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 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』65-4

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 斯くしてピトゥは得意の絶頂に至った。ラファイエット将軍と大臣の命令書を直接受け取ったのだ。

 これはピトゥの計画と野望には都合がいい。

 住民たち(électeurs)が特使の来訪をどう受け止めたのかを描き出すのは難しい注文だ。描き出すのは断念するとしよう。

 だがこれだけは言える。人々の昂奮した顔つきや輝きに満ちた目や熱狂ぶりを見れば、そしてあっと言う間にピトゥを崇め奉ったのを見れば、どれだけ疑り深い者であろうともいずれ我らが主人公が一廉の人物になることを疑うことはあるまい。

 住民たちが次々と公印をその目で確かめ手で触れたがるので、ピトゥはにこやかに応じた。

 やがて集まっているのは事情を知る者たちだけになった。

「同志の皆さん(Citoyens)、計画はつつがなく成功しました。ラファイエット将軍に手紙を書き、皆さんが国民衛兵への参加を希望していることと、ボクを指揮官に選んだことを伝えました。政府から届いたこの書状の宛名を読んで下さい」

 ピトゥは宛先が読めるように上にして書状を見せた。

 『アラモン国民衛兵司令官 アンジュ・ピトゥ殿』

「これでボクはラファイエット将軍から国民衛兵司令官として認められたんです。皆さんはラファイエット将軍と陸軍大臣から国民衛兵として認められたんです」

 歓喜と称讃の叫び声がピトゥの侘住まいの壁を長々と揺るがした。

「武器については、手に入れる手段がボクにはあります。

「皆さんで副官(lieutenant)と軍曹(sergent)を任命して下さい。その二名にはこれからの道のりに付き合ってもらいます」

 人々は自信なさげに顔を見合わせた。

「おめえが決めろよ、ピトゥ」デジーレ・マニケが言った。

「ボクは口を挟みません」ピトゥが誇らかに宣言した。「選挙は公正におこなわれなければなりませんから、ボクは抜きにして選んで欲しいんです。いま言った二つの役職を決めて下さい。ただししっかりした人を頼みます。言うべきことはこれだけです。ではどうぞ」

 ピトゥは高らかにそう言い放ち、人々を追い出すと、アガメムノンの如き栄光に包まれて一人待った。

 ピトゥが虚栄心に浸っている間、住民たちは家の外でアラモンを統治することになる軍事力の一端について話し合っていた。

 選任の話し合いは一時間に及んだ。副官と軍曹が任命された。軍曹はクロード・テリエ、副官はデジーレ・マニケである。アンジュ・ピトゥのところに戻ると、それを見たピトゥから喝采で迎えられた。

 そうして役職選びは締めくくられた。

「では皆さん。一刻も無駄には出来ません」

「もちろんだ。教練を受けるぞ」昂奮した男が声をあげた。

「その前に、教練するならまず銃が必要です」

「もっともだ」

「銃が手に入るまでは棒で練習できないか?」

「軍隊通りにやりましょう」ピトゥはやる気を見て、まだ知りもしない技術を教えられそうにはないと感じた。「棒で射撃訓練を覚える兵士なんて滑稽です。笑われるようなことはやめましょう」

「そうだな。銃が必る!」

「副官と軍曹はついて来て下さい。ほかの方々は戻るまで待っていてもらえますか」

 恭しい同意の声が返って来た。

「日没までまだ六時間あります。ヴィレル=コトレに行って用事を済ませて戻って来るには充分です。では前へ進め!」

 こうしてアラモン軍の幹部たちは直ちに出発した。

 だがピトゥはこれだけの幸運が夢ではないと納得するためビヨの手紙を読み返してみて、見逃していたジルベールの文章に気づいた。

『どうしてジルベール先生にセバスチャンのことを伝えるのを忘れているんだ?

