翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』62-4

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「ボクがいた頃アラモンには銃が五挺あったはずです。歩兵銃(fusil de munition)が三挺に、単身の猟銃が一挺に、二連式の猟銃が一挺」

「今は四挺しか無え。猟銃は先月ぶっ壊れた」

「デジーレ・マニケ(Désiré Maniquet)の銃ですね」

「ああ、暴発した拍子に指二本、持ってかれちまった」デジーレ・マニケが指の欠けた手を掲げて見せた。「ロンプレ(M. de Longpré)って貴族の狩り場で起こった事故だ。貴族にはその借りを払ってもらわんと」

 それはやり返すのももっともだと、ピトゥはうなずいて見せた。

「たった四挺だけだ」クロード・テリエが言った。

「四挺あれば、五人が武装できます」ピトゥが応えた。

「どうやって?」

「五人目は槍を持てばいいんです。パリではそうでした。銃を持った男四人につき、槍を持った男一人で一組でした。槍なら使いやすいですし、斬り落とした首を刺すことも出来ますから」

 陽気な声の持ち主が応えた。「首を斬り落とさなくて済めばいいんだがねえ」

「そうですとも。ピット父子の金を退けることが出来れば。でもそれより銃の話です。バイイさんと同じ質問をしましょう。アラモンには武器を取れる人間は何人いますか? 数えてくれましたか?」【※ピット父子の対仏政策については第44章を参照】

「うん」

「何人でしょう?」

「三十二」

「では二十八挺の銃が必要です」

「そんなには無理だろう」大きな身体に陽気な表情を浮かべて、先ほどの男が応えた。

「しなくちゃなりません、ボニファス」

「はあ、しなくちゃならないって?」

「ええ、しなくちゃなりません。ボクなら出来るからです」

「出来るって何を?」

「銃を手に入れることが出来るんです」

「銃を?」

「ええ、パリの人たちだって武器は持ってませんでした。でもマラーさんっていうお医者さんがいて、とても賢くてぶさいくな人なんですけれど、その人が武器の在処を伝えたんです。パリの住人はマラーさんの言った場所に出向いて武器を見つけました」

「マラーは何処に行けと言ったんだ?」デジーレ・マニケがたずねた。

「廃兵院です」

「なるほど。だがアラモンに廃兵院はない」

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『アンジュ・ピトゥ』62-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 剣を落として拾い上げる時、うっかり鞘から抜いてしまった。

 それがきっかけとなり、パリの叛徒に倣ってアラモンの住人にも武装を呼びかけんとする台詞になった。

 熱狂したアラモン村民が力強く応えた。

 村で革命が宣告され、喝采で迎えられた。

 その場に居合わせたヴィレル=コトレの住民たちは、愛国の種で心を満たして村に戻った。憎い貴族に怒りをぶつけて歌いながら。

 『アンリ四世万歳! 雄々しき国王万歳!』【※シャンソン「Vive Henri Quatre」より。】

 ルージェ・ド・リール(Rouget de l'Isle)はまだ「ラ・マルセイエーズ」を作ってはいなかったし、一七九〇年の連盟祭代表はまだ「サ・イラ(Ça ira)」に新たな息吹を吹き込んでいなかった。時はまだ麗しき一七八九年だったのだ。

 自分がおこなったのは演説だけであって革命ではない、とピトゥは思っていた。

 ピトゥは部屋に戻ると、イルカ亭から持って来た黒パン一切れと兜に大事に入れて来たチーズの残りを平らげた。それから真鍮の針金を買いに出かけ、それを環状にして、夜が来ると森に仕掛けに出かけた。

 その夜、ピトゥは大人の白兎と仔兎を捕まえた。

 罠に掛けたかったのは野兎だったのだが、足跡が一つも見つからない。古い狩りの諺にあるように、犬と猿、野兎と白兎は相容れないのだ。【※「Chiens et chats, lièvres et lapins, ne vivent pas ensemble.」に関して、「vivre comme chien et chat」で「犬猿の仲」の意味だが、「lièvres et lapins」については不明】

 野兎の多く棲息している辺りまで三、四里は歩かねばならなかったので、ピトゥもさすがに疲れていた。ピトゥの両足は、一日で歩くべき距離を前夜のうちに歩いていた。おまけに歩き通した十五里のうち最後の四、五里は苦しみに打ちひしがれた人間を運ばなくてはならなかったとあっては、如何に長い足でも重荷に過ぎた。

 午前一時頃、最初に獲れた二頭を持ち帰った。朝が過ぎたらまた別の獲物が獲れればいい。

 眠りに就いたものの、前日にあれほど足を痛めつけたあの苦い苦しみの痕跡が残っていたため、持ち主当人が煎餅みたいだと言っていたとんでもないマットレスの上では続けて六時間しか眠れなかった。

