アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
ちょうどこの時ビヨ夫人が食堂の窓からこの兜を見つけた。
ビヨ夫人は飛び上がった。
地方一帯がピリピリしていた。不穏な噂が広まっていたからだ。噂によれば、森を切り倒しまだ青い小麦を刈り取る野盗が出没していると云う。
兵士が現れた意味は? 襲撃だろうか? 援軍だろうか?
ビヨ夫人はピトゥの全身に目を走らせ、ぴかぴかの兜をかぶっているのに田舎びた長靴下を履いていることに疑問を持った。希望を掛けたくもあるが不審に思いたくもあると言わざるを得ない。
何はともあれ兵士が台所に入って来た。
ビヨ夫人が足を踏み出した。ピトゥは無礼にならぬよう兜を脱いだ。
「アンジュ・ピトゥ! どうして此処に?」
「こんにちは、ビヨおばさん(m'ame Billot)」
「アンジュ! わからないもんだね、じゃあ軍隊に入ったのかい?」
「軍隊?」
ピトゥは誇らしげに笑顔を見せた。
それから周りに目を遣ったが、目指すものは見つからない。
ビヨ夫人が微笑んで、ピトゥの目当てを察して単刀直入にたずねた。
「カトリーヌかい?」
「ご挨拶したくて。ええと、その通りです」
「洗濯物を干してるよ。まあ此処に坐ってあたしと話でもしようじゃないか」
「そうさせて貰います。嗚呼、こんにちは、ビヨおばさん」
ピトゥは椅子に坐った。
戸口や階段には、馬丁(valet d'écurie)の話を聞いて下男下女や農夫たち(les servantes et les métayers)が集まって来ていた。
野次馬が増えるたびに囁きが繰り返された。
「ピトゥかい?」
「うん」
「驚いたな」
ピトゥは懐かしい知り合いたちに温かい目を向け、愛しむように微笑んだ。
「じゃあパリから戻ったんだね?」ビヨ夫人がたずねた。
「真っ直ぐ戻って来ました」
「うちのはどうしてる?」
「元気です」
「パリはどうだった?」
「最悪でした」
「そうかい……!」
人の輪が小さくなった。