アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
「でも銃は?」
「在処を知ってるんじゃないのか」
「そりゃあフォルチエ神父のところですけど」
「だろう」
「だけどフォルチエ神父に拒まれたらどうするんですか」
「愛国徒が廃兵院でやったように、奪えばいい」
「ボク一人で?」
「署名を用意しよう。何なら人手を連れて来るぜ。どうしてもって言うならヴィレル=コトレを焚きつけたっていい」
ピトゥは首を横に振った。
「フォルチエ神父は頑固ですから」
「お気に入りの生徒なんだろう、断られるわけが無え」
「神父のことをまるでわかってませんね」ピトゥは溜息をついた。
「まさかあいつが断ると思ってんのか?」
「王室ドイツ人聯隊(un escadron de Royal-Allemand)相手でも断るでしょうとも……頑固者なんです、『
だが二人はラテン語を引用されたことにも話題を変えられたことにも誤魔化されなかった。
「おいクロード、たいした指揮官を選んじまったぞ。ぶるってやがる」デジーレが言った。
クロードも黙って首を振った。
ピトゥは立場が危うくなって来たことに気づいた。運命は大胆な者を好むという言葉を思い出した。
「わかりました、やってみます」
「じゃあ銃のことは任せていいんだな?」
「任せて下さい……努力します」
二人の口から出かかっていた軽い不満の呟きが、満足の呟きに変わった。
――やれやれ、とピトゥは考えた。この人たちと来たら、ボクが指揮官になりもしないうちからボクに指図しているじゃないか。ボクが指揮官になったらどうなることやら。
「努力ねえ」クロードが首を横に振った。「それだけじゃ足りないねえ」
「足りないって言うのなら、自分でもっと上手くやればいいんです。指揮権は譲りますよ。フォルチエ神父や神父の鞭とお近づきになって来て下さい」
「ご苦労なこった」デジーレ・マニケが馬鹿にしたように言った。「剣と兜を着けてパリから戻って来たと思ったら、鞭を怖がるためだったとはな」
「剣と兜は鎧じゃありませんし、たとい鎧だったとしてもフォルチエ神父なら鞭を使ってあっと言う間にその鎧の弱いところを見つけてしまうでしょうね」
クロードとデジーレにもそれは理解できたようだ。
「決まりだ、
(
「まあいいでしょう。ただし命令には従って下さいね」
「ちゃんと従うから見ときな」と言ってクロードがデジーレに目配せした。
「ただし」とデジーレがつけ加えた。「銃はおめえの担当だ」
「わかりました」ピトゥが答えた。正直なところ不安は尽きないが、それでもどでかいことをやってのけろと囁く野心の声が聞こえ始めていた。
「約束だ」
「誓います」
ピトゥが手を差し出し、二人もそれに倣った。斯くして星明かりの下、エーヌ県の森の開けた場所で、三人のアラモン人によって叛乱が宣言された。ヴィルヘルム・テルとその仲間を知らず知らずに真似ていたと言えよう。
ピトゥが苦しみの果てに、名誉ある国民衛兵司令官の徽章を身につける幸運をおぼろげに目に浮かべていたのは事実であるし、その徽章を見ればカトリーヌも後悔とまでは行かぬまでも反省してくれるような気がしていたのも事実であった。
こうして有権者の意思によって選ばれたピトゥは、三十三人の国民衛兵に武器をあてがう方法に思いを馳せながら家路についた。
第63章おわり。第64章につづく。