FC2ブログ
翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』64-4

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「此処にいた頃にはどうして今のような返答が出来なかったのだ?」

「だって此処にいた頃には、先生のせいでちゃんと考えられなかったからです。先生が高圧的だったせいで、自由になったら外側に出て来たものもみんな、頭脳や記憶の中に押し込められていたからです。自由ですよ、わかりますか?」ピトゥは調子に乗って続けた。「自由です!」

「愚か者め!」

「先生」ピトゥの声には警告の色が含まれていたし、脅迫の色さえ皆無ではなかった。「侮辱はやめて下さい。『Contumelia non argumentum』。辯論家も言っています、侮辱には論拠がないと」

「どうも此奴は自惚れているようだな。自分の言葉をわざわざ私のためにラテン語から翻訳する必要があると思っているらしい」神父が激怒して声をあげた。

「このラテン語はボクじゃなくてキケロの言葉です。先生だってキケロに鑑みればご自身の語形間違いに気づくはずです。ボクが先生のラテン語に照らして間違いに気づくように」

「私が君と議論するとは思わないで欲しいものだ」

「何故ですか? 議論によって閃きが生まれるのでは。燧石ノ徙移シメシ隠サレシAbstrusum versis silicum」【※ウェルギリウス「silicis venis abstrusum(燧石の石目に隠されし)」を誤って「Abstrusum versis silicum(複数の燧石の移された隠された)」としている。『農耕詩』1-135より、人間が経験によって技術を身につけてゆく描写】

「情けない!」フォルチエ神父が叫んだ。「此奴が行っていたのは革命家の学校か」

「そんなことありません。先生は革命家が愚かで無智だと仰ってるんですよね」

「その通りだ」

「その理屈は間違ってます。三段論法の立て方が間違ってるんです」

「間違っているだと? 三段論法の立て方が間違っているだと?」

「そうです。ピトゥは論理的に考えて話すことが出来る。ピトゥは革命家の学校に通っていた。ゆえに革命家は論理的に考えて話すことが出来る。こんなの無理があります」

「人でなしのけだものの低脳めが!」

「言葉の暴力はやめて下さい。誹謗即チ閑カナル心ヲ明ラカニスObjurgatio imbellem animum arguit。怒るのは弱い証拠です」【※Objurgātiō[Objurgatio](叱責:f・単・主格/呼格)、imbellem(平和的な:m/f・単・対格[~を])、animum(心・魂・勇気・意思:m・単・対格)、arguit(示す・主張する・叱る・非難する:三・単・直説法・能動態・現在形)=「叱責は平和的な心を示す・非難する」 フランス語の意味とは逆になるか?】

 神父は肩をすくめた。

「答えて下さい」ピトゥが言った。

「革命家は論理的に話すことも考えることも出来ると言ったな。だったら教えてくれぬか。その連中の中から、読み書き出来る者を一人でよい」

「ボクです」ピトゥは安心して答えた。

「読みについては目をつぶろう。だが書くのはどうだ?」

「書けますとも!」

「正しい綴りでなければ書けるだろうとも」

「正しく綴れます」

「賭けるかね? これから口述する一節を四つ以上間違わずに書き取れると」

「賭けますか? ボクが口述する半節を二つ以上間違わずに書き取れると」

「やってみ給え」

「わかりました。いま分詞と再帰動詞を見繕いますから。そこにボクの知っている『que』を幾つか加えて、賭けに応じましょう」

「時間があればそうしたいところだが」

「どうせ負けますよ」

スポンサーサイト

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

  • ロングマール翻訳書房
  • RSS
  • 06 | 2018/07 | 08
    S M T W T F S
    1 2 3 4 5 6 7
    8 9 10 11 12 13 14
    15 16 17 18 19 20 21
    22 23 24 25 26 27 28
    29 30 31 - - - -