 どうしてセバスチャンは父親に手紙を書かないんだ?』

 
 
 第65章おわり。第66章につづく。

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『アンジュ・ピトゥ』65-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 返信を待つ時間は短くて済んだ。

 翌々日、特使が馬でアラモンに到着し、アンジュ・ピトゥを訪ねた。

 ざわめきが広がり、兵士たちの間に期待と不安が広がった。

 特使は汗だくの白い馬に乗っていた。

 パリ国民衛兵参謀の制服を着ている。

 特使の来訪が如何ほどの効果をもたらしたか、そしてまたピトゥが如何に動揺し動悸がしたか推して知るべしである。

 ピトゥは青ざめて震えながら笑顔の特使に近づき、差し出された小包を受け取った。

 ジルベールが代筆したビヨからの返信だった。

 過剰な愛国心は抑えよというビヨからの忠告があった。

 それから陸軍大臣の副署のあるラファイエット将軍の指令も一緒だった。アラモンの国民衛兵に武器を持たせよというものだった。

 ラファイエット将軍の名に於いてソワッソンとラン(Laon)の国民衛兵に武器を持たせよという任を受けた参謀が出発するのに合わせたものだ。

 指令の内容は以下の通り。

『銃と剣をそれぞれ二挺以上持つ者は、二挺目以降を各市町村の部隊長が自由に使えるようにすべし。

 この処置は市町村内全土にわたって施行されるものとする』

 ピトゥは顔を真っ赤にして喜び、参謀に礼を述べた。参謀は再び笑顔を見せると、次の目的地に向かってすぐさま発って行った。

『アンジュ・ピトゥ』65-2

 そこでピトゥは新たな鉱脈を掘ることにして、説得して手に入れようと考えていた武器を、計略か武力(par la ruse ou par la force)を用いて手に入れようと決めた。

 まず一つの方法が思い浮かんだ。

 計略の方だ。

 神父の収蔵品庫に忍び込み、保管庫(arsenal)の武器をこっそり頂戴するか運び出すか(dérober ou enlever)出来るだろう。

 仲間がいればピトゥのやることは徴集(déménagement)だが、一人でやれば泥棒(vol)だ。

 泥棒! 正直者のピトゥにとって耳に不快な響きの言葉だった。

 徴集と雖もまだフランスに大勢いる旧習に染まった者たちからは武装した強盗だの泥棒だの言われることは間違いない。

 こういったことを考え合わせた結果、ピトゥは前述した二つの手段を前に尻込みしてしまった。

 とは言え自尊心が先走っていたし、その自尊心を傷つけずに事態を切り抜けるためには誰にも助けを求めるわけにはいかない。

 ピトゥは改めて手だてを考えた。新しい方策を見つけるため、感心するほど頭を振り絞った。

 遂にピトゥはアルキメデスのように「エウレカ!」と叫んだ。要はフランス語で言えば「見つけた」という意味になる。

 果たしてピトゥが智性という武器庫の中で見つけた手だてがこちらである。

 ラファイエットはフランス国民衛兵の総司令官である。

 アラモンはフランスである。

 アラモンには国民衛兵がある。

 従ってラファイエットはアラモン国民衛兵の総司令官である。

 ならばラファイエットはアラモンの義勇兵に武器がないことをよしとしないであろう。ほかの地域では既に武装済みか武装の準備に入っているのだから。

 ラファイエットと接触するには――ジルベールと接触せねばならず、ジルベールと接触するには――ビヨと接触しなくては。

 ピトゥはビヨに手紙を書いた。

 ビヨは字が読めないので、ジルベールが読むことになる。つまり二人目の仲介者までは接触できるだろう。

 ここまで考えるとピトゥは夜を待ってから人目を避けてアラモンに戻り、ペンを取った。

 だがこれだけ人目に触れぬよう用心して戻ったというのに、クロード・テリエとデジーレ・マニケには見られていた。

 二人が戸を叩いた時、ピトゥは手紙を書き終えて大きな白い封筒にたっぷりと封蝋をつけて封をしたところだった。

 ピトゥは口唇に指を当て、反対の手で封をした手紙を指さした。

 こうした箝口令に感銘を受けたクロード・テリエとデジーレ・マニケは、何も言わず口唇に指を当て手紙に目を注ぐと人目に触れぬよう立ち去った。【※二段落前の「二人が戸を叩いた時…」からこの段落の前半「…デジーレ・マニケは」までは底本・初出にはなく、後の版で追加されている】

