翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

「さあこい、マクダフ!」03-06 シャーロット・アームストロング

 ライナの部屋はキュートで、きれいな小物にあふれてはいたけれど、小ぎれいで質素(簡素)とも言えた。見るからに若い女の子の部屋だった。よくわからなくなる。わたしの家では父と母が一部屋持っていたけれど、半分は何もなくこざっぱりとしていて見るからに父らしかったし、もう半分はごてごてと詰め込まれていて見るからに母らしかった。ダブルベッドには母の羽根枕と父の毛枕(?羽毛枕)が並べてあったせいで、整えていてもちぐはぐな印象があった。ライナの部屋にも確かにダブルベッドはあったけれど、そこには備品がなにもなくてまるで別人が使っているみたいだった。

 ライナはいつのまにかドレスを脱いでネグリジェに着替えていた。

「サンドイッチをいただいたら(食べたら)? ミルクは好き? わたしはいただくわ。ベイカーズ・ブリッジのことを教えてくれない? 都会が気に入ればいいけど。これからどうするの(今後の予定はあるのかしら?)」

 心が温まる。わたしのことをたずねてくれている。自分とは別の本来の自分になったみたいな気がしてきた。いつも幾夜も思い惑ってきたけれど、ここで何をしているのか思い惑うのをやめた。わたしのことが話題になんて信じられなかった。

 でもすぐに気づいたのだけれど、ライナはわたしに手取り足取り導いてくれるつもりはなかった。わたしの家では、母はいつだって父の世話を焼き、お返しに父は母の面倒を見ていたし、二人ともつねにわたしのことを気遣ってくれて(世話して)いたのだけれど、ライナの方はわたしが自分で考え自分で行動するものと思っているようだ。なんというか、気にはなっていたのだろうけれど、いわゆる「助言」めいたことは何一つくれなかった。元気づけてくれただけだ(くれたのは元気だった)。

「お小遣いがあったほうがいいってチャールズは思ってるみたい。週に五十ドルでどう?」

 わたしが息を呑んだのは、父がそれほどの収入を持ったことがなかったからだが、ライナは戸惑ったようだ。

「でも必要になるわよ。服だっているし外でご飯を食べたくなったら……それに……」

「今の服だって充分きれいなのに」わたしは惨めったらしい気持になりかけたが、ライナがさえぎった。

「そういうつもりじゃなかったの。でもね、服はそのうち古くなっちゃうでしょ。それに何かほしいものがあったときに、おねだりする方がいやじゃない。どっちみちわたしたちと暮らすんだし、洋服代もアイスクリーム代もキャンディ代も映画代もチューイン・ガム代も込みよ」そう言って笑ってから「わかった?」とたずねた。

「伯父さんはお金持ちなんですね!」

「だと思うわ」はっきりしない。結婚指輪にはダイヤモンドが散りばめられていたのに。

「おいくつなんですか?」失言してしまった。

「四月で二十五。あなたは?」

「六月で二十歳になります」

「信じられない(嘘でしょ)」そう言ってライナ伯母さんは話題を変えた。働きたいのはいいことだと言ってくれた。そうはいっても、働く必要なんかないとも言ったけれど。それよりも、学校に行って勉強したいならそうしてもいい。どっちみちいろんな人に会うことになるからと。もちろんいろんな人に会いたかった。伯父さんにも伯母さんにもわたしに合うような友だちはいないと言われたようなものだったけれど。それはつまり、何不自由ない状態で、好きなことをするのもやりたいことを見つけるのもわたし次第、自分で決めるということなのだ。ようやく部屋に戻って右側のベッドを選んだときには未来が薔薇色に思えた……けれど同時に重荷でもあった。

 ライナと別れたのは一時十五分だった。

 とても疲れていたけれど、慣れない部屋ではくつろげない。そりゃあ嬉しくなくはなかったけれど。興奮して眠れそうにない。いろいろな音の入り混じった騒音が遠くから聞こえてくるのには慣れていないし。だからずっと考えていた。仕事のこと、学校のこと、将来のことさえも。ライナがこんなことを言わないでくれてほんとうによかった。「いいかしら、ベッシー。あなたにはわたしのお洋服屋さん、美容師、マッサージ師、ネイルアーティストを使っていただくわ。それからここでの暮らし方(決まり)を覚えてちょうだいね」。だけど考えれば考えるほどライナのことが不思議に思えてくる。自分のことはほとんど話してくれなかった。チャールズ伯父さんのことも考えた。それから、母のこともちょっとだけ。

 ベルが鳴るのが聞こえたのは、うとうとしかかっていたときだった。階下から聞こえてくる。二度目のベルで完全に目が覚めた。わたしの家に真夜中かかってくる電話は、決まって誰かが亡くなったという報せだったから、いつも父に慰めてもらっていた。以前からの癖で胸をとどろかせながら、明かりをつけて時計を見た。

 二時十分前。耳を澄ませたけれど、もう何も聞こえなかったので、布団に戻って自問していた。

 しばらくするとまたベルが鳴った。よく聞こえるように頭を起こした。眠気はすっかり吹き飛んでしまった。結局明かりをつけ、今が午前二時だと確認しただけでベッドから降りるとドアに向かった。安心したくて、静まりかえったホールと吹き抜けを確認しようとしただけだったのだ。ドアを少しだけ開けると、足音が近づいてきた。足音とは言ったけれど、実際には絨毯をこするような静かな音が、少しずつ近寄っている。

 現れたのはガウン姿の伯父だった。ライナの部屋をノックする音と返事が聞こえた。すぐにライナが顔を出して、物問いたげにホールの伯父を見上げた。

「ヒューから電話があった」伯父の静かな声が一音一音はっきりと伝えた。「ウィンベリーが殺されたそうだ」

「殺された!」

「撃たれたらしい」

 栗色の部屋着を羽織ったエファンズは、長い首がますます長く見えた。四階途中の階段の手すりから身を乗り出している。

「お呼びになりましたか?」

「すまんな。ウィンベリーが深夜自宅で撃ち殺されたそうだ。言っておこうと思ってな。明日の朝は早くから警察が来るかもしれん。七時に起こしてくれ」

「かしこまりました。恐ろしいことでございますね」

「犯人は誰なの?」ライナがたずねた。

「まだわかってないようだ。起こして悪かったな。おやすみ」伯父が階段から降りようとこちらにやって来たので、ドアを静かにぴったりと閉めた。

 午前二時四分。こんな時間なのに伯父は靴を履いていた。


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 かなり久々に更新しました。いよいよ事件が起こりました。これからばしばし翻訳していこうと思います。

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