翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』56-1

第五十六章 ジョルジュ・ド・シャルニーの死

 たった今お話ししたような物語は、これまでにも様々な形で幾度となく語られて来た。なぜなら一七八九年から一七九五年にかけて流れた大いなる時代、即ちフランス革命と呼ばれた時代でもひときわ目を惹く出来事なのは間違いのないところだからだ。

 これからも幾多の形を取って語られてゆくことだろう。だが予言しておこう。この物語ほど公明正大な物語が現れることはないと。

 けれどどれだけ語られようとも物語が尽きることはない。歴史が完成されることなどないからだ。幾万の目撃者がいればそれぞれの歴史がある。幾万もの異なる場面があれば、異なっているがゆえにそれぞれに意味がありそれぞれに筆遣いがある。

 だがそうした物語のすべてが真実であろうと、それでいったいどうなるというのだろう? いったいこれまでに政治の授業で政治家が育ったことがあっただろうか?

 ではこうした悲劇や物語や王家の血が、石を穿つ水滴に等しい力を持っていたことがあっただろうか?

 否。王妃たちは涙を流した。国王たちは殺された。それでも子孫たちは、運命からもたらされたそれら残酷な教訓を一度として活用して来なかった。

 忠臣たちは献身的に身を尽くした。たとい主君たちが残酷な教訓を活用して来ずとも。

 先ほど王妃がつまずきそうになったのは、そういった男の死体であった。旅立った国王たちが転げ落ちながら歩んだ道に、血塗れのまま捨て置かれた男たちの死体であった。

 悲鳴をあげてから数時間後、王妃は国王と子供たちと共にヴェルサイユを離れていた。もう戻ることはない。そんな時、雨に濡れた中庭を刺すような秋風が乾かし始めた頃に、以下のようなことが起こっていた。

 黒服の男が死体に屈み込んでいた。

 護衛隊の軍服を着た男が反対側から死体に屈み込んでいた。

 その傍らには、手を握り締めて目を見開いて立ち尽くしている男がいた。

 死者は二十二、三の若者だった。見たところ頭と胸に受けた大きな傷口から血を流していた。

 傷だらけの胸は血の気を失い鉛色になっていたが、無駄な抵抗を嘲笑うかのようなそよ風に吹かれて、まだ動いているように見えた。

 口を半開きにして、反り返らせた顔に痛みと怒りを浮かべているところは、雄々しいローマ人の姿を見ているようだった。

『断末魔の声と共に生命は亡者の住まいに消ゆ』

 黒服の男はジルベールだった。

 ひざまずいている将校はシャルニー伯爵だ。

 立っているのはビヨだった。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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