FC2ブログ
翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』62-7

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 するとボニファスの顔が怒りに染まった。

「俺たちを間抜け呼ばわりするとは随分と偉くなったもんだな、ピトゥ」

君は間抜けだゝゝゝゝゝゝ」ピトゥが重々しく告げた。

「お前はどうなんだ?」ボニファスが問い返した。

「いくら顧みたところで、きっと君のように醜いだろうけれど、絶対に君ほど愚かではない」

 ピトゥの言葉が終わりもせぬうちに、ピカルディ人のように短気なボニファスから拳固を見舞われかけたが、ピトゥは見ただけで難なくかわしてパリっ子直伝の蹴りを繰り出した。

 続けてもう一蹴り喰らわして、ボニファスを地面に這いつくばらせた。

 ピトゥが前屈みになってボニファスを見下ろした。とどめを刺そうとしていると感じた村人たちがボニファスを助けに入った頃にはピトゥは身体を起こしていた。

「覚えておき給え。バスチーユの勝者は拳で殴り合ったりはしない。剣なら持っている。そっちも剣を取れ、終わりにしよう」

 そう言ってピトゥは剣を抜いた。ピトゥの剣を除けば、アラモンにあるのは一クデ(約50cm)も短い防人の剣しかないことを失念していたのかどうかは定かではない。

 公平を期すために兜を脱いだことだけは確かである。

 懐の深さに歓声があがった。ボニファスが頭の悪い間抜けなごろつきであり、国政に関する議論に相応しくないのはわかり切ったことだ。

 ボニファスは連れて行かれた。

「『パリの革命』の喩え話をお読み下さい。プリュドム(Prudhomme)さんかルースタロ(Loustalot)さんはこう言いました――ルースタロさんだったと思いますが……いえ、間違いなくルースタロさんでした。【※Louis Marie Prudhomme(1752-1830)はフランスのジャーナリスト。『パリの革命』発行人。バスチーユ襲撃を報じた。Élisée Loustalot(1761-1790)はフランスのジャーナリスト。『パリの革命(Les Révolutions de Paris)』編集者。ルースタロの名は第40章にも見える。】

「『大きなるものが大きく見えるのは、我々がひざまずいているからに過ぎない。今こそ立ち上がろう』」

 その金言と今の状況とはまったく繋がりがなかった。だが絶大な効果が上がったとすれば、まさにそのためだった。

 離れたところにいたボニファスも、その言葉に打たれてへこへこしながらピトゥに近づいて来た。

「怒んないでくれよ、ピトゥ。お前ほど自由ってもんを知らなくても勘辨してくれ」

「自由ではなく人権です」ピトゥが言った。

 その一撃によって、村人たちは再び打ちのめされた。

「やっぱりお前は物識りだよ、尊敬するわ」ボニファスが言った。

 ピトゥが頭を下げた。

「そうですとも、教育と経験のおかげでみんなより長けてますからね。多少きついことを言ったとしても、友情のためなんです」

 喝采が起こったのを見て、ピトゥはいつでも話が出来ると感じ取った。

「仕事の話の途中でした。では仕事とは何ですか? あなた方にとって仕事とは、薪を割り、穀物を刈り、木の実を拾い、刈り穂を束ね、石を積み重ねてセメントで固めること……それがあなた方の仕事です。その考えに従えば、ボクは仕事をしていないことになります。違いますよね? ボク一人だけであなた方みんなの何倍も仕事をしているんです。だって皆さんの解放を考え、皆さんの自由と平等を夢見てるんですから。ボクの一瞬は皆さんの百日と同じだけの価値があるんです。畑を耕す牛にはどの牛も同じことしか出来ません。でも頭を使う人間には肉体の力以上のことが出来るんです。ボク一人だけであなたがた全員分の価値があるんです。

「ラファイエットさんをご覧なさい。痩せていて、白茶けた髪をして、背はクロード・テリエとさほど変わりません。鼻は尖っているし、脛はみすぼらしいし、腕はこの椅子の桟のようです。手と足は言わずもがなでしょう。無い方がましなくらいです。そんな人が両の肩に二つの世界を背負っているんです、アトラスよりも一つ多く。あの小さな手で、アメリカとフランスの足枷を引きちぎったんです。

「あの腕でそんなことが出来たんです、椅子の桟のような腕で。どうかボクの腕で何が出来るか見定めて下さい」

 そう言ってピトゥは柊の幹のようにゴツゴツした腕を見せた。

 腕を確かめさせたところでピトゥは話をやめた。最後まで話を続けなくとも絶大な結果をもたらしたことに気づいたからだ。

 ピトゥは結果を手に入れていた。

 
 
 第62章おわり。第63章につづく

スポンサーサイト

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

  • ロングマール翻訳書房
  • RSS
  • 04 | 2018/05 | 06
    S M T W T F S
    - - 1 2 3 4 5
    6 7 8 9 10 11 12
    13 14 15 16 17 18 19
    20 21 22 23 24 25 26
    27 28 29 30 31 - -

