アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
斯くしてピトゥは得意の絶頂に至った。ラファイエット将軍と大臣の命令書を直接受け取ったのだ。
これはピトゥの計画と野望には都合がいい。
住民たち(électeurs)が特使の来訪をどう受け止めたのかを描き出すのは難しい注文だ。描き出すのは断念するとしよう。
だがこれだけは言える。人々の昂奮した顔つきや輝きに満ちた目や熱狂ぶりを見れば、そしてあっと言う間にピトゥを崇め奉ったのを見れば、どれだけ疑り深い者であろうともいずれ我らが主人公が一廉の人物になることを疑うことはあるまい。
住民たちが次々と公印をその目で確かめ手で触れたがるので、ピトゥはにこやかに応じた。
やがて集まっているのは事情を知る者たちだけになった。
「同志の皆さん(Citoyens)、計画はつつがなく成功しました。ラファイエット将軍に手紙を書き、皆さんが国民衛兵への参加を希望していることと、ボクを指揮官に選んだことを伝えました。政府から届いたこの書状の宛名を読んで下さい」
ピトゥは宛先が読めるように上にして書状を見せた。
『アラモン国民衛兵司令官 アンジュ・ピトゥ殿』
「これでボクはラファイエット将軍から国民衛兵司令官として認められたんです。皆さんはラファイエット将軍と陸軍大臣から国民衛兵として認められたんです」
歓喜と称讃の叫び声がピトゥの侘住まいの壁を長々と揺るがした。
「武器については、手に入れる手段がボクにはあります。
「皆さんで副官(lieutenant)と軍曹(sergent)を任命して下さい。その二名にはこれからの道のりに付き合ってもらいます」
人々は自信なさげに顔を見合わせた。
「おめえが決めろよ、ピトゥ」デジーレ・マニケが言った。
「ボクは口を挟みません」ピトゥが誇らかに宣言した。「選挙は公正におこなわれなければなりませんから、ボクは抜きにして選んで欲しいんです。いま言った二つの役職を決めて下さい。ただししっかりした人を頼みます。言うべきことはこれだけです。ではどうぞ」
ピトゥは高らかにそう言い放ち、人々を追い出すと、アガメムノンの如き栄光に包まれて一人待った。
ピトゥが虚栄心に浸っている間、住民たちは家の外でアラモンを統治することになる軍事力の一端について話し合っていた。
選任の話し合いは一時間に及んだ。副官と軍曹が任命された。軍曹はクロード・テリエ、副官はデジーレ・マニケである。アンジュ・ピトゥのところに戻ると、それを見たピトゥから喝采で迎えられた。
そうして役職選びは締めくくられた。
「では皆さん。一刻も無駄には出来ません」
「もちろんだ。教練を受けるぞ」昂奮した男が声をあげた。
「その前に、教練するならまず銃が必要です」
「もっともだ」
「銃が手に入るまでは棒で練習できないか?」
「軍隊通りにやりましょう」ピトゥはやる気を見て、まだ知りもしない技術を教えられそうにはないと感じた。「棒で射撃訓練を覚える兵士なんて滑稽です。笑われるようなことはやめましょう」
「そうだな。銃が必る!」
「副官と軍曹はついて来て下さい。ほかの方々は戻るまで待っていてもらえますか」
恭しい同意の声が返って来た。
「日没までまだ六時間あります。ヴィレル=コトレに行って用事を済ませて戻って来るには充分です。では前へ進め!」
こうしてアラモン軍の幹部たちは直ちに出発した。
だがピトゥはこれだけの幸運が夢ではないと納得するためビヨの手紙を読み返してみて、見逃していたジルベールの文章に気づいた。
『どうしてジルベール先生にセバスチャンのことを伝えるのを忘れているんだ?
どうしてセバスチャンは父親に手紙を書かないんだ?』
第65章おわり。第66章につづく。