 一時から七時まで眠った。つまり陽射しに寝込みを襲われ、鎧戸が開いていても、眠っていた。

 その開いている鎧戸から、三、四十人のアラモン村民が眠っているピトゥを見つめていた。

 ピトゥは砲架の上のチュレンヌ子爵のように目を覚ますと、村人たちに向かって微笑み、どうしてこんなにたくさんの人たちがこんなに朝早くやって来たのかと、愛想よくたずねた。【※チュレンヌ子爵には、子どものころに砲架の上で眠っていたところを発見されたというエピソードがある。】

 村人の一人が応えた。内容を忠実にお伝えしよう。この男はクロード・テリエという名の木樵だった。

「アンジュ・ピトゥ。一晩中考えたんだが、昨日おまえが言った通り、市民はやっぱり自由のために武装せんといかん」

「確かに言いました」強い口調からは、ピトゥが自分の言葉に責任を持とうとする意思が窺えた。

「だがなあ、武装するにしても肝心なものが無え」

「何でしょうか?」ピトゥは気になってたずねた。

「武器だよ」

「それは確かにそうですね」

「したがせっかくの考えを無駄にしたくねえから、もう一度考えて、何が何でも武器を手に入れるさ」

『アンジュ・ピトゥ』62-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 斯くして、前日ソワッソン街のフォルチエ神父の家からプリューのアンジェリク伯母の家までピトゥにまとわりついていたヴィレル=コトレの住人たちは、歓迎を続けたくてヴィレル=コトレからアラモンまでついて行くことに決めたのだった。

 その決意が実行されているのを目にして、前述したアラモンの住人たちもピトゥの真価に気づき始めた。

 なるほど大地は種が蒔かれるのを待っているとはよく言ったものである。ピトゥが通った後には、通り過ぎたのがあっと言う間だったとしても、住人たちの心に跡を残した。兜と剣はきらびやかに輝いた状態で目撃者たちの記憶に刻まれた。

 その結果アラモンの住人たちは、戻って来るとは思わなかったピトゥが戻って来たことに気をよくして、ありとあらゆる形の敬意を払ってピトゥを取り囲み、武器を降ろして広場に影を落としている四本の菩提樹の下にテントを設えたらどうかと提案した。マルス(Mars)が戦勝の記念にテッサリア(Thessalie)でお願いされた時のようであった。【※マルスの故事については不詳。】

 ピトゥはアラモンに腰を据えるつもりだったので、そのお窺いに一も二もなく同意した。そこで短気な(belliqueux)村人が家具付きの部屋を貸すというのにありがたく応じた。

 備え付けの家具は、藁布団とマットレス付きの板組み寝台(un lit de planches)、椅子が二脚にテーブルが一脚、それに水差しであった。

 家主によれば締めて年に六リーヴル、即ち鶏飯二皿分の値段である。

 家賃が決まってねぐらを手に入れたピトゥは、ついてきた人々に一杯振る舞うと、一連の出来事に林檎酒を飲んだように昂奮してねぐらの入口で演説をぶった。

 ピトゥの演説は大きな注目を浴び、アラモン中の人々が家を取り囲んだ。

 それなりに学はあったので、効果的な喋り方は心得ていた。ホメロス流の言い方に倣えば「国民の調停者(les arrangeurs de nations)」が当時大衆を煽動していた八つの言葉(les huit mots)を知っていた。【※ホメロスのどの作品のどの箇所か不明】【※八語とは?】

 ラファイエットとピトゥには遠い隔たりがあるかもしれないが、アラモンとパリは遙かに遠いのだ。

 情に訴える話は、耳に届いた。

 あれほど気難しいフォルチエ神父でも不満の持ちようのない始め方だった。

「市民の皆さん。同胞の皆さん」それは甘美な言葉だった。「ボクはほかのフランス人にも同じことを言いました。フランス人はみんな兄弟だからです。でもここでなら正真正銘の兄弟だと口に出来ます。アラモンの同胞の中にいると本当の家族だと感じられるんです」

 聴衆の中には女も何人かいたが、ピトゥにあまり好意的とは言えなかった。ご婦人の好みに適うには、見るからに膝がごつごつし過ぎていたし、ふくらはぎはほっそりし過ぎていた。それがこの「家族」という言葉を聞いて、哀れなピトゥが孤児であり、母に死なれ、何も食べられずに腹を空かせていた可哀相なみなしごだったことを思い出した。何一つ持たぬピトゥの口から家族という言葉を聞いて、女たちの中には感極まってせき止められていた涙の池を溢れさす者も出ていた。

