を救ってくれた衛兵たちは、あの者たちに何も出来ないのですか?」
「一人お貸し下さい」ラファイエットが答えた。
「シャルニー殿!」王妃が名前を呼んだ。
だがシャルニー伯爵は動かなかった。用件が何であるのかわかっていたからだ。
シャルニーには十月一日の晩のことを謝罪するつもりはなかった。
悪くはないのだから、許される必要もない。
アンドレも同じことを感じていたので、シャルニーを引き留めようと手を伸ばした。
アンドレの手とシャルニーの手がぶつかり、握り合わされた。
それを目撃してしまった王妃は、その一瞬で幾つものことを悟らねばならなかった。
王妃の目は燃え上がり、胸は波打ち、声は割れていた。