アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
「アラモンに国民衛兵が存在するというのか?」
「その通りです」
「君がその指揮官だと?」
「そうです」
「君が? ピトゥが?」
「ボクが、ピトゥが」
神父は大祭司ピネハス(Phinée)のように天に向かって腕を引き攣らせた。【※Phinée。ピネハス。『出エジプト記』『民数記』に出てくる祭司。また『サムエル記』にも同名の祭司が登場するが、引き攣った腕を天に向かって伸ばしたという記述はいずれにも見られない】
「憎むべき荒廃だ(Abomination de la desolation)!」【※Abomination de la desolation。聖書に見える表現。不敬や絶望を表す。文語訳「殘暴可惡者《あらすにくむべきもの》」、口語訳「荒らす憎むべきもの」、新共同訳「憎むべき荒廃をもたらすもの」。『ダニエル書』9:27、11:31、12:11、『マタイ福音書』24:15、『マルコ福音書』13:14など。『ダニエル書』12:11には、ダニエルからたずねられた人が天に向かって手を上げる場面がある。】
「先生は知らないんです」ピトゥは慌てなかった。「国民衛兵は市民の生命と自由と財産を守るための組織ですよ」
「何てことだ!」神父はなおも絶望に沈んだ。
「それにそんなに力を持てる組織じゃないんです。特に田舎だと、部隊の問題もありますから」
「君が指揮する部隊かね。掠奪隊、火付け隊、殺人隊か」
「一緒にしないで下さい、先生。隊員たちを見てくれたら、みんなとても真面目な市民だと……」
「黙り給え」
「先生の方こそわかりませんか、ボクらは先生を普段から守っているんです(protecteurs naturels)。その証拠に、ボクは此処に真っ直ぐやって来たじゃありませんか」
「何故そんなことを?」
「そこですよ」ピトゥは耳を掻いて、兜を投げた辺りに目を遣り、大事な軍装の一部を拾い上げるために退路からあまり離れていないことを確かめた。
兜が落ちているのはソワッソン街に面した大門からわずかの場所だった。
「何故そんなことをしたかと訊いたのだが?」神父が繰り返した。
「そうですね」ピトゥは後じさって兜の方に二歩進んだ。「ボクが此処に来た目的をお話しします。先生には説明するまでもないことかもしれませんが」
「前置きはいらぬ」
ピトゥはさらに二歩兜に近づいた。
だが同じような駆け引きがおこなわれ、ピトゥには安心できないことに――ピトゥが兜に二歩近づくたびに、神父も距離を保ってピトゥに二歩近づいていた。
「そうですね」防具に近づくにつれピトゥにも勇気が湧いて来た。「兵にはみんな銃が必要なのに、その銃がないんです」
「そうか、銃がないのか」神父は足を踏み鳴らして喜んだ。「銃がないのだな。選りに選って兵隊に銃がないとはな。立派な兵隊もあったものだ」
「でも先生」ピトゥはさらに二歩兜に近づいた。「銃がないなら探せばいいんです」
「うむ。探しているのか?」
兜の届くところまでたどり着いたピトゥは、兜を足で引き寄せるのに夢中で返答が遅れた。
「探しているのか?」
ピトゥが兜を拾い上げた。
「ええ、そうなんです」
「何処にあるのだろうな?」
「先生のところです」ピトゥは兜をかぶって答えた。
「私の家の銃だと?」
「ええ、余るほどお持ちです」
「私のものだぞ。収蔵品を掻っ払いに来おったのだな。こんなクズ共が歴戦の勇士の鎧を背負うというのか。ピトゥ君、先ほどお伝えした通りだ。気が狂っている。アルマンサの戦いの時のイスパニア兵の剣や、マリニャーノの戦いの時のスイス兵の槍を、ピトゥとその仲間たちの武器にするというのかね」【※アルマンサの戦い/マリニャーノの戦い。それぞれスペイン継承戦争でフランス=スペイン軍がイギリス=オランダ=ポルトガル軍を破った戦い、イタリア戦争でフランス=ヴェネチア軍がスイス人傭兵を破った戦い】
神父が呵々と笑い出した。そのあまりに人を見下した威圧感のある笑いが、血管という血管を通ってピトゥの全身をくまなく回り、ピトゥを芯から震え上がらせた。
「違うんです、先生。マリニャーノのスイス兵の槍もアルマンサのイスパニア兵の剣も要りません。そういった武器では役に立たないでしょうから」
「それをわかってくれるとはありがたい」
「そういった武器ではないんです」
「ではどんな武器だと?」
「海軍の銃です。罰としてよく磨かされていたあの海軍の銃です。あの頃は先生の規則に従いながら学んでいました。『