ルイス・キャロル
第一篇
出逢ひ
冬の{ある}晩、九時半のこと、8(7/7)
寒くて怠くてむかつくどん底、7(8/8)【寒い怠い不快酷い(6/6)】【怠いしむかつく寒い雨(8/5)寒の雨】
家に戻れど、飯には遅い、8
煙草とワイン、それにおやつが、8
書斎で帰りを待っている。7(8/5)
書斎の中がなんだかおかしい、
なにやら白くて揺らめく何かが、【ゆらりゆらり白いものが】【白い物体が揺らめいて】
暗がりの中、そばにたたずむ――
絨毯用の箒だろうな
うっかり女中の忘れ物。
ところがじきに〈そいつ〉のやつが【ところがじきに件の〈もの〉が】
ぶるぶる震えてくしゃみをしだした。【ぶるる震えくしゃみをした。】【ぶるぶる震えてくしゃみした。】
言ってやったよ、「おいおい君っ!
ちょっと不作法はなはだしいぞ。
できれば静かにしてくれよ!」
「風邪ひいちゃった」〈そいつ〉が言った、【「風邪ひいちゃった」〈もの〉がしゃべった、】【「あんなとこりにたどり着いたら、】【「風邪なんです」と〈もの〉がしゃべった、】
「踊り場のそばにやって来てごらん」【「風邪ひいちゃった」と〈もの〉が言う。】【あそこに上陸した時に】
えっと驚き振り向いたなら、
まさに目の前、真っ正面に、
チビの幽霊が立っていた!
目が合うとすぐ彼は震えて、
椅子の後ろに【椅子の陰に身を潜めた。】【椅子の陰に身をひるがえす。】
「どうやって来た? それにどうして?
こんな照れ屋は初めて見るよ。【こんな内気なもの初めてだ。】
出ておいで! ほら震えないで!」
「来た方法も、理由の方も、
あらいざらい話しましょう。【いっさい残らず話します。】
でも」(と一礼)「お見受けすると
かなり機嫌が悪そうですし、
すべてを嘘だと思われる。
「怖がっている理由について、
ちょいとひとつ話しますと【言わせていただけますならば】
われら幽霊、あらゆる点で
人が闇夜を恐れるように、
明るいところを恐れます」
「君はそんなに臆病だけど
ちょっと下手な言い訳だね。【言い訳にしてはつたないね。】
出たくなったら幽霊は出る、
ところが人は幽霊さんの
たっての見舞いを拒めない」
「怖さのあまり震えますのは
おかしなことじゃありませんでしょ?【おかしなことではないでしょう?】
あなたが悪い人かも知れず。
でも穏やかな方に見えるし、
出てきた理由を申します。
「失礼ながら、家というのは、【失礼ながら、幽霊たちが】【失礼ながら、家というのは】
そこに暮らす多種多様の【暮らしている数によって、】【そこに住んでいる幽霊の】【宿泊している幽霊の】【暮らしております幽霊の】
幽霊ごとに区分けできます。【家というのは区分けできます。】【数にしたがい区分けできます。】【数にしたがい分類します。】
(住人などは、石炭・薪に
負けないくらいに{価値がない})。
「一幽霊が、住むこの家に【幽霊一り、住むこの家に】【去年の夏に越してきたとき、】
去年《こぞ》の夏に、越した時分、【幽霊一体おりまして、】【一幽霊の家でした】
新入居者を迎えるために
力を尽くすその幽霊に【力の限り頑張る霊に】【力を尽くすその物怪Spectreに】【力を尽くす幽鬼のやつに】
気づいていたかもしれません。【もしやお気づきになりました?/お気づきになった/もしやお気づきになったかも】
「邸などでは恒例ですが――
しかしながら安アパート。【ところがどっこい安下宿。】【ところがところが安下宿。】
なにしろ部屋が一つきりだと、
愉快なことも少ないものの、
妥協しなければなりません。
「その幽霊は三度でさらば――【その物怪は三度でさらば――】【当の幽鬼は三度でさらば――】
それから取り憑くものもなし。
言伝すらもないままなので、
耳にしたのも偶然でした【やりたいのなら誰でもいいと】
誰でもいいから憑依しろ。【耳に入れたのもひょんなこと。】
「まず幽霊がやるべきことは、【始めに霊がやるべきことは、】【言うまでもなく空き家に充てる】
空き部屋ひとつを埋めること。【第一候補は物怪です。】【第一候補は幽鬼です。】
亡霊、悪魔、妖精、小人――
上手くいかずば、知己の中から
優しい悪鬼を呼んでくる。
「霊たち曰く、場所が悪い、【物怪いわく、場所が悪い、】【物怪いわく、場所が低い、】【幽鬼が曰く、場所が●●●、】
あるのは腐ったワインだけ。
かくしてまずは、この亡霊の、
出番となったわけなのですが、
断わることなどできません」
「きっとみんなは最適任の
やつを選んだに違いない。
だが四十二歳《しじゅうに》のぼくのところに、
こんな坊やを送り込むとは、
あまり誉められたものじゃない!」
「お思いほどに」彼が答えた、
「わたしは若くはありません。
実は岸辺の鍾乳洞や、
いろんな場所であれこれ試し、
何度も実践したのです。
ですがわたしは屋内だけは
ついぞ経験がございません、
あわてたあまり、常識的な(知ってて当然の・バカでも知ってる)【あわてたあまり、みんな知ってる】
儀式作法の五大規則を
すっかり忘れておりました」
ぼくはみるみるこのチビ助に
深い同情を寄せだした。
とうとう人を見つけたために、
飛び上がるほどギョッと驚き
おどおどがくがく怯えてる。
「まあとりあえず、幽霊だって【まあとりあえず、喜ばしいな
{しゃべる}とわかって嬉しいよ!【幽霊が{しゃべる}ものだとは!
どうか座って。おそらく君も
(ぼくと同じく飯がまだなら)
一口二口ほしいだろ。
「一見すると、君は何かを
{食する}ようには見えないが!
どうか話を聞かせてほしい――
全部すっきり話してくれよ――
さっき言いかけた五原則」
「感謝! 追々お話しします。
なんともかんとも運がいい!」
「何を食べたい?」ぼくはたずねた。
「親切心に大いに甘え、
鴨肉一切れ、お恵みを。
「ただ一切れを! でもそのほかに
肉汁一滴くれますか?」
座って彼をそっと見つめた、
だってこんなに白くて揺れる【だって〈それ〉ほど真っ白で
〈もの〉を見たことは初めてだ。【揺れてるものなど初めてだ。】
ますます白くなるようだった、
ますます霞んで、ゆらゆらと――
暗闇の中、瞬き始め、
始めましたる物語こそ
〈立ち居振る舞いの五原則〉。
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