翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』55-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 侵入者たちは扉を壊し続けていた。斧が穿ち鉄梃が突き刺さるたびに木っ端が舞った。

 開いた穴の向こうに、赤く染まった槍の先や血にまみれた銃剣の切っ先がよぎり、死を放った。

 同時に銃弾が立て続けにバリケードの上の鴨居に穴を穿ち、金張りされた天井の漆喰に跡を残した。

 遂に長椅子が戸棚の上から崩れ落ちた。戸棚も壊れ、戸棚に隠れていた扉の羽目板が深淵のようにぱっくりと口を開いた。扉の穴からは銃剣や槍ではなく血塗れの腕が見えた。穴を広げようと休みなく蠢いている。

 衛兵が最後の一発まで撃ち尽くすと、その甲斐あって、大きく開いた穴から見える回廊の床に、怪我人や死人が散らばっていた。

 とうとう穴から死が入り込んで来たと信じた女たちが声をあげ、それを聞きつけた国王が戻って来た。

「陛下」シャルニー伯爵が声をかけた。「王妃とご一緒にここから一番離れた部屋にいらっしゃって、すべての扉を閉ざして下さい。扉の後ろには二人ずつ配置いたします。最後の一人になるまでしのぎ、扉の最後の一枚まで守り抜きます。ここの扉が打ち破られるのに四十分はかかったことから考えるに、二時間はこらえてみせましょう」

 国王は躊躇いを見せた。部屋から部屋へと逃げ惑い、幾重の壁の陰に立て籠るのはみっともないと考えていたのだろう。

 王妃がいなければ一歩も引かなかっただろう。

 子供がいなければ、王妃も国王のように断固として動じなかっただろう。

 だが悲しいかな人間というものは、王族であれ家臣であれ、心の中に見えない出入口を持っていて、そこから勇気を逃し恐怖を招じ入れてしまうものなのだ。

 だから国王はもっとも離れた部屋に退却するよう命令を出そうとした。不意に腕が引っ込み、槍や銃剣が見えなくなり、怒声が消えた。

 口を開け、耳をそばだたせ、息を呑むと、一瞬の沈黙が生じた。

 やがて規則的に調べを刻む足音が聞こえた。

「国民衛兵だ!」シャルニー伯爵が声をあげた。

「シャルニーさん! シャルニーさん!」と呼ぶ声が聞こえた。

 声と共によく知ったビヨの顔が穴から現れた。

「ビヨ! 君なのか?」

「ええ、あたしですよ。国王と王妃は何処です?」

「そこだよ」

「無事ですかい?」

「無事だとも」

「ありがたや! ジルベールさん! こっちです!」

 ジルベールという名を聞いて、二つの心臓がそれぞれ別の形でおののいた。

 王妃の心臓と、アンドレの心臓だ。

 シャルニー伯爵が思わず振り返って見ると、アンドレと王妃の顔がその名前に反応して真っ青になっていた。

 シャルニーはかぶりを振って溜息をついた。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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