 序論(exorde)が終わると辯論の第二部に当たる叙述(narration)が始まった。

 ピトゥは語った。パリへの旅、胸像を掲げた暴動、バスチーユ襲撃、民衆の復讐を。パレ=ロワイヤルの広場とフォーブール・サン=タントワーヌの戦いに勝利した部分についてはざっと済ませた。だがピトゥが控えめに話せば話すほど、聴衆の目は大きく丸くなり、話の終わる頃には、ピトゥの兜は廃兵院の円屋根ほどに大きく、剣はアラモンの鐘楼ほどに高くなっていた。【※1789年7月14日、ネッケル罷免に激怒した民衆はパレ・ロワイヤルに集まり、ネッケルとオルレアン公の胸像を掲げて練り歩いた】

 叙述が終わると確証(confirmation)が始まった。これが出来れば真の辯論家だとキケロに認められるほどの難しい話術を要する部分だ。

 買い占めがきっかけで民衆が怒りに駆られて蜂起したことを明らかにした。ピット父子のことは一言で片づけた。革命を引き起こしたのは貴族と聖職者に認められた特権だったと説明した。そして最後に訴えた。フランスの民衆が広くおこなって来たことを、アラモンの住民もそれぞれおこなおうではないか、共通の敵のために協力しようではないか、と。

 それから偉大な辯論家に共通する崇高な身振りを加えながら、確証から結論(péroraison)に移った。

『アンジュ・ピトゥ』62-1

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

第六十二章 演説家ピトゥ

 しかしながら夜の十時頃、実に六時間ぶりにヴィレル=コトレに戻った時、ピトゥは気づいた。イルカ亭(l'hôtel du Dauphin)に泊まるべきだ。美しい星空の許、森のブナや小楢の木の下で眠るよりは、寝台で眠る方がよい。【※第2章に「当時はイルカ亭だった最高の旅籠(descendit avec lui à la meilleure auberge, qui, à cette époque, était celle du Dauphin. /alighted with him at the best inn, which at that time was called 'The Dauphin'.)」とある】

 考えてみればアラモンに到着するのは十時半になるだろうから、アラモンの家で眠ろうとすべきではないのだ。一時間半前には明かりもすべて消え、門はすべて閉ざされているのだから。

 だからピトゥはイルカ亭に立ち寄り、三十スー貨と引き替えに、素晴らしい寝床と一斤のパンとチーズ一切れと林檎酒一杯を手に入れた。【※ルイ十六世時代には30スー貨幣があった(ただし額面表記は「30 sous」ではなく「30 sols」)。】

 ピトゥは疲労と恋慕、困憊と絶望とを同時に感じていた。そのせいで肉体と精神が葛藤を始め、当初は精神が優位に立っていたが、やがて息絶えそうになった。

 要するに午後十一時から午前二時までの間、ピトゥは呻き、焦がれ、まんじりともせず寝返りを打っていた。だが午前二時には疲労が勝利を収め、目を閉じて七時になるまで開くことはなかった。

 夜十時のアラモンではすべてが眠っているが、同様に朝七時のヴィレル=コトレではすべてが目覚めていた。

 イルカ亭を出たピトゥは、兜と剣がまたもや人の目を惹いていることに気づいた。

 百歩ほど歩くと人だかりに囲まれていた。

 明らかにピトゥは故郷で絶大な人気を博していた。

 旅人が皆これほど運がいいとは限らない。太陽は万人に輝くとは言われるものの、常に輝くとは限らないし、ましてや預言者になりたいという願いを持って祖国に戻ってきた者たちに好意的な光を照らすとは限らないのだ。

 だがアンジェリク伯母のような気難しくて獰猛なまでに吝い伯母が誰にでもいるわけではない。平らげた鶏飯の対価として承継人に半エキュ銀貨を支払うことが、どんなガルガンチュアにも出来るというわけではない。【※ピトゥが伯母にエキュ貨を渡したのは第58章参照。】【※un petit écu はルイ十六世下の銀貨。3リーヴル相当。】

 さらには帰還者というオデュッセイアにまで遡ることの出来る源流と伝統を持つ者たちが、頭に兜を乗せ輿に剣を差しているくせに残りの部分はまったく軍人らしくない風体で戻って来ることも稀である。

 端的に言ってしまえば、ピトゥが同郷人の注目を集めているのはひとえにこの兜と剣が理由であった。

 帰郷したピトゥを失恋が打ちのめしたのを除けば、代わりにありとあらゆる幸運が降り注がれているように見えたことだろう。

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

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