翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』57-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「後は――」ジルベールが言った。「セバスチャンと君に、旅の仕方を伝えるだけだ」

「パリからヴィレル=コトレまでは十八里しかありませんから、着くまでずっとおしゃべりして行きますよ、セバスチャンもボクも」

 十八里の間ピトゥとおしゃべりするのがそれほど楽しいものかどうかを確認するかのように、セバスチャンが父を見つめた。

 ピトゥがそれを見咎めた。

「ラテン語で話して行けば、賢いと思われますよ」

 無邪気なことに、そう思われるのがピトゥの夢だった。

 ほかの人間であれば、大型デュブルルイ金貨を十枚持っていればこう言ったことだろう。

「ライ麦パンが買えますよ」と。

 ジルベールはしばし迷ったように、ピトゥとビヨを順番に眺めた。

「ああ、ピトゥの付き添いが不安で、息子さんを託していいものかどうか躊躇ってるんですね」ビヨが確認した。

「ピトゥに託すわけじゃないさ」

「では誰に?」

 ジルベールは上方に目を向けた。「神」という言葉を口にするには、些か懐疑主義に過ぎたのだ。

 こうしてすべてが決まった。セバスチャンに快適な楽しい旅を約束したピトゥの案はそのまま採用され、翌朝には出発することになった。

 ジルベールなら当時パリから地方まで運行していた駅馬車(voitures publiques)に息子を乗せてヴィレル=コトレに連れてゆくことも出来ただろうし、個人で馬車を用意することさえ出来たであろう。だがご存じのようにジルベールはセバスチャンのためにも一人きりで物思いに耽ってしまうことを恐れていたし、走る馬車の立てる轟音ほど人を物思いの中に閉じ込めてしまうものはない。

 そこでブルジェ(Bourget)まで二人を送って行くと、そこで陽光に照らされた並木のある道路を指さし、両腕を広げてこう言った。

「さあ行くんだ」

 その言葉に押されてピトゥは歩き出した。セバスチャンは何度も振り返ってジルベールに口づけを送った。ジルベールは息子と別れた場所で腕を組んで立ったまま、夢を追って来たように息子を目で追っていた。

 ピトゥは高々と胸を張っていた。国王の季節侍医(médecin du roi par quartiers)であるジルベールという重要人物から信頼されたことに鼻が高かった。

 ピトゥは傅育官と家政婦の役割をまっとうすべく丹念に準備していた。

スポンサーサイト

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

  • ロングマール翻訳書房
  • RSS
  • 09 | 2017/10 | 11
    S M T W T F S
    1 2 3 4 5 6 7
    8 9 10 11 12 13 14
    15 16 17 18 19 20 21
    22 23 24 25 26 27 28
    29 30 31 - - - -

    SEARCH

    RECENT ENTRIES

    CATEGORY

    RECENT TRACKBACKS

    RECENT COMMENTS

    ARCHIVES

  • 2017年11月 (3)
  • 2017年10月 (4)
  • 2017年09月 (5)
  • 2017年08月 (4)
  • 2017年07月 (5)
  • 2017年06月 (3)
  • 2017年05月 (5)
  • 2017年04月 (4)
  • 2017年03月 (4)
  • 2017年02月 (4)
  • 2017年01月 (4)
  • 2016年12月 (5)
  • 2016年11月 (4)
  • 2016年10月 (5)
  • 2016年09月 (4)
  • 2016年08月 (4)
  • 2016年07月 (5)
  • 2016年06月 (4)
  • 2016年05月 (4)
  • 2016年04月 (5)
  • 2016年03月 (4)
  • 2016年02月 (4)
  • 2016年01月 (5)
  • 2015年12月 (4)
  • 2015年11月 (4)
  • 2015年10月 (5)
  • 2015年09月 (4)
  • 2015年08月 (5)
  • 2015年07月 (4)
  • 2015年06月 (4)
  • 2015年05月 (5)
  • 2015年04月 (4)
  • 2015年03月 (4)
  • 2015年02月 (4)
  • 2015年01月 (4)
  • 2014年12月 (4)
  • 2014年11月 (5)
  • 2014年10月 (4)
  • 2014年09月 (4)
  • 2014年08月 (5)
  • 2014年07月 (4)
  • 2014年06月 (4)
  • 2014年05月 (4)
  • 2014年04月 (4)
  • 2014年03月 (5)
  • 2014年02月 (4)
  • 2014年01月 (3)
  • 2013年12月 (4)
  • 2013年11月 (5)
  • 2013年10月 (5)
  • 2013年09月 (5)
  • 2013年08月 (4)
  • 2013年07月 (4)
  • 2013年06月 (5)
  • 2013年05月 (5)
  • 2013年04月 (4)
  • 2013年03月 (5)
  • 2013年02月 (4)
  • 2013年01月 (4)
  • 2012年12月 (5)
  • 2012年11月 (3)
  • 2012年10月 (4)
  • 2012年09月 (5)
  • 2012年08月 (4)
  • 2012年07月 (4)
  • 2012年06月 (5)
  • 2012年05月 (4)
  • 2012年04月 (4)
  • 2012年03月 (6)
  • 2012年02月 (4)
  • 2012年01月 (2)
  • 2011年12月 (4)
  • 2011年11月 (5)
  • 2011年10月 (6)
  • 2011年09月 (5)
  • 2011年08月 (5)
  • 2011年07月 (5)
  • 2011年06月 (4)
  • 2011年05月 (4)
  • 2011年04月 (5)
  • 2011年03月 (5)
  • 2011年02月 (7)
  • 2011年01月 (5)
  • 2010年12月 (5)
  • 2010年11月 (4)
  • 2010年10月 (5)
  • 2010年09月 (5)
  • 2010年08月 (4)
  • 2010年07月 (5)
  • 2010年06月 (4)
  • 2010年05月 (5)
  • 2010年04月 (5)
  • 2010年03月 (9)
  • 2010年02月 (5)
  • 2010年01月 (5)
  • 2009年12月 (5)
  • 2009年11月 (5)
  • 2009年10月 (5)
  • 2009年09月 (4)
  • 2009年08月 (5)
  • 2009年07月 (4)
  • 2009年06月 (4)
  • 2009年05月 (5)
  • 2009年04月 (4)
  • 2009年03月 (5)
  • 2009年02月 (3)
  • 2009年01月 (5)
  • 2008年12月 (4)
  • 2008年11月 (5)
  • 2008年10月 (4)
  • 2008年09月 (4)
  • 2008年08月 (3)
  • 2007年06月 (5)
  • 2007年05月 (3)
  • 2007年04月 (3)
  • 2007年02月 (4)
  • 2007年01月 (3)
  • 2006年12月 (1)
  • 2006年11月 (2)
  • 2006年10月 (1)
  • 2006年09月 (6)
  • 2006年08月 (13)
  • 2006年07月 (6)
  • 2006年06月 (10)
  • 2006年05月 (2)
  • 2006年04月 (4)
  • 2006年03月 (3)
  • 2006年02月 (11)
  • 2006年01月 (10)
  • 2005年12月 (14)
  • 2005年11月 (17)
  • 2005年10月 (3)
  • 2005年09月 (27)
  • 2005年08月 (3)
  • 2005年02月 (3)
  • 2005年01月 (8)
  • LINKS

    SEARCH

    SEARCH