 ピトゥは政治の海の真っ直中で藻掻いていた。

 ところで以下にお見せするのが、ピトゥが白い封筒に入れて閉じ、クロードとデジーレに感銘を与えた手紙である。

 

『ビヨさんへ

 革命の大義は僕たちの故郷でも日に日に広がっています。貴族は立場を弱め、愛国者は前に進んでいます。

 アラモンの村民は国民衛兵に入りました。

 だけど武器がありません。

 武器を入手する方法が一つあります。大量の武器を所有している人たちがいますから、その武器を公務に借用できれば、国庫の負担を減らすことが出来るのです。

 ラファイエット将軍さえ構わなければ、違法に所有してあるそうした武器を兵士の数に応じて自由に使えるように命令を出していただきたいのです。少なくとも三十挺の銃をアラモンの武器庫に用意する役目は及ばずながら僕が引き受けます。

 それが貴族や国民の敵が企てている反革命的な堤防に対抗する唯一の手段なのです。

 あなたの同志にして忠実なる僕、アンジュ・ピトゥ』

 

 訴えを書き終えたところで、農場の使用人や家族の話を忘れていることに気づいた。

 ブルトゥスのように無智を装うにしても、やり過ぎた。一方でビヨにカトリーヌのことをあれこれ伝えたならば、嘘をつくことになるか父親の心を引き裂くことになりかねないし、ピトゥの魂にある傷口を開いて血を流してしまうことになる。

 ピトゥは溜息を飲み込んで追伸を書き足した。

 

『追伸。ビヨおばさんもカトリーヌさんも使用人のみんなも元気でやっていて、ビヨさんのことを懐かしんでいます』

 

 これで自分にもほかの誰にも迷惑を掛けなくともよい。

 ピトゥは秘密を共有する二人にパリ宛ての封筒を見せると、前述したように一言だけ言うに留めた。

「これです」

 それからピトゥはポストに手紙を投函しに行った。

『アンジュ・ピトゥ』65-1

第六十五章 戦術家ピトゥ

 前章では野心を抱いていたピトゥがどのように転がり落ちたかをお伝えした。

 何しろ深いところまで落ちていた。天国から地獄に叩き落とされ転がり落ちたルシフェルも計り知ることの出来ないほどの落差であった。それでもルシフェルは地獄で王となっていたが、フォルチエ神父に叩き落とされたピトゥはただのピトゥになってしまった。

 ピトゥを代表に選んだ人たちの前にこれからどうやって出ればよいというのか? あれだけ安請け合いしておいて、実は指揮官は法螺吹きのペテン師だったと伝えなければならないのか? 頭に兜を乗せ、腰に剣を差しながら、老神父から鞭で尻を叩かれてすごすごと戻って来るような人間だったと。

 神父のことは任せておけと大見得を切っておきながらそれに失敗するとはとんだ失態だ。

 気づけばピトゥはどぶの向こう側にいて頭を抱えて考え込んでいた。

 ギリシア語とラテン語を話せばフォルチエ神父の機嫌も取れると思っていた。生来のお人好し故、美文という蜜を使えばケルベロスを懐柔できると自惚れていた。だがピトゥの蜜は苦かったし、ケルベロスは蜜を飲み込みもせず手に咬みついた。目論見はすべて灰燼に帰した。

 フォルチエ神父には巨大な自尊心があったのに、ピトゥはその自尊心を見誤っていた。神父が腹を立てた最大の理由は、武器庫から銃を三十挺持ち出そうとしたからではなく、ピトゥが神父の言葉に間違いを見つけたからであった。

 若者は善良なるが故に、他人にもそうした長所があると信じ込んでしまう間違いを犯す。

 ところがフォルチエ神父は熱狂的な王党派であり、何よりも誇り高い言語学者であった。

 ルイ十六世や「~だêtre」という動詞によって神父の怒りに二つも火を付けてしまったのが返す返すも悔やまれる。そんなのはわかっていたのだから注意すべきだった。完全にピトゥの失敗だったが、悔やんだところでいつだって後の祭りなのだ。

 今となってはすべきだったことを確かめるだけだ。

 言葉を駆使して自分が国王派だということをフォルチエ神父に証明すべきだった。何よりも文法間違いに気づかずやり過ごすべきだった。

 アラモンの国民衛兵は革命主義者ではないことを説明すべきだった。

 この衛兵隊は国王の助けになるのだと断言すべきだった。

 就中「~だêtre」なる忌々しい動詞の時制が違っていることに一言も触れるべきではなかった。

 そうすれば必ずや神父も宝物庫と武器庫を開放したことだろう。勇猛な軍隊と雄々しい指揮官の援助を君主制が確実に受けられるように。

 嘘も方便というではないか。ピトゥはじっくりと内省してから、歴史上の出来事を様々に思い浮かべた。

 マケドニア王ピリッポス(Philippe de Macédoine)のことを考えた。あれだけ偽りの誓いをしておきながら偉人と評されている。【※マケドニアにはピリッポスという国王は複数いるが、偉人と呼ばれたのはアレクサンドロス大王の父親であるピリッポス二世(BC382-BC336)のことか?】

 ブルトゥス(Brutus)は白痴を演じて敵を油断させたが、偉人と評されている。【※初代執政官ブルトゥス(?-BC509)は、暗殺されるのを逃れるため愚者を演じた】

 テミストクレス(Thémistocle)は生涯を通じ同国人を欺いて尽くしたが、やはり偉人と評されている。【※テミストクレス(BC520?-BC455?)はアテナイの政治家】

 一方、アリステイデス(Aristide)は不正をよしとしなかったが、やはり偉人と評されている。【※アリステイデスの名は第64章にも見える。アリステイデス(B.C.530-B.C.468)はアテナイの政治家であり、「正義の人」と呼ばれた(*a)。貴族主義的傾向にあったため、民衆派で「民衆を(中略)駆り立てて(中略)新機軸を打ち出そうとする」テミストクレスとは性格も正反対であり、対立した。※『英雄伝』プルタルコス。】

 この矛盾をどう判断すればよいのか。

 それでも熟慮の末に結論を出した。アリステイデスは運が良かった。何となればアリステイデスの生きていた時代は善意だけで勝利できるほどペルシア人がお人好しだったからだ。

 そしてまた熟慮の末に結論づけた。結局のところアリステイデスは追放されたのである以上、その追放がどれだけ不当なものであろうと、マケドニア王ピリッポスやブルトゥスやテミストクレスに分があると言える。

 そこで現代の例に戻って熟考した。ジルベールやバイイやラメット(monsieur Lameth)やバルナーヴやミラボーがピトゥの立場だったなら、果たしてどのように行動するだろうか。そしてまたルイ十六世がフォルチエ神父だったとしたら。

 三十万から五十万人のフランス国民衛兵に武装させるには、国王にどう働きかけただろう?

 まさしくピトゥと正反対のことだ。

 きっとルイ十六世に説明しただろう。フランス人の望みはフランス人の父を救い守ることだけであり、確実にそうするためには三十万から五十万挺の銃が必要であると。

 そして間違いなくミラボーなら上手くやったはずだ。

 ピトゥは巷間に流布する小唄のことを考えた。

 

 悪魔に何かをねだるなら、
 様付けせんとなりませぬ。

 

 斯くしてピトゥは総合的に結論づけた。アンジュ・ピトゥは超がつくほどの大馬鹿者でしかなく、手柄を立てて有権者たちの許に戻るには自分がやってしまったことと正反対のことをしなくてはならなかったのだ。

『アンジュ・ピトゥ』64-10

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「なるほど」神父はピトゥの微笑みを見て、まばらな頭髪が逆立つのを感じた。「なるほど海軍の銃か」

「つまりお持ちの武器の中で、歴史的価値がなくて戦いに使えそうなものだけです」

「ほう」神父は軍人(un capitaine)が剣のつかをつかむように九尾鞭のをつかんだ。「卑怯者が正体を現したな」

「お願いです先生」ピトゥの声は凄むような調子から懇願するようなものに変わっていた。「海軍の銃三十挺を渡して下さい」

「去ね!」神父がピトゥに一歩詰め寄った。

「自慢できますよ」ピトゥは一歩後じさりながら言った。「圧制者から国を解放することに貢献できるんですから」

「私と家族に弓引くための武器を差し出せというのか! 私を撃つための銃を手渡せというのか!」

 神父はベルトから鞭を引き抜くと、「冗談ではない」と言って頭上で鞭を振り回した。

「プリュドムさんの新聞にお名前が載りますよ」【※プリュドム(Prudhomme)の名は第62章にも見える。Louis Marie Prudhomme(1752-1830)はフランスのジャーナリスト。『パリの革命』発行人。バスチーユ襲撃を報じた。】

「プリュドムの新聞に名前が載るだと!」

「模範的な市民として」

「むしろ待っているのは首枷とガレー船だ」

「どうして? お断わりになるんですか」猶も訴えるピトゥの声は弱々しかった。

「断るとも。出て行ってもらおう」

 神父は門を指さした。

「そんなことをしたら非道いことになりますよ。意識が低いだの不実だの言って罵られます。先生、どうかそんな真似はよして下さい」

「私を殉教者にするがいい、ネロめ! 喜んでなってやろう」神父の目は赤々と燃え上がり、受刑者というよりもむしろ死刑執行人のようだった。

 効果は絶大だった。ピトゥはさらに後じさった。

「先生」ピトゥは後じさりながら言った。「ボクは平和を愛する使者として、秩序をもたらす大使として、此処に来たんです……」

「君が此処に来たのは武器をくすねるためだ。お仲間が廃兵院からくすねたのと変わらぬ」

「あの人たちのしたことは称讃するに相応しいことでした」

「そして君には鞭の百叩きが相応しかろう」

「フォルチエ先生!」ピトゥは既知の道具を見て声をあげた。「そんな風に人間の権利を侵害することなんて出来ませんよ」

「余裕があるのも今の内だ、ろくでなしめが」

「先生、大使には手を出せませんよ」

「見ておれ!」

「先生! 先生!! 先生!!!」

 ピトゥは神父と向かい合ったまま門までたどり着いた。だが其処で追いつめられてしまい、後は戦うことを受け入れるか逃げるかするしかなくなった。

 だが逃げるには門を開けなくてはならず、門を開けるには後ろを向かなくてはならない。

 後ろを向けば、鎧に充分には覆われていない部分を神父に晒すことになる。

「銃が欲しいだと……銃を探しに来ただと……銃か死を選べと言うつもりか……?」

「そんなこと言うつもりはありません」

「銃の在処は知っているのだ、喉を掻っ切って奪って行けばよかろう。死体を乗り越えて運び出せばよい」

「出来るわけないでしょう」

 ピトゥは掛け金に手を掛け、神父が掲げている腕に目を注いだ。勘定していたのはもはや銃の個数ではなく、鞭の先の革紐がうなるかもしれない回数だった。

「では銃を渡して下さるつもりはないんですね?」

「そうだ、渡すつもりはない」

「そうする気はないんですね? もう一度確認します」

「ない」

「もう一度」

「ない」

「三度目の正直です」

「ないと言ったらない!」

「わかりました。だったら仕舞っておいて下さい」

 ピトゥは大急ぎで後ろを向いて、開いた門の隙間から擦り抜けた。

 だがそれでも間に合わなかった。唸りを上げて鞭がしなやかに振り下ろされ、ピトゥの臀部をしたたかに打ち据えると、勇敢なバスチーユの勝者と雖も思わず悲鳴をあげてしまった。

 この悲鳴を聞いて隣人たちが顔を出し、目を瞠った。兜と剣を身につけたピトゥが一目散に逃げ出し、門口に立ったフォルチエ神父が燃え立つ剣を振りかざす殺戮の天使のように鞭を振りかざしていたのである。

 

 第64章おわり 第65章につづく

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

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