    SEARCH

    RECENT ENTRIES

    CATEGORY

    RECENT TRACKBACKS

    RECENT COMMENTS

    ARCHIVES

  • 2018年10月 (3)
  • 2018年09月 (5)
  • 2018年08月 (4)
  • 2018年07月 (5)
  • 2018年06月 (4)
  • 2018年05月 (4)
  • 2018年04月 (4)
  • 2018年03月 (5)
  • 2018年02月 (4)
  • 2018年01月 (4)
  • 2017年12月 (5)
  • 2017年11月 (4)
  • 2017年10月 (4)
  • 2017年09月 (5)
  • 2017年08月 (4)
  • 2017年07月 (5)
  • 2017年06月 (3)
  • 2017年05月 (5)
  • 2017年04月 (4)
  • 2017年03月 (4)
  • 2017年02月 (4)
  • 2017年01月 (4)
  • 2016年12月 (5)
  • 2016年11月 (4)
  • 2016年10月 (5)
  • 2016年09月 (4)
  • 2016年08月 (4)
  • 2016年07月 (5)
  • 2016年06月 (4)
  • 2016年05月 (4)
  • 2016年04月 (5)
  • 2016年03月 (4)
  • 2016年02月 (4)
  • 2016年01月 (5)
  • 2015年12月 (4)
  • 2015年11月 (4)
  • 2015年10月 (5)
  • 2015年09月 (4)
  • 2015年08月 (5)
  • 2015年07月 (4)
  • 2015年06月 (4)
  • 2015年05月 (5)
  • 2015年04月 (4)
  • 2015年03月 (4)
  • 2015年02月 (4)
  • 2015年01月 (4)
  • 2014年12月 (4)
  • 2014年11月 (5)
  • 2014年10月 (4)
  • 2014年09月 (4)
  • 2014年08月 (5)
  • 2014年07月 (4)
  • 2014年06月 (4)
  • 2014年05月 (4)
  • 2014年04月 (4)
  • 2014年03月 (5)
  • 2014年02月 (4)
  • 2014年01月 (3)
  • 2013年12月 (4)
  • 2013年11月 (5)
  • 2013年10月 (5)
  • 2013年09月 (5)
  • 2013年08月 (4)
  • 2013年07月 (4)
  • 2013年06月 (5)
  • 2013年05月 (5)
  • 2013年04月 (4)
  • 2013年03月 (5)
  • 2013年02月 (4)
  • 2013年01月 (4)
  • 2012年12月 (5)
  • 2012年11月 (3)
  • 2012年10月 (4)
  • 2012年09月 (5)
  • 2012年08月 (4)
  • 2012年07月 (4)
  • 2012年06月 (5)
  • 2012年05月 (4)
  • 2012年04月 (4)
  • 2012年03月 (6)
  • 2012年02月 (4)
  • 2012年01月 (2)
  • 2011年12月 (4)
  • 2011年11月 (5)
  • 2011年10月 (6)
  • 2011年09月 (5)
  • 2011年08月 (5)
  • 2011年07月 (5)
  • 2011年06月 (4)
  • 2011年05月 (4)
  • 2011年04月 (5)
  • 2011年03月 (5)
  • 2011年02月 (7)
  • 2011年01月 (5)
  • 2010年12月 (5)
  • 2010年11月 (4)
  • 2010年10月 (5)
  • 2010年09月 (5)
  • 2010年08月 (4)
  • 2010年07月 (5)
  • 2010年06月 (4)
  • 2010年05月 (5)
  • 2010年04月 (5)
  • 2010年03月 (9)
  • 2010年02月 (5)
  • 2010年01月 (5)
  • 2009年12月 (5)
  • 2009年11月 (5)
  • 2009年10月 (5)
  • 2009年09月 (4)
  • 2009年08月 (5)
  • 2009年07月 (4)
  • 2009年06月 (4)
  • 2009年05月 (5)
  • 2009年04月 (4)
  • 2009年03月 (5)
  • 2009年02月 (3)
  • 2009年01月 (5)
  • 2008年12月 (4)
  • 2008年11月 (5)
  • 2008年10月 (4)
  • 2008年09月 (4)
  • 2008年08月 (3)
  • 2007年06月 (5)
  • 2007年05月 (3)
  • 2007年04月 (3)
  • 2007年02月 (4)
  • 2007年01月 (3)
  • 2006年12月 (1)
  • 2006年11月 (2)
  • 2006年10月 (1)
  • 2006年09月 (6)
  • 2006年08月 (13)
  • 2006年07月 (6)
  • 2006年06月 (10)
  • 2006年05月 (2)
  • 2006年04月 (4)
  • 2006年03月 (3)
  • 2006年02月 (11)
  • 2006年01月 (10)
  • 2005年12月 (14)
  • 2005年11月 (17)
  • 2005年10月 (3)
  • 2005年09月 (27)
  • 2005年08月 (3)
  • 2005年02月 (3)
  • 2005年01月 (8)
  • LINKS

    SEARCH

    SEARCH