    SEARCH

    RECENT ENTRIES

    CATEGORY

    RECENT TRACKBACKS

    RECENT COMMENTS

    ARCHIVES

  • 2018年10月 (3)
  • 2018年09月 (5)
  • 2018年08月 (4)
  • 2018年07月 (5)
  • 2018年06月 (4)
  • 2018年05月 (4)
  • 2018年04月 (4)
  • 2018年03月 (5)
  • 2018年02月 (4)
  • 2018年01月 (4)
  • 2017年12月 (5)
  • 2017年11月 (4)
  • 2017年10月 (4)
  • 2017年09月 (5)
  • 2017年08月 (4)
  • 2017年07月 (5)
  • 2017年06月 (3)
  • 2017年05月 (5)
  • 2017年04月 (4)
  • 2017年03月 (4)
  • 2017年02月 (4)
  • 2017年01月 (4)
  • 2016年12月 (5)
  • 2016年11月 (4)
  • 2016年10月 (5)
  • 2016年09月 (4)
  • 2016年08月 (4)
  • 2016年07月 (5)
  • 2016年06月 (4)
  • 2016年05月 (4)
  • 2016年04月 (5)
  • 2016年03月 (4)
  • 2016年02月 (4)
  • 2016年01月 (5)
  • 2015年12月 (4)
  • 2015年11月 (4)
  • 2015年10月 (5)
  • 2015年09月 (4)
  • 2015年08月 (5)
  • 2015年07月 (4)
  • 2015年06月 (4)
  • 2015年05月 (5)
  • 2015年04月 (4)
  • 2015年03月 (4)
  • 2015年02月 (4)
  • 2015年01月 (4)
  • 2014年12月 (4)
  • 2014年11月 (5)
  • 2014年10月 (4)
  • 2014年09月 (4)
  • 2014年08月 (5)
  • 2014年07月 (4)
  • 2014年06月 (4)
  • 2014年05月 (4)
  • 2014年04月 (4)
  • 2014年03月 (5)
  • 2014年02月 (4)
  • 2014年01月 (3)
  • 2013年12月 (4)
  • 2013年11月 (5)
  • 2013年10月 (5)
  • 2013年09月 (5)
  • 2013年08月 (4)
  • 2013年07月 (4)
  • 2013年06月 (5)
  • 2013年05月 (5)
  • 2013年04月 (4)
  • 2013年03月 (5)
  • 2013年02月 (4)
  • 2013年01月 (4)
  • 2012年12月 (5)
  • 2012年11月 (3)
  • 2012年10月 (4)
  • 2012年09月 (5)
  • 2012年08月 (4)
  • 2012年07月 (4)
  • 2012年06月 (5)
  • 2012年05月 (4)
  • 2012年04月 (4)
  • 2012年03月 (6)
  • 2012年02月 (4)
  • 2012年01月 (2)
  • 2011年12月 (4)
  • 2011年11月 (5)
  • 2011年10月 (6)
  • 2011年09月 (5)
  • 2011年08月 (5)
  • 2011年07月 (5)
  • 2011年06月 (4)
  • 2011年05月 (4)
  • 2011年04月 (5)
  • 2011年03月 (5)
  • 2011年02月 (7)
  • 2011年01月 (5)
  • 2010年12月 (5)
  • 2010年11月 (4)
  • 2010年10月 (5)
  • 2010年09月 (5)
  • 2010年08月 (4)
  • 2010年07月 (5)
  • 2010年06月 (4)
  • 2010年05月 (5)
  • 2010年04月 (5)
  • 2010年03月 (9)
  • 2010年02月 (5)
  • 2010年01月 (5)
  • 2009年12月 (5)
  • 2009年11月 (5)
  • 2009年10月 (5)
  • 2009年09月 (4)
  • 2009年08月 (5)
  • 2009年07月 (4)
  • 2009年06月 (4)
  • 2009年05月 (5)
  • 2009年04月 (4)
  • 2009年03月 (5)
  • 2009年02月 (3)
  • 2009年01月 (5)
  • 2008年12月 (4)
  • 2008年11月 (5)
  • 2008年10月 (4)
  • 2008年09月 (4)
  • 2008年08月 (3)
  • 2007年06月 (5)
  • 2007年05月 (3)
  • 2007年04月 (3)
  • 2007年02月 (4)
  • 2007年01月 (3)
  • 2006年12月 (1)
  • 2006年11月 (2)
  • 2006年10月 (1)
  • 2006年09月 (6)
  • 2006年08月 (13)
  • 2006年07月 (6)
  • 2006年06月 (10)
  • 2006年05月 (2)
  • 2006年04月 (4)
  • 2006年03月 (3)
  • 2006年02月 (11)
  • 2006年01月 (10)
  • 2005年12月 (14)
  • 2005年11月 (17)
  • 2005年10月 (3)
  • 2005年09月 (27)
  • 2005年08月 (3)
  • 2005年02月 (3)
  • 2005年01月 (8)
  • LINKS

    SEARCH

    